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一章 新世界にて
そして彼女は話し合う 神霊種・2
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少しの緊張を覚えたからか、のどに渇きを覚えてカップに手を伸ばし、ヒト啜り。
唇が軽く濡れた程度で、今は十分。
意を決して、口を開く。
「その、私はこちらに来てまだ対して日がたったわけでもないのですが。」
そう告げれば、目の前のアルマリンダは頷いて見せる。
「はい。御身が彼方の世界軸よりお戻りになった光景は、私も拝見させていただいておりました。あれからまだ瞬きの時間も過ぎてはおりません。
しかしながら、御身の帰還が叶った際は、そのまま二位の方の元に戻られると思っていましたが、確かに今の御身であれば、こういった世界で時間を使うほうが良いでしょう。」
どうやら、初対面の相手にもそう思われる状況らしい。
ついつい話しづらいことから、興味のあることに話をそらしてしまう。
「その、自覚は全くないのですが、やはり、一目でわかるほどのものなのでしょうか。」
「この世界の枠を超えられない相手であれば、気が付かないでしょうが、先ほど申し上げさせていたように、私もこの世界の外側に元を持っております故、御身の状態を心配するなというほうが難しい在り様を伺わせていただいております。今は第二位の御方が、お隠しになられましたが、何ともお労しい。」
どうやら自分の気づかないところで、自分の母と呼ばれている人にかくまってもらっているらしい。
自分の事なのに、わからないことばかりだ。
「そうなのですね。」
「ええ、あのお方も一時はこの世界に降りると仰せでしたが、何分その力は無限に分けたとて、この世界で支えられるものではありません。
早く御身が自ら、お会いに行けることを願っておりますよ。」
そういって、にこやかにほほ笑むアルマリンダ。
どうやら見知らぬ母をはじめ、思った以上の方々に心配をかけさせているようだ。
「そうですね。私自身、どうすれば治るかはわかりませんが、そのあたりはディネマ達が良くしてくれるはずです。」
そう応えてちらりと見れば、彼女たちが頷きをもって答えてくれる。
そういえば、アルマリンダと話し始めて、彼女たちが口を開いていないことに、今になって気が付いた。
どうやら、彼女たちの作り手と旧知というだけあって、彼女たちよりも上位ということなのだろう。
「ええ、そのあたりは心配しておりません。時間をかければどうにかなるものでもございますので。
ただ、なんといいましょうか。ええ、二位の御方が心配を募らせる期間が短いと、かの方に根を下ろさせていただいている身としては、非常に助かります。」
話し始めて、初めてアルマリンダの困った顔を見てしまった。
どうやら私の母は、この優美な人にとって困った気質を持っているようだ。
「何と言いましょうか、なるべく早く治るように、気を付けます。」
「ありがたく存じます。ただ何卒ご無理はなされませんように。」
さて、一連の話の流れが、途絶えた。
自分でそらしておいてなんだけれど、そろそろ話を戻そう。
「さて、もう一つのの話なのですが。」
そう切り出す。
「昨日、私は国王様に頼みごとをしました。」
具体的に何とは口に出せなかった。
「勿論、存じ上げております。猿人種の追放に関してですね。」
すると、アルマリンダはさらりと口にする。
「はい、それについて、何か思うことがあればと考え、お話を伺いに来させていただきました。」
言葉を継ぐように続ける。
言い切り、緊張を紛らわせるように、紅茶に口をつける。
ディネマが出すものもそうだが、それなりの量を口にしているはずだが、減る気配を見せない。
「さて、考えといわれましても。よいのではないでしょうか、としかお答えできかねます。」
アルマリンダは困ったように、そう口にする。
「そうなのですか?」
「ええ、先ほど私共についてご説明させていただいたように、本来であれば私たちは世界の外側の住人です。
中で何が起ころうとも、変化の一つとして眺めるだけでございます。」
なるほど。
それは、なんといえばいいのか。
「ええと、眺めている対象に愛着があったりはしないのですか?」
「ええ、ここが唯一というわけでもございません。
ここで起きていることも、小さな差はあれど繰り返されている事柄の一つにすぎませんし、猿人種の追放もこれまでに星の数ほどある出来事なのです。
今回ばかりは、初めての出来事が原因ではありますが、その原因も彼らによるもの、迷惑を被った種の中には根絶を叫ぶ者もおりました。
そう望まれても仕方ないと、少なくとも私はそう考えております。」
規模が違うな。
そんな感想しか出てこない。
一つの種族の追放がよくあることだと、そう思える時間感覚が途方もない。
事実目の前の女性は、見た目からは想像がつかないほどの時間を生きている方なのだろう。
「そうなのですね。
その、アルマリンダ様も事件が起こった時にこの世界に?」
今回、私が決めたことに特に悪い感情を持っていないとわかり、安心する。
それもあって、少し楽な気持ちで、言葉をつなぐ。
「いいえ。その当時私はこの世界に影を下ろしてはいませんでした。
元々私は、こうして世界に影を下ろすことを好まないたちでもありますので。」
「そうなのですか?
