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第一部 国売りのセド
1-14 命がけのセド1
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「値段をつけろ、明日でよいな」
王の言葉はこれ以上なく短く、唐突だった。
「明日とはなんとも乱暴な。せめてひと月はいただきたく存じます」
呆気にとられる面々の中、それが国の対価であると理解したのはニリュシードだった。
「長い」
「それでもこの国の対価、吟味する必要がございます」
ニリュシードは丁重に頭を下げた。
「死にたいのか」
「恐れながら」
脈絡がないからこそ、王の言葉は真実味を帯びていた。ニリュシードは腹の底に力を入れ、口角を上げた。対等な交渉相手と思われなければ、目上の者相手に商売など成り立たない。
「いいえまさか。ただ私は心配しているのです。私が思うこの国の値段は低くはありません。ですから、明日こちらにご用意させていただいたとすると、大変申し上げにくいのですが、これ以降の王城内、城下含め、全ての物流が破綻することになります。有難くも、我がトルレタリアン商会は手広く商売させていただいております。それを前もって了承していただける、ということでよろしいでしょうか」
「それはそちらの事情だ。我には関係ない」
「お待ちください!王。トルレタリアン商会が換金のために物資を動かせばそれだけで国が止まります。どうか、それだけはお考え直しください。――お願いします、王」
ヤホネス宰相は国を売るそう王が口にしたときよりも必死の形相で言いつのった。現在、ニリュシードのトルレタリアン商会が関わっていない商売はない。王城への勤め人の紹介、使われる日用品や食料品、物資・金銭の両替にいたるまでこの国の隅から隅までトルレタリアン商会がかんでいる。トルレタリアン商会が手を引いたら、この国の経済は成り立たない。
「……三日だ。三日後の同じ時間に参れ。それ以上は待たん。お前たちが買うこの国だ。思うがままの値段をつけろ。目録でもなんでもよい、必ず形としてあらわせ。値段など付けられないなどとおためごかしを言うつもりなら……覚悟しろ」
王は鼻を鳴らすと、顎をしゃくった。
「畏まりました」
「ほかにも質問があれば今きけ」
「それでは一つ質問をよろしいでしょうか?」
タラシネ皇子が口を開いた。
「なんだ?」
「国とは一体どこまでのことを指すのでしょうか」
「……無論。この国全土だ」
「その土地には民が生き、家を立て生活しております。城下には商いを営む者もございましょう」
タラシネ皇子はニリュシードをちらりと見た。
ニリュシードはぎりと奥歯を噛みながら、微笑んだ。
「この度売られる国というのはこの王城を含めこの国を統治する権利、民と理解してよろしいのでしょうか」
統治権を売るつもりなのか。柔らかい声で、タラシネ王子はこのセドで何をどこまでを売るのか線引きを迫った。
石造りの窓の外では緩やかに雲が流れている。王は流れる雲に小さく笑った。
「……我は王だ。その我が国を売ると言えばその全てということだ」
「全て、と。分かりました。ありがとうございます」
タラシネ王子は満足そうに頭を下げれば、大臣たちが戦慄いた。
「我らを売ると仰るか!」
代々続く身分と、民や所領から上がってくる税で飢えることもない。売られる恐怖も、絶望も味わったことのない人々だ。その彼らの声が震えていた。
王は彼らを一瞥すらしなかった。
ただ、セドの参加者たちを見た。
「本当に、国をお売りになるのですね」
暗い声のラオスキー侯爵もまた王だけを見ていた。
「そうだ」
「分かりました」
「期待しているぞ」
王とラオスキー侯爵の間にぴりぴりとした空気が漂った。ラオスキー侯爵は黙って頭を垂れた。
「人も売る?私、皆、値段つける?」
ハルはブロードに小声で訊ねた。
「そう仰ってるな」
「……お猿?」
ハルが顎に右手を当て、左手で尻尾を作れば、近くにいた警護騎士がむせた。
「言っている」
ブロードは早々に敬語を放棄した。
「私、ご主人様?」
「そうだな、国民全員を買えば王だな」
むむむ、ハルは唸った。玉座を見て、首を振った。
「ダメ、人買うダメ」
「ほう、ではお前はこのセドから下りたいということか」
王がハルを見ていた。
ハルは内緒話がばれた子供のように、周りを見た。皆の注目を浴びていることに、顔を赤くし、うん、と一つ頷いた。
「私はクニュー売りませんか。お話、相談、ます」
大きな声ではっきりと。ハルは言った。
「――死にたいのか」
「私は、生きます」
ハルは首を傾げながら、大真面目に頷き、胸を張った。
