ヒト嫌いの果て

五味

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一章 新世界にて

そして世界は彼女を沈ませる

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”アレ”がいる。
それだけで、気分が悪くなる。

周りには違う人がたくさんいて、たまたまその中の一人が目に入ったというだけなのに。
なじみ深い感情が胸の中に。
無視をするのに精いっぱいの気力を使う。
いま、ここで問題を起こしたいわけではないから。

「イリシア。ここはどういったエリアなのでしょうか?」

ひとまず側にいる彼女たちと会話をすること。
質問をすることに意識を集中する。
そうすれば少し気分が楽になる。

「現在地は外周部に多くある亜人種の居住地域の一つ、王都東部にあるエリアとなります。
 亜人種の多くがこの基底界においても食料が生命維持に必須となるため、王都外にある農地・牧場などの施設を必要とすします。
 そのため彼らは利便性のため外周部に居住区を構えることが多くなっております。」

「補足となりますが、そのような物資の売買も外周部で完結するため、中央区とは基本的に没交渉であるのも特徴です。」

それは一つの都市といってもいいのだろうか。
中央といくつかの衛星都市といった作りに近い気がする。

「地表からは視認が困難ですが、王都の区切りとして、壁があり、その内外を都市とそれ以外と区別しております。
 壁は外敵に備えるものですので、相応の戦力も配備されています。」

なるほど。
明確な区切りがあるのなら、そのような認識にもなるだろう。

「相応の戦力ですか。
 具体的には何に備えているのでしょう?
 近隣の国でしょうか?」

わざわざ壁で囲い、戦力を置くとなれば、それは常に危険があると、そう言っているようにも聞こえる。

「都市外にはマナ体が自然発生しますので、それに対する備えが主目的となります。
 このレルネンドラ王国が最後に国家間の争いを行ったのは、200年ほど前です。」

「最もその際はオレイザードが敵国の行政施設を直接破壊することで、7日ほどで決着しましたが。」

一人に七日で国が敗れるというのなら、何故争うことを選んでしまったのか。
聞けばあきれるような理由が返ってきそうなので、質問を続けることを止める。

そして、ふと気になることが。
こうして彼女たちと話している間に、周囲からの視線を全く感じない。
他人の耳目を引く見た目とは思わないけれど、自分よりも小柄な少女に抱えられている状況が、視線を集めないほど普通の状況とは思えない。

「アマルディア。
 周りの方々が、私たちに気が付いていないようなのですが、何かしていますか?」

アマルディアが何かしてくれているのかと思い尋ねてみる。

「はい、御子様。
 位相をずらし認識できないようにしております。
 精霊種、神霊種の一部のように次元を縦に見ることができる種族でもなければ、何もせ何もせずに現在のわれわれを認識することはできません。」

やはり、何かしてくれていたらしい。
何をしているのかは、よくわからないけれど、助かる。

「ありがとうございます、アマルディア。
 やはり周りにこれだけ多くの方がいると疲れてしまいます。
 先ほど話に出た、王都の外、農場を見ることはできますか?」

そう問えば、また唐突に視界が切り替わる。
視界のほとんどを占める石のようにも金属のようにも見える巨大な壁。
顔の向きを変えれば、下のほうに遠くまで広がる緑の絨毯。
その合間を歩く小さな亜人種らしき影。
距離があるのだろう、そのカラフルな頭部と人間にはなさそうないくつかの造形がかろうじて見える。

そして周りを見渡そうとすれば、壁沿いを歩く、見上げるような大きさの立派な鎧を着こんだ何か。
ゆっくりと歩いているのかもしれないが、とても大きなものがこちらに近づいていることに気が付き、少し体が硬くなる。

「ご安心ください、御子様。
 あれはこの壁に配備されている守備兵です。
 また、あれが我らと同じ人種の一つ、巨人種です。」

イリシアが紹介してくれる。
その巨人種とやらは、こちらへと近づいてくる。
近くにいるのかと思えば、足を運ぶ音がやけに遠くに聞こえる。
最初に聞いた時にはてっきり数メートルほどかと思っていたけれど、想像以上に大きいようだ。

「その、アマルディア。
 あの方はずいぶんと多きように感じますが、どの程度の大きさなのでしょう?
 それと、こちらに近づいてきているようですが。」

「あれは、この世界の神座に座るものによる、神造の人種としての巨人種の一つです。
 大きさは成体で30メートルほど。巨人種の中では平均的な大きさの種となります。
 また、守備を人とするもは望まぬものの侵入を防ぐという任があるため、簡易的な位相ずらしであれば認識できるものばかりとなります。
 おそらく挨拶に来ているのでしょう。」

アマルディアはそういい、特に警戒したそぶりを見せない。
それが少し恐怖を和らげてくれる。

ほどほどに近づき、大きすぎる相手で今一つ実際に距離がつかめないのだけど、声をかけてくる。
近づいたその巨体は見上げる必要があるほどのもので、どうしても体がこわばってしまう。

