心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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タセル国にて

19 ミントティと訪問者

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 翌日も私はレティシア様のお屋敷に伺った。レティシア様から話し相手になって欲しいと言われたからだ。正直私と話して面白いのかわからないが、レティシア様にお願いされればお断りするわけにはいかない。

 お屋敷に伺うとレティシア様は準備をされている最中だという。少し時間がかかるとのことなのでお庭を散策することにした。さすが大きくて立派なお屋敷なだけあって、お庭も素晴らしい。花は綺麗に咲いているし、樹木も生き生きとしている。

 お庭を歩きながら、草木をゆっくりと眺めた。気持ちの良い風が吹いているし、暖かな陽射しが心地よかった。こんなふうに歩いたことってあっただろうか。と、考えて思い出した。

 姉とブライアン様が庭を散歩するのを後ろから着いて歩いたことがあったのだ。あれは二人が結婚する前だった。姉に会いにブライアン様は定期的に我が家を訪れていた。いつもはテラスでお茶を飲むだけだったのが、何を思ったのか姉は庭を散策しようとブライアン様に提案したのだった。

 姉の提案にブライアン様は驚いた顔をした。姉は病弱なので出歩くことはない、とブライアン様は思っていたからだ。お身体に障りますよ、とブライアン様は言ったと思う。しかし姉は強硬に誘い、ブライアン様が折れた形になった。

 婚約しているとはいえ、結婚前の男女が二人きりになるわけがない。二人から少し離れたところに使用人たちが着いていくことになるのだが、姉は使用人たちよりもっと近い場所にいろと私に命じた。それもすぐ後ろにいろと言う。そのため私は二人のすぐ後ろに立ち、二人に着いていくことになった。ブライアン様はものすごく嫌そうな顔をした。姉はブライアン様に気づかれないように私に言ったので、ブライアン様は何も知らない。

「どうしてアニー嬢が?」

 さすがにブライアン様が姉に尋ねた。確かに真後ろにピッタリとくっついてくるのだから不審に思ったのだろう。使用人たちも白い目で私を見ているのが分かる。

「本当。困りますわ。隙があればこうやって嫌がらせするんですの」

 そう言って姉はブライアン様の胸に顔を埋めた。婚約しているとはいえ、それは大胆な行動だった。しかしそんな状況にも気づかないほど、ブライアン様は鬼のような顔で私を睨みつけていた。

「恥ずかしくないのか」

 ブライアン様の怒号を私はぼんやりと聞いていた。その向こうに見える姉の笑顔。いたずらが成功した子どものような無邪気に笑う姉。

 そんなことを思い出してしまい、私は頭を振った。そうすれば嫌な思い出が頭からこぼれ落ちて、いずれ消えて無くなってしまうかもしれない。そんなわけがないとわかっているのに私は頭を激しく左右に揺らし、クラクラして大きな木の下に座り込んだ。

 あれはもう過去のことだし、今の私には関係がないのだ。深呼吸をしながらふと足元を見ると、見慣れた葉っぱが見えた。それはミントの葉だった。翻訳をした植物学の本に書かれていた。よく見かける葉だったが、色々な効用があることを知って驚いた。ラガン家の庭にもあったのでこっそり摘んで食べていたのだ。

 懐かしくなって私は少し摘みたかった。一緒に来てくれていたメイドさんに聞いてみる。メイドさんはレティシア様のお屋敷に勤めている方である。

「お花ですとお伺いしないといけませんが、それは雑草でございますから大丈夫ですよ」

 メイドさんはニッコリと笑って了承してくれた。ミントのことを知らないのかと思ったが、花と比べて地味だしこんな立派なお屋敷であれば雑草扱いされるであろう。適当に摘んでお部屋に戻ることにした。




「お待たせしてごめんなさいね」

 レティシア様は昨日よりも少し顔色がいいように見える。それは多分お化粧のせいだ。時間をかけて少しでも顔色を整えてくださったのだろう。それは淑女の礼儀だ。人を招待して体調が悪い様子を見せるのは無礼とされる。レティシア様のような身分の高い人が私のような若輩者にそんな気遣いをしてくださったことに感激した。

「いいえ、とんでもないことでございます」

 私は丁寧に頭を下げる。

「綺麗な庭園を散策させていただきました」
「まあ、そうだったの。案内ができなくて悪かったわ」

 レティシア様は眉を寄せ、本当に申し訳ないという表情をしている。却って恐縮してしまう。

「でも少しお庭の景観を損ねてしまいましたわ」

 私はそう言って摘んできたミントを出した。

「まあ、何?」

 いきなり葉っぱを出したのでレティシア様は驚いた声を出した。確かにここで出すものではない。

「ミントです。お茶に入れると爽やかな風味で楽しめます」

 私はそう言って目の前にあったお茶に入れゴクゴクと飲んだ。お行儀が悪いのだが、喉が渇いていたので我慢が出来なかったのだ。

「え?」

 レティシア様はまたも驚いた声を出したが、同じようにお茶にミントを入れた。

「奥様、私が」

 近くにいたメイドが進み出る。メイドはカップを手にするとゴクッと一口飲んだ。

「爽やかでスッキリしますわ」

 メイドは笑顔でそう言うと、さらにゴクゴクと飲み干してしまった。

「も、申し訳ございません」

 メイドは真っ赤な顔になり頭を下げた。

「美味しかったもので、つい・・・」 
「いいのよ」

 レティシア様はそう言うと、私をじっと見つめた。

「このこと、どうして知っているの?」
「植物の本に書いてありました」
「植物の本?」
「はい」

 翻訳をするために読み込んだ本だ。細部まで覚えている。実際にスティーブ様もお読みになっていたから、本は出版されている。翻訳をしたとは言えないから、スティーブ様に見せてもらった時に読んだと言えばいいはずだ。私はそう説明した。

「まあ、そうなの」

 レティシア様は嬉しそうに言うと、ミントを入れたお茶を口に運んだ。

「本当、香りが爽やかね」
「良かったです」

 気に入ってもらえて良かった。私も安心してもう一度お茶を飲んだ。そうだ、昔はよく胃がムカムカしていて、ミントを食べるとスッキリするのでよく食べていた。今は胃はムカムカしないけど、食べるとスッキリするのは変わらない。独特の清涼感がたまらない。

「それでね、紹介したい人がいるのよ」

 ひとしきりお茶を飲んで会話を楽しんでいると、レティシア様が使用人の合図に気づいた。どなたかいらっしゃったようだ。そして室内に男性が入ってきた。やや年配の男性はレティシア様だけではなく私にも丁寧に挨拶をしてくださった。

「ドリアリー教授よ。植物学の本を書いた方」

 本の作者を目の前にして、私は心臓が凍りそうな気持ちになった。

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