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 気持ちが悪い。頭が痛いし、吐きそうなくらいに胃がムカムカする。目を瞑っているのにぐるぐると周りが動いている感じがする。寝返りを打つのも億劫だ。

 目を開けるのも面倒だったが、なんとか開けて見えたものは木の天井だった。布団に横たわっているけど薄っぺらいし、シーツはガサガサしている。

 少しの間、じっとしていた。そしてわかった。

 このカラダは、真理子だ。マリアンヌではないのだ。

 起き上がったら、気持ちの悪さが襲ってきた。吐く。とっさのことだが、カラダは素早く動いた。トイレに駆け込んだ。

 真理子ったら、お酒を大量に飲んでいたのね。

 マリアンヌはしばらくの間トイレに籠っていたが、ようやく気分が良くなってきた。12歳の少女ではなく32歳の大人の女になってしまったが、彼女は満足していた。

 公爵家の娘。国内でも有数の富豪であり、父は宰相、上の兄は騎士。マリアンヌは国で一番の美貌の持ち主とも言われている。おそらく、ありとあらゆる物を手に入れている。だが、それが何なのだ。マリアンヌは家族や使用人に愛されている。理解はしている。だが、マリアンヌには自由がない。

 高位貴族の娘が圧倒的に少ないため、王族はじめ高位貴族は将来的に嫁不足になるだろうと言われていた。マリアンヌはそんななか生まれた高位貴族の娘であった。兄たちとも年齢が離れていたため、マリアンヌは溺愛されて育った。生まれた直後から王子の婚約者候補となり、公爵家の娘として教育されてきた。

 おそらくマリアンヌは王子と結婚し、将来は王妃となるだろう。たとえ王子と結婚しなくても、高位貴族の妻となるのはわかっている。

 マリアンヌには自由がない。何かを決めることはマリアンヌにはできない。させてもらえない。

 マリアンヌはそんな生活が嫌だった。自分で決めて自分で行動をする。彼女はそんな生活に憧れていたが、おそらくそんな生活はやってこないだろう。彼女には今日着る自分のドレスでさえ自由に選べないのだ。

 マリアンヌは真理子の記憶でお風呂を沸かした。今までもお風呂に入ってはいたが、マーサやメアリが用意したぬるいお湯でしか入ったことがなかった。一度でいいから熱いお湯に浸かりたい。彼女はそう思っていたのだ。

 お風呂場は狭かった。だが彼女はワクワクしていた。今まで自分で身体を洗ったこともないし、濡れた身体を拭いたこともない。何もかも他人がやってくれていた。今は1人。自分でやらなくてはいけない。そのことが嬉しい。楽しい。

 着ていた服を脱ぐ。ズボンなんて着たことがなかった。ずいぶんくたびれている服だけど、でも着やすくて愛着を持てた。洗面器にお湯を汲む。その重さにワクワクする。自分で持つ。そんなことすら興奮する。

 お湯は熱い。でもそれが心地よい。自分で何かをする。そのことにマリアンヌは喜びを感じた。

 真理子の世界では、女が働いてお金を手に入れて1人で生活することができる。キッチンの鍵、なんて面倒なものは存在しない。加護がなければ料理を作ることもできない、なんてこともない。自分で食べたいものを作れるし、魔獣もいない。公爵令嬢だといって、他人の言いなりになることもない。

 だから。だから、あのときマリアンヌは初めて決断した。自分で自分のことを決めたのはあれが初めてだった。

 この世界を捨てて、別の世界に生きる。マリアンヌを捨てて、真理子として生きていく。そう決めたのだ。
 
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