「おお、小さく強いアマルディア。
 このような場所に来るとは珍しい。
 よく見ればお前の姉妹も一緒にいるな。
 加えて、お前の抱える者は初めて見る。」

見た目通りというのだろうか、地の底から響くような声で、巨人がこちらに語り掛けてくる。
そうこちらに声をかけた後は、そのまま腰を下ろす。

「すまぬな。初めて出会う小さきものよ。
 この身はそなたらにいらぬ不安を与える。
 しかしながらそうおびえることはない。そこな小さく強気アマルディアであればこの老骨など、枯葉を吹き散らすかのごとくに薙ぎ払える。」

「こちらは我らがそばに使えられることを偉大なる造物主様より仰せつかっている、お方。
 失礼のないように。」

こちらが身を固くしていることに気が付いたのか、いつの間にかクレマティアとイリシアがアマルディアよりも前に出ている。

「初めまして。大きなお方。
 なんとお呼びすればよいのでしょうか?」

怖くはあるものの、話すことに抵抗感はない。
アマルディアたちに守られているというのがあるかもしれないが、目の前の人物は大きさを除けば親しみやすい人物であるように思える。

「この身は、奈落の底より世界の崖を踏破した翁、そう呼ばれている。
 小さくか細き神霊よ、その身は何と呼べばいいのかね。」

問いかけにこたえるたびに開く口はこちらを人のみにできそうで。
腰を下ろしたことで、顔が視線の高さに来たから、なおのこと。
そして言われた言葉に、アマルディア以外に名前を名乗っていなかったと、今更ながらに気が付き少し恥ずかしさを覚える。

前の世界で自分からヒトに名前を伝えることなんてしようともしなかったから。
今の世界では良くない習慣なのだろう。
これまで出会った方たちが私を知っていたとしてもこれからはわからないのだから。

「失礼しました。奈落の底より世界の崖を踏破した翁。
 私は水無月美夜子、そう呼ばれていました。」

この場で自分をほめられることといえば、目の前の巨人種の長く耳慣れない名前を一度で覚え、間違えずに呼べたことだろうか。

「クレマティア、イリシア。
 遅れて申し訳ないのですが、水無月 美夜子が前の世界で私を呼ぶために使われていた呼称です。」

名乗りはするものの、アマルディアたちからは今後も御子様と、そう呼ばれるとは思う。
また、部屋に戻った時にディネマに名乗るのを忘れないようにしようとそう思う。

「ほう。ミナヅキミヤコとな。
 神霊種でありながら、まるで亜人種のような名前を持つのですな。」

「そうなのですか?」

「うむ。神霊の多くは親の名前と司る権能を合わせて自らの呼称としておる。」

残念ながら未だに私は本当の”親”のことをよく知らない。
いつかそれを知った時には合わせて名前を変えることになるのだろうか。

「まぁ、些末なことよ。
 長い人生、いろいろあるものであろうしな。
 それで、小さく強いアマルディア。こちらにはどのような用できたのかね。」

「御子様が王都を見てみたいとのことでしたので、ご案内させていただいていたところです。」

「おお。それは良い。
 小さくか細き神霊、ミナヅキミヤコよ。
 この世界は広く、見るべきもの、挑むべきものはどこまでも多い。」

アマルディアの回答が琴線に触れたのだろう。
大きな口を開けて笑う巨人種。
飲み込まれてしまいそうだ。
笑い声の大きさよりも、まずそちらに意識が行く。

「その心配は無用です。
 この世界で御子様が挑むべきものなどありません。
 御子様に挑むというのなら、まずは我らを超える必要がありますので。」

「そうだな。小さく強いアマルディアの妹よ。
 だが、本人が試練を求めたときにはどうかそれを止めてくれるな。
 そこには確かな誉れがあるのだから。」

イリシアが応えれば、巨人種はそう返す。
彼女たちの手を借りることを恥と思うことはないだろうけれど、確かに自分一人でやってみたいことまで、すべてを世話されてしまえば、私は人形のようなものになるのだろう。
それは、少し、いやかもしれない。
いえ、少なくとも目の前のあまりに大きなものを相手にどうこうしたい、どうこうできるとは思わないのだけれど。

