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序章

変革の日 4

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「操縦者への負荷が安全域を超過。イエローシグナル。慣性制御装備の摩耗が修理必要域。他センサー系の破損をリストとして表示。質量兵器の残弾をご確認ください。光学兵装が3基熱暴走、使用不可。
 珪素生命体、残存小型六二、中型五、大型二十。
 移乗作業完了見込み迄、残り二十秒。
 隊員の機体への被害、新たに小破二。
 中尉、当戦闘の継続は困難と判断されます。」

頭の中に直接流し込まれるデータに加えて、AIから随時更新情報が告げられる。それに対して、口に出すことなく思考の片隅で次々に対処していく。
煩わしく感じるときもあれば、見落としがなくなるため、ありがたがることもある。今がどちらかと聞かれれば、どちらもと天野はそう応えるが。
いい加減無理な機動がたたり、体に鎮痛剤では抑えきれない痛みを感じ始めたころ、年若いパイロットからの通信が戦闘隊全体に流れる。

「私は見捨てていただいてもかまいません。今なら」
「困難だろうが、継続だ。」

言いかけた言葉を天野が途中で遮る。いちいち名前を確認する暇はない。そんな事よりも対処し、他の機体の挙動を確認し、問題があると判断し、間に合うのであれば上位権限で遠隔で操作を行う。
体の痛みだけでなく、思考をひたすら高速で行っている結果、頭も、脳も熱を持ち、それにも補助AIから警告が慣らされる。
こうなる事、それは天野は分かってここまで来たのだ。

「いいか。困難だからと、仲間は見捨てない。
 現実として、不可能になったならまだしも、結果が出ていないうちに、私は仲間の命を諦めたりはしない。
 聞け。各員。
 こんな何もないところで、何もわからないまま、失われる者があってたまるものか。
 生きて帰る。全員で。
 生きて帰るぞ。」

士気高揚効果を狙っての発言という側面もあるが、天野にとっては本心からの言葉でもあった。

「隊長様のいう通りだ新人ども。
 いいか、こんなものシミュレーターで何度も繰り返したことと変わりない。
 リンクで表示されている宙図の安全域に移動し続ける。
 ついでにくそったれ共にプレゼントをくれてやる。そんだけだ。」

場違いに明るいディランの声が響く。

「さっさと全員で帰って、愚痴を言って騒ぐにはどうすればいいか。悩むならそれにしときな。」

事実彼は縦横無尽に宙域を飛び回り、珪素生命体に打撃を与えつつ、さらにはいまひとつ動きの悪い他の隊員のフォローまでこなしている。
天野は指揮、情報の統合に手を取られることもあり、彼ほどの動きはできていない。主要な戦果は確かな腕を持つ彼によるものだ。
天野の言葉をこの状況で否定もせず、更に言葉を加え。それを信じさせる腕前をただ行動で示す。何とも頼もしい事だと、その信頼感を感じるが、感謝の一つも言う暇はない。長広舌のつけ、それを払いながらも、どうにか残りの人員の作業が完了する、その時間を稼ぎ出す。

「隊長。移乗完了です。」

そして、待ち望んだ報告がようやく訪れる。どうにか天野達が己を囮として、二班の残存機体から珪素生命体を引きはがしたこともあり、ここから撤退には速やかに映れる。

「よし。大破機体をこの場で自爆。珪素生命体に打撃を与える。
 各員爆発範囲を確認。離脱タイミングに注意。
 また爆発の影響で、一時的にセンサー類の不調が予測される。
 外部カメラによる映像モニターにも注意を払うように。」

告げながら、天野は即座に大破機体六体に自爆信号を送る。撤退するにせよ、機体は放置できない。どうせ、残せば珪素生命体の手によって、消滅するのだから。それならいっそ、敵の数を減らすために使う。それを有効活用と呼んでいい物だろう。
乗員の移乗作業が完了し、放棄された機体は、効果が最も高いと予測される地点へと移動させつつ、これまで珪素生命体と近い、それでも十分に距離はあるが、安全圏を経由しながら大きく旋回し、速度を上げ離脱に向けて機体の進行方向を整える。
その経路にしても、珪素生命体の注意をひくために安全度が低い場所も含まれ、追撃予測航路が放棄された機体と重なるように調整する。薬剤の投与、それにしても上限が近い。

「各員、衝撃に備えろ。」

天野はそう言い放つと同時に、自身も爆発範囲外へと一気に機体を加速させる。
他の機体も、間違いなく範囲外へと向けて移動しているのを確認した直後、爆発によりモニターが一時的にホワイトアウトする。機体にしても爆風に煽られ、制御が困難になる。周囲の隊員も確認できない、その中で間違いなく、接触事故が起こらず移動ができるのは、補助AIの優秀さがあっての事だろう。
発生した磁気により、センサー類も一時的に機能が停止しているため、体にかかる負荷、表示される機体内部の負荷数値を頼りに方向の修正が間違っていないか、それを判断する。
それも極僅かな時間で終わり、各種センサーが正常に動作を再開、続けて破損の報告が一気に頭の中を駆け巡る。
通信の回復は少し遅れるようだが。

「外部カメラ回復。確認できる範囲に珪素生命体の存在は無し。」

AIからの報告に、天野は慌てて外部カメラの取得情報を表示するモニターを、全て自身でも確認する。
確かにそこに珪素生命体の姿形はない。
危険を察知して、それすらもこれまでには見られなかった行動ではあるが、逃げ出したとでもいうのだろうか。

