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第9話 「こういうのでいいんだよ」なリブレット『唐代の国際関係』
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ネットでよく見る表現に「こういうのでいいんだよ、こういうので」という言葉があります。
もとは『孤独のグルメ』という漫画で、主人公が街の洋食屋さんの何の変哲もないメニューを見て心の中で呟いた台詞だそうです。
そこから転じて、「原点回帰」「シンプル」「質はいい」という意味で使われることが多いようです。
鷲生が今回ご紹介するのも、「初学者から中級者に無理なくシンプルで良質な」という意味で「こういうのでいいんだよ」な本です。
山川出版社(歴史の学校教科書で有名なアノ出版社です)の世界史リブレットシリーズの97『唐代の国際関係』です(2009、石見清裕 山川出版社)。
リブレットとは小冊子を意味するイタリア語だそうで、この本も全90頁です(鷲生が物差しで厚さを測ったら6mmでしたw)。
薄めの本ですが、タイトル『唐代の国際関係』について、ファンタジー小説書きが「おお! こういうのが知りたかったんだよ!」な内容がコンパクトに収まっているちょうどイイ資料本です!
立派な研究者が書かれたきちんとした学術書(それに準じた新書も含む)だと、漢文史料・読み下し文・解説などがみっちり記載されていたりします。
古い学説と新しい学説の、学説史の変遷も丁寧に言及されていたりも。
それが研究者の知的に誠実な執筆スタイルなのだと分かっていますが……ぶっちゃけ、今んとこ、どういうことになっているのか結論だけ欲しいという物臭さファンタジー書き(=鷲生)の虫のいい願望からすると、トゥーマッチなことも。
一つのテーマでこれくらいにまとまった本が鷲生にはちょうどいいです……。
この連載も9回目ですが、もっと早い時期に読んでご紹介した方が良かったかもしれません。
なお、「こういうのでいいんだよ」に上から目線なニュアンスが感じられてしまうかもしれませんが、あくまで、それは「リブレット」という体裁、その体裁に込められたコンセプトに対してのものです。
執筆者については、本格的な論文をたくさん書かれてきた立派な先生です。偉い先生がこういう易しめの小冊子を書いて下さって「助かった~」という鷲生の心の声に続く、「こういうのでいいんだよ」です!
目次は「唐という国を考えるにあたって」「1. 唐王朝の成立」「2. 内陸アジアの遊牧民と隊商民」「3.長安と外交儀礼」「4.東アジア国際関係の変化」となっています。
序文が終わった後の4ページから「1.唐王朝の成立」です。
隋や唐の皇帝の系図を辿りながら、祖先が北方民族だったと説明があります。
中国華北が「北斉」と「北周」と対立していた時、その北方に突厥があり、両国から貢物を受け取っていました。が、隋が中国を統一し突厥も可汗位継承争いが起こると形勢は逆転。
隋から義城公主を妻に迎え、隋の保護を仰ぎます。
この義城公主を軸にするとその後の展開が分かりやすいですし、公主というお姫様が登場するので想像するのも楽しいですw
隋の煬帝が殺害されたときに、ほとんどの血縁者は命を落としているのですが、孫の一人と皇后が生き残り、そして最終的に突厥のもとに身を寄せます。
隋末の乱世から唐が起こり、玄武門の変で太宗が権力を握る一方で、突厥は冷害で打撃を受けます。
唐はこの機を逃さず突厥を滅ぼしました(突厥第一可汗国の滅亡・それ以前に分裂していた西突厥はしばらく残ります)。
唐は負けた突厥の生き残りをわりと温かく受け入れたそうですが、義城公主だけは許さず処刑したんだとか。
戦乱の世を生きた女性のドラマが感じられますね!
