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「久しぶりに家族も揃ったことだし、話しておくことがある」
お父様が真剣な様子で切り出した。ややお仕事モードにも感じる。私も少し姿勢を正してお父様の話を待った。
「マリアンヌとアルバート殿下の婚約が正式に決まった」
婚約。そうか、決定か。あのジュリアしかライバルがいなかったのだから仕方ないよね。でも色々大変なんだろう。料理だけして生きていきたいけど、そういうわけにいかないよね。
王族と婚約ということになると、きっとお妃教育なんてものがあるのだろう。マナー講習とか、外国語とか、歴史とか文化とか。大丈夫なのだろうか。32歳、勉強なんて10年近くやっていないぞ。
私がそんなことに思いを馳せていると・・・。
チッという舌打ちが聞こえた。フランツ兄様だった。
「あの小僧、マリを独り占めする気か?」
小僧?それは不敬罪では?
「リリンのアップルパイをことのほか気に入っていたからな。『俺のためにこのパイを』などと夢を見たのかもしれない」
レオポール兄様の顔が恐ろしい。悪党を思い浮かべているのかと思うくらいで、低い声で重々しく話している。
「皇后様、私の天使ちゃんに何を教えるつもりかしら?余計なことを教えたら、タダじゃおかないんだから」
お母様もプリプリ怒っている様子である。
「マリアンヌがジュリア嬢に負けるわけはないし、選ばれるのは分かっていた」
お父様の声は静かに響いてくる。
「マリアンヌ。これは王命だ。決して辞退することは許されない」
お父様の目が私を見つめている。お父様は宰相だ。国王を裏切ることはできない。わかっている。
「だが」
お父様は一呼吸置いてから続けた。
「もし、マリアンヌがどうしても嫌だと思うなら、どんな手を使ってでもこの話を無かったことにする」
「そうよ、陛下の弱みくらいいくつだってあるでしょ」
「部隊を使ってクーデターを起こすことだってできる」
「母上、いっそのこと実家の領地を独立させて新たに国を起こしましょう」
えぇぇ?何言い出すの?この家族。思わず笑ってしまった。マリアンヌ、いい家族を持っていたのに。なんで今ここにいないんだ?
「ありがとうございます」
私は立ち上がった。そして丁寧に頭を下げる。ゆっくり斜め45度の角度までお辞儀をする。そしてゆっくりと元の姿勢に戻る。
「先日お目にかかった殿下は私にお気を使ってくださいました。大変お優しく、ご信頼申し上げる方と存じます。私が精一杯努力したところでどれだけのことが成し得るか定かではございませんが、お父様、お母様、レオポール兄様、フランツ兄様がいつも支えてくださることを誇りに思い、このお話を慎んでお受け致したいと存じます」
正しい言葉かどうかわからないが、何とか言いたいことは言えたかと思う。お父様もお母様もレオポール兄様もフランツ兄様も目を見開き、口を半開きにしていた。誰も何も言わない。
少しの間の後、部屋の隅から啜り泣く声が聞こえてきた。
「グスッ。お、お嬢様・・・」
「なんと、ご立派な」
「わ、私、このお屋敷でお世話になって本当に幸せでございます」
セバスチャンとマーサとメアリだった。いつの間にいたのだろう。
「マリアンヌ。なんと立派な心がけ・・・」
「マリアンヌ、嫌になったらいつでも戻っていいのよ」
「リリン、いつでも兄様は殿下に刃を向ける準備はできているからね」
「あの小僧、サーキス家を敵にしたらどんな目に合うか思い知らせてやる」
物騒なことをいう人がいるが、今は気にしないことにした。言ってしまった手前、私もアルバート王子を受け入れなければいけないなぁと思ったのだった。
お父様が真剣な様子で切り出した。ややお仕事モードにも感じる。私も少し姿勢を正してお父様の話を待った。
「マリアンヌとアルバート殿下の婚約が正式に決まった」
婚約。そうか、決定か。あのジュリアしかライバルがいなかったのだから仕方ないよね。でも色々大変なんだろう。料理だけして生きていきたいけど、そういうわけにいかないよね。
王族と婚約ということになると、きっとお妃教育なんてものがあるのだろう。マナー講習とか、外国語とか、歴史とか文化とか。大丈夫なのだろうか。32歳、勉強なんて10年近くやっていないぞ。
私がそんなことに思いを馳せていると・・・。
チッという舌打ちが聞こえた。フランツ兄様だった。
「あの小僧、マリを独り占めする気か?」
小僧?それは不敬罪では?
「リリンのアップルパイをことのほか気に入っていたからな。『俺のためにこのパイを』などと夢を見たのかもしれない」
レオポール兄様の顔が恐ろしい。悪党を思い浮かべているのかと思うくらいで、低い声で重々しく話している。
「皇后様、私の天使ちゃんに何を教えるつもりかしら?余計なことを教えたら、タダじゃおかないんだから」
お母様もプリプリ怒っている様子である。
「マリアンヌがジュリア嬢に負けるわけはないし、選ばれるのは分かっていた」
お父様の声は静かに響いてくる。
「マリアンヌ。これは王命だ。決して辞退することは許されない」
お父様の目が私を見つめている。お父様は宰相だ。国王を裏切ることはできない。わかっている。
「だが」
お父様は一呼吸置いてから続けた。
「もし、マリアンヌがどうしても嫌だと思うなら、どんな手を使ってでもこの話を無かったことにする」
「そうよ、陛下の弱みくらいいくつだってあるでしょ」
「部隊を使ってクーデターを起こすことだってできる」
「母上、いっそのこと実家の領地を独立させて新たに国を起こしましょう」
えぇぇ?何言い出すの?この家族。思わず笑ってしまった。マリアンヌ、いい家族を持っていたのに。なんで今ここにいないんだ?
「ありがとうございます」
私は立ち上がった。そして丁寧に頭を下げる。ゆっくり斜め45度の角度までお辞儀をする。そしてゆっくりと元の姿勢に戻る。
「先日お目にかかった殿下は私にお気を使ってくださいました。大変お優しく、ご信頼申し上げる方と存じます。私が精一杯努力したところでどれだけのことが成し得るか定かではございませんが、お父様、お母様、レオポール兄様、フランツ兄様がいつも支えてくださることを誇りに思い、このお話を慎んでお受け致したいと存じます」
正しい言葉かどうかわからないが、何とか言いたいことは言えたかと思う。お父様もお母様もレオポール兄様もフランツ兄様も目を見開き、口を半開きにしていた。誰も何も言わない。
少しの間の後、部屋の隅から啜り泣く声が聞こえてきた。
「グスッ。お、お嬢様・・・」
「なんと、ご立派な」
「わ、私、このお屋敷でお世話になって本当に幸せでございます」
セバスチャンとマーサとメアリだった。いつの間にいたのだろう。
「マリアンヌ。なんと立派な心がけ・・・」
「マリアンヌ、嫌になったらいつでも戻っていいのよ」
「リリン、いつでも兄様は殿下に刃を向ける準備はできているからね」
「あの小僧、サーキス家を敵にしたらどんな目に合うか思い知らせてやる」
物騒なことをいう人がいるが、今は気にしないことにした。言ってしまった手前、私もアルバート王子を受け入れなければいけないなぁと思ったのだった。
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