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ドナ
43 新たな悩み
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エリック様と国に一旦戻ることになった。エリック様主催のパーティに参加するためだ。前の時もそうだが、翻訳した本は評判になっている。パーティには国王陛下もお忍びで参加されるというので、出席しないわけにはいかない。
本の翻訳者ということであれば執筆した教授も参加すべきなのだが、仕事が立て込んでいるので時間が取れないとのこと。そもそも教授は人前に出るのは苦手、というより嫌悪しているところがある。そういう華やかな場所は極力参加したくないということで、実は幻の人物と言われているのだ。そのため翻訳した私が参加してタセル語の普及と交流を目的にしたい、とエリック様より強く言われてしまった。
国に戻ることは避けたいと思っていた。それはエリック様も理解されている。しかし正式に私はもうタセル国の人間だし、そもそもアニー・ロゼルスという人間は存在しないのだ。万一でも私のことを知っているという人間がいたとしても、ドナだと突っぱねればいいのだとエリック様は笑っていた。何かあってもエリック様が守ってくれる、という力強い言葉で私は決心した。
「国に戻るんだって?」
家に戻るとヴィンス様が待ち受けていた。少しイラついた表情だ。彼は機嫌が良くない時は眉間に皺がよる。本人は気づいていないのだが、私はずいぶん前から気づいている。
「はい、エリック様のパーティに参加することが決まったんです」
どうしてもう知っているのか。帰ったばかりなのに、と私が驚いているとお父様が現れた。タセル国に来て名前はドナになり、そして新しくできたお父様。今では本当のお父様だと思える。国にいた父は父という名の見知らぬ他人。そんなふうに思うようにしたのだ。
「ドナ、エリック様のわがままで嫌な思い出のある国に戻る羽目になったんだって?」
全てを話したわけではないが、私が自分の国で辛い経験をしたことは知られている。あえて聞いてくることはないが、何となく察してくれているようだ。そもそもがレティシア様の修道院にいたということで、何らかの事情がある人間ということは分かっているはずだ。
「パーティに参加するだけです」
「まぁぁ!パーティですって?」
そこにお母様がやってきた。興奮したように頬が少し赤くなっているように思う。これはまずい、と思った。お母様は私に色々と買ってくださる。今まで親に何かを買ってもらうことがなかったので、いまだに慣れない。それにお母様はとてもたくさん買ってくださるのだ。
「ドレスを作らないと!」
案の定、お母様は目を輝かせている。
「お、お母様、ドレスならたくさんありますから」
お母様が買ってくださったドレスは、毎日着ても全てを着ることはできないと思うくらいの数だ。これ以上増えたら管理することができなくなりそうだと真剣に思う。
「何言っているの?ドナはタセル国で一番の才女なのよ。完璧なドレスを着ないとタセルがバカにされるわ」
お母様の言葉に横にいるお父様は険しい顔で考え込んでいるようだった。お母様の散財をどう制止しようかと思っているのだろう。お金のことは気にするなと言われてはいるが、翻訳で自分のお金が入ったことで気にするようになった。何しろお母様の買い物は値段を見ると目が飛び出るような金額のものばかりなのだ。払えるからと言って使ってばかりではいずれ無くなる。それが怖い。
「よし!」
お父様は何かを決意したように大声を出した。
「マーゼナル商会を呼べ!」
「は?」
マーゼナル商会は一流の商品ばかり扱っている。つまり値の張る商品しか扱っていないのだ。そんな商会を呼んだら破産してしまう。
「ややや、やめて下さい!」
私は慌ててお父様の腕を掴む。
「ドレスなら・・・、ほら、この前買って頂いたものがあるでしょう?」
「必要なものはドレスだけではないわ。ジュエリーだって必要よ」
「聞けば向こうの国王陛下に謁見するのだろう。見窄らしい格好をさせるわけにはいかないじゃないか」
「そうよ、そうよ」
