心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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アニー

1 私の生まれた意味

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 私は伯爵家の次女として生まれた。それなりに歴史のある家ではあったが、これといって特色のある家ではない。貧しいわけでもないが、大きな財産があるわけでもなかった。

 祖父は若い頃から同じ伯爵家のラガン家と家族ぐるみの付き合いをしており、将来お互いの子どもを結婚させようと約束していた。しかしどちらにも男しか生まれなかったのでその約束はなかったことになった。だが孫の代になってラガン家に男が誕生し、我が家には女が誕生した。そして生後半年で姉は婚約をすることになった。

 ラガン家は何代か前に王女の降嫁先になったくらいに由緒のある家だった。そのため我が家としてもこの婚約を守りたい。姉は細心の注意を持って育てられることになったのだが、1歳を過ぎた頃に高熱が数日続いた。医者は命の危険があるとか、熱が下がったとしても後遺症が残るだろうとも言った。

 そのため、両親はもう1人子どもを作った。そうして私が生まれ、名前はアニーと名付けられた。姉の名前アリーに似通った名前であった。

 姉のスペア。それが私の誕生意義であった。





    姉は運良く後遺症も残らず成長したが、何かあるとすぐに体調を崩して寝込むようになった。両親は何度かラガン家に姉ではなく妹のアニーと婚約し直してほしいと打診した。しかしラガン家からは、婚約はアリーのままでと返信された。

 姉が望まれるのなら仕方がない。しかしもし姉が嫁ぐことができない場合、我が家とラガン家の縁は切れてしまう。私は両親から姉のように振る舞うよう言われた。姉妹なのだから私は姉と似ている。姉にもしものことがあれば、すぐに私が姉の代わりになれるようにと。姉と同じ服を着て、姉と同じ髪型をし、姉の好む食べ物を食べ、私は成長した。

 月に1度程度、姉は婚約者と会う。婚約者のブライアン様はあまり表情が変わることがないが、姉を見る目は少しだけ優しくなっているように思う。しかし私を見る目は厳しかった。冷ややかな視線。私は怖くてたまらない。しかしその場から去ることはできない。姉とブライアン様が何を話すか、どんな様子だったかを知っておかなければならないからだ。姉の代わりができるように、両親はそう言って私を姉の側に置かせた。

 そんな日々を重ねていたが、ある日祖父はささいな怪我がきっかけで寝込むようになり、数ヶ月後に亡くなった。そしてラガン家から婚約解消の打診があった。元々は祖父同士の約束ということもあったが、姉は何かあるとすぐに体調を崩し寝込んでしまう。まだ若いし婚約を解消してもやり直せる。それがラガン家の言い分だった。

 話し合いの際、姉は婚約を継続できるようにラガン家の家紋を刺繍したハンカチを用意した。ラガン家の家紋は色鮮やかで複雑な紋様だ。それを忠実に再現してほんの数日のうちに作り上げたことにラガン家は敬意を表し、婚約は継続されることになった。

 そうして姉はラガン家に嫁いだ。私は婿を取り家を継ぐ。そう思っていたが、すでに遠縁から跡継ぎになる男性を養子にしていた。姉が結婚したとしても子供が授かるかわからない。子どもが授かれなければ姉は用済みになってしまう。

 私は姉と共にラガン家で生活することになった。病弱な姉の世話をする。それが私の役割ではあったが、いつでも姉の身代わりになれるようにと両親は私に言った。

 姉の刺繍は好評で、ブライアン様の仕事関係の人やラガン家と付き合いのある人たちに姉が刺繍したハンカチを配り、手にした誰もがその精巧な作りに感心していた。誰が言い出したか幸運のお守りなどと言われるようにもなった。

 姉はいつも微笑んでいるような人だった。病弱で身体も辛いことが多いのに常に微笑んでいる。当初は妻の役割を果たせないだろうと不安視されていたが、実際はそんなことはなかった。刺繍の他にも他国の言葉を独学で学びラガン家にある蔵書を翻訳したりした。

 姉はラガン家の中で女主人の地位を築き上げた。しかしなおも両親からは言われ続けた。姉のようになれ、ブライアン様は姉を気に入っている。だから姉が去ってしまったあともブライアン様の側に留めるように姉に成り代われ。




 心配されてはいたが、姉は無事に妊娠し娘を産んだ。姪が1歳を過ぎた頃、姉は息子を産んだ。病弱な姉ではこれ以上子どもを望めないと思われていたため、跡取りの誕生は喜ばしい出来事だった。だが姉はますます寝込むようになり、今まで月1回通っていた病院へも週に1回のペースで通うようになった。しかし寝込んでいても刺繍入りのハンカチを作ることや蔵書の翻訳は続けている。使用人たちは姉を聖女のようだと言うようになった。

 聖女のようだと讃えられる姉に成り代われるわけがない。それでも私は姉のそばから離れることはできなかった。姉が子どもを抱き慈しむ姿を私はいつも少し離れた所から眺めていた。そうしてどこかから感じるブライアン様の視線に恐怖した。彼はいつも私を冷たい目で見ていた。

 子どもたちは成長していくが、姉の体調は安定せず相変わらず何かあると寝込んでいた。そんな生活はある日突然終わりを告げた。姉がこの世を去ったのである。週に1回の病院通い。その時に馬車の事故で姉は亡くなった。私は一緒ではなかった。姉はいつも通り、1人で馬車に乗り病院へ行っていた。一緒だったのは実家から連れてきた御者だった。彼は姉と一緒に亡くなった。

 こんな形で姉がいなくなってしまうとは想像していなかった。誰もが驚き落胆し涙した。寝込んでばかりいた姉だったが、刺繍や蔵書の翻訳など残したものは大きい。誰もが姉の功績を讃えていた。

 あまりに突然で私はぼんやりとそのばに立っていた。誰かが話す姉についての話も私には知らない誰かの話のように聞こえていた。それでも姉の代わりに私はブライアン様の妻となり子どもたちの母にならなければいけないのだろうか。

 私は姉を見ながら問いかけた。最後の瞬間何を思ったか。姉は幸せだったのだろう。誰にでも愛されていたのだから。

 姉から離れ私は歩き出した。しかし。
 

 背中に衝撃を感じた。私の体は宙を浮いていた。瞬間見えたのは甥の姿だった。そばには怒った顔をした姪もいた。衝撃で私はどうなったかわからなかった。それでも私は守らなくてはいけないものがあった。周囲から叫び声やドタバタと走り回る音が聞こえてきた。

 ブライアン様がゆっくりと向かってきたのが見えた。私の手が軽くなる。やめて、それだけは返して。しかし願いは虚しく私は彼に奪われてしまった。それだけは守らなくてはいけなかったのに。

 彼はいつものように私に冷たい視線を向けていた。出会ってからずっと彼が変わることはなかった。彼はずっとアリーを愛していたのだろう。


 さよなら、ブライアン様。私の義兄だった人。そして、夫になるかもしれなかった人。

 
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