先ほどのお話では、そういったことを好む方が、こうして降りてこられるとのことでしたが。」
先ほど聞いた話と違うことを言われて、少し面食らってしまう。
少し考えてみれば、アルマリンダはこうして家の中に、全く違う景観を作っている。
変化を好むのであれば、このようなことはしないはずだ。
「ええ、虚言を弄したわけではないのですが、生来私は目まぐるしく移ろうものには興味を持たないたちなのです。
この世界に来ることとなったのは、あくまでまとめ役、その代理としてでございます。」
アルマリンダは続ける。
「失礼ながら、御子様は御身に起きた出来事に関して、どの程度までご存じなのでしょうか?」
彼女から聞かれて、今まで聞いた内容を思い返す。
「申し訳ないのですが、おそらく概要を伺った程度かと。
猿人種がやらかしたことが原因で、私は異なる世界に流れ着いたと。
その際に世界軸が、どうにかなり、その影響がこの世界に大きく出たと聞いています。」
思い出しながら、口にする。
最期の方は、聞きなれない言葉が多かったため、少しつっかえながらとなってしまった。
「はい、大枠はその通りでございます。私の事を説明させていただくためにも、少し詳細に話させていただきます。
どうぞ、何かお召し上がりになりながら、気軽にお聞きになってください。」
そう、こちらに勧めてからアルマリンダは話し出す。
さて、私自身、この世界での実際に関しては部外者ですので、そちらに関しては語ることはできません。
外側の事ではございますが、その時に起こったことは、この世界の軸がずれ、傾き、異なる世界の軸と接触することとなりました。
同時に、ようやく形を取り始めていた御身が、その動きに削られ、巻き込まれたのです。
誰も想像していなかった事態に、当時私を含めた皆が慌てました。
いかにこの世界では絶対であるとはいえ、外側に出てしまえば、この身など小さなものでしかありません。
私が何もできずにいるうちに、他の方々により、軸は離され、元の位置へ。
急な作業で、それぞれの世界に影響が出たでしょうが、それも些末なこと。
問題は、御身の母、二位の御方がお怒りになったことでした。
かのお方は、二位の中で最も若く、御身が初めての子であったこともあり、その怒りようはすさまじく。
まさに、かのお方に根を下ろし、間借りさせている我々にとっても、他人ごとでは済まないものでした。
危うく、この世界どころか、かの方に根ざす全てが無くなるところだったのです。
この際、多くのものがその怒りを鎮めるため、その存在を守るためにと奮闘しました。
最終的に、かの方の怒りは収まり、今に至るというわけです。
語られた内容のうち、どうにか理解できた部分を一先ず飲み込む。
彼女の語りは、非常に詩的で優美であるのだけれど。
どうにも神話を語り聞かされているようだった。
どの程度の時間かははっきりとわからないが、数十分に及ぶアルマリンダの話はとても壮大で。
自分にいったいどこが関係あるのだろうかと、そう思ってしまう。
ただ、その話を聞いてどうしても疑問に思ってしまう。
そんな世界の外側で当たり前に生きている方々が慌てるようなことが、何故アレにできたのであろうか。
「さて、ここからが本題ですが、当然かような事態を猿人種のみで起こせるわけもありません。」
ええ、そうでしょうとも。
声には出さず、頷きで応える。
話の途中で、ついつい手を伸ばしてしまったお菓子がおいしくて、まだ口に入っているからというのもあるけれど。
