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アニー
4 さよならアニー
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この修道院はレティシア様が作ったものだが、他の修道院とは大きく異なることがある。ここに来れば新しい自分に生まれ変われる。名前も財産も身分も全て捨てることになるわけだが、これはレティシア様が当時の国王陛下に直接掛け合って実現できたものである。犯罪者の隠蔽になりうると陛下は難色を示していたが、根気強く説得を続けたそうである。
この修道院についてはあまり知られていない。誰でも受け入れるわけにはいかないとレティシア様が公表を抑えたからである。
「夫も亡くなって息子が家督を継ぐことになったの。ここは今まで開かれた場所ではなかったんだけど、息子は一般の修道院のように周囲との交流をすべきだと言うのよ」
姉が結婚した後、私は婿を取って家を継ぐと思っていた。しかし両親はすでに遠縁の人間を養子に迎えていた。私は姉の世話をするため一緒にラガン家で生活することになったが、そのときに姉とメイドたちがこの修道院のことを話していた。その時はすでに修道院のことは公表されていた。
「あの修道院に行くと、身分も財産も名前すらも捨てて誰とも会えなくなるそうですわ」
「昔はそうやって新しい生活を初める方がいらしたと聞きますわ。そうでもしないと生きていけないなんて惨めですわね」
「でも・・・そうせざるを得ない方もいらっしゃるんじゃないかしら?生きていても人の役にも立てないような・・・」
メイドと姉はそう言って、私の方をチラリと見る。メイドの目はいつも冷ややかだ。私は役立たずで姉のおかげで生活できていると思われている。しかし私は貴族の娘であり、自分たちが仕える主人の妹である。こういう扱いは本来は許されることではない。だが姉がそれを許してしまっている。だから私も何も言うことができない。姉に逆らえば、本当に私は生きていけないと思っていた。家を追い出され、路頭に迷うしかないと不安だったのだ。
「ドナ・・・大丈夫?」
姉のことを思い出し、私はレティシア様の話を聞いていなかった。いけない。姉はもう私には関係ないのだ。私はもうアニーではない。ドナなのだから。
「はい、大丈夫です」
レティシア様はまだ心配そうな顔をしていたが、私はわざと明るく笑った。
「ドナ、あなた、本当は貴族の家の出身でしょ?」
「・・・はい・・・」
レティシア様に嘘を言うわけにはいかない。私は小さな声で答えた。
「あなたが最初に着ていた服。値段が高いものだったわ。でもわざと破かれていたり、レースやリボンの装飾が取られた跡もあった。どこの店で作られた服か調べたらわかるのよ」
レティシア様の目が私をまっすぐに見ている。最初に会ったときと同じ、厳しい目だった。家に知らすんだ。見えない鎖で縛られているような錯覚がした。身体の自由が効かない。息が苦しくなってくる。
「大丈夫よ、ドナ」
私の様子を見て、レティシア様が慌てたように私の背中をさすってくれた。何度も行き来する手の温かさに私は少しずつ安心を取り戻していく。
「あなたは字を読めたでしょ。それでそれなりの家の子だってわかっていたの。それでもここに来てくれた。ずっと歩いて諦めなかったのだから、もう戻るつもりはないって、覚悟を決めているってわかったの」
家を出ることや姉に逆らうことなど考えてこなかった。そんな考えさえ浮かばなかった。姉の代わりに生きろと言われ、姉のために生きた結果。あの悪夢にもう戻りたくはない。
「ここが知られてしまえば、もしかしたらあなたの家の人がここに来るかもしれない。でもあなたはそれを望んでいないのでしょう?」
私は何度もうなづいた。私の反応にレティシア様は優しく微笑んでくれた。
「大丈夫よ。あなたのことをちゃんと知っておきたいだけだから」
レティシア様は私をわかってくれる人なのだ。タセル国へ行くことに不安はなかった。この国を出られるということが嬉しかった。