お父様とお母様の圧がすごい。
「ジュエリーなら、ほら、お母様のあの・・・ルビーのセット。あれ・・・あれをお借りしたいですわ」
苦し紛れのように私は以前見せて頂いたお母様のコレクションの一つを口にした。図々しいとは思ったが、以前お母様が晴れの舞台があればこれをつけてねと言ったのを思い出したのだ。社交界デビューの年にご両親から買って頂いたけど趣味じゃないのでつけたことがないと言っていたからだ。若者向きのデザインだったのでお母様はもうつけることはないだろうと笑っていた。
「あぁ、あれね」
お母様は思い出したという顔をした。
「少しデザインが古臭いわ」
「そ、そうでもないです。少し昔のデザインが今は流行りなんです。昔のものは良いものが多いので、憧れていたんです」
私の必死の説明を聞きながら、お母様は離れていたところにいるメイドたちを見た。メイドたちがうなづいている。
「最近の流行って良くわからないわねぇ」
「若い子はオシャレに敏感だからね」
お父様とお母様はそんなことを言い合っている。一応買い物を控えさせることに成功したようだ。
「でも、靴は?」
今まで黙っていたヴィンス様が口を挟んだ。思わずヴィンス様の顔を見てしまう。余計なことをという気持ちを込めたつもりなのだが、ヴィンス様は私と目が合うとニカっと笑った。
「そうね、靴が必要ね」
「うん、履きやすくてオシャレな靴が必要だな」
お父様とお母様は顔を見合わせうなづき合っている。
「では、靴は俺がプレゼントするよ」
は?と思わずヴィンス様を見た。ヴィンス様は何でもないように一歩お父様とお母様に向かう。
「明日一緒に店に行きますので許可をください」
「うむ、いいだろう」
お父様は真剣な顔でうなづいた。
「そうね、エスコートをスティーブとヴィンスに頼んだから2人の身長に合わせて靴を選ばないとね」
またもや私はびっくりしてお母様の顔を見た。というより、睨んだに近い。エスコートって何?なんで2人?
「あら、エスコートする相手に合わせて靴を選ぶのは常識よ。2人とも背が高いから大変だけど、高いヒールを履いた女性を上手にエスコートできるのがモテる秘訣よ。ヴィンス、分かってるわね」
「大丈夫ですよ」
「そうだ、タセルの男がどれだけ凄いか見せつけてやれ」
「了解です!」
盛り上がる3人に私はついていけず、呆然と立っているだけだった。
本の翻訳者ということであれば執筆した教授も参加すべきなのだが、仕事が立て込んでいるので時間が取れないとのこと。そもそも教授は人前に出るのは苦手、というより嫌悪しているところがある。そういう華やかな場所は極力参加したくないということで、実は幻の人物と言われているのだ。そのため翻訳した私が参加してタセル語の普及と交流を目的にしたい、とエリック様より強く言われてしまった。
国に戻ることは避けたいと思っていた。それはエリック様も理解されている。しかし正式に私はもうタセル国の人間だし、そもそもアニー・ロゼルスという人間は存在しないのだ。万一でも私のことを知っているという人間がいたとしても、ドナだと突っぱねればいいのだとエリック様は笑っていた。何かあってもエリック様が守ってくれる、という力強い言葉で私は決心した。
「国に戻るんだって?」
家に戻るとヴィンス様が待ち受けていた。少しイラついた表情だ。彼は機嫌が良くない時は眉間に皺がよる。本人は気づいていないのだが、私はずいぶん前から気づいている。
「はい、エリック様のパーティに参加することが決まったんです」
どうしてもう知っているのか。帰ったばかりなのに、と私が驚いているとお父様が現れた。タセル国に来て名前はドナになり、そして新しくできたお父様。今では本当のお父様だと思える。国にいた父は父という名の見知らぬ他人。そんなふうに思うようにしたのだ。
「ドナ、エリック様のわがままで嫌な思い出のある国に戻る羽目になったんだって?」
全てを話したわけではないが、私が自分の国で辛い経験をしたことは知られている。あえて聞いてくることはないが、何となく察してくれているようだ。そもそもがレティシア様の修道院にいたということで、何らかの事情がある人間ということは分かっているはずだ。
