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四齢
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家に帰ればすでに父と兄は出来上がっていた。
「よう」
「どうしたの? 酔っているでしょう。飲み過ぎて明日酔っ払いの新郎なんてやめてよね」
酒に弱い兄が珍しい。ご機嫌だった。
「悪いな、ちょっと飲ませすぎたか。俺の息子なのにおかしいな」
「お父さんも。ザルの自分と一緒にしないでよ」
兄が酒に弱いことなどわかっているだろうに、父はよほど嬉しいのだろうさらに兄に酒を注いだ。台所から料理を運んできた母はその様子にあきれていた。
「これ明日持っていくご挨拶用のお酒だったのに。開けたの?」
「明日買えばいいだろう」
母の小さな怒りに男たちは気づかない。
「明日何時に家を出ると思っているの。まだ間に合うわね」
母は時計を確認すると、財布から金を出した。
「ゆかり、これで買ってきて」
当たり前のように、金を渡され家を出された。来たばかりだということなどは、母にとってどうでもいいことなのだ。母にとって同じ我が子でも兄だけがいつだって特別だった。特に出来が良かったわけでも悪かったわけでもない。見合い結婚をした母は父で満たされなかった思いを兄に託していた。兄こそ母の理想なのだろう。そうなるように育てていた。
近所の酒屋はもうすぐ閉店だ。電話をかけ用意しておいてもらうよう伝えると、家をでた。
街灯のない夜道を一人歩く。虫の鳴く声も聞こえない。枯れた用水路に乾いた藻が貼りついていた。急いで買って帰ったところで母のお小言をもらうのだ。ゆっくりと歩いた。
「ゆかり」
喉が鳴った。声に心臓を掴まれる。振り向けば兄がいた。父のサンダルを履いた兄は酔っぱらっていたわりに足元はしっかりしていた。
「ついてこなくても大丈夫なのに、酔っ払いが」
「そんなに飲んでないからな。酔ってれば母さんの愚痴も減るだろう」
「もしかして、酔った振り?」
兄は笑った。どおりで足元がしっかりしているはずだ。
「一応酔い覚ましってことできたからな。話合わせろよ。それに夜道に一人は危ないだろう。うちの妹はかわいいからな」
母の教育の賜物か、兄はさらりと口にした。馬鹿な私はそんな言葉で胸を跳ねさせるのだ。
「そういうことは由美子にだけいいなよ」
「いいだろう。結婚したって家族だろう」
そう、家族だ。家族なのだ。
「それでも。兄さんは女心わかってないよ」
「そうか?わりとわかっている方だと思うけどな。今のゆかりは俺が結婚するから寂しいのだろ?お前何気に兄ちゃん子だったからな」
ぽんぽんと頭の上に乗った兄の手。少しは酒がきいているのか、上機嫌だ。
だった、じゃない、よ。大人になって初めての接触。そう、これはただの接触だ。言い聞かせて、兄の手を振り払った。
「もう、やっぱりちょっと酔っているでしょ。ついてくるならしっかりしてよね。途中で倒れても運べないから」
仕方ないからゆっくり行くよ、そういいながら、ずっとこの道が続けばいいと思った。
車が一台通り過ぎた。
酒屋からの帰り道だった。
「例の彼とはどうだ、あれから」
「別に、変わらないよ」
「かわらないってなあ。連れてきたからには本気なんだろう」
「さあ」
「さあってな、おまえ。遊びなのか」
交差点のラーメン屋からはいいにおいがした。
「兄さんに言われたくない」
「言われたくないって、これでも俺は……」
「親に会うことになってる」
その続きを聞きたくなくて、遮った。
「なんだよ、驚かせるなよ。そんな顔するからまたなんかヘビーな理由でもあるのかと思っただろう」
「ヘビーな理由って?」
どれだけでも軽く聞こえるように、わざと兄の顔を覗き込んだ。
「そりゃ、子持ちだとか、バツイチだとか」
「そんなやつじゃないよ。それに今時そんなのヘビーでもなんでもないでしょ」
信号が点滅する。他に人はいない交差点、止まった。まだ八時だというのに車一台通る気配がない。歩行者用信号機の待ち時間を示す明かりが減っていく。
「どうする、渡るか」
