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気がついたら外が明るくなっていた。家の中から物音が聞こえる。入ってきたドアと違うドアを開けると、そこはダイニングルームのようで10人くらいの人が食事できる細長いテーブルと椅子が並んでいた。
この部屋で食事をした記憶がマリアンヌにはなかった。公爵家のお屋敷にはマリアンヌが知らない部屋がまだまだあるのだろう。
「お、お嬢様?」
そこに入ってきたのは執事のセバスチャンである。ちなみにまた別のドアからである。
「ここは使用人専用のダイニングです。どうされたのですか」
セバスチャンは怪訝な顔をしている。確かにこんなに朝早くに今まで入ったこともない部屋にいるのだから、不審に思うだろう。
「お父様から昨日キッチンの鍵を譲り受けたので、キッチンに入ってみたの」
私は正直に話した。しかし、入ったからといって料理が作れるわけがない。特にマリアンヌはお嬢様だ。食材も見たことがないであろう。それがいきなり料理を作ったらどうなるだろう。
「いい香りがしますが、もしかしてお嬢様・・・」
なんとなくやっているうちにできたとか言ったら信用してもらえるだろうか。外見は12歳のマリアンヌだが、中身は別世界の32歳の女だと言って信用されるわけがない。どう思われようと、なんとなくできたで押し通すしかない。
「実は・・・」
意を決して話し出そうとした。すると先にセバスチャンが話し出した。
「おめでとうございます。キッチンの神様が祝福を与えてくださったのですね」
セバスチャンは目に涙を浮かべ、興奮したように頬は上気している。
「やはり公爵家のお嬢様でございます。神が祝福を与えると見ただけで料理の作り方がわかると言います。誰にでも祝福を与えられるわけではございません。お嬢様、さすがでございます」
セバスチャンの様子にちょっと引いてしまったが、そんな私の様子にも気づかないくらいにセバスチャンは話し続ける。
「すぐに旦那様、若旦那様にもお話しませんと」
「待って、セバスチャン」
私はまずセバスチャンを落ち着かせようとした。マリアンヌの記憶では、セバスチャンはいつも冷静沈着、必要以上の言葉を発することはなかった。しかし今は違う。そのくらい料理をするということはすごいことなのだろうか。
「お父様とお兄様にお出しする前に味見をしてもらえないかしら」
「お、お味見をですか?」
この世界の味覚がどういうものかわからない。もしかしたら美味しくないかもしれないし、実は変なものを作っていたら問題である。セバスチャンは確実に目が泳いでいる。さては食べるのを拒否したいのか。
「旦那様より先にいただくのは・・・」
「で、でもお父様におかしなものを出すわけにもいかないでしょ」
私がそういうと、決意を込めた目でセバスチャンは私を見つめた。
「了解いたしました。このセバスチャンがお嬢様のお料理の第1味見係として職務を果たさせていただきます」
なんだか大ごとであるが、気にせず私はスープを小皿に入れて持ってきた。
「野菜のスープです」
セバスチャンは目を見張り、小皿を恭しく両手で受け取った。目力だけで小皿を破壊しそうな勢いでガン見している。
「こ、これをお嬢様が・・・」
セバスチャンの喉がはっきり聞こえるくらいにゴクッと鳴った。
「ちょ、頂戴いたします」
そう言うとぐいっとスープを飲み干した。まるで三三九度の盃のようである。いや、違うから。
「こ、これは・・・」
飲み干したセバスチャンは皿を二度見した。
「こ、こんなに美味なものをお嬢様が・・・」
彼の足がふらついた。え?と思うと、彼の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「こんなに美味しいものをお嬢様がお作りになるなんて。神はやはりお嬢様を溺愛されておられるのでしょう。美貌、家柄、足りないものはないと存じておりましたが、まさか料理の才まで手に入れられるとは。この国の宝と言っても過言ではございません」
演説が熱を帯びてきた。味覚に関しては自分と大差はないと証明できたことにする。おそらくだが、しばらく調理したものを食べていなかったせいで大袈裟になっただけだろう。気にせず朝食の準備を続けることにする。