25頁からは「2. 内陸アジアの遊牧民と隊商民」です。
冒頭で玄奘の旅行記が取り上げられます。
「唐代の中央アジア交通は天山山脈のルートが主流」で「ソグド人が東西交易に利用して」おり、玄奘も往路はそれを辿ります。
そして、途中で立ち寄った高昌国で、王が玄奘に西突厥の可汗へ玄奘の保護を依頼する手紙を持たせます。「当時中央アジアの交通は西突厥によって支配されて」いたからです。
ただ、復路、玄奘は別ルートを用います。「西突厥は太宗期には唐の支配を受けはじめ、つぎの高宗期には唐の保護下に可汗号を維持する状態」になり、「突厥が支配していたソグドの通商利権も唐の支配下に組み込まれ、ソグド人は唐の統治に依存するようになり」ました。
※ ちなみに。
全く別の漫画ですが、諏訪緑さんの『玄奘西域記』がこの辺を題材としていて、とても良質な歴史漫画で、一緒に読むと楽しいですよ!
ええと。話を『唐代の国際関係』に話を戻しますと。
この章では、以上の概略に加えて「法規定から見たテュルク人とソグド人」という項目で、「化外人」(中国皇帝の徳化の外の人)に対する刑罰の規定や、課税の規定などが史料と共に検討されています。堅めの内容ですが、興味のある方はぜひ。
さらに1980年代以降のソグド人の墓の発見を受けて、「中国に移住したソグド人が全て商人であったとはいえない」「ソグド人の中国移住は東・西突厥の滅亡のはるか以前から始まっていた」ことが述べられています。
鷲生としては、西からコーカソイド系の商人がやって来てその風貌を珍しがられて……みたいなストーリー展開を勝手に思い描いていたので。ここは修正が必要なようですw(別にファンタジーなら必ずしも史実に忠実でなくてもいいと思いますが、知ってしまうと一応従っておかないと落ち着かない気持ちになるのでw)。
47ページからは、「3. 長安と外交儀礼」です。
ファンタジー小説に使いでのありそうな情報が多いですね。
まず、長安城について、「外側は外郭城(羅城)によってかこまれ、外郭城には東・西・南の城壁のそれぞれ三カ所ずつ合計九カ所の門が設けられ……」などの基本事項が記されています。
「長安城の城内は、東西・南北に『街』と呼ばれる直線道路が通り、この街でかこまれた一般の居住区を『坊』といい」と説明する箇所に、略図と、それぞれの坊の名称も掲載されているので、何かとファンタジー小説の参考になりそうです。
外国からの使者が長安に着いたら、鴻臚寺(外務省にあたる)・鴻臚客館(迎賓館)を目指すのだそうです。
「鴻臚館」という名称の外交施設は日本の平安京にもありますが、「鴻臚」の字義についても脚注で説明がありますよ!
セレモニーの式次第も詳しいです。
主人と客の席の配置、楽団が演奏する曲、どの役職者がどのように指示を出すことでセレモニーが進んでいくか……細かく紹介されていて面白いです。
日本の遣唐使が例に上がっているので、親しみも感じます。和風ファンタジーで遣唐使を取り上げるような人にも役に立つところかもしれません。
66ページからは、「4. 東アジア国際関係の変化」です。
まずは外国の使節員のランキングである「蕃望」について述べられます。
「蕃望第一等、第二等」は国王・親王、「第三等」が唐国内の官僚品階の第1品~第3品、大4等が第4品~第6品という具合です。
複数国の使節が一堂に会すると、どの国が上座につくべきかで揉めることがあり(「争長事件」)、日本の遣唐使が強硬に主張して他国から上座をゲットしたこともありました。
この遣唐使のエピソード、鷲生も子どもの頃に学研の歴史漫画「聖武天皇」で読んだ記憶があります。
つづく「唐の国際秩序理念」という項目は、唐側から見た世界観を3つ紹介したものです(上述の「蕃望」は世界観というより実務規定です)。
一つは、世界を「中国」「冊封国」「非冊封国」の三重構造で捉えるものです。