「猿人種をそそのかし、知恵を与え、手を貸し、それをなさしめた物がいました。
この世界で神の座に至っていたその愚か者は、さらなる力を求めて、このような事態を引き起こしたわけです。」
ここにきて、犯人が別にいるといわれた。
それでは、私の行いは八つ当たりなのだろうか。
いや、当事者がいないのでそうであることに変わりがないことはわかっているのだけれど。
「猿人種からあがめられ、座に至ったこのものを捕らえるために、当時の神霊種の長が向かいました。
その長も昔から、変化を楽しむ気質であり、この最悪の事態が発生することを見過ごしたわけですから、その汚名を雪ぐためでもありました。
所詮は座に至っただけの存在、本来であれば何事もなく、捕らえて外に出し、滅ぼして終わるはずだったのですが。」
何があったのだろうか。
事前の話を聞くにつけて、世界の中だけしかいられないものが、世界の外側に根を下ろすものに勝てる道理が思いつかない。
それこそ、外側の方々であれば、世界の一つ程度、いつでも握りつぶせる程度のものであるような、印象を受ける。
続く言葉を待っていると、アルマリンダはどこかばつが悪そうにこちらから目をそらす。
「その、御身の母である、第二位の方の怒りが再燃しまして。
その愚か者を滅ぼすだけにとどまらず、方々に影響が出るのを抑えるために、神霊種の長がその力を大きく削ることになりました。それこそ、世界に影を下ろすことなく、身を癒す必要がある程度に。」
思わず、こちらも、何とも言えない気持ちになってしまう。
まだであったことのない母の愛が、非常に重く感じてしまう。
「その、それは。母がご迷惑をおかけしました。」
なんとなく気まずくなりながら、言葉をかける。
「いえ、その、お気遣い頂きありがとうございます。」
どうやらアルマリンダとしても、少し都合の悪い話のようだ。
「ええと、そういうわけでして、第二の愚か者が現れないよう監視、掣肘できるものを各世界に置こうという話になり、変化をあまり楽しまない私にその役目が回ってきたというわけです。」
最期はなんとなく、閉まらなかった。
壮大な語り口の事件と比べると、何とも言えない気分になってしまう。
「ご説明いただき、ありがとうございます。」
気分を変えるために、お礼を伝え、話題を変える。
「ところで、その長の方は何とおっしゃるのでしょうか。」
「失礼いたしました、神霊種の長はアンナリタ。位階は4。ダフィードと同じではありますが、最古の神霊であるため我々の長となっております。」
どうやら、アマルディア達を作った方は、想像以上にすごいみたい。
今一つ、その位階というのが分からないけれど。
「失礼ですが、その、位階というのは?」
「存在としての格を示す、指標のようなものです。これが違う者同士であれば、その能力にどうあがいても覆せない差がございます。」
「今一つ、わかりにくいのですが、どうあがいても覆せないというのは?」
尋ねてみると、アルマリンダは少し考えるように宙を見る。
少したって再度口を開く。
「そう、ですね。位階が下位の者が、この器に入った紅茶だとしましょう。」
そういって、アルマリンダはカップを持ち上げる。
「その一つ上位というのは、この世界に置けるすべての水のようなものです。」
ああ、それは、確かに絶望的な差で。
隔絶している言葉でさえ、足りる気がしない。
「そこまでですか。」
驚きとともに、思わず口から出る。
「他に良いたとえを思いつきませんので、申し訳ございません。
