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第6話 日常描写の手引きに役立ち、著者の学者先生のキャラが楽しめる『古代中国の24時間』

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今回ご紹介するのは、古代中国の日常生活を網羅しつつ、著者の先生のノリが楽しいおススメ本です。

『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』(柿沼陽平 2021 中公新書https://www.chuko.co.jp/shinsho/2021/11/102669.html)

どんなにドラマチックな小説を書くにしても、主人公が平々凡々な日常を送っている描写も必要となることでしょう。
物語には起承転結とか序破急とか、構成のメリハリっちゅーものが要りますしw。

さて。
派手な場面は得意でも、ささやかな日常の描写が億劫なタイプ(鷲生がこの傾向ありますw)にうってつけの、アンチョコ……もとい、参考文献があります。

今回ご紹介する『古代中国の24時間』です。
著者がおっしゃるように、「古代中国の日常生活に迫ろうとすると、意外なことに、まとまった情報を提供してくれる一般書や研究書は多くない」です。なにせ「中国古代史といえば、数々の『英雄』や政治的事典に焦点を当てるのが常であった」からです(283頁)。

この本ではタイトル通り、24時間の時間の経過に沿って日常生活の解説があります。
朝が来て目を覚ます時に聞こえる物音とか、お布団がどうであるか、とか。歯磨きと虫歯事情、女性の化粧を含む身支度、朝食、市場、農作業……などなど。

多岐にわたる日常シーンの中で、どこをどう活かすのかは皆様次第だと思いますが、例えば、以下の子育てに関する箇所はわりと多くの人にとって役に立つのではないでしょうか。

「赤ん坊はベビー服(掻巻)をきて、両親や親戚に囲まれて育つ。たとえ貴族であっても育児を侍女に丸投げするのではなく、父母は子の左右の手を取って服をきせ、ともに食事をとり、外で遊び、子の衣服や書籍は兄や姉のお下がりである」(210頁)

鷲生は、貴族のお姫様といえば乳母に育てられるものという印象が強かったので、この本のこの内容を少し意外に感じました。

中華ファンタジーの白洲梓さんの「威風堂々惡女」で、「貧しさゆえに子どもを犠牲にして自分の生き残りを図る両親」がいる一方で「(ゆとりがあるがゆえに)娘に愛情深い貴族の母」がいます。
この辺は『古代中国の24時間』とも合いそうな内容ですね。

逆に、貴族といえども親が手をかけるのが当然なのに、実の両親と心理的距離が遠く乳母だけを信頼して育ったお嬢様……なんてケースはわりと不穏な親子関係といえるわけで、物語の展開に活かせそうです。

また、漢代の物価についても169頁に一覧が掲載されています。
ここらあたりの文章によると、ウマ一頭は5千銭程度で、奴隷は一万五千銭程度だそうです(169~170頁)。
奴隷は「傭肆」で売られていたそうで(160頁)……。
どうでしょう? 「傭肆」で魅力的な奴隷に出会った登場人物が、その奴隷を手に入れようと、大事にしていた馬3頭を手放すことで購入する……なんて場面を小説に取り入れてみるのもアリかもしれません。

鷲生としては。
考えている中華ファンタジーで登場人物に大怪我を負ってもらおうかと考えているので、本書の虫歯の項目での「大麻による麻酔技術」の説明が参考になりました!(58頁)

あと、子どもの虫取りの話題で以下の記述があります。

「セミは、何も食べずに木のうえで鳴きつづけ、しかも脱皮することから、漢代には高潔・超俗・節操の象徴とされた」(213頁)

鷲生の予定では、高潔で有能な文官キャラが登場する予定なので、彼の名前に「蝉」を使おうかな~などと考えております。

ね?
イロイロ使える資料本でございましょう?

さて。
面白いのは、この本の資料としての内容だけではありません。

著者の学者先生が面白いんです!

この本は冒頭、真面目に政務をとる古代中国の男性のもとに「不審者が現れた」と部下が報告しにくる場面で始まります。
その不審者が妙な供述をしている、と部下は訴えます。
その不審者の供述の内容というのが、「私は未来の国からやってきた者で、柿沼陽平という。気づいたらこの世界にいた。未来には漢帝国など存在しない」というもの。

そう、この本は「読者の皆さんが古代中国の世界にタイムスリップし、ロールプレイングゲームのようにその時代を生きていかねばならないことになったら、皆さんは古代中国の一日二十四時間をぶじに過ごせるであろうか。本書はがそのガイドブックとなる」という設定で書かれているのです。

