心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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タセル国にて

12 親子になった日

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 お茶会が終わり、マリア様、ライニール様、ヘクター様ご一家はそれぞれのお宅へ帰られた。エリオット様とクララ様と3人になる。

「ドナ、今日からここがドナの家で私たちが家族だ」

 真剣な顔のエリオット様を前に私は緊張してきた。先ほどまでは笑顔だったのにと思うと、もしかしたら後悔しているのかもと不安になる。エリオット様がずいっと一歩前に進んだ。睨むような視線に耐えきれずに目を逸らしそうになる。でも、目を逸らすなんて失礼だという気持ちにもなった。

 怖いけど、現実を受け入れなくては。私は震えながらもエリオット様を見つめ返す。すると、エリオット様の様子が変わった。急に落ち着かない様子で目を擦ったり、首元を掻いたりしている。どうしたのだろう。少し不安になった。すると。

「それで・・・。お父様と呼んでくれないか?」

 エリオット様の顔が赤くなっている。お父様。実際の父に私は何回呼びかけたことがあっただろうか。はっきりと思い出せないことに気がつく。父が私に話すことといえば、姉の機嫌を損ねないようにすることや姉のように振る舞うよう強要することだった。どうしてできない、どうしてやらないのだと責められた。怒られることしかなかった。

「お父・・・様」

 呼ぶことに抵抗はなかった。父とはどういうものかわからないけど、エリオット様は本当の父とは違う。暖かくて私のことをきちんと考えてくれる。そんな気がした。目の前のエリオット様は目を大きく見開き、真っ赤な顔でプルプルと震えている。その姿が小さな動物のような気さえしてきて、私は吹き出しそうになった。

「聞いたか?」

 エリオット様は横にいるクララ様の方を向くと大きく叫んだ。

「ドナ、私も・・・」
「お母様」

 クララ様が言い終える前に私は呼びかけた。クララ様は両手を口に当て涙を浮かべていた。

「エリオット・・・私・・・」

 そうしてお二人は抱き合い、しばらくそのままお互いの背中をさすり合っていた。

「ありがとう」

 しばらく経ってからエリオット様は私にそう言ってくださった。正直、訳がわからなかった。お父様、お母様と呼んだだけでこんな反応をされるとは思わなかった。

「子どもができるってこういうことなんだな」

 どういうことかわからないが、クララ様もうなづいている。気がつくと部屋の隅にいる使用人たちも涙を浮かべていたり、笑顔でうなづいていたりしていた。

「ドナは何かやりたいことはある?」

 クララ様に聞かれ、私はどう答えたらいいか考えた。やりたいこととは何か。よくわからない。今まで、やりたくてやっていたことなどなかったのだ。何か答えなければいけないのだろうが、何も答えられない。でもここで何も言わなければ、お二人は困るのではないか。納得してもらえる答えは何だろう。もし何も答えないままだとどうなるのだろうか。

 頭の中でグルグルと考え結論が出なかった。何か答えたいのに、答えなければいけないのに。そう思えば思うほど、焦ってしまって言葉が見つからない。お二人はどう思っているのだろう。怒っていないだろうか、幻滅していないだろうか。何故だかそんなことが頭に浮かんで怖くなった。

「そう難しく考えることはないよ」

 見るとエリオット様はニコニコと笑っている。

「やりたいことが見つかるまで色々とやってみるといいさ」
「何でも言ってね、できる限り叶えてあげるから」

 笑顔のお二人に言われ、私は少し安心した。

「で、では。図書室の本を読みたいです」

 私が好むような本はないとスティーブ様はおっしゃっていたが、それは本当かどうか確かめたかった。好みの本がどんなものか、まだわからないのだ。

「あら、じゃあ、おとぎ話だけど読んでみるといいわ」

 クララ様が目配せすると、メイドが一人部屋を出て行った。しばらくするとそのメイドは1冊の本を手にしている。

「この国の有名なお話なのよ」

 クララ様はそう言って私に本を手渡してくれた。しかし、表紙に書かれている字が上手く読めなかった。私はタセル語をあの植物の本を基本に勉強した。だから本に出てこなかった単語はわからないし、知っている単語も母国語での意味がわかるだけなのだ。マリア様とレティシア様に教わって話せるようになったが、いずれボロが出るだろう。

「読んであげるわ」

 クララ様に言われソファに座った。私を真ん中に右側がクララ様、左側がエリオット様だ。

「この本はね、親が子どもに読み聞かせるための本なのよ。寝る前に少しずつ子どもに読んであげるの」

 クララ様は静かに微笑んでいた。

「一時帰国した時に父上に読んでもらったことがあるよ。大声で役者みたいに声色を変えて読むから、とても寝てられなかったな」

 エリオット様はそう言ってニカっと笑った。ライニール様らしい。私は想像してクスクスと笑ってしまった。

「さあ、読むわよ」

 そう言ってクララ様がページを捲った。クララ様の声は耳に心地よく、私は知らないうちに物語に入り込んでいた。魔物に攫われたお姫様を助けにたくさんの騎士たちが助けに行く。しかし魔物はとても強くて誰もお姫様を助けることができない。お姫様は魔法のおかげで歳をとることもなく戦いは何十年も続き、ついに一人の騎士がお姫様を救い出す。そしてお姫様と騎士は結婚して幸せに暮らす。そんな話だった。

「どうだった?」

 読み終わったクララ様に感想を聞かれる。エリオット様も興味津々といった感じで私を見ていた。

「お姫様は何十年もただ捕らわれているだけで、何もできなかったのでしょうか。それに騎士もやみくもに戦うだけじゃなくて、対策とか失敗の原因を探るとか」

 私は思わず冷静にそんな感想を言ってしまった。が、何かおかしいとお二人を見ると、お二人ともポカンとした顔で私を見ていた。

 しまった。こんな感想は失敗なのだ。やらかしたことに気づいて私は俯いた。もっといい答えがあったのだろう。きっとお二人は幻滅したに違いない。しかし。

「すごいな」
「えぇ、本当に」

 エリオット様とクララ様は興奮したように言い合っている。

「クララも同じことを言ったんだ。何もしないで助けてもらえるまで待つなんておかしいって」
「エリオットも戦術を無視して無駄死にさせてバカだって言ってたわ」

 そう言ってお二人は私を抱きしめた。

「私たちの子ね」
「俺たちの娘だ」

 びっくりしてしまったが、私は嬉しかった。お二人の体温が身体中に伝わって、やがて心の奥まで染み渡っていく。他人ではなく親子なのだ。

「お父様、お母様。痛いです」

 自然に出た言葉に一瞬お二人の腕の力が緩んだ。でもすぐにまた力が込められた。

「痛いですぅ」

 そう言いながらも私は笑っていた。

 




 
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