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「つまり、スティラート公爵は亡くなったということか」

 ゲルリーの報告を聞き、陛下は厳しい顔をして天を仰いだ。

「結局、何も分からないままということですね」

 ユエンも眉間に皺を寄せ頭を振った。

「最後はマリアンヌ嬢のカツ丼を食べ、穏やかな表情をされていました」

 ゲルリーはそう言って報告を終えた。魔物にされた他の使用人たちも全員カツ丼を喜んで食べたが、亡くなった者はいない。ゲルリーはスティラート公爵だけが亡くなったのは、彼がそれで責任を果たしたのだと考えている。

 悪魔と取引して何も犠牲が出ないはずはない。おそらくはファングやマロウ伯爵、スティラート夫人も悪魔と取引した結果の死だったのだろう。

 ではリリアはどうなるか。しばらくは様子を見るしかない。一生外には出られず、本人だけの幸せな想像をして過ごすのだ。

「騎士団の報告を待って安全が確認できたら外出禁止を解除することにしよう」
「はっ」

 その時、トントン、とノックの音がした。

「お父様」

 見ると、マリアンヌが何かを持って入ってきた。

「お疲れ様でございます」

 マリアンヌが陛下に挨拶をしようとお辞儀しかけるが

「マリアンヌちゅあん、いいからいいから。パパに会いにきてくれたんだねぇ」

 と、デレデレな顔になった。横にいるゲルリーが静かに狼狽しているのがわかる。

「お邪魔ではございませんか」

 マリアンヌが戸惑った様子を見せる。

「そんなことないよぉ、何を持ってきてくれたのかなぁ、パパに見せてごらん」

 いい加減、パパというのはやめろ。と、ユエンは思った。マリアンヌの父親は自分だ。自分だけなのだ。彼は怒りのあまり、首の動きがまるで出来損ないのロボットのようにぎこちなくなった。ギギギ、という音が聞こえるのではないかと思うような動きで陛下の方を見た。

「チーズケーキをお持ちしました」
「チーズケーキですと?」

 反応したのはゲルリーだった。

「新作ですね、是非ともご相伴に預からせていただきましょう」

 彼はすでにフォークを持って目をぎらつかせている。どこから出したのだ、と思ったが彼は魔法使いなのでフォークぐらい取り出すことは可能である。

 マリアンヌのそばにはフランツと殿下もいる。話し合いの結果、今日のマリアンヌの見張りはフランツに決まった。護衛騎士を5名つけると陛下が提案したが、護衛騎士がマリアンヌに邪な思いを抱いたら問題だとドミニクと殿下が言い出した。王家直属の護衛騎士がそんな思いを抱くのは人選に問題があるとユエンは宰相として思ったが、陛下もそれはそうだと納得した。

 それで結局仕事のないフランツになったのだが、フランツでは頼りないということになった。フランツも剣を扱えるが、昨日の失態もある。話がまとまらないため、マリアンヌは可能な限り複数人で見張ることになったのだ。

「うまい!」
「これはいいですねぇ」

 ぼんやりしているうちに陛下とゲルリーが食べ始めている。

「お父様、こちらにご用意しました」

 マリアンヌが笑顔で自分を待っている。途端にユエンも笑顔になった。

「ありがとう」

 見ると殿下もフランツも食べている。マリアンヌはお茶だけ飲んでいた。

「マリアンヌ、数が足りないのか?」

 そうだ、調子に乗って食べていたが、本来料理とは量産できるものではない。マリアンヌはいつも大丈夫だと言っているが、それは我々を安心させるためなのだ。

「いいえ、数は大丈夫です。ですが・・・」

 マリアンヌはチラリと殿下とフランツを見た。2人とも嬉しそうにケーキを食べている。

「先ほど、私はいただいておりますので」

 フランツと殿下の動きがピタリと止まった。

「男の方ですもの、たくさん召し上がりますよね」

 マリアンヌはそう笑っているが、内心失望を感じているのではないか。兄と婚約者の殿下が自分を食い物にしていると思っているのではないか。と、ユエンは気が気ではない。

「マリアンヌ嬢のカツ丼を出しましたら、罪人たちは喜んで食べてましたよ」

 空気の読まないゲルリーが突然そんなことを言い出した。スティラート公爵のことはマリアンヌの耳には入れないようにしたい。ユエンはゲルリーが余計なことを言うのではないかとヒヤヒヤする。

「そうですか、食べられたのならすでに悪人ではありませんね」

 どういうことかとマリアンヌを全員が見た。

「僭越ながら女神様のご加護を賜っておりますので、私の作る料理は悪人の方は食べられないようなのです」

 え?と思わずユエンは陛下を見た。陛下も驚いたようにユエンを見返している。

「ただ悪人の方とお会いしていないだけかもしれませんが」

 マリアンヌはそう言って照れ臭そうに笑う。まさしく天使の笑顔である。スティラート公爵は悪人ではなくなったのだ。彼が最後に食べたものがマリアンヌの料理でよかったな、とユエンは思うのだった。





 
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