ゆーても。
深緑に白枠の真面目そうな中公新書の表紙、そして著書は早稲田大学の教授というエライ先生。
とっても真面目な本のハズです。
「初心者に敷居を下げるために、そのような食いつきやすい設定にしておくだけなんじゃないの?」と鷲生はナメて(?)おりました。
プロローグでそんな前振りをしても、本編に入ったら真面目でお堅い内容が続くんでしょう? と疑っていたのです。

いやいや……この先生のこのノリはガチですわw
本編に入って「地図を眺める──郡県郷里の構造」で真面目な内容になったと思いきや、それに続く方言の問題は「読者の皆さんが『ドラえもん』に登場する道具の「翻訳こんにゃく」(ことばの壁を越えられる食物)を食べたとして仮定して話をすすめてゆく」とありますw

虫歯のところでは、現代のような治療法がないのに虫歯になるのは大変だというところで「芸能人でなくとも、歯は命である」との文言がw 昔のテレビコマーシャルのアレですねw

こういう感じで、本編に入っても結構文字数を割いて、タイムトラベルを前提にしたユーモアあふれる記述がなされています。

プロローグやエピローグでは、中国古代を舞台にした漫画や映画などのサブカルチャーの存在について言及があります。
漫画では横山光輝さん『三国志』・王欣太(李学仁原案)『蒼天航路』・原泰久『キングダム』、映画では『始皇帝暗殺』『レッドクリフ』などの名前が挙げられています。
こういうサブカルチャーが人気を博していると十分意識されたうえで「フィクションにはそれ相応の楽しみ方があるが、時代背景がわかると、もっとおもしろい」「またサブカル製作者にとっても、時代背景の理解はたいせつであろう」と書かれています。
このカクヨムで、この鷲生の「中華ファンタジー・中華後宮モノを書きたい人への資料をご紹介!」なんて拙い文章をお読みになっている、ア・ナ・タ! あなたのような方に、この柿沼陽平さんのこのご本は書かれているのです!

鷲生はすっかりこの先生のファンになったので、ツイッターなどで発信される情報も追いかけております。
そこで、普段の大学の先生としての日常などが垣間見えますが、面白いですよ。
一度「最近は『魔道祖師』から中国史に興味を持つ人が多いのか」とおっしゃっていました。目新しい流行にも「ほう、ほう」と柔軟な姿勢をお見せになるご様子が、なんだか微笑ましいです。

某ネット書店のコメントの中には本書の笑わせ所が「イマイチすべっているのでは?」という指摘もありますが、そこも含めて味があると思うんですよ、鷲生は。
お笑い芸人ほど非日常の派手な笑いのプロではなく、身近にいそうな知的で紳士的な(そして、ちょっとオタクぎみの)男性の自然体な冗談が、私にとっては何とも言えぬ面白みが感じられるんですw

なお。
サブタイトルにある「性愛」について。
この項目について興味のある方も(たくさん?)おいででしょう。

先ほど「知的で紳士的」と鷲生の印象を述べましたが、ここについての著書の文章、なかなかに際どいですw

某オヤジ系週刊誌に「淑女の雑誌から」という名物コーナーがありますが、ここに掲載されているエロ記事に匹敵しそうなくらいでw

そして図版で「こんな絵が古代にあったんですか⁉」という、これまた「淑女の雑誌から」の挿絵(独特のテイストですよね?)みたいなエロい絵の紹介があり(四川省で出土して博物館に保存されているそうです)、その解説もあるんですが。
それが終わると「だが、本書ではこれ以上これらの問題に目を向けることはしない。残念ながら史料がほとんど残っていないし、なによりもこれ以上詮索するのは無粋であろう」と締めくくられます。
この辺の緩急がオモシロイのですw

そうそう、図版の多さも見どころです。
出土した資料もありますし、著書が撮影された写真もあります。
他に、イマドキの「絵師さん」が描かれたようなイラストもあります。
「進賢冠」(66頁)「佩玉をつけ、曲裾をまとった女性」(198頁)ですね。ネットで見かけそうなイラストなので、グッと親近感がわきます。柿沼先生の研究室の学生さんに絵師さんがいらっしゃるのでしょうか?

2021年に出版された中公新書ですし、定価の960円(+税)で入手は容易です。

日常史の学説上の位置づけについての真面目なご主張もありますし、脚注も豊富です。
かなり内容の充実した本ですので、鷲生は購入しておりますし、買ってよかったと思っておりますよ!


*****
2023年7月14日追記
中華ファンタジー「後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符」の投稿を始めました!
是非お越し下さいませ!
「後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符」https://kakuyomu.jp/works/16817330658675837815
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