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 その後私とダニエル様は途中退場、殿下も王宮に帰ることになった。他の人たちはまだ楽しそうにしている。お酒が出たら仕方ないよね。

「リィ、今日はありがとう」

 殿下は帰り際そう言って微笑んでくれた。

「こんなに楽しい晩餐は初めてだったよ」

 殿下はやはり王子様だ。言い方とか立ち振る舞いがスマート。元の世界ではこんなことはなかった。元彼と比べるのは問題と思うが、比較対象がそれしかないのだから仕方ない。でもこんなふうに言ってくれる人は今までいなかった。

「リィ、これからもよろしくね」

 そう言って殿下は私の頬に軽くキスをした。キスだよ、キス。頬にキス。身体中が熱くなるのを感じた。

「おやすみ、リィ。いい夢を見てね」

 しかし王子様である殿下は何事もなかったように颯爽と馬車に乗り込んだのだった。


 
 翌朝、私はいつも通りの時間にキッチンへ向かった。昨夜は寝ようと思っても何だか眠れなかった。中身は32歳だ。今更頬に軽くキスされたくらいで恥ずかしがる年でもない。

 と言いたいところだが、そういうわけにはならなかった。今まであんなふうに扱ってもらったことはなかった。ドキドキしてしまいどうしていいかわからない。どう振る舞うのが正解かわからないのだ。

 気にせずに自然に振る舞えばいいのだろうけど、今までお姫様扱いされたことがない。当たり前のように受け止めたら傲慢と思われるのではないか、かと言って気にしていたら卑屈と見えなくはないか、謙遜も過ぎれば嫌味に取られるだろう。と、色々考えたら眠れなくなってしまったのだ。

 結局答えは出ないまま。料理をしてこの気持ちを誤魔化そうと食材を用意する。お父様たちの朝食は雑炊だろうな。お母様たちはいつも通りたっぷり用意しよう。


 とりあえず野菜多めの雑炊を作りキッチンを出る。セバスチャンに様子を聞こうとしたが、いつもいるはずのセバスチャンがいない。今日は休みだっけ?探しているうちに客間を覗くと。

 もわっとした独特の空気。お酒くさい。飲んでいないのに飲んだ気分になる。二日酔いの時の嫌な気持ちが蘇る。

 飲んじゃった、こんなに飲まなきゃ良かったという後悔。元の世界では飲み会の翌日に時々感じた。体調だけじゃなくてメンタルもダウンするからお酒って大変だと思った。私は弱かったからあまり飲まないようにしてはいたけど、成人して12年経つとそれなりに色々あったわけだ。

 今日はお父様に優しくしよう。で、中に入って驚いた。

 グラスを握ったままテーブルに突っ伏しているお父様。床に直に横たわり眠り込んでいるエイアール様。椅子をいくつも並べて寝ているバーンヒル様。そして、部屋の隅で壁を背に座り込んでいる陛下。ワインの瓶を抱えている。

 なんか、屍累々って感じだ。薄暗い部屋を見回すと、壁にもたれて立っているセバスチャンを見つけた。

「セバスチャン、大丈夫?」

 セバスチャンの目はうつろで私を見ているはずなのに焦点が合っていない。

「お、嬢、さま・・・」

 ようやく声を出すが、絞り出したという感じで覇気がない。一体何があったのか。

「私にもお酒を飲むよう言われまして・・・」

 セバスチャン、お酒に弱かったのだろうか。

「あんなに飲んだのは生まれて初めてでございました」

 セバスチャンの目が遠くを見つめている。どうも陛下はやたらとお酒を勧める勧め上戸だったらしい。日本酒だけでは満足できずワインも飲みだし、全員に酒を勧め自分も飲み・・・という状況でこの惨状になった。陛下に勧められたら断れないよね。

 
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