何か、私ができること、私でもできること、私にしかできないこと。
そんなものを見つけていこう。

やりたいことが増えていく。
それがとてもうれしくて。

「ふむ。
 小さくか細きものは怪我をされているのか。
 少し力強さが戻ったようではあるが、まだまだ休息が必要そうだな。」

「奈落の底より世界の崖を踏破した翁、あなたはそのようなことが分かるのですか?」

目の前の大きなものが、そんな細かいことが分かるのだろうかと。
失礼かもしれないが、そんなことを思ってしまう。

「うむ。
 儂はさして強くあるわけではないのでな。
 むしろそういった小さな変化だからこそわかるというのが正しかろう。」

そういって、その腰を上げる巨人種。
目の前にあった顔が、ゆっくりと見上げる高さに上っていくその光景は身を固くさせるもので。

ああ、この世界になれることができるのはいったいいつになるのだろう。

「まずは傷を癒されよ。
 傷を負って挑戦するのは蛮勇でしかない。
 万全を期し、それでも届くかわからぬ、それこそ誉れのある挑戦であるからな。」

「貴重なお言葉、ありがとうございます。
 また、お会いさせていただけるよう願っております。」

初めていうはずの言葉もすっと出て。

「うむ。この老骨と話して得るものがあるのなら、いつでも来られるがよかろう。
 この場にいることが重要で、あまり忙しいわけでもないのでな。」

やはり呵々と笑いながらその大きな影が離れていく。
やはり緊張していたのだろうか、離れるその姿を見て、力が抜ける感覚に襲われる。
それと同時に感じる疲労感。
これは、そろそろ戻ったほうがいいように感じる。

「アマルディア。
 少し疲れてきました。次を最後にしたいと思います。」

時計はないけれど、まだ外に出てそれほど立っていないようには思う。
それでも、ディネマと約束したから。
疲れたと正直に伝える。

「かしこまりました、御子様。
 何処か希望はありますか?」

「そうですね。
 私が神霊種と呼ばれているので、同族にあってみたいですし。
 今間借りさせていただいている、王城を外から見てみたくも思います。
 どちらがお勧めでしょう?」

「でしたら王城がよろしいかと。
 神霊種のいる地域はお疲れの時に行くにはあまり向いておりませんので。」

神霊種たちはいったいどういった場所で生活しているのだろうか。

「そうですか、では王城がよく見える場所へ。
 上から見たいわけではないのですが、正門の方へは行けるのでしょうか?」

尋ねれば、また視界が切り替わる。

そして目の前には先ほどの巨人種がそのままくぐれそうな大きな門。
列をなすいろいろなものたち。
視界の端から端までは、豪奢な壁。
開かれた門の先には、よく整えられている道が続き、その先には何でできているかよくわからないが城だと思われる建造物。

数日暮らして入るけれど、ここまで大きな建物とは思ってもみなかった。
この都市で暮らすすべての種族が入れる作りになっているのだろう。
上から見でもしないと、全景はわかりそうにない。

「こちらがレルネンドラ王国の王城です。
 内部はオレイザードの手により空間を拡張していますので、外観はそこまで大きいわけではありません。
 基底界においては下から数えたほうが早い大きさです。」

そんな説明をイリシアがしてくれる。
ただその説明はあまり耳に入ってこない。

非常になじみのある、気持ち悪い視線が向けられている。
思わずアマルディアの服をつかむ。

「御子様。如何なさいましたか?」

それに気が付いたアマルディアがこちらに問いかけてくる。
それにこたえる前に。
割り込む声が。

「おや、これは。
 いと高きお方の手による最高傑作、機械仕掛けのエーテルシリーズとお見受けする。
 よもやこのような場所でお目にかかることができようとは。」

”ナニカ”が騒音を、音量はあの巨人種より小さいのだろうが、そうとしか思えない音をまき散らしながら近づいてくる。
ああ、気持ち悪い。
疲労感が強くなってくる。

「ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか。」

位相をずらしているといったのに。
基本的に気が付かないはずだというのに。
なぜ”ソレ”が私たちを認識しているのだろうか。

そして”ソレ”が目の前に。

「すぐに戻りましょう。アマルディア。
 気分が悪くなってきました。」

そう告げれば、当然のように視界が切り替わる。
目の前にはこの数日で見慣れてきている寝室が。

「御子様。大丈夫ですか?」

アマルディアの声と、周りに”アレ”がいない確信が心を落ち着かせてくれる。

「ディネマ。戻りました。
 御子様はお疲れのようですので、すぐに支度を。」

こちらがすぐに答えなかったからだろう。
アマルディアがすぐにディネマを呼び、彼女が目の前に現れる。

「確かに、短い時間でしたのにずいぶんお疲れのようですね。
 さぁ、御子様。お休みいただくための準備をさせていただきます。
 お疲れでしょうが、今しばらくお待ちください。」

そうして、アマルディアからディネマにへと渡され浴室へ。
嫌な汗が最後に背中を伝った感触があるので、気分を一刻も早く変えたい。
顔色も悪いのだろうか、こちらの顔を見たディネマが少し心配げな顔をする。

初めて外に出た日は楽しかった。

それに間違いはない。

ただ、最後にあれが近づいてきた。

その一つの事だけで。

この世界での楽しく終われるはずだった。

初めての日が。

ひどく苦いものになった。
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