タセル国へはその日のうちに向かうことになった。私には荷物がないのですぐに馬車に乗せられた。馬車にはレティシア様とレティシア様の侍女のマリア様と一緒である。マリア様はレティシア様の輿入れ前から一緒だったそうだ。マリア様のご主人はレティシア様の護衛をされていた方で同じくタセル国の人である。今も馬車の横で馬に乗られて護衛をしてくださっている。高貴な方の前で私は緊張していたが、レティシア様はそんな私を気遣ってくださるようにタセル国についていろんな話をしてくれた。
タセル国は我が国と比べて教育の水準が高く、自分の好きな分野を専門的に学べるようになっているそうだ。だから植物についての研究本もあるのかと思った。あれは本当にすごい本だったらしい。翻訳したことで我が国がどれだけ恩恵を受けることになるか想像もつかない。と、国王陛下からもそんな賛辞が送られた。翻訳をした私ではなく姉の元にである。メイドやブライアン様に囲まれて姉は控えめに微笑んでいたが、私の方を見るとニヤリと笑った。あんな笑顔を見たことがなかった。本来は私が受けるべき賛辞。姉はそれを奪って当たり前のように笑っていたのだ。あんたのものは私のもの。あんたのものは何もないの。そう言っているような気がした。もうそんなことにはならないのだ。何度も私は自分に言い聞かせる。今はレティシア様とマリア様に集中しよう。
話が進むうちに私はタセル語の読み書きができることを話した。それを聞いたお二人はとても驚いていた。でも話すことはできないと言うと、タセル語だけで会話をすることになった。レティシア様とマリア様に教わり最初のうちはぎこちなかったが、徐々に慣れてきた。誰かと話すことがこんなに楽しいことなのかと気づいた。
「タセルに着いたら私の家に住んでもらうことになるわ。ドナが好きなことや興味のあるものはある?タセルでなら好きなだけ学ぶことができるわよ」
私は刺繍や翻訳ができるが、それはやむなく身につけたものである。では好きなことは何だろう。聞かれても答えられない。
「すぐに決めなくていいわ。今はゆっくり休んで自分を取り戻すのよ」
自分が何かよくわからないが、レティシア様の言うことだから守りたい。タセル国はどんな国なのだろう私は窓の外を見た。自分の生まれた国はもうじき終わる。馬車が向かう先はタセル国。私はワクワクしていた。こんな気持ちになることに驚いていた。
この修道院についてはあまり知られていない。誰でも受け入れるわけにはいかないとレティシア様が公表を抑えたからである。
「夫も亡くなって息子が家督を継ぐことになったの。ここは今まで開かれた場所ではなかったんだけど、息子は一般の修道院のように周囲との交流をすべきだと言うのよ」
姉が結婚した後、私は婿を取って家を継ぐと思っていた。しかし両親はすでに遠縁の人間を養子に迎えていた。私は姉の世話をするため一緒にラガン家で生活することになったが、そのときに姉とメイドたちがこの修道院のことを話していた。その時はすでに修道院のことは公表されていた。
「あの修道院に行くと、身分も財産も名前すらも捨てて誰とも会えなくなるそうですわ」
「昔はそうやって新しい生活を初める方がいらしたと聞きますわ。そうでもしないと生きていけないなんて惨めですわね」
「でも・・・そうせざるを得ない方もいらっしゃるんじゃないかしら?生きていても人の役にも立てないような・・・」
メイドと姉はそう言って、私の方をチラリと見る。メイドの目はいつも冷ややかだ。私は役立たずで姉のおかげで生活できていると思われている。しかし私は貴族の娘であり、自分たちが仕える主人の妹である。こういう扱いは本来は許されることではない。だが姉がそれを許してしまっている。だから私も何も言うことができない。姉に逆らえば、本当に私は生きていけないと思っていた。家を追い出され、路頭に迷うしかないと不安だったのだ。
「ドナ・・・大丈夫?」
姉のことを思い出し、私はレティシア様の話を聞いていなかった。いけない。姉はもう私には関係ないのだ。私はもうアニーではない。ドナなのだから。
「はい、大丈夫です」
レティシア様はまだ心配そうな顔をしていたが、私はわざと明るく笑った。