ただ、現実はこの例え以上の差があるとお考え下さい。」
ただ、現実は言葉よりもさらにうえとの事らしい。
そんな差が、神霊種と呼ばれる途方もない方々とさらに二つも違うのが、私の母だということらしい。
いよいよ、実感がわかない。
思わずため息をつけば、ディネマから声がかかる。
「御子様、少しお疲れのようですが。」
その声を聴き、確かに初めて聞くことばかりであったり。
理解の及ばない途方もないことを、ずいぶんと聞いたからか。
頭が少し重い。
「失礼いたしました、ずいぶん長くお時間を頂いてしまいましたこと、お詫び申し上げます。」
「いえ、貴重なお話をありがとうございました。」
そう返せば、アルマリンダが席を立つ。
どうやらこの席は終わりということらしい。
なんだか、とても名残惜しい。
そう感じてしまう。
「本日はご足労頂き誠にありがとうございました。今後はご用命とあらば、いつなりとも及びください。
私の方から、喜んで出向かせていただきます。」
そう、別れの言葉を口にしてくれるアルマリンダに、申し訳なさを感じてしまう。
自分がそこまでされるほどという自覚は、当然持てていない。
それなのに、こんなにすごい方に、という気持ちがどうしても。
だからだろうか。
「本日はありがとうございました。また、お話を聞かせていただきたく思います。
それと、アンナリタ様が早く快復されるよう、私も祈っています。」
良くしてくれた、親しみやすい方だからだろうか。
心から、そう思い告げる。
ついでに、自分が本当に聞くほどに大それたものであるならば。
何か力になれればと、考えながら。
ついでに付け加えたようで、申し訳ないですが。
そう続けて、別れの挨拶を告げようとしてみたが、言葉に詰まる。
突然足がふらつき、体には倦怠感。
倒れ込みそうになるところを、ディネマに支えられる。
アルマリンダが心配げにこちらを見た。
何が起こったかはわからないけれど、今、何か、自分の何かが動いた気がする。
その感覚を最後に、意識を失った。
唇が軽く濡れた程度で、今は十分。
意を決して、口を開く。
「その、私はこちらに来てまだ対して日がたったわけでもないのですが。」
そう告げれば、目の前のアルマリンダは頷いて見せる。
「はい。御身が彼方の世界軸よりお戻りになった光景は、私も拝見させていただいておりました。あれからまだ瞬きの時間も過ぎてはおりません。
しかしながら、御身の帰還が叶った際は、そのまま二位の方の元に戻られると思っていましたが、確かに今の御身であれば、こういった世界で時間を使うほうが良いでしょう。」
どうやら、初対面の相手にもそう思われる状況らしい。
ついつい話しづらいことから、興味のあることに話をそらしてしまう。
「その、自覚は全くないのですが、やはり、一目でわかるほどのものなのでしょうか。」
「この世界の枠を超えられない相手であれば、気が付かないでしょうが、先ほど申し上げさせていたように、私もこの世界の外側に元を持っております故、御身の状態を心配するなというほうが難しい在り様を伺わせていただいております。今は第二位の御方が、お隠しになられましたが、何ともお労しい。」
どうやら自分の気づかないところで、自分の母と呼ばれている人にかくまってもらっているらしい。
自分の事なのに、わからないことばかりだ。
「そうなのですね。」
「ええ、あのお方も一時はこの世界に降りると仰せでしたが、何分その力は無限に分けたとて、この世界で支えられるものではありません。
