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10話 異変

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「ケミスト、どこかオススメの場所はありませんか?」
「オススメな場所、ですか……」

 屋敷から出て、並木道をシルフィと共に歩く。

「正直言って、まだ未開拓の領地なので、あまり案内出来るところもないかもしれません」
「はい。だからこそ私は楽しみにしていたのですよ」
「なるほど……?」
「なにかこの近くに珍しいものはないのですか?」

 珍しいもの?
 頭を捻り、考えてみる。

「そうですねぇ……。珍しさだけで言えば、古代の遺跡がありますが、危ないので絶対に近づかない方が良いですね」
「どうして?」
「遺跡には古の化物が封印されているという伝説があるからです」
「……面白そうですけど、流石に行ってはダメな気がしますね。……んー、そうですね……。ご迷惑がなければ私も開拓作業を手伝いたいです」

 少し、いや、かなり変わった子だな、と思った。
 あまり貴族らしくないというか、なんというか。
 ジェラード卿の立ち振る舞いを見たあとだからこそ、それを自然と受け入れることができた。
 ……開拓作業の件、俺がオッケーを出していいのか疑問だが……まぁここは本人の意思を尊重してあげるべきか。

「では、とりあえず開拓中の現場へ行ってみましょうか」
「はい! 案内よろしくお願いしますね」


 開拓地までは広場を過ぎて、少し歩いたところにある。
 その道中、会話は思っていた以上に弾んだ。

「ケミストの歳はいくつなの?」
「10歳です」
「あ、やっぱりそれぐらいだよね。凄く落ち着いてるから、もう少し上なのかと思っちゃった」
「そんなことないですよ。シルフィ様は?」
「私も10歳。あと様はつけなくても良いよ。普通に接してもらえるのが一番楽かも」

 これ罠だったりするのだろうか。

 無礼者! 何、私にタメ口聞いてんだボケ!

 なんて言われたら立ち直れる気がしない。
 だけど応じないのもアレだしな。
 俺は恐る恐る、普通に接してみることにした。

「……そうか? じゃあ、普通にさせてもらうぞ?」
「うん、大丈夫。安心して。実は私もね、ケミストみたいに嫌われているんだ」
「……みたいにって失礼じゃないですか?」
「アハハ、ごめん。普段はもう少し言葉を選ぶと思うんだけど、ケミストは何か話しやすくて、つい無意識に言葉が出てきちゃった」

 これは褒められているのだろうか。
 ……言及するのも面倒なので、褒められている、ということにしておこう。

「そういう事なら別に俺も構わないさ。特に傷ついた訳でもないしな。……それで何故嫌われているんだ?」
「……もともとブランドル家は、そこまで地位が高くなかったの。だけどお父様が多くの貴族を蹴落とし、今の地位を確立したせいで、私と同年代の子供に嫌われているんだ」
「なるほど。じゃあ嫌われ者同士、仲良くするか」
「えっ、いいの!?」

 シルフィは目をパッと開き、俺の方を向いた。
 見つめ合う形になって思ったのは、肌が綺麗で白いなということ。
 そして妙に嬉しそうにしているシルフィがなんだか面白くて、つい笑ってしまった。

「ハハハ。普通、そんな反応するか?」
「あ! バカにしてますね! ……と、友達なんて出来たことないから、つい舞い上がってしまっただけです!」
「悪い悪い。バカにしてるわけじゃなくて、反応が可愛らしかったんだ」
「か、かわっ……」

 顔を赤くして、口をパクパクとさせるシルフィ。
 一体どうしたのだろうか。

「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……。あまりそういうのは慣れてないもので……」
「そうか。大丈夫なら良いんだ。てっきり熱でもあるのかと」
「……なるほど、天然ですね」

 天然?
 なにか天然の素材でも見つけたのだろうか。

「ん? どうした」
「なんでもないですっ。早く行きましょう!」

 そう言って、シルフィは早歩きで先へ進んで行った。
 元気な子だな。



 ◇



 開拓地にやってきた。
 ここは土地が荒れており、木や岩をどかして整地し、田畑にしている最中だ。
 俺の姿が見えると、領民達は快く挨拶をしてくれた。
 俺もそれに応え、挨拶を返す。

「ケミストは人気者ですね。友達いないとか嘘なんじゃないですか?」
「最近ちょっと色々あってな」
「ふぅん」

 シルフィが疑いの目を向けていた。

 ここで開拓作業の指揮を取っているのはサムだ。
 とりあえず、開拓作業をしたいとのことだったらサムに会いに行かなければならないだろう。

 少し探すとすぐに見つかった。
 サムの周りには人だかりが出来ていて、どうやら取り込み中のようだった。

「サムさん今大丈夫ですか?」
「ん? ──おお、ケミスト様! はい、大丈夫ですよ」

 本当か?
 どう見ても取り込んでいるようにしか見えない。
 見ると、皆でツルハシや斧などを修理しているようだった。

「おや、そちらのお嬢様は、先程の貴族様の娘様ですね」
「ん? シルフィ、既に出会っていたのか?」
「うん。アルヴァレズ家の屋敷に向かう途中、広場で領民の皆さんがポーションを飲んでいたのを見て、お父様が馬車を止めたのですよ」
「なるほど、そういうことか」
「そう! それです! ケミスト様から頂いたポーションのおかげで皆やる気に満ち溢れていますよ! 感謝しても足りないぐらいです!」

 何度も頭を下げるサム。

「元気になりすぎたり、とかはありませんか?」
「どうでしょう。個人的には丁度いいのではないかと思います」
「それなら良かったです」
「……あ、あの……ケミスト、一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「……あのポーションって、もしかして……ケミストが作ってたりする?」
「ん? 俺が作ったぞ?」

 あ。
 そう言って思い出した。
 ポーションって貴重品だったわ。

「ええ!? お父様が褒めていたあのポーション、ケミストが作ったの!? 」

 開拓地にシルフィの声が響き渡った。

 ……それにしても、あの薄めたポーションがジェラード卿に褒められていたのか。



 ◇



 許せねぇ……。


 お前が、何でお前が! 


 何で落ちこぼれのお前が! 


 俺を笑うんだよ!


 笑うな!


 笑うのは俺だけで充分だ。


 お前なんかに俺を笑う資格はない。


 調子に乗っていられるのも今のうちだ。


 お前に……。




 ──お前に地獄を見せてやる。




「クックック……ハッハッハッハッハ! 笑いが止まらないな!」




 アークは、部屋で反省するよう言われていたが無視し、裏口から屋敷を抜け出した。
 そして彼は、これから行う復讐に思いを馳せながら、不気味に嗤う。

 アークは人一倍プライドが高かった。
 だからこそ、自分より圧倒的弱者だと思っていたケミストに負けたとき、彼の中で何かが壊れた。
 そして、それは全身を侵食していき、闇の心がアークを支配した。




「──待っていろ。二度と嗤えないようにしてやる」







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