もうじきお父様とお兄様に対面である。
この部屋で食事をした記憶がマリアンヌにはなかった。公爵家のお屋敷にはマリアンヌが知らない部屋がまだまだあるのだろう。
「お、お嬢様?」
そこに入ってきたのは執事のセバスチャンである。ちなみにまた別のドアからである。
「ここは使用人専用のダイニングです。どうされたのですか」
セバスチャンは怪訝な顔をしている。確かにこんなに朝早くに今まで入ったこともない部屋にいるのだから、不審に思うだろう。
「お父様から昨日キッチンの鍵を譲り受けたので、キッチンに入ってみたの」
私は正直に話した。しかし、入ったからといって料理が作れるわけがない。特にマリアンヌはお嬢様だ。食材も見たことがないであろう。それがいきなり料理を作ったらどうなるだろう。
「いい香りがしますが、もしかしてお嬢様・・・」
なんとなくやっているうちにできたとか言ったら信用してもらえるだろうか。外見は12歳のマリアンヌだが、中身は別世界の32歳の女だと言って信用されるわけがない。どう思われようと、なんとなくできたで押し通すしかない。
「実は・・・」
意を決して話し出そうとした。すると先にセバスチャンが話し出した。
「おめでとうございます。キッチンの神様が祝福を与えてくださったのですね」
セバスチャンは目に涙を浮かべ、興奮したように頬は上気している。
「やはり公爵家のお嬢様でございます。神が祝福を与えると見ただけで料理の作り方がわかると言います。誰にでも祝福を与えられるわけではございません。お嬢様、さすがでございます」
セバスチャンの様子にちょっと引いてしまったが、そんな私の様子にも気づかないくらいにセバスチャンは話し続ける。
「すぐに旦那様、若旦那様にもお話しませんと」
「待って、セバスチャン」
私はまずセバスチャンを落ち着かせようとした。マリアンヌの記憶では、セバスチャンはいつも冷静沈着、必要以上の言葉を発することはなかった。しかし今は違う。そのくらい料理をするということはすごいことなのだろうか。
「お父様とお兄様にお出しする前に味見をしてもらえないかしら」
「お、お味見をですか?」
この世界の味覚がどういうものかわからない。もしかしたら美味しくないかもしれないし、実は変なものを作っていたら問題である。セバスチャンは確実に目が泳いでいる。さては食べるのを拒否したいのか。
「旦那様より先にいただくのは・・・」
「で、でもお父様におかしなものを出すわけにもいかないでしょ」
私がそういうと、決意を込めた目でセバスチャンは私を見つめた。
「了解いたしました。このセバスチャンがお嬢様のお料理の第1味見係として職務を果たさせていただきます」
なんだか大ごとであるが、気にせず私はスープを小皿に入れて持ってきた。
「野菜のスープです」
セバスチャンは目を見張り、小皿を恭しく両手で受け取った。目力だけで小皿を破壊しそうな勢いでガン見している。
「こ、これをお嬢様が・・・」
セバスチャンの喉がはっきり聞こえるくらいにゴクッと鳴った。
「ちょ、頂戴いたします」
そう言うとぐいっとスープを飲み干した。まるで三三九度の盃のようである。いや、違うから。
「こ、これは・・・」
飲み干したセバスチャンは皿を二度見した。
「こ、こんなに美味なものをお嬢様が・・・」
彼の足がふらついた。え?と思うと、彼の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「こんなに美味しいものをお嬢様がお作りになるなんて。神はやはりお嬢様を溺愛されておられるのでしょう。美貌、家柄、足りないものはないと存じておりましたが、まさか料理の才まで手に入れられるとは。この国の宝と言っても過言ではございません」
演説が熱を帯びてきた。味覚に関しては自分と大差はないと証明できたことにする。おそらくだが、しばらく調理したものを食べていなかったせいで大袈裟になっただけだろう。気にせず朝食の準備を続けることにする。
もうじきお父様とお兄様に対面である。
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