早く御身が自ら、お会いに行けることを願っておりますよ。」
そういって、にこやかにほほ笑むアルマリンダ。
どうやら見知らぬ母をはじめ、思った以上の方々に心配をかけさせているようだ。
「そうですね。私自身、どうすれば治るかはわかりませんが、そのあたりはディネマ達が良くしてくれるはずです。」
そう応えてちらりと見れば、彼女たちが頷きをもって答えてくれる。
そういえば、アルマリンダと話し始めて、彼女たちが口を開いていないことに、今になって気が付いた。
どうやら、彼女たちの作り手と旧知というだけあって、彼女たちよりも上位ということなのだろう。
「ええ、そのあたりは心配しておりません。時間をかければどうにかなるものでもございますので。
ただ、なんといいましょうか。ええ、二位の御方が心配を募らせる期間が短いと、かの方に根を下ろさせていただいている身としては、非常に助かります。」
話し始めて、初めてアルマリンダの困った顔を見てしまった。
どうやら私の母は、この優美な人にとって困った気質を持っているようだ。
「何と言いましょうか、なるべく早く治るように、気を付けます。」
「ありがたく存じます。ただ何卒ご無理はなされませんように。」
さて、一連の話の流れが、途絶えた。
自分でそらしておいてなんだけれど、そろそろ話を戻そう。
「さて、もう一つのの話なのですが。」
そう切り出す。
「昨日、私は国王様に頼みごとをしました。」
具体的に何とは口に出せなかった。
「勿論、存じ上げております。猿人種の追放に関してですね。」
すると、アルマリンダはさらりと口にする。
「はい、それについて、何か思うことがあればと考え、お話を伺いに来させていただきました。」
言葉を継ぐように続ける。
言い切り、緊張を紛らわせるように、紅茶に口をつける。
ディネマが出すものもそうだが、それなりの量を口にしているはずだが、減る気配を見せない。
「さて、考えといわれましても。よいのではないでしょうか、としかお答えできかねます。」
アルマリンダは困ったように、そう口にする。
「そうなのですか?」
「ええ、先ほど私共についてご説明させていただいたように、本来であれば私たちは世界の外側の住人です。
中で何が起ころうとも、変化の一つとして眺めるだけでございます。」
なるほど。
それは、なんといえばいいのか。
「ええと、眺めている対象に愛着があったりはしないのですか?」
「ええ、ここが唯一というわけでもございません。
ここで起きていることも、小さな差はあれど繰り返されている事柄の一つにすぎませんし、猿人種の追放もこれまでに星の数ほどある出来事なのです。
今回ばかりは、初めての出来事が原因ではありますが、その原因も彼らによるもの、迷惑を被った種の中には根絶を叫ぶ者もおりました。
そう望まれても仕方ないと、少なくとも私はそう考えております。」
規模が違うな。
そんな感想しか出てこない。
一つの種族の追放がよくあることだと、そう思える時間感覚が途方もない。
事実目の前の女性は、見た目からは想像がつかないほどの時間を生きている方なのだろう。
「そうなのですね。
その、アルマリンダ様も事件が起こった時にこの世界に?」
今回、私が決めたことに特に悪い感情を持っていないとわかり、安心する。
それもあって、少し楽な気持ちで、言葉をつなぐ。
「いいえ。その当時私はこの世界に影を下ろしてはいませんでした。
元々私は、こうして世界に影を下ろすことを好まないたちでもありますので。」
「そうなのですか?
