ヒト嫌いの果て

五味

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一章 新世界にて

そして世界は彼女を癒しだす

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告知を行ったそのあとは、例によってアマルディアに運ばれた。
やはり大きな行動を起こしたからだろうか。
いや、普通から考えれば、動作そのものは非常に簡単なものではあったのだけれど。
運ばれている間に眠ってしまっていたらしい。

気が付いた時にはベッドの中にいた。

「おはようございます、御子様。」

「ディネマ、面倒をかけましたね。」

意識を取り戻せば、恒例になってきているディネマからの挨拶が。

「私はどれくらい寝ていたのでしょうか?」

「よくお休みでしたよ。今は朝です。
 機能の告知の際内面の確定が、回復に良い影響を与えたのではないかと、ファラシアが言っていました。」

「回復にいい影響があって、ほとんど一日寝るのですか?」

それは聞くだけなら、逆に活発に動けるようになるものなきがするけれど。

「詳しいことはファラシアからお聞きください。」

応接間に行けば、そこにはファラシアとイリシアだけがいた。

「アマルディア達は、いないのですか?」

「ええ、御子様。
 オレイザードから頼まれた作業を行うために、各々で払っています。
 アマルディアは現在扉の外に。」

「国王様からは、アマルディアの名前が挙がっていなかったように思いますが。」

「グレナディアから提案があり、アマルディアが輸送に必要な大規模転送の準備を行っております。
 私たちの姉妹の中で、最もエーテルの保有量と最大講師料が高いので。
 半日ほどで準備は終わるでしょうから、以降はお側に控えさせていただくこととなるでしょう。」

そういえば加減は苦手でも、大出力をふるうことは得意だといっていた。
一度に多くのものを遠くに運ぶのは確かに大きな力が必要なのだろう。
普段あまりに前兆もなくアマルディア達があちこちへと移動していたから、転移が苦手ということもないだろうし。

「御子様、食事が終わりましたらまたお時間いただけますか?」

「ええ。かまいません。
 ディネマから聞きましたが、何か昨日のことがいい影響があったとか。」

「はい、またそれに伴う影響に関してもお話しさせていただきます。」

「わかりました。」

食卓にはいつもと違い、果物だけでなく、パン、チーズ、ハム、野菜類等が並んでいる。
突然変わった食事の種類に驚きディネマを見る。

「ファラシアとの相談の結果です、御子様。
 御身の意識が物質世界に重きを置いている間は食事の内容をそれに合わせて考慮する必要があるとのことでしたので。
 これまでと違い、ある程度の量も召し上がっていただく必要がありますので、ご理解のほどを。」

こちらに来る前と似た食生活に戻っていると、考えればおかしくはない。
むしろこちらに来てから一日の食事量はリンゴ2個程度だったことがおかしいともいえる。
それでも空腹感を覚えなかったわけだけれど。

「わかりました。
 正直空腹感を覚えないので量が食べられるかはわからないのですが、努力はしてみます。」

おなかがすいていないのに食べる、というのが今一つ。
性にあっていない。
いや、療養中に主治医の忠告を無視したいわけではないのだけれど。

「大丈夫です、御子様。
 空腹感を覚えないのと同じように満腹感も覚えないでしょうから。」

と、いうことらしい。
ひとまず目の前に盛り付けられている食事を片付けていく。
これまでは過剰に用意されていたものから気になるものを選び、ディネマに切り分けてもらっていたが、今回からはこれが必要量ですといったように、それぞれの食材がそれぞれに盛られている。

向こうにいたころにも朝からこの量を食べてはいなかった、そんな量であることに目をつぶり。
とりあえず食べ進めていく。
さすがに飲み物が欲しいなとディネマを見れば、それだけで察してくれ、紅茶を用意してくれる。

確かに言われたとおりに満腹感を感じることもなく、用意された食事を食べきる。
食事を満腹を感じることもなく食べ続けるというのは、何か危険な気がする。
なにか、とまでは思いつかないけれど。

「さて御子様。
 早速ではありますが話をさせていただきます。」

食後にと紅茶をディネマが淹れなおせば、ファラシアが話を始める。

「昨日の話の続きともなるのですが、療養以外に御身の回復を早める方法として、鍛錬というものもあります。
 文字通り、自身に負荷をかけ、達成することで強化を行うというものです。
 実際の鍛錬と違うのは強化がされるわけではなく、本来の力を取り戻すことになるというところでしょうか。
 当然、療養、自然治癒に頼るものと違い疲労の度合いも強く、過剰に行えば元も子もなくなるものではありますが。」

自分を鍛える、鍛錬。
それを自分の力を取り戻すために行う。
つまりはリハビリだろうか。

「ええ、私も元の世界でリハビリテーションと呼ばれる行為があったことは知っています。
 治療的な訓練を行っていくということでしょうか?」

「いいえ、御子様。
 もともとそれは御身の療養の計画のうちでした。
 しかし昨日の動きを観察させていただき、エーテル・アストラル領域においては別途鍛錬を行うことで、復帰を早めることができると判断しました。」