「映像を解析。残留物、ガラス状物質のスキャン。」

爆風で何処かへ吹き飛んでいるだろうが。もし珪素生命体を撃破できているのであれば、残っているはずの物質を探させる。
手のひらサイズの物質を、広大な宇宙空間で、コーン全周を映し出すモニターから探し出すことは、流石に人間にできることではない。
同時に、センサーの破損状況レポートをひとつづつ確認。機体の自己修理機能で対応できるものについては、順次修理指示を。それを超える物は、一時的に使用停止としていく。

「スキャン開始。各種センサーの復帰を確認。磁気・電磁波の影響で精度低下多数。信頼度別に宙域図を更新。通信機能回復。ノイズ多数。戦闘隊内の相互通信再設立。データリンク開始。」

センサーの回復に合わせて、AIから大量の報告が始まる。
天野は報告を聞きながらも、宙域図の確認を最優先に行う。作戦計画と誤差がどの程度発生したのか、撤退方向はあっているのか、それをまず最優先に。
過去の記録と照らし合わせても、これで先ほどまで残っていたすべての珪素生命体が、撃破できたとは考えられない。まだ、作戦は継続中だ。そのはずだ。
しかし、現在表示されている宙域図に珪素生命体の姿はない。
信頼度が最も低いデータに至るまで、複数の機体からの観測を統合した予測にすら、その姿を映していない。

「各員、周辺宙域を走査。珪素生命体の残骸、もしくは本体を探せ。
 同時に戦闘軌道の継続。宙域図に表示されないとしても、油断はするな。」

天野は隊員に告げると同時に、自分の気を引き締める。
そもそも突然襲撃にあったのだ。何も映らないからと気を抜く理由がない。
そもそもあれは、突然現れる。

「隊長。こりゃあ、一体どういうことで。
 過去の戦闘記録じゃ、あれだけいた大型がさっきの自爆で吹き飛ぶはずはないはずじゃ?」
「不明だ。気を抜くなよ。
 まだ、あいつらが消えた後に残る、ガラス状の塊を発見したわけでもない。」

ディランの言葉に天野は応える。

「いや、あんな小さな物、爆風に煽られて何処へなりと、行くでしょうよ。」
「だろうな。だが、確認は必要だ。
 それとも、なんだ。私にこの後の報告で、槍玉にあげられる材料を残しておいてほしいのか?」
「そう言うわけじゃありませんが、どのみち我々全員まとめて査問会送りでしょうよ。」
「ああ、それは間違いないな。」

天野はため息とともに応える。
気を抜かないようにと思いつつも、こういった軽口をたたきあう程度に、もう何も起こらないと考えてしまっている。
今行っているのは、事後処理なのだと。
破損したセンサー以外はすべて回復。未だに磁気の影響が残るものの、精度はそれこそ珪素生命体に対応するには十分な範囲まで回復している。そして、それだけの時間、既に何もない。

「隊長。こちら、確認をお願いします。」

ベノワから声がかかる。
共有された情報を見れば、珪素生命体が消滅した際に残る、ガラス状物質が確認できる。
だが奇妙なことに、一点を中心に球状に配置されている。
リアルタイムの情報に切り替えれば、球の上を回転するかのように動いている。

「これは、なんだ。」

これまで、このような挙動の報告はない。
同時に撃破した数に関しても、はるかに多い事例があるにも関わらず。
天野は確認のため、ベノワ機の側へと、速度を落としながら移動する。
ベノワ機は、情報収集のため、対象物の周囲を非常にゆっくりした速度で周回している。

「全機、周辺警戒。当機は対象物の調査を行う。」
「中心部に、何か。センサーに反応はないんですけど、なんだか歪んでいるような。」

ベノワの呟きに天野がすぐに叫ぶ。

「至急距離をとれ!」

それとほぼ同時に。

「隊長、センサーに小型珪素生命体一。残骸のある方向に向けて直進しています。」
「くそ!」

天野は即座に期待を加速させる。

「ベノワ、すぐにそこから離脱しろ。」
「できません!不明な引力によってコーンが中心部に向かって引きずられています!
 なんなんだ一体!」

AIに送られる珪素生命体の航路予測、他の機体の行動予測。真っ先に動いたディランの支援砲撃。
天野は次々と送られるそれらのデータを確認しつつ、自分の機体をベノワ機にぶつけることで離脱させる方法の計算を、AIに行わせる。
結果は当然エラー。
そもそも原因のわからない引力によって離脱ができていないのだ。
しかし必要としていた計算結果は得られた。
自身の機体による体当たりが、突っ込んできている珪素生命体よりも早く行われること、最も互いの機体に損傷が少なくなる角度。
天野はそれに従って、機体を動かす。
他の隊員たちから悲鳴のような声が通信越しに届く。

「全員で生きて帰る。それが唯一の作戦目標だ!」

叫び声を無視して、機体を急がせる。
ベノワ機との接触による衝撃で機体が大きく揺れる。
接触面にあった、多くのセンサー類は破損したことだろう。
共有されるデータから、ベノワ機が謎の引力からの離脱に成功したことがわかる。
それと同時に外部カメラが、はっきりと構造物の中心から空間が歪んでいくさまを映し出す。
そして自分の機体がそれに飲み込まれていく現実が理解できる。

天野が認識できたのはそこまでであった。
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