「このものは異国のものでして、発音が上手くできません。クニューは国のことかと。おい、ハル。クニューじゃない国だ」
ブロードは慌ててハルの前に進み出て頭を下げた。
王の言葉はこれ以上なく短く、唐突だった。
「明日とはなんとも乱暴な。せめてひと月はいただきたく存じます」
呆気にとられる面々の中、それが国の対価であると理解したのはニリュシードだった。
「長い」
「それでもこの国の対価、吟味する必要がございます」
ニリュシードは丁重に頭を下げた。
「死にたいのか」
「恐れながら」
脈絡がないからこそ、王の言葉は真実味を帯びていた。ニリュシードは腹の底に力を入れ、口角を上げた。対等な交渉相手と思われなければ、目上の者相手に商売など成り立たない。
「いいえまさか。ただ私は心配しているのです。私が思うこの国の値段は低くはありません。ですから、明日こちらにご用意させていただいたとすると、大変申し上げにくいのですが、これ以降の王城内、城下含め、全ての物流が破綻することになります。有難くも、我がトルレタリアン商会は手広く商売させていただいております。それを前もって了承していただける、ということでよろしいでしょうか」
「それはそちらの事情だ。我には関係ない」
「お待ちください!王。トルレタリアン商会が換金のために物資を動かせばそれだけで国が止まります。どうか、それだけはお考え直しください。――お願いします、王」
ヤホネス宰相は国を売るそう王が口にしたときよりも必死の形相で言いつのった。現在、ニリュシードのトルレタリアン商会が関わっていない商売はない。王城への勤め人の紹介、使われる日用品や食料品、物資・金銭の両替にいたるまでこの国の隅から隅までトルレタリアン商会がかんでいる。トルレタリアン商会が手を引いたら、この国の経済は成り立たない。
「……三日だ。三日後の同じ時間に参れ。それ以上は待たん。お前たちが買うこの国だ。思うがままの値段をつけろ。目録でもなんでもよい、必ず形としてあらわせ。値段など付けられないなどとおためごかしを言うつもりなら……覚悟しろ」
王は鼻を鳴らすと、顎をしゃくった。
「畏まりました」
「ほかにも質問があれば今きけ」
「それでは一つ質問をよろしいでしょうか?」
タラシネ皇子が口を開いた。
「なんだ?」
「国とは一体どこまでのことを指すのでしょうか」
「……無論。この国全土だ」
「その土地には民が生き、家を立て生活しております。城下には商いを営む者もございましょう」
タラシネ皇子はニリュシードをちらりと見た。
ニリュシードはぎりと奥歯を噛みながら、微笑んだ。
「この度売られる国というのはこの王城を含めこの国を統治する権利、民と理解してよろしいのでしょうか」
統治権を売るつもりなのか。柔らかい声で、タラシネ王子はこのセドで何をどこまでを売るのか線引きを迫った。
石造りの窓の外では緩やかに雲が流れている。王は流れる雲に小さく笑った。
「……我は王だ。その我が国を売ると言えばその全てということだ」
「全て、と。分かりました。ありがとうございます」
タラシネ王子は満足そうに頭を下げれば、大臣たちが戦慄いた。
「我らを売ると仰るか!」
代々続く身分と、民や所領から上がってくる税で飢えることもない。売られる恐怖も、絶望も味わったことのない人々だ。その彼らの声が震えていた。
王は彼らを一瞥すらしなかった。
ただ、セドの参加者たちを見た。
「本当に、国をお売りになるのですね」
暗い声のラオスキー侯爵もまた王だけを見ていた。
「そうだ」
「分かりました」
「期待しているぞ」
王とラオスキー侯爵の間にぴりぴりとした空気が漂った。ラオスキー侯爵は黙って頭を垂れた。
「人も売る?私、皆、値段つける?」
ハルはブロードに小声で訊ねた。
「そう仰ってるな」
「……お猿?」
ハルが顎に右手を当て、左手で尻尾を作れば、近くにいた警護騎士がむせた。
「言っている」
ブロードは早々に敬語を放棄した。
「私、ご主人様?」
「そうだな、国民全員を買えば王だな」
むむむ、ハルは唸った。玉座を見て、首を振った。
「ダメ、人買うダメ」
「ほう、ではお前はこのセドから下りたいということか」
王がハルを見ていた。
ハルは内緒話がばれた子供のように、周りを見た。皆の注目を浴びていることに、顔を赤くし、うん、と一つ頷いた。
「私はクニュー売りませんか。お話、相談、ます」
大きな声ではっきりと。ハルは言った。
「――死にたいのか」
「私は、生きます」
ハルは首を傾げながら、大真面目に頷き、胸を張った。
「このものは異国のものでして、発音が上手くできません。クニューは国のことかと。おい、ハル。クニューじゃない国だ」
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