二つ目は、「唐」「羈縻州」「そのほかの諸国」の三重構造です。「この場合、羈縻州を内地羈縻州と外地羈縻州に分ける必要」があり、「内地羈縻州は、唐の直轄州の管轄下にある羈縻州」「外地羈縻州とは、七世紀の突厥のように、自己の君主を失い、羈縻州が置かれて唐の間接支配を受けるケース」だそうです。
三つ目は「蕃域」「絶域」という概念です。則天武后朝の詔勅に出て来るのもので、高麗、真臘(クメール)、波斯(ペルシア)、吐蕃、堅昆(キルギス)、北の突厥・契丹・靺鞨が「蕃に入」り、それより外を「絶域」と呼ぶそうです。
ただ、これらの区分は静態的に用いられていたわけではなく、著者の先生は、臨機応変に運用されていたのだろうと考察されています。
唐の版図が広がり、安定していた時期には、多くの国からの使者が訪れていたようですが。
やがて北方に第二突厥可汗国が起こり、西方ではアッバース朝とのタラス河畔の戦いが起こります(ただ、著者の方によると唐にとっては西の彼方でのできごとで、ここで国際関係が大きく崩れたわけではないそうです)。
そして、安史の乱で唐帝国は大きく揺らぐこととなり、突厥第二可汗国の崩壊後勃興したウイグルに援軍を乞うた結果、勢力が逆転してしまいます。
九世紀にはウイグルが崩壊し、テュルク民族が西方に大移動してイスラム化し、モンゴリアにはモンゴル族が分布するように。
今の北京の辺り燕雲十六州は契丹に割譲され、西にはチベット系タングート族が西夏を建国します。そして「北方・西北方の国境地帯を含まないその内側に、やがて宋ができるのである」とのことです。
宋の時代は、日本史でも日宋貿易が知られていますが、宋にとっても「商業貿易が内陸貿易から海上貿易に移り変わる時代であった」とされます。
さて。ファンタジー小説の資料として、鷲生が興味深く思ったのが、まだ内陸貿易を中心とし、日本の遣唐使などが唐に出向いていた時代の、「朝貢における財貨貿易」です。
日本において「唐物」がもてはやされたように、唐から財貨を入手した東アジアの国々は唐から財貨を入手し、それをしまいこまずに「たまには臣下にみせびらかせ、功臣に賜らなくては」なりません(「威信財」)。
そして。唐からすると、これらの財貨が「むやみに国外に流出してしまっては意味がない。皇帝から賜るからこそ、唐の朝廷の威信が光り輝くのである」から、持ち出しは厳禁だったそうです。
では、これらの財貨とは具体的に何だったか。
錦・綾なとの高級絹織物・金銀工芸品が主で、さらに地方により様々なものが中央に貢献されていたようです。
「江南道宣州」の「紅絨毯」「嶺南道簾州の藍珠戸(真珠)、洛州郜県の薬物、嶺南道梧州の白薬子(薬草の蔓)、揚州の天子鏡(銅鏡)」などが挙がっています。
こういったモノが唐で生産され、国外持ち出し厳禁の貴重品であったということ。うん、ファンタジー小説を書くのに使えそうです。
この山川世界史リブレット『唐代の国際関係』。
今でも普通に定価で購入できるようです。中古だと送料込みでもちょっと安く入手できることもあります。
私の住んでいる市立図書館では、同じ「世界史リブレット」シリーズの別の本はいくつかあったのですが、この本はありませんでした。
図書館にあるかどうかは、自治体によって異なるようですね。
今の所、鷲生の手元には、森安孝夫さんの『シルクロードと唐帝国』があります。これも、同時代のユーラシアの国際関係をテーマにする本です。
世界史リブレットでは『科挙と官僚制』も購入しました(昨日2023年1月14日の共通テスト世界史で「科挙」が「科拳」とする誤植があったそうですねw)。
読み終えましたら、またこちらでご紹介したいと思います。
なかなか読書する時間が安定してとれず、やや不定期になるかもしれませんが、今後ともよろしくお願い申し上げます!
