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一章 新世界にて
そして世界は彼女を歓迎する
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次に意識を取り戻したときは、なんだかひどくやわらかで、あたたかくて、いつまでもこのままでいたいような安らぎを与えてくれる、そんな場所にいた。
目を開けることなく寝返りを打ち、ここに来る前のことを少し思い返す。
恩人の祈り、覚えている。
恩人の願い、覚えているし、感謝している。
自分の疑問、母って結局誰なのだろうか。
それといくつかのこと。
もう一度、ありがとうございます、言葉にしてしまうとあまりにも簡素で。
でもそれ以外の言葉では表せなくて。
うれしさと、ふがいなさと、それ以外の何かが気が付けば涙になって流れていく。
さて、いつまでも寝ていても意味がない。
託された言葉には、私がするべき、助けをこう相手がいると、あったのだから。
目を開ければ、まぶしさにくらむ。
強い朝日に思わず目を閉じてしまうような、そんな感覚。
朝日と違うのはそれが瞼越しに目を焼くようなものではなく、どこか柔らかく感じられること。
「お目覚めでしょうか、御子様。」
すぐ近くから、どこか硬質な、幼い子供のような声。
手の届くほどの距離に他人がいるという事実が、思わず体をすくませる。
ただ、恩人の言葉が支えとなり、声のほうに顔を向けさせ、瞼を開けさせる。
「体調は如何でしょうか?
まだ優れないようでしたら、今しばらくお休みになってください。」
視界に映るのは、私が横たわっているベッド。
その傍らに立つ、どこか無機質な、ロボットのような、少女。
こちらに声をかけてくる間も、微動だにしないその振る舞いが、無機質だと感じさせるのかもしれない。
「体調はこれまでにないほどいいです。ええ、本当に。」
そう返して、身を起こそうとする。
いつのまにか近づいていた少女が背中に手を回し補助をしてくれる。
ベッドの上で上半身を起こしたら、少し背中向きに押され、気が付けばあった背もたれに体重を預ける。
自分一人で起き上がれないほど弱っていると、そう思わせるほどの何かがここに来るまでにあったのだろうか。
そんなことを考えていると、水の入ったグラスを渡される。
「ありがとうございます。」
「もったいないお言葉です。」
グラスの半分ほどを飲みどうしようかと思えば、グラスを受け取りサイドテーブルにおいてくれる。
「それで、何から聞けばいいのかはわからないのだけれど、まず、あなたのことを教えてもらえますか?
それと私は水無月、水無月美夜子とそうなのっていました。」
「ええ、存じ上げております、御子様。
私はアルマディア。われらの主様の手による神造生命体の一号機にございます。
御子様の生活をお手伝いさせていただくように、我が主より申し付かっております。
どうぞ、お見知りおきを。」
きっとこれからしばらくは、こうして一つの疑問にいくつもの知らないことが返ってくるのだろう。
でもなぜだか、それが少し楽しくて。これからゆっくりとでもしっかりと覚えていこうと思う。
「ありがとうございます、アルマディア。
申し訳ないのだけれどあなたの言葉はわかっても、何を言っているかがよくわかりません。
これからも何度も当たり前のことを聞くと思います。
どうかよろしくお願いいたします。」
そう告げたとき、目の前の少女の表情は変わらなかったけれど、なぜだかとてもうれしそうにしているように感じた。
それと同時に私が他人の感情の動きに気が付けることにとても驚いた。
でも、この驚きはとてもうれしいもので。
「もちろんです御子様。
私にお手伝いさせていただけることでしたら、いかようにでも。」
「では、さっそくなのですが、先ほどから私を”ミコ”様と呼んでいますが、何か理由あってのことでしょうか?
