目隠しは赤い糸

雪野 千夏

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三齢

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蚕の脱皮が始まった。

三齢になった蚕たちの抜け殻はこれまでのただの膜ではなく、黒い模様が皮に残っていた。食べて糞をし、眠になり脱皮する。その繰り返しで一ヶ月を過ごしていくのか。百均で買ったうちわを手に取った。繭を作るのではなく、絹のうちわを作ろうと買ったのは、章が言ったからだ。五匹だけ三齢になったころから食紅を混ぜた餌を食べさせ、二匹にはマジックで色を塗っている。気門をふさがないように毎日欠かさず塗り始めた。餌という形で与えても排出されてしまうのか、体内に蓄積されるのかが分からなかったため、表面から染めることで色が変わるのかの実験だ。

大人になってまでそんな自由研究もどきをするとは思わなかった。それも章が言ったからだ。白い蚕たちの中、白でも赤でもない不自然な色に染まった蚕の背中を見つめた。色は少しはげてきていた。

 夕方、チャイムが鳴った。反射的に体が震えた。
開けてはいけないと頭のどこかが警報をならした。だがこの黒い瞳で見られることで自分の思いを浄化されるような気がした。鍵を開けた。自分勝手だ。静かな部屋に鍵を開ける音が響く。チェーンが落ちる音が妙に耳に残った。

「ゆかり準備はできた?」

そういって部屋に上がると彼は不思議そうに私を見た。

「どうしたの?俺と住むといったよね」
「いつ」
そんなことを言った覚えはなかった。

「昨日、眠ってしまう前に、頷いてくれただろう」
彼は私の目とあわせるように少しだけ膝を折った。彼の顔はこれまでとは違った。

「ゆかりはどうしたい? もし俺との関係がいやならそういってくれ」

こんな人を試すようなことを言ったりはしなかった。私がそうさせている。それでも今彼をなくすわけにはいかなかった。兄の結婚をひかえ、不安定になる心が現実に繋ぎとめられているのは彼のおかげなのだ。今彼がいなくなれば自分が兄に向かって、由美子に向かって何を言うかわからない。その恐怖に気づけば首を横に振っていた。

「よかった。じゃあ持っていくものを用意しよう」

のそのそと動き出した。
荷物は蚕と桑とバッグ一つだった。荷物の少なさに章は眉をひそめたが何も言わなかった。

「蚕いるから二十七度くらいを保てる部屋がいいんだけど」

言い訳のように口にしたが、即答で了解と返された。
外に出れば、天気予報通り荒れていた。

「もうすぐ台風来るからね」

街路樹がバッサバッサと不穏な音をたて、いつもとは違う方向へ波打っていた。何もこんな日に、そう言えば彼は寂しいからね、と答えた。
彼の家、ドアを開ければ、彼以外の靴があった。

「なに、早いじゃん兄貴」

リビングからやってきた和哉は私を見て止まった。

「今日からゆかりも住むから」
「は?俺、いるんだけど」
「別にいいだろう。お前のほうが居候なんだ」

彼は弟の言葉をいなすと台所へと向かった。

「そうだけど。青少年のジジョーってやつもう少し考えてもさ」
「好きだからさ」

彼の言葉が胸を刺す。お熱いね、彼をからかいざまこっちを見た和哉は射殺せるくらいに鋭い目で私をにらんできた。七月最後の日、流されるままに同棲は始まった。
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