もとは『孤独のグルメ』という漫画で、主人公が街の洋食屋さんの何の変哲もないメニューを見て心の中で呟いた台詞だそうです。
そこから転じて、「原点回帰」「シンプル」「質はいい」という意味で使われることが多いようです。
鷲生が今回ご紹介するのも、「初学者から中級者に無理なくシンプルで良質な」という意味で「こういうのでいいんだよ」な本です。
山川出版社(歴史の学校教科書で有名なアノ出版社です)の世界史リブレットシリーズの97『唐代の国際関係』です(2009、石見清裕 山川出版社)。
リブレットとは小冊子を意味するイタリア語だそうで、この本も全90頁です(鷲生が物差しで厚さを測ったら6mmでしたw)。
薄めの本ですが、タイトル『唐代の国際関係』について、ファンタジー小説書きが「おお! こういうのが知りたかったんだよ!」な内容がコンパクトに収まっているちょうどイイ資料本です!
立派な研究者が書かれたきちんとした学術書(それに準じた新書も含む)だと、漢文史料・読み下し文・解説などがみっちり記載されていたりします。
古い学説と新しい学説の、学説史の変遷も丁寧に言及されていたりも。
それが研究者の知的に誠実な執筆スタイルなのだと分かっていますが……ぶっちゃけ、今んとこ、どういうことになっているのか結論だけ欲しいという物臭さファンタジー書き(=鷲生)の虫のいい願望からすると、トゥーマッチなことも。
一つのテーマでこれくらいにまとまった本が鷲生にはちょうどいいです……。
この連載も9回目ですが、もっと早い時期に読んでご紹介した方が良かったかもしれません。
なお、「こういうのでいいんだよ」に上から目線なニュアンスが感じられてしまうかもしれませんが、あくまで、それは「リブレット」という体裁、その体裁に込められたコンセプトに対してのものです。
執筆者については、本格的な論文をたくさん書かれてきた立派な先生です。偉い先生がこういう易しめの小冊子を書いて下さって「助かった~」という鷲生の心の声に続く、「こういうのでいいんだよ」です!
目次は「唐という国を考えるにあたって」「1. 唐王朝の成立」「2. 内陸アジアの遊牧民と隊商民」「3.長安と外交儀礼」「4.東アジア国際関係の変化」となっています。
序文が終わった後の4ページから「1.唐王朝の成立」です。
隋や唐の皇帝の系図を辿りながら、祖先が北方民族だったと説明があります。
中国華北が「北斉」と「北周」と対立していた時、その北方に突厥があり、両国から貢物を受け取っていました。が、隋が中国を統一し突厥も可汗位継承争いが起こると形勢は逆転。
隋から義城公主を妻に迎え、隋の保護を仰ぎます。
この義城公主を軸にするとその後の展開が分かりやすいですし、公主というお姫様が登場するので想像するのも楽しいですw
隋の煬帝が殺害されたときに、ほとんどの血縁者は命を落としているのですが、孫の一人と皇后が生き残り、そして最終的に突厥のもとに身を寄せます。
隋末の乱世から唐が起こり、玄武門の変で太宗が権力を握る一方で、突厥は冷害で打撃を受けます。
唐はこの機を逃さず突厥を滅ぼしました(突厥第一可汗国の滅亡・それ以前に分裂していた西突厥はしばらく残ります)。
唐は負けた突厥の生き残りをわりと温かく受け入れたそうですが、義城公主だけは許さず処刑したんだとか。
戦乱の世を生きた女性のドラマが感じられますね!