少なくとも私は巫女と呼ばれる職務に就いたことはないと思うのです。」
名前を伝えた後も繰り返される不思議な呼称に関して確認を。
「御子様、私は何も使えるものとしての呼称を用いているわけではございません。
あなた様がこの世界軸の柱たる偉大なるお方のお子様であり、かの方へ直接紐づくお方であるから御子様と、そうお呼びさせていただいているのです。
これはこの第一界にあり、そのありようの流れを見ることができるものであれば、だれもが敬意を払い御子様とそうお呼びさせていただくことでしょう。」
どうやら私の”親”はこの世界でとてもすごいみたいだ。
あったこともなければ、生まれたという自覚もない。
ただ、ひとまずそうななのだと飲み込むことにする。
そして言伝が。
恩人からの大事なお願いが。
「私を手伝ってくれた方が。私をここへ運んでくれた方が、私に託した言葉があるのです。
それを私の”親”伝えるには、どうすればいいのでしょう?」
とても大切な、前の世界にまつわる何かで、それ以外にないたった一つの大切なこと。
「申し訳ございません御子様。
私はかの御方に直接連なるものではありません。
私自身はいかなる声も届ける術を持つものではございません。」
たたずまい、表情はなぜかとても機械的だと、無機質だと感じるのに。
なぜだか目の前の少女の感情がよくわかる。
先ほどまでの嬉しそうな、自信に満ちた様子から一転。
ひどく落ち込んでいるように感じる。
「わかりました。
どうか私が私の恩人の願いをかなえられるように手伝ってください。」
「我が身命に変えましても。
この後御子様のお加減がよろしいようでしたら、この地を治める王にご紹介させていただきます。
彼の者であれば、何か知っているでしょう。」
どうやら私は本当にこの世界で大切にされているようだ。
なにせ王様に私の体調を優先したうえで会えるというのだから。
それとアルマディア、この子もおそらく非常に高い地位をこの世界で持っているのだろう。
「ええ、ありがとうございます。
ただそういった場に出る前に、さすがに一度身だしなみを整えたく思います。
寝起きのままでお会いしていい方とはさすがに思えませんので。」
「かしこまりました。それではこちらへどうぞ。」
ベッドから立ち上がるのにもアルマディアに手を引かれ、まるで幼い子供のような扱いだなと、そんなことを思う。
きっと彼女だけでなくこの世界のほとんどの人にとっては、何も知らない私は幼い子供と見た目以外に違いはないのだと思うけれど。
立ち上がってみるとアルマディアは私の方より少し低い位置に頭がある。
私がさほど背が高いわけではないので、より一層少女なのだと思ってしまう。
「御子様、まずは湯あみを。
お召し物ですが、私たちが用意させていただいてもよろしいでしょうか。」
いわれてこれまでまったく気にしなかった自分の身なりに思い至る。
ここに来る前に鏡まで見たというのに、なぜ全く気にもしなかったのか。
これまでなら、だれかに声をかける口実を与えないためにも注意を払っているというのに。
見下ろしてみれば、学校帰りの制服そのまま。
ベッドに転がっていたために、あちこちに皺が寄っている。
幸い流れた血がしみになったりついていたりはしない。
髪はくしを通していないと見てすぐにわかるようなありさまで。
顔は、これまで顔色や目の下の隈を隠すためにしていた化粧が崩れているのだろうなと、そう思う。
「ええ、お願いしますアルマディア。
文字通り身一つでこの場に来たので、申し訳ないのですが。」
「かしこまりました。
それでは、御子様。浴室の作りは御身の知識にあるものと変わりません。
どうぞごゆるりと、おくつろぎください。」
浴室への扉を開き、その横で頭を下げるアルマディア。
いわれて初めて気が付いた。
確かにところ変われば物も変わるのだろう。
ともすれば、私は何をどう使えばいいのかもわからないのだろう。
本当に幼子と変わらない。
「ありがとうございます。アルマディア、どうぞいろいろ、よろしくお願いします。」
「お任せください、御子様。それでは後程。
お困りのことがあればいつでも及びください。
我が名を呼んでいただけたのなら、すぐにおそばに参じますので。」
浴室に踏み込んで目に映るのは落ち着いた白を基調とした脱衣スペース。
洗面台があり、脱衣籠があり。
確かにそこにあるのは見て使い方がわかるもの。
ホテルと家にあった浴室と。ちょうどその中間にあるようなスペース。
あたりを見回し、制服に手をかけながら鏡に目が行く。
これまで必要がなければ見ようともしなかったのに、今では自分の意志で。
鏡に映った私は、これまでの疲労が隠せていないし、少し小汚さはあるものの。
これまでに見たことがないほど嬉しそうな、楽しそうな。
あの世界にいた他人とよくにた表情をしていた。
シャワーを浴びながら目が覚めてからの短い時間の出来事を振り返る。
これまでとの違いは考えるべくもなく。
自分から他人に話しかけた。
自分から他人に願いを伝えた。
自分から他人に興味を持った。
どれもこれまでなかったこと。
つらつらと、とめどなく考えているうちに、ふと、気が付く。
私はアルマディアという少女に関してあまりに聞いていなかった。
ぼんやりと、どこか地に足がつかない感覚のままだったから。