先ほどのお話では、そういったことを好む方が、こうして降りてこられるとのことでしたが。」
先ほど聞いた話と違うことを言われて、少し面食らってしまう。
少し考えてみれば、アルマリンダはこうして家の中に、全く違う景観を作っている。
変化を好むのであれば、このようなことはしないはずだ。
「ええ、虚言を弄したわけではないのですが、生来私は目まぐるしく移ろうものには興味を持たないたちなのです。
この世界に来ることとなったのは、あくまでまとめ役、その代理としてでございます。」
アルマリンダは続ける。
「失礼ながら、御子様は御身に起きた出来事に関して、どの程度までご存じなのでしょうか?」
彼女から聞かれて、今まで聞いた内容を思い返す。
「申し訳ないのですが、おそらく概要を伺った程度かと。
猿人種がやらかしたことが原因で、私は異なる世界に流れ着いたと。
その際に世界軸が、どうにかなり、その影響がこの世界に大きく出たと聞いています。」
思い出しながら、口にする。
最期の方は、聞きなれない言葉が多かったため、少しつっかえながらとなってしまった。
「はい、大枠はその通りでございます。私の事を説明させていただくためにも、少し詳細に話させていただきます。
どうぞ、何かお召し上がりになりながら、気軽にお聞きになってください。」
そう、こちらに勧めてからアルマリンダは話し出す。
さて、私自身、この世界での実際に関しては部外者ですので、そちらに関しては語ることはできません。
外側の事ではございますが、その時に起こったことは、この世界の軸がずれ、傾き、異なる世界の軸と接触することとなりました。
同時に、ようやく形を取り始めていた御身が、その動きに削られ、巻き込まれたのです。
誰も想像していなかった事態に、当時私を含めた皆が慌てました。
いかにこの世界では絶対であるとはいえ、外側に出てしまえば、この身など小さなものでしかありません。
私が何もできずにいるうちに、他の方々により、軸は離され、元の位置へ。
急な作業で、それぞれの世界に影響が出たでしょうが、それも些末なこと。
問題は、御身の母、二位の御方がお怒りになったことでした。
かのお方は、二位の中で最も若く、御身が初めての子であったこともあり、その怒りようはすさまじく。
まさに、かのお方に根を下ろし、間借りさせている我々にとっても、他人ごとでは済まないものでした。
危うく、この世界どころか、かの方に根ざす全てが無くなるところだったのです。
この際、多くのものがその怒りを鎮めるため、その存在を守るためにと奮闘しました。
最終的に、かの方の怒りは収まり、今に至るというわけです。
語られた内容のうち、どうにか理解できた部分を一先ず飲み込む。
彼女の語りは、非常に詩的で優美であるのだけれど。
どうにも神話を語り聞かされているようだった。
どの程度の時間かははっきりとわからないが、数十分に及ぶアルマリンダの話はとても壮大で。
自分にいったいどこが関係あるのだろうかと、そう思ってしまう。
ただ、その話を聞いてどうしても疑問に思ってしまう。
そんな世界の外側で当たり前に生きている方々が慌てるようなことが、何故アレにできたのであろうか。
「さて、ここからが本題ですが、当然かような事態を猿人種のみで起こせるわけもありません。」
ええ、そうでしょうとも。
声には出さず、頷きで応える。
話の途中で、ついつい手を伸ばしてしまったお菓子がおいしくて、まだ口に入っているからというのもあるけれど。
「猿人種をそそのかし、知恵を与え、手を貸し、それをなさしめた物がいました。
この世界で神の座に至っていたその愚か者は、さらなる力を求めて、このような事態を引き起こしたわけです。」
ここにきて、犯人が別にいるといわれた。
それでは、私の行いは八つ当たりなのだろうか。
いや、当事者がいないのでそうであることに変わりがないことはわかっているのだけれど。
「猿人種からあがめられ、座に至ったこのものを捕らえるために、当時の神霊種の長が向かいました。
その長も昔から、変化を楽しむ気質であり、この最悪の事態が発生することを見過ごしたわけですから、その汚名を雪ぐためでもありました。
所詮は座に至っただけの存在、本来であれば何事もなく、捕らえて外に出し、滅ぼして終わるはずだったのですが。」
何があったのだろうか。
事前の話を聞くにつけて、世界の中だけしかいられないものが、世界の外側に根を下ろすものに勝てる道理が思いつかない。
それこそ、外側の方々であれば、世界の一つ程度、いつでも握りつぶせる程度のものであるような、印象を受ける。
続く言葉を待っていると、アルマリンダはどこかばつが悪そうにこちらから目をそらす。
