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「前日はここに泊まったらいいわ」

 のんきにお茶を飲んでいたら、皇后さまに提案された。思わずお茶を吹き出しそうになる。

「当日は朝早くからやることが山ほどあるのよ」

 皇后さまは張り切り出して使用人に指示を出している。お母さまを見ると小さく頷いた。これはもうあきらめなくちゃいけないのだろう。私は人形なのだ。仕方ない。

「お子様を亡くされているのよ」

 お母さまが小声で私に話してくれた。

「アルバート様の前よ。ご誕生直前のご公務の時に無理をされたの。王女様だったそうよ」

 どんな顔をしていいかわからなくなった。公務のせいでお子様を亡くされた、でも王族は国の為に存在している、不満は言えなかったのだろう。

「たくさんお泣きになったそうよ。でも人前に出るときは笑顔を絶やさなかった」

 お母さまはそのまま黙って私の手を握った。

「同じようなことが起きるかもしれない。たくさん泣くことがあっても、それ以上に笑えることがあるはずよ。それを忘れないでね」

 お母さまの手は温かい。そうだ、私には守ってくれる家族がいる。大丈夫。


「マリアンヌちゅあん、待たせてごめんね」

 そこに突然陛下が現れた。使用人たちが膝を折り頭を下げる。それを陛下は手で合図した。気にしなくていいという合図だろうか。全員が頭を上げて元の姿勢に戻る。

「ようやく時間が空いたから来たよ」

 笑顔の陛下の後ろにはお父様が控えている。眉間の皺が深い。仕事を放って来たのかもしれない。申し訳ないなと思いながら見渡せば、いやに人が多い。

「当日の進行についての打合せと今後の妃教育もあるので関係者に来てもらったよ」

 そうか、妃教育か。勉強は面倒だけど仕方ない。頑張るしかないよね。

「それから、学校にも通ってもらうからね」

 学校?妃専門学校?そんなのないよね。でも、貴族の令嬢専門の学校はあるのかもしれない。少し、いやかなり怖いぞ。

 そもそもが別の世界の庶民なのだ。マリアンヌの体の記憶で何とかバレずにやってきたが、この世界の生粋のご令嬢の中に入れば、正体がバレてしまうかもしれない。そうなった場合、サーキス家の教育が疑われてしまう。家族に迷惑はかけられない。

「そんなに気負わなくて大丈夫だよ」

 黙っている私を見て陛下は軽く言うが、そんなわけにいかない。

「まずはお茶でも飲もうか」

 そして陛下はどっしりとソファに座った。スッと陛下の前に紅茶が置かれる。すると陛下はキラキラした目でこちらを見つめてきた。これは、つまり、アレ。何かおやつを出せということですな。

 とりあえずはバッグからクッキーとパウンドケーキを取り出す。メイドの人に手渡すと、きれいなお皿に乗せられて陛下の前に置かれる。

「うん、うまい!」

 クッキーを手に取り口に入れた陛下はバリボリと噛みながら笑顔になる。でもこのクッキー、たくさんの人にあげているから新鮮味がない。他に何かないかと思って考えた。そういえばシュークリームがあったなと思い出す。追加で出すと、見ていた人からどよめきが起きた。

「あれは何ですか?」
「新しいお菓子のようです」
「いったい何種類作れるのでしょうか」
「前代未聞ですな」

 そうか、失敗した。この世界、簡単に料理ができないうえ材料の数も問題になるのだった。お菓子はいくつもの材料が使われる。それだけすごいといわれてしまうのを忘れていた。お父様を見ると、目を細めたまま微動だにしない。

「皆のもの!驚いたか。これが未来の王太子妃の実力だ!」

 陛下が立ち上がると片手を上げて宣言した。何かの芝居でも見ているような大仰な言い方。その言葉を聞き、全員がひれ伏している。

「この方が王太子妃!」
「我が国は安泰だ!」
「我が国の繁栄は約束されたぞ!」

 そんな声まで聞こえてきた。シュークリームを出しただけで大げさだと思う。

「美味しいですな」
「初めてこんなものを食べました」
「中のクリームが味わい深い」
「外のサクサクした感触とクリームの相性が抜群ですな」

 シュークリームを出すとみんなは口々に感想を言い合っている。好評のようで何よりである。

「さすがは次代の王太子妃」
「彼女以外には考えられませんな」

 ついでのように褒められる。

「しかし、学校へ通うとなると時間がなくなるのでは?」
「そうです、教育ならご自宅で受けてきたでしょう。妃教育に時間を割いた方がいいのでは?」

 シュークリームを食べて気が緩んだのか、そんな意見も出てきた。

「学校は陛下のご意見です」

 皇后さまが静かに発言され、場がシーンとなった。



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