目が覚めてから、アルマディアと別れてからどの程度の時間がたったのかがわからない。
入浴を切り替えて、脱衣スペースに戻り、体にタオルを巻いて、名前を呼んでみる。
「アルマディア。入浴は終わりました。」
特に大きな声を出したつもりはないのだけれど。
扉の外から当たり前のように返答が。
「おくつろぎいただけたでしょうか、御子様。」
「はい、十分に。」
返答に少し驚きながら扉に手を触れれば、こちらが力を入れるより先に扉があく。
「それでは御子様。お召し物の準備はできております。
その前に、髪を乾かしてしまいましょう。」
そういって、アマルディアが手を引き先ほどまで寝ていたベッドのそばにある化粧台の前へと座らせる。
そのすぐそばにアマルディアによく似た少女が控えていた。
「ご紹介させていただきます。
私の妹、四号機ディネマです。」
「初めまして、御子様。
私はディネマ。われらの主より御身の住環境、家事の一切を取り計らうよう申し付けられております。」
見た目は双子であるかのようによく似ている。
はっきりわかる違いはその色合いと、アマルディアにはない柔らかな表情だろうか。
目があえばふわりとほほ笑むディネマはアマルディアに感じる無機質さとは無縁に感じる。
「ディネマ。こちらこそよろしくお願いします。
私は水無月美夜子。これから多くのことをあなたにもお願いすることになると思います。
どうかお手伝いください。」
「もちろんですとも。」
そんな挨拶をしている間にどうやら髪を乾かしてくれたらしい。
どうやってかは全く分からなかったけれど。
「それでは御子様。お手伝いさせていただきます。」
そしてディネマがあれよあれよと髪を整え、簡単な化粧をし、どこからか取り出した制服を、いつのまに用意したのかはわからないけれど、着させてくれる。
ディネマになされるがままにされている間に、アマルディアへと問いかける。
「アマルディア、先ほどあなたは妹、四号機といいましたが。
あなたたちは、神造生命体とはそもそもどういったものなのですか?
それに何人姉妹なのでしょう?」
「お答えさせていただきます御子様。
われら神造生命体、”機械仕掛けのエーテルシリーズ”は全18機。
われらが偉大なる造物主様の手による作品です。」
どこか誇らしげに答えるアルマディア。
ディネマもこちらの世話の手を止めうることはないけれど笑みが少し深くなったように見える。
「つまり、あなたたち姉妹は、造物主、神様が直接お創りになったと、そういうことでしょうか。」
「ええ、御子様。
その認識で間違いありません。
この世界には神と呼ばれる座に就く方が複数おられます。
その中でもわれらが造物主様はモノ造り、技巧の権能において並ぶものなきと称えられる御方なのです。
その方の最初にして最高傑作と名高き創造物が私たち18の姉妹です。」
「説明してくれて、ありがとうございます。アマルディア。
いつかあなたの他の姉妹も紹介してください。」
つまり、この世界には神様と呼ばれるものがたくさんいて。
彼女たちは己のあり方に誇りを持っていて。
彼女をほめるのは彼女たちを作った人をほめることになるから、喜んでくれるのだろう。
「さぁ、御子様、準備ができましたよ。
どうぞご確認ください。」
鏡の中には初めて見るほどに元気そうな私が。
「アマルディア。
今は道具で隠していますが、御子様はまだお疲れです。
どうか早くお休みいただけるよう、十分な配慮を。
あなたは少々粗雑なところがありますから。」
ディネマにとってはアルマディアは粗雑らしい。
彼女を粗雑と呼ぶのなら、ディネマにとって丁寧な人物とはどれだけ高いハードルの果てにいるのだろう。
「わかりました、ディネマ。
王との挨拶が済めばすぐにお戻りいただく。
それまでに万事整えておいてくれ。」
「もちろんですとも。
それでは御子様。どうぞお気を付けて。
お早いお戻りお待ちしております。」
そう告げられてアマルディアとともに部屋から送り出される。
とても大切にされている。
受け取ったものを返す方法はわからない。
それでも忘れずに。
できるときにこれを返していこう。
当たり前のようにそう思えた。
それでもまずは順番に。
さぁ、恩人から受け取った言葉を伝える方法を探しに。
目を開けることなく寝返りを打ち、ここに来る前のことを少し思い返す。
恩人の祈り、覚えている。
恩人の願い、覚えているし、感謝している。
自分の疑問、母って結局誰なのだろうか。
それといくつかのこと。
もう一度、ありがとうございます、言葉にしてしまうとあまりにも簡素で。
でもそれ以外の言葉では表せなくて。
うれしさと、ふがいなさと、それ以外の何かが気が付けば涙になって流れていく。
さて、いつまでも寝ていても意味がない。
託された言葉には、私がするべき、助けをこう相手がいると、あったのだから。
目を開ければ、まぶしさにくらむ。
強い朝日に思わず目を閉じてしまうような、そんな感覚。
朝日と違うのはそれが瞼越しに目を焼くようなものではなく、どこか柔らかく感じられること。
「お目覚めでしょうか、御子様。」
すぐ近くから、どこか硬質な、幼い子供のような声。
手の届くほどの距離に他人がいるという事実が、思わず体をすくませる。
ただ、恩人の言葉が支えとなり、声のほうに顔を向けさせ、瞼を開けさせる。
「体調は如何でしょうか?