「ドナ、あなた、本当は貴族の家の出身でしょ?」
「・・・はい・・・」
レティシア様に嘘を言うわけにはいかない。私は小さな声で答えた。
「あなたが最初に着ていた服。値段が高いものだったわ。でもわざと破かれていたり、レースやリボンの装飾が取られた跡もあった。どこの店で作られた服か調べたらわかるのよ」
レティシア様の目が私をまっすぐに見ている。最初に会ったときと同じ、厳しい目だった。家に知らすんだ。見えない鎖で縛られているような錯覚がした。身体の自由が効かない。息が苦しくなってくる。
「大丈夫よ、ドナ」
私の様子を見て、レティシア様が慌てたように私の背中をさすってくれた。何度も行き来する手の温かさに私は少しずつ安心を取り戻していく。
「あなたは字を読めたでしょ。それでそれなりの家の子だってわかっていたの。それでもここに来てくれた。ずっと歩いて諦めなかったのだから、もう戻るつもりはないって、覚悟を決めているってわかったの」
家を出ることや姉に逆らうことなど考えてこなかった。そんな考えさえ浮かばなかった。姉の代わりに生きろと言われ、姉のために生きた結果。あの悪夢にもう戻りたくはない。
「ここが知られてしまえば、もしかしたらあなたの家の人がここに来るかもしれない。でもあなたはそれを望んでいないのでしょう?」
私は何度もうなづいた。私の反応にレティシア様は優しく微笑んでくれた。
「大丈夫よ。あなたのことをちゃんと知っておきたいだけだから」
レティシア様は私をわかってくれる人なのだ。タセル国へ行くことに不安はなかった。この国を出られるということが嬉しかった。
タセル国へはその日のうちに向かうことになった。私には荷物がないのですぐに馬車に乗せられた。馬車にはレティシア様とレティシア様の侍女のマリア様と一緒である。マリア様はレティシア様の輿入れ前から一緒だったそうだ。マリア様のご主人はレティシア様の護衛をされていた方で同じくタセル国の人である。今も馬車の横で馬に乗られて護衛をしてくださっている。高貴な方の前で私は緊張していたが、レティシア様はそんな私を気遣ってくださるようにタセル国についていろんな話をしてくれた。
タセル国は我が国と比べて教育の水準が高く、自分の好きな分野を専門的に学べるようになっているそうだ。だから植物についての研究本もあるのかと思った。あれは本当にすごい本だったらしい。翻訳したことで我が国がどれだけ恩恵を受けることになるか想像もつかない。と、国王陛下からもそんな賛辞が送られた。翻訳をした私ではなく姉の元にである。メイドやブライアン様に囲まれて姉は控えめに微笑んでいたが、私の方を見るとニヤリと笑った。あんな笑顔を見たことがなかった。本来は私が受けるべき賛辞。姉はそれを奪って当たり前のように笑っていたのだ。あんたのものは私のもの。あんたのものは何もないの。そう言っているような気がした。もうそんなことにはならないのだ。何度も私は自分に言い聞かせる。今はレティシア様とマリア様に集中しよう。
話が進むうちに私はタセル語の読み書きができることを話した。それを聞いたお二人はとても驚いていた。でも話すことはできないと言うと、タセル語だけで会話をすることになった。レティシア様とマリア様に教わり最初のうちはぎこちなかったが、徐々に慣れてきた。誰かと話すことがこんなに楽しいことなのかと気づいた。
「タセルに着いたら私の家に住んでもらうことになるわ。ドナが好きなことや興味のあるものはある?タセルでなら好きなだけ学ぶことができるわよ」
私は刺繍や翻訳ができるが、それはやむなく身につけたものである。では好きなことは何だろう。聞かれても答えられない。
「すぐに決めなくていいわ。今はゆっくり休んで自分を取り戻すのよ」
自分が何かよくわからないが、レティシア様の言うことだから守りたい。タセル国はどんな国なのだろう私は窓の外を見た。自分の生まれた国はもうじき終わる。馬車が向かう先はタセル国。私はワクワクしていた。こんな気持ちになることに驚いていた。
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