婚約破棄のその後に

ゆーぞー

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「ふざけてるんじゃないわよ!」

    思わずそんな口汚い言葉が出てしまった。近くにいるメイドたちが一瞬こちらを見たが、すぐに視線をそらして仕事を再開している。

    バカにしてるわ。

    私は彼女たちを睨み付けたが、誰一人気にした様子はない。

    こんなはずじゃなかった。

    私は唇を噛みしめ、手にしたドレスを再度確認した。それは数年前のデザインで布地もゴワゴワしているし、レースも適当な縫われ方をしている。あまりにもお粗末な作りで、ウエディングドレスとしたら最悪な代物だ。これを着なくてはならないなんて屈辱だ。悔しさで手が震えている。

    これでも私は侯爵家の娘だ。こんなドレスを着る身分ではない。しかし子爵家からライラが着るはずのドレスとして送られたのは、このドレスなのだ。

    こんなはずではなかった。私は最高のドレスを着て、みんなから称賛を受ける人間なのだ。こんな底辺の人間が着るドレスは私には似合わない。メイドから侮蔑的な視線を受ける人間でもないし、平民に落ちぶれた男と結婚する人間でもないのだ。

 5歳上の姉が招待を受けたお茶会に一緒に参加した時、私は8歳だった。正式な客である姉よりも参加した人たちは私に興味を持った。どの人もみんな私のことを美しいと褒めちぎったのだ。正直にいえば姉は綺麗ではなかった。参加している姉と同年代の令嬢と比べて、姉はかなり地味な顔をしていた。

 今まで知らなかった事実だった。姉よりも私は美しいのだ。小さい子ども相手ではあるが、私は色々な人にチヤホヤされた。そうなると気分もいい。最初は姉のついでのようにあちこちのお茶会に誘われたけど、そのうちに私のついでに姉が誘われるようになっていた。

 私のお陰で姉はあちこちのお茶会に出ることができて、たくさんの令息や令嬢と知り合いになったはずだ。しかし姉は地味な性格が災いしてか、なかなか婚約者を見つけることができなかった。

 姉ではなく私はどうか、と言われたこともある。しかし姉が決まらないのに妹の私が婚約するわけにはいかない。

「男性の接し方をわきまえた方がいいわ」

 姉からそんなことを言われた。とある令息から今度一緒に芝居でも行きましょうと誘われ、私は彼の手を取りニッコリ笑った。どこかの令嬢がやっていたことを真似したのだ。その令息は真っ赤な顔をして汗をかき出した。面白くなって私は握った手に力を込めた。ますます彼は赤い顔になる。その様子を姉が見ていたのだ。

「あんなこと、するもんじゃないわ」

 姉は自分が誘われないからそんなことを言うのだ。私はわかっていた。姉は私に嫉妬しているのだ。姉は男性に誘われることもない。誘われたと思ったら、相手の目当ては私なのだ。

 だから私はもっとやってやった。姉だけじゃない。他の令嬢の前でも令息を見つければ、手を握ったり上目遣いで見つめたり。そうすれば男性は面白いように私に夢中になる。その様子を見て、女は私に嫉妬する。嫉妬させるのは楽しかった。

 姉はなんとか婚約できた。相手は勉強ばっかりやっているつまらない男だった。婚約できて良かったわね、と私は姉に言ってやった。姉はものすごい目で私を睨みつけた。

「あんたのせいで婚約ができなかったのよ。あんたみたいなふしだらな妹がいるせいで!」

 姉はヒステリックに怒鳴って、近くにあるものを手当たり次第に投げつけてきた。メイドたちが姉を別の部屋に引きずるように連れて行く。馬鹿馬鹿しい。自分が地味で魅力がないせいで婚約できなかったのに私のせいにするの?

 姉が結婚したらお茶会に誘われなくなった。私に嫉妬している女たちが男を取られたくなくて、私をのけものにしているのだ。でも大丈夫。私は知り合いになった令嬢や令息たちと遊ぶようになった。彼らは男爵や子爵で侯爵家の私とは釣り合いが取れないけど、平民に近いぶん遊び場所を知っていた。

 騎士がよく行く酒場も誰かから教えてもらったのだ。私が行けば、みんな私と話したくて寄ってくる。中には平民もいたけど気にしなかった。みんな私に夢中なのだ。

 そんなある日。お父様から婚約が決まったと言われた。正直面倒だとは思ったけど、仕方がない。その人は公爵。私を独り占めしたいのならそのくらいの身分じゃないとダメよね。私はお気に入りのドレスを着てその人に会いに行った。

 その人はお父様よりも年上でおかしな趣味があるという噂の人物だった。その噂を私は聞いていた。そして具体的にどんなおかしな趣味なのかも知っていた。おそらく一般の令嬢ならそんなことは知らないはずだし、想像することもできないだろう。でも私は知っている。教えてくれたのは酒場で知り合った名前も顔も定かではない男だ。私も安いワインで酔ってしまってよく覚えていないけど、そのおかしな趣味の話で盛り上がったことは覚えている。

「本当の傷物が来たのか」

 公爵は私を見るなりそう言った。

「ワシが望んだ傷物はお前のような女じゃないぞ。高い金を支払ってお前みたいな女じゃ、面白くも何ともない」

 吐き捨てるように言われた。こっちだってあんたみたいなジジイと結婚するつもりないわ。だけど。

「お前、ワシに買われなければ結婚もできんだろうな」

 わかってる、これは奴のおかしな趣味の一環だ。こういうことを言って相手を痛めつけるのが趣味なのだ。わかっているけど屈辱だった。男は私を見ると夢中になる。その私がこんな男と結婚するなんて。私はその場をすぐに逃げ出した。

 そして酒場でレナードに出会った。レナードは伯爵。侯爵の娘の相手としては不足はある。でも他にめぼしい男はいなかったのだ。彼を何とか私に相応しい男にする。お金を使いコネを使い、考えられるものの何もかも使う。レナードが婚約したと言うけど、関係ない。むしろ親の決めた婚約者を捨ててまで私を選んだという方が劇的だし、私に相応しい。それなのに。

 私のお相手は騎士でもなければ貴族でもない。私は平民が着るような時代遅れの適当な縫製のウエディングドレスを着させられる。それは王命なのだ。

「あんたのせいで!」

 姉がまたヒステリックに喚きながら私につかみかかってくる。姉の夫は王子の教育係だったのに解雇された。姉は離縁されてしまったという。そんなこと私には関係ない。

 私はこんな人間のはずがないのだ。だから。

 私に相応しい場所に行こう。私を正当に評価してくれる場所へ。
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