つまり、リハビリ以上の行為をおこなうということだろうか。

「こちらは私も勘違いしていたのですが、御身はこれまで領域を意識したこともなく、その領域における力も振るってこられなかったようです。」

「ええ、元の世界には存在しなかったので。」

「いいえ、御子様。
 各領域はすべての世界に存在します。優先順位、領域の相互への影響力など違いはありますが、存在はするのです。
 これは世界軸となっている2位の御方がそもそもそういった存在であるため、比率が変わることがあっても、前提としてのそれらを排することができないと、そういうことなのです。」

詳しいことはエウカレナにお聞きくださいと言い置き、ファラシアは続ける。

「そして御身のアストラルも、エーテルも以前の世界ではやはり存在していました。
 私もそれを前提として、ある程度活動があったものとして考えていたのですが、休眠状態にでもあったかのように、そちらの活動が行われていなかったのではないかと、昨日の一件で思い至りました。」

確かに、こちらに来てから前の世界に関して彼女たちに説明していない。
それでは誤解があっても仕方がない。
彼女に誤りを訂正されたように、私自身そこまで前の世界に深い理解があるわけでもないけれど。

「そうですか。
 少なくとも私の知る範囲で、前の世界ではそういった領域を使う人はいませんでした。
 いえ、国王様のような外見の型が想像されているといったことはあるのですが、実在となると証明話され提案勝ったはずです。」

そもそも”ヒト”をどこまでも嫌っていたので、そういったことに詳しくない。
過剰な関りを抑えるために、学業の範囲は無理をして覚えてはみたけれどその程度で。

「神話などと呼ばれているものもあり、神を信じる宗教もありましたが、実在となると疑問視されていたかと。」

「なるほど。わかりました、御子様。」

ファラシアにはその程度でも何かの参考になるらしい。

「前の世界はやはり物理領域に依存していたようですね。御身の魂が世界を渡ることができていた以上、物理領域の入れ物にアストラル・エーテルが入っていることは自明ではあるというのに、物理観測ができないことから、実用には至っていなかったということでしょう。」

いわれてみれば。
そもそも私が世界を移動している以上。
向こうで終わってから、そのまま続きがあった以上。
彼女の言っていることは正しいことなのだから。

「その状況では休眠、というよりも意識体を物理領域に下ろしていたに近い状況なのでしょうか。
 実際や詳細は、エウカレナあたりに考えさせますが、これまでまったく使っていなかったものです。
 アストラル・エーテル領域に関しては、自然治癒よりも使い方を覚える、使ってみるといった訓練、鍛錬的な手法のほうが効果が大きいでしょう。」

これまでの話の流れで、今度は少し理解が深まった。
要は生まれたての生き物が自分ができることを確認していき、成長していく、そういった経過を得るのだろう。
枠組みは生れた生き物としての範疇が存在しているわけで。
その枠組みをすべて活用できるか、どのように活用できるかは訓練次第。
そういうことなのだろう。

「ただ、その鍛錬は御身には負担がかかります。
 端的に申し上げれば、疲れ、眠りに落ちることでしょう。」

子供はそういうものだ。
動いて、疲れて、眠る。

「私が思っていた以上に、この世界において私は赤子のようなものなのですね。」

「御子様。
 私どもと比べるものではありませんが、数万年の時を生きるものが珍しくないこの世界では、10と少ししか生きていない御身は文字通り赤子以下としか言いようのない年齢です。
 特に神霊種としてみれば、自我があるのが珍しいとすらいえます。」

そう、ディネマに言われる。

「少し気になったのですが、あなた達はいくつなのでしょうか?
 国王様よりもかなり年上のようなのですが。」

そう聞くと、ディネマが少し困ったように首をかしげる。

「私どもは稼働してからの年数を細かく数えていません。
 また、今となっては年数というくくりではなく周期でとらえております。」

つまり、年で数えるのが現実的でないほど長く生きていると。

「ナンバーごとに多少の誤差がありますが、アマルディアが最年長で現在76周期ほど。
 私で、68。ファラシアとイリシアはどの程度でしたか?」

「この周期でちょうど60周期ですね。」

「私は40周期目です。」

「すみません、周期とは何でしょう?」

間違いなく、年という尺度よりも長い尺度なのだろうけれど。

「一つの世界。とはいってもこの世界を含む大枠での世界、三位の型が発生させた世界の種が生まれる場所から芽吹き、成長し、枯れて、元の場に帰る迄、それを一つの周期と数えます。
 年数として数えるなら、それこそ紙に書くのがばかばかしくなるほどの0が並びます。」

つまり考えるのが馬鹿らしくなるほどの時を彼女たちは数十回以上生きていると。

「話を戻します。
 こちらの鍛錬計画に関しては、私が分かる範囲を超えますので、バルバレア、グレナディアが立案を。
 鍛錬の補佐にディネマとイリシアが当たります。他のものでは御身が扱える量のエーテルを用いて実例を行うことができませんので。」