「赤でしょ」
さすが先生、そういうと兄は踏み出しかけた足を止めた。
「よう」
「どうしたの? 酔っているでしょう。飲み過ぎて明日酔っ払いの新郎なんてやめてよね」
酒に弱い兄が珍しい。ご機嫌だった。
「悪いな、ちょっと飲ませすぎたか。俺の息子なのにおかしいな」
「お父さんも。ザルの自分と一緒にしないでよ」
兄が酒に弱いことなどわかっているだろうに、父はよほど嬉しいのだろうさらに兄に酒を注いだ。台所から料理を運んできた母はその様子にあきれていた。
「これ明日持っていくご挨拶用のお酒だったのに。開けたの?」
「明日買えばいいだろう」
母の小さな怒りに男たちは気づかない。
「明日何時に家を出ると思っているの。まだ間に合うわね」
母は時計を確認すると、財布から金を出した。
「ゆかり、これで買ってきて」
当たり前のように、金を渡され家を出された。来たばかりだということなどは、母にとってどうでもいいことなのだ。母にとって同じ我が子でも兄だけがいつだって特別だった。特に出来が良かったわけでも悪かったわけでもない。見合い結婚をした母は父で満たされなかった思いを兄に託していた。兄こそ母の理想なのだろう。そうなるように育てていた。
近所の酒屋はもうすぐ閉店だ。電話をかけ用意しておいてもらうよう伝えると、家をでた。
街灯のない夜道を一人歩く。虫の鳴く声も聞こえない。枯れた用水路に乾いた藻が貼りついていた。急いで買って帰ったところで母のお小言をもらうのだ。ゆっくりと歩いた。
「ゆかり」
喉が鳴った。声に心臓を掴まれる。振り向けば兄がいた。父のサンダルを履いた兄は酔っぱらっていたわりに足元はしっかりしていた。
「ついてこなくても大丈夫なのに、酔っ払いが」
「そんなに飲んでないからな。酔ってれば母さんの愚痴も減るだろう」
「もしかして、酔った振り?」
兄は笑った。どおりで足元がしっかりしているはずだ。
「一応酔い覚ましってことできたからな。話合わせろよ。それに夜道に一人は危ないだろう。うちの妹はかわいいからな」
母の教育の賜物か、兄はさらりと口にした。馬鹿な私はそんな言葉で胸を跳ねさせるのだ。
「そういうことは由美子にだけいいなよ」
「いいだろう。結婚したって家族だろう」
そう、家族だ。家族なのだ。
「それでも。兄さんは女心わかってないよ」
「そうか?わりとわかっている方だと思うけどな。今のゆかりは俺が結婚するから寂しいのだろ?お前何気に兄ちゃん子だったからな」
ぽんぽんと頭の上に乗った兄の手。少しは酒がきいているのか、上機嫌だ。
だった、じゃない、よ。大人になって初めての接触。そう、これはただの接触だ。言い聞かせて、兄の手を振り払った。
「もう、やっぱりちょっと酔っているでしょ。ついてくるならしっかりしてよね。途中で倒れても運べないから」
仕方ないからゆっくり行くよ、そういいながら、ずっとこの道が続けばいいと思った。
車が一台通り過ぎた。
酒屋からの帰り道だった。
「例の彼とはどうだ、あれから」
「別に、変わらないよ」
「かわらないってなあ。連れてきたからには本気なんだろう」
「さあ」
「さあってな、おまえ。遊びなのか」
交差点のラーメン屋からはいいにおいがした。
「兄さんに言われたくない」
「言われたくないって、これでも俺は……」
「親に会うことになってる」
その続きを聞きたくなくて、遮った。
「なんだよ、驚かせるなよ。そんな顔するからまたなんかヘビーな理由でもあるのかと思っただろう」
「ヘビーな理由って?」
どれだけでも軽く聞こえるように、わざと兄の顔を覗き込んだ。
「そりゃ、子持ちだとか、バツイチだとか」
「そんなやつじゃないよ。それに今時そんなのヘビーでもなんでもないでしょ」
信号が点滅する。他に人はいない交差点、止まった。まだ八時だというのに車一台通る気配がない。歩行者用信号機の待ち時間を示す明かりが減っていく。
「どうする、渡るか」
「赤でしょ」
さすが先生、そういうと兄は踏み出しかけた足を止めた。
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