「パーティに参加するだけです」
「まぁぁ!パーティですって?」
そこにお母様がやってきた。興奮したように頬が少し赤くなっているように思う。これはまずい、と思った。お母様は私に色々と買ってくださる。今まで親に何かを買ってもらうことがなかったので、いまだに慣れない。それにお母様はとてもたくさん買ってくださるのだ。
「ドレスを作らないと!」
案の定、お母様は目を輝かせている。
「お、お母様、ドレスならたくさんありますから」
お母様が買ってくださったドレスは、毎日着ても全てを着ることはできないと思うくらいの数だ。これ以上増えたら管理することができなくなりそうだと真剣に思う。
「何言っているの?ドナはタセル国で一番の才女なのよ。完璧なドレスを着ないとタセルがバカにされるわ」
お母様の言葉に横にいるお父様は険しい顔で考え込んでいるようだった。お母様の散財をどう制止しようかと思っているのだろう。お金のことは気にするなと言われてはいるが、翻訳で自分のお金が入ったことで気にするようになった。何しろお母様の買い物は値段を見ると目が飛び出るような金額のものばかりなのだ。払えるからと言って使ってばかりではいずれ無くなる。それが怖い。
「よし!」
お父様は何かを決意したように大声を出した。
「マーゼナル商会を呼べ!」
「は?」
マーゼナル商会は一流の商品ばかり扱っている。つまり値の張る商品しか扱っていないのだ。そんな商会を呼んだら破産してしまう。
「ややや、やめて下さい!」
私は慌ててお父様の腕を掴む。
「ドレスなら・・・、ほら、この前買って頂いたものがあるでしょう?」
「必要なものはドレスだけではないわ。ジュエリーだって必要よ」
「聞けば向こうの国王陛下に謁見するのだろう。見窄らしい格好をさせるわけにはいかないじゃないか」
「そうよ、そうよ」
お父様とお母様の圧がすごい。
「ジュエリーなら、ほら、お母様のあの・・・ルビーのセット。あれ・・・あれをお借りしたいですわ」
苦し紛れのように私は以前見せて頂いたお母様のコレクションの一つを口にした。図々しいとは思ったが、以前お母様が晴れの舞台があればこれをつけてねと言ったのを思い出したのだ。社交界デビューの年にご両親から買って頂いたけど趣味じゃないのでつけたことがないと言っていたからだ。若者向きのデザインだったのでお母様はもうつけることはないだろうと笑っていた。
「あぁ、あれね」
お母様は思い出したという顔をした。
「少しデザインが古臭いわ」
「そ、そうでもないです。少し昔のデザインが今は流行りなんです。昔のものは良いものが多いので、憧れていたんです」
私の必死の説明を聞きながら、お母様は離れていたところにいるメイドたちを見た。メイドたちがうなづいている。
「最近の流行って良くわからないわねぇ」
「若い子はオシャレに敏感だからね」
お父様とお母様はそんなことを言い合っている。一応買い物を控えさせることに成功したようだ。
「でも、靴は?」
今まで黙っていたヴィンス様が口を挟んだ。思わずヴィンス様の顔を見てしまう。余計なことをという気持ちを込めたつもりなのだが、ヴィンス様は私と目が合うとニカっと笑った。
「そうね、靴が必要ね」
「うん、履きやすくてオシャレな靴が必要だな」
お父様とお母様は顔を見合わせうなづき合っている。
「では、靴は俺がプレゼントするよ」
は?と思わずヴィンス様を見た。ヴィンス様は何でもないように一歩お父様とお母様に向かう。
「明日一緒に店に行きますので許可をください」
「うむ、いいだろう」
お父様は真剣な顔でうなづいた。
「そうね、エスコートをスティーブとヴィンスに頼んだから2人の身長に合わせて靴を選ばないとね」
またもや私はびっくりしてお母様の顔を見た。というより、睨んだに近い。エスコートって何?なんで2人?
「あら、エスコートする相手に合わせて靴を選ぶのは常識よ。2人とも背が高いから大変だけど、高いヒールを履いた女性を上手にエスコートできるのがモテる秘訣よ。ヴィンス、分かってるわね」
「大丈夫ですよ」
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