まだ優れないようでしたら、今しばらくお休みになってください。」
視界に映るのは、私が横たわっているベッド。
その傍らに立つ、どこか無機質な、ロボットのような、少女。
こちらに声をかけてくる間も、微動だにしないその振る舞いが、無機質だと感じさせるのかもしれない。
「体調はこれまでにないほどいいです。ええ、本当に。」
そう返して、身を起こそうとする。
いつのまにか近づいていた少女が背中に手を回し補助をしてくれる。
ベッドの上で上半身を起こしたら、少し背中向きに押され、気が付けばあった背もたれに体重を預ける。
自分一人で起き上がれないほど弱っていると、そう思わせるほどの何かがここに来るまでにあったのだろうか。
そんなことを考えていると、水の入ったグラスを渡される。
「ありがとうございます。」
「もったいないお言葉です。」
グラスの半分ほどを飲みどうしようかと思えば、グラスを受け取りサイドテーブルにおいてくれる。
「それで、何から聞けばいいのかはわからないのだけれど、まず、あなたのことを教えてもらえますか?
それと私は水無月、水無月美夜子とそうなのっていました。」
「ええ、存じ上げております、御子様。
私はアルマディア。われらの主様の手による神造生命体の一号機にございます。
御子様の生活をお手伝いさせていただくように、我が主より申し付かっております。
どうぞ、お見知りおきを。」
きっとこれからしばらくは、こうして一つの疑問にいくつもの知らないことが返ってくるのだろう。
でもなぜだか、それが少し楽しくて。これからゆっくりとでもしっかりと覚えていこうと思う。
「ありがとうございます、アルマディア。
申し訳ないのだけれどあなたの言葉はわかっても、何を言っているかがよくわかりません。
これからも何度も当たり前のことを聞くと思います。
どうかよろしくお願いいたします。」
そう告げたとき、目の前の少女の表情は変わらなかったけれど、なぜだかとてもうれしそうにしているように感じた。
それと同時に私が他人の感情の動きに気が付けることにとても驚いた。
でも、この驚きはとてもうれしいもので。
「もちろんです御子様。
私にお手伝いさせていただけることでしたら、いかようにでも。」
「では、さっそくなのですが、先ほどから私を”ミコ”様と呼んでいますが、何か理由あってのことでしょうか?