分かっている。
それはつまり。
今、私が扱える量がとても小さいということなのだろう。

「わかりました。
 特にグレナディアは忙しそうでしたから、そちらは落ち着いてからまた聞かせてください。」

「ありがとうございます。」

そういって、一歩ファラシアが下がる。

「さて、今日はこれから何をしたものでしょうか。」

ずいぶんと寝ていたせいか、眠気は来ない。
エウカレナがいれば話をねだることもできるのだけれど。
それと一つだけならやりたいことはある。

「猿人種の様子を見ることはできますか?」

と、やりたいことを聞いてみる。

「それは、どなたか特定の、ということでしょうか?」

ディネマからすぐに質問の形で帰ってくる。

「いえ、特定の誰かではありません。」

そもそもそこまでの思い入れはない。

「以前も言ったように、私は私の決定の影響を知りたく考えています。
 機能の告知の結果、アレ等がどうしているのかは私の望みが果たされた結果だけでなく、経過も確認してみたく思います。」

「かしこまりました。
 では、イリシア。」

そう、ディネマが言えば、彼女が机のすぐそばに。

「それでは御子様。
 ここから最も近くにいる猿人種を映します。」

そういうと机の上に、白い靄のようなものが広がる。
少し待つと、そこには最近見たばかりの城門が映る。
昨日オレイザードが文句があればといったからか、さっそく詰めかけているのだろう。

そうして拡大された先には、アレがそれなりに。
お互いを押しあいながら何かを叫んでいるようだ。
音が聞こえないなと思えば、徐々に聞こえてくる。

遠くから見ているからだろうか。
観察という距離感のせいだろうか。
こちらに来てから話しかけられた時ほどの嫌悪感を感じない。
ないわけではないが、すぐにこの場を離れたいというほどではない。

そんなことを考えながら、聞こえだした声に耳を傾けてみる。
聞こえるのは理不尽だ、撤回しろと、統一性なく叫び散らす音だけ。

「経過を見るには少々不足ですね。
 意味のないことを喚いているだけです。」

イリシアがそういって、考えるように首をひねる。

「ええ、国王様が否といい、撤回するのであれば、私がここから出ていきますが。
 その選択肢を選ぶことはないようですので、ただ叫んだところで何も変わることはないでしょうし。」

もし、オレイザードが私の願いを断ったなら。
私はアマルディア達とともにここから離れることだってできるだろう。
もちろん彼女たちの負担は増えるだろうけれど。
猿人種のいない場所に行きたいと願えば、それこそ瞬きの間に移動してくれるだろう。
ここが、療養のための場所として選ばれた理由はあるのだろうけど。
ここでなければいけない理由はないのだろうから。

「ほかの場所も見てみましょう。」

イリシアがそういえば、場面が切り替わる。
今度は別の亜人とあれが話しているところだった。

「・・・あまりにも理不尽ではないか。なぜそれをお前たちは当然と、そういうのだ。」

「理由なら説明があったではないか。お前たちを許していない方がいる。その方がお前たちの排斥を願い国王陛下がそれを叶えるといった。
 そこにそれ以外のどんな理由が必要だというのだ?」

「我々は何もしていない。なぜ私たちに非があるとそういうのだ。仮に遠い先祖が罪を犯したとして、なぜそれを私たちが負わねばならん。家族ならわかる、先祖といっても近い世代なら、まだわかる。
 1万年以上も前のことなど、私になんの責任があるというのだ。」

「お前は何を言っているのだ。一万年生きられぬのはお前たちの種族の話だ。
 排斥が望まれているのもお前の種族の話だ。
 国王陛下がいつお前個人の話をしたのだ。
 加えてお前たちの持つ財産のすべてを同時に移動させてくれるというのだ、お前に罪がないことなどわかりきったことではないか。」

「私に罪がないなら、なぜこのような仕打ちを受けねばならない。」

「何度も言っている。お前たちの種族が犯した罪が罰を与えるのだ。」

そんな会話が聞こえてくる。
ああ、そういった認識なのだと思いながら聞いていれば、イリシアが。

「御子様の決定に不服というのがどれほどの罪か、理解できていないようですね。
 滅ぼしておきますか?」

「いいえ、その必要はありません。」

聞かれたことを即座に否定する。
悩むそぶりを見せれば実行に移しそうだと思ったから。
そして、ふと気になることが。

「イリシア。アマルディアにも伝えておいてください。
 仮に何らかの言葉を”アレ”等が私に言ったとして、それを処罰する必要はありません。
 急に住んでいる場所を追われるといわれれば、何か言いたくもあるでしょうから。」

そう伝えれば、かしこまりましたと、すぐに返事が来る。

そして、イリシアに映像を消してもらうようにお願いする。
彼らの話を聞いて思うところがないわけではないのだ。

お前たちは私を勝手に巻き込んで。

その結果世界中を巻き込んで。

わけのわからない場所に追いやり。

挙句の果てに誰も助けることなく。

お前らが遠いという歳月放置して。

それで罪がないと。

さて、彼女たちには何もするなというけれど。

私が何かしたくないと、そういうわけではないのだ。
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