25頁からは「2. 内陸アジアの遊牧民と隊商民」です。
冒頭で玄奘の旅行記が取り上げられます。
「唐代の中央アジア交通は天山山脈のルートが主流」で「ソグド人が東西交易に利用して」おり、玄奘も往路はそれを辿ります。
そして、途中で立ち寄った高昌国で、王が玄奘に西突厥の可汗へ玄奘の保護を依頼する手紙を持たせます。「当時中央アジアの交通は西突厥によって支配されて」いたからです。
ただ、復路、玄奘は別ルートを用います。「西突厥は太宗期には唐の支配を受けはじめ、つぎの高宗期には唐の保護下に可汗号を維持する状態」になり、「突厥が支配していたソグドの通商利権も唐の支配下に組み込まれ、ソグド人は唐の統治に依存するようになり」ました。
※ ちなみに。
全く別の漫画ですが、諏訪緑さんの『玄奘西域記』がこの辺を題材としていて、とても良質な歴史漫画で、一緒に読むと楽しいですよ!
ええと。話を『唐代の国際関係』に話を戻しますと。
この章では、以上の概略に加えて「法規定から見たテュルク人とソグド人」という項目で、「化外人」(中国皇帝の徳化の外の人)に対する刑罰の規定や、課税の規定などが史料と共に検討されています。堅めの内容ですが、興味のある方はぜひ。
さらに1980年代以降のソグド人の墓の発見を受けて、「中国に移住したソグド人が全て商人であったとはいえない」「ソグド人の中国移住は東・西突厥の滅亡のはるか以前から始まっていた」ことが述べられています。
鷲生としては、西からコーカソイド系の商人がやって来てその風貌を珍しがられて……みたいなストーリー展開を勝手に思い描いていたので。ここは修正が必要なようですw(別にファンタジーなら必ずしも史実に忠実でなくてもいいと思いますが、知ってしまうと一応従っておかないと落ち着かない気持ちになるのでw)。
47ページからは、「3. 長安と外交儀礼」です。
ファンタジー小説に使いでのありそうな情報が多いですね。
まず、長安城について、「外側は外郭城(羅城)によってかこまれ、外郭城には東・西・南の城壁のそれぞれ三カ所ずつ合計九カ所の門が設けられ……」などの基本事項が記されています。
「長安城の城内は、東西・南北に『街』と呼ばれる直線道路が通り、この街でかこまれた一般の居住区を『坊』といい」と説明する箇所に、略図と、それぞれの坊の名称も掲載されているので、何かとファンタジー小説の参考になりそうです。
外国からの使者が長安に着いたら、鴻臚寺(外務省にあたる)・鴻臚客館(迎賓館)を目指すのだそうです。
「鴻臚館」という名称の外交施設は日本の平安京にもありますが、「鴻臚」の字義についても脚注で説明がありますよ!
セレモニーの式次第も詳しいです。
主人と客の席の配置、楽団が演奏する曲、どの役職者がどのように指示を出すことでセレモニーが進んでいくか……細かく紹介されていて面白いです。
日本の遣唐使が例に上がっているので、親しみも感じます。和風ファンタジーで遣唐使を取り上げるような人にも役に立つところかもしれません。
66ページからは、「4. 東アジア国際関係の変化」です。
まずは外国の使節員のランキングである「蕃望」について述べられます。
「蕃望第一等、第二等」は国王・親王、「第三等」が唐国内の官僚品階の第1品~第3品、大4等が第4品~第6品という具合です。
複数国の使節が一堂に会すると、どの国が上座につくべきかで揉めることがあり(「争長事件」)、日本の遣唐使が強硬に主張して他国から上座をゲットしたこともありました。
この遣唐使のエピソード、鷲生も子どもの頃に学研の歴史漫画「聖武天皇」で読んだ記憶があります。
つづく「唐の国際秩序理念」という項目は、唐側から見た世界観を3つ紹介したものです(上述の「蕃望」は世界観というより実務規定です)。
一つは、世界を「中国」「冊封国」「非冊封国」の三重構造で捉えるものです。