「その、御身の母である、第二位の方の怒りが再燃しまして。
その愚か者を滅ぼすだけにとどまらず、方々に影響が出るのを抑えるために、神霊種の長がその力を大きく削ることになりました。それこそ、世界に影を下ろすことなく、身を癒す必要がある程度に。」
思わず、こちらも、何とも言えない気持ちになってしまう。
まだであったことのない母の愛が、非常に重く感じてしまう。
「その、それは。母がご迷惑をおかけしました。」
なんとなく気まずくなりながら、言葉をかける。
「いえ、その、お気遣い頂きありがとうございます。」
どうやらアルマリンダとしても、少し都合の悪い話のようだ。
「ええと、そういうわけでして、第二の愚か者が現れないよう監視、掣肘できるものを各世界に置こうという話になり、変化をあまり楽しまない私にその役目が回ってきたというわけです。」
最期はなんとなく、閉まらなかった。
壮大な語り口の事件と比べると、何とも言えない気分になってしまう。
「ご説明いただき、ありがとうございます。」
気分を変えるために、お礼を伝え、話題を変える。
「ところで、その長の方は何とおっしゃるのでしょうか。」
「失礼いたしました、神霊種の長はアンナリタ。位階は4。ダフィードと同じではありますが、最古の神霊であるため我々の長となっております。」
どうやら、アマルディア達を作った方は、想像以上にすごいみたい。
今一つ、その位階というのが分からないけれど。
「失礼ですが、その、位階というのは?」
「存在としての格を示す、指標のようなものです。これが違う者同士であれば、その能力にどうあがいても覆せない差がございます。」
「今一つ、わかりにくいのですが、どうあがいても覆せないというのは?」
尋ねてみると、アルマリンダは少し考えるように宙を見る。
少したって再度口を開く。
「そう、ですね。位階が下位の者が、この器に入った紅茶だとしましょう。」
そういって、アルマリンダはカップを持ち上げる。
「その一つ上位というのは、この世界に置けるすべての水のようなものです。」
ああ、それは、確かに絶望的な差で。
隔絶している言葉でさえ、足りる気がしない。
「そこまでですか。」
驚きとともに、思わず口から出る。
「他に良いたとえを思いつきませんので、申し訳ございません。
ただ、現実はこの例え以上の差があるとお考え下さい。」
ただ、現実は言葉よりもさらにうえとの事らしい。
そんな差が、神霊種と呼ばれる途方もない方々とさらに二つも違うのが、私の母だということらしい。
いよいよ、実感がわかない。
思わずため息をつけば、ディネマから声がかかる。
「御子様、少しお疲れのようですが。」
その声を聴き、確かに初めて聞くことばかりであったり。
理解の及ばない途方もないことを、ずいぶんと聞いたからか。
頭が少し重い。
「失礼いたしました、ずいぶん長くお時間を頂いてしまいましたこと、お詫び申し上げます。」
「いえ、貴重なお話をありがとうございました。」
そう返せば、アルマリンダが席を立つ。
どうやらこの席は終わりということらしい。
なんだか、とても名残惜しい。
そう感じてしまう。
「本日はご足労頂き誠にありがとうございました。今後はご用命とあらば、いつなりとも及びください。
私の方から、喜んで出向かせていただきます。」
そう、別れの言葉を口にしてくれるアルマリンダに、申し訳なさを感じてしまう。
自分がそこまでされるほどという自覚は、当然持てていない。
それなのに、こんなにすごい方に、という気持ちがどうしても。
だからだろうか。
「本日はありがとうございました。また、お話を聞かせていただきたく思います。
それと、アンナリタ様が早く快復されるよう、私も祈っています。」
良くしてくれた、親しみやすい方だからだろうか。
心から、そう思い告げる。
ついでに、自分が本当に聞くほどに大それたものであるならば。
何か力になれればと、考えながら。
ついでに付け加えたようで、申し訳ないですが。
そう続けて、別れの挨拶を告げようとしてみたが、言葉に詰まる。
突然足がふらつき、体には倦怠感。
倒れ込みそうになるところを、ディネマに支えられる。
アルマリンダが心配げにこちらを見た。
何が起こったかはわからないけれど、今、何か、自分の何かが動いた気がする。
その感覚を最後に、意識を失った。
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主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
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