少なくとも私は巫女と呼ばれる職務に就いたことはないと思うのです。」
名前を伝えた後も繰り返される不思議な呼称に関して確認を。
「御子様、私は何も使えるものとしての呼称を用いているわけではございません。
あなた様がこの世界軸の柱たる偉大なるお方のお子様であり、かの方へ直接紐づくお方であるから御子様と、そうお呼びさせていただいているのです。
これはこの第一界にあり、そのありようの流れを見ることができるものであれば、だれもが敬意を払い御子様とそうお呼びさせていただくことでしょう。」
どうやら私の”親”はこの世界でとてもすごいみたいだ。
あったこともなければ、生まれたという自覚もない。
ただ、ひとまずそうななのだと飲み込むことにする。
そして言伝が。
恩人からの大事なお願いが。
「私を手伝ってくれた方が。私をここへ運んでくれた方が、私に託した言葉があるのです。
それを私の”親”伝えるには、どうすればいいのでしょう?」
とても大切な、前の世界にまつわる何かで、それ以外にないたった一つの大切なこと。
「申し訳ございません御子様。
私はかの御方に直接連なるものではありません。
私自身はいかなる声も届ける術を持つものではございません。」
たたずまい、表情はなぜかとても機械的だと、無機質だと感じるのに。
なぜだか目の前の少女の感情がよくわかる。
先ほどまでの嬉しそうな、自信に満ちた様子から一転。
ひどく落ち込んでいるように感じる。
「わかりました。
どうか私が私の恩人の願いをかなえられるように手伝ってください。」
「我が身命に変えましても。
この後御子様のお加減がよろしいようでしたら、この地を治める王にご紹介させていただきます。
彼の者であれば、何か知っているでしょう。」
どうやら私は本当にこの世界で大切にされているようだ。
なにせ王様に私の体調を優先したうえで会えるというのだから。
それとアルマディア、この子もおそらく非常に高い地位をこの世界で持っているのだろう。
「ええ、ありがとうございます。
ただそういった場に出る前に、さすがに一度身だしなみを整えたく思います。
寝起きのままでお会いしていい方とはさすがに思えませんので。」
「かしこまりました。それではこちらへどうぞ。」
ベッドから立ち上がるのにもアルマディアに手を引かれ、まるで幼い子供のような扱いだなと、そんなことを思う。
きっと彼女だけでなくこの世界のほとんどの人にとっては、何も知らない私は幼い子供と見た目以外に違いはないのだと思うけれど。
立ち上がってみるとアルマディアは私の方より少し低い位置に頭がある。
私がさほど背が高いわけではないので、より一層少女なのだと思ってしまう。
「御子様、まずは湯あみを。
お召し物ですが、私たちが用意させていただいてもよろしいでしょうか。」
いわれてこれまでまったく気にしなかった自分の身なりに思い至る。
ここに来る前に鏡まで見たというのに、なぜ全く気にもしなかったのか。
これまでなら、だれかに声をかける口実を与えないためにも注意を払っているというのに。
見下ろしてみれば、学校帰りの制服そのまま。
ベッドに転がっていたために、あちこちに皺が寄っている。
幸い流れた血がしみになったりついていたりはしない。
髪はくしを通していないと見てすぐにわかるようなありさまで。
顔は、これまで顔色や目の下の隈を隠すためにしていた化粧が崩れているのだろうなと、そう思う。
「ええ、お願いしますアルマディア。
文字通り身一つでこの場に来たので、申し訳ないのですが。」
「かしこまりました。
それでは、御子様。浴室の作りは御身の知識にあるものと変わりません。
どうぞごゆるりと、おくつろぎください。」
浴室への扉を開き、その横で頭を下げるアルマディア。
いわれて初めて気が付いた。
確かにところ変われば物も変わるのだろう。
ともすれば、私は何をどう使えばいいのかもわからないのだろう。
本当に幼子と変わらない。
「ありがとうございます。アルマディア、どうぞいろいろ、よろしくお願いします。」
「お任せください、御子様。それでは後程。
お困りのことがあればいつでも及びください。
我が名を呼んでいただけたのなら、すぐにおそばに参じますので。」
浴室に踏み込んで目に映るのは落ち着いた白を基調とした脱衣スペース。
洗面台があり、脱衣籠があり。
確かにそこにあるのは見て使い方がわかるもの。
ホテルと家にあった浴室と。ちょうどその中間にあるようなスペース。
あたりを見回し、制服に手をかけながら鏡に目が行く。
これまで必要がなければ見ようともしなかったのに、今では自分の意志で。
鏡に映った私は、これまでの疲労が隠せていないし、少し小汚さはあるものの。
これまでに見たことがないほど嬉しそうな、楽しそうな。
あの世界にいた他人とよくにた表情をしていた。
シャワーを浴びながら目が覚めてからの短い時間の出来事を振り返る。
これまでとの違いは考えるべくもなく。
自分から他人に話しかけた。
自分から他人に願いを伝えた。
自分から他人に興味を持った。
どれもこれまでなかったこと。
つらつらと、とめどなく考えているうちに、ふと、気が付く。
私はアルマディアという少女に関してあまりに聞いていなかった。
ぼんやりと、どこか地に足がつかない感覚のままだったから。
目が覚めてから、アルマディアと別れてからどの程度の時間がたったのかがわからない。
入浴を切り替えて、脱衣スペースに戻り、体にタオルを巻いて、名前を呼んでみる。
「アルマディア。入浴は終わりました。」
特に大きな声を出したつもりはないのだけれど。
扉の外から