二つ目は、「唐」「羈縻州」「そのほかの諸国」の三重構造です。「この場合、羈縻州を内地羈縻州と外地羈縻州に分ける必要」があり、「内地羈縻州は、唐の直轄州の管轄下にある羈縻州」「外地羈縻州とは、七世紀の突厥のように、自己の君主を失い、羈縻州が置かれて唐の間接支配を受けるケース」だそうです。
三つ目は「蕃域」「絶域」という概念です。則天武后朝の詔勅に出て来るのもので、高麗、真臘(クメール)、波斯(ペルシア)、吐蕃、堅昆(キルギス)、北の突厥・契丹・靺鞨が「蕃に入」り、それより外を「絶域」と呼ぶそうです。
ただ、これらの区分は静態的に用いられていたわけではなく、著者の先生は、臨機応変に運用されていたのだろうと考察されています。
唐の版図が広がり、安定していた時期には、多くの国からの使者が訪れていたようですが。
やがて北方に第二突厥可汗国が起こり、西方ではアッバース朝とのタラス河畔の戦いが起こります(ただ、著者の方によると唐にとっては西の彼方でのできごとで、ここで国際関係が大きく崩れたわけではないそうです)。
そして、安史の乱で唐帝国は大きく揺らぐこととなり、突厥第二可汗国の崩壊後勃興したウイグルに援軍を乞うた結果、勢力が逆転してしまいます。
九世紀にはウイグルが崩壊し、テュルク民族が西方に大移動してイスラム化し、モンゴリアにはモンゴル族が分布するように。
今の北京の辺り燕雲十六州は契丹に割譲され、西にはチベット系タングート族が西夏を建国します。そして「北方・西北方の国境地帯を含まないその内側に、やがて宋ができるのである」とのことです。
宋の時代は、日本史でも日宋貿易が知られていますが、宋にとっても「商業貿易が内陸貿易から海上貿易に移り変わる時代であった」とされます。
さて。ファンタジー小説の資料として、鷲生が興味深く思ったのが、まだ内陸貿易を中心とし、日本の遣唐使などが唐に出向いていた時代の、「朝貢における財貨貿易」です。
日本において「唐物」がもてはやされたように、唐から財貨を入手した東アジアの国々は唐から財貨を入手し、それをしまいこまずに「たまには臣下にみせびらかせ、功臣に賜らなくては」なりません(「威信財」)。
そして。唐からすると、これらの財貨が「むやみに国外に流出してしまっては意味がない。皇帝から賜るからこそ、唐の朝廷の威信が光り輝くのである」から、持ち出しは厳禁だったそうです。
では、これらの財貨とは具体的に何だったか。
錦・綾なとの高級絹織物・金銀工芸品が主で、さらに地方により様々なものが中央に貢献されていたようです。
「江南道宣州」の「紅絨毯」「嶺南道簾州の藍珠戸(真珠)、洛州郜県の薬物、嶺南道梧州の白薬子(薬草の蔓)、揚州の天子鏡(銅鏡)」などが挙がっています。
こういったモノが唐で生産され、国外持ち出し厳禁の貴重品であったということ。うん、ファンタジー小説を書くのに使えそうです。
この山川世界史リブレット『唐代の国際関係』。
今でも普通に定価で購入できるようです。中古だと送料込みでもちょっと安く入手できることもあります。
私の住んでいる市立図書館では、同じ「世界史リブレット」シリーズの別の本はいくつかあったのですが、この本はありませんでした。
図書館にあるかどうかは、自治体によって異なるようですね。
今の所、鷲生の手元には、森安孝夫さんの『シルクロードと唐帝国』があります。これも、同時代のユーラシアの国際関係をテーマにする本です。
世界史リブレットでは『科挙と官僚制』も購入しました(昨日2023年1月14日の共通テスト世界史で「科挙」が「科拳」とする誤植があったそうですねw)。
読み終えましたら、またこちらでご紹介したいと思います。
なかなか読書する時間が安定してとれず、やや不定期になるかもしれませんが、今後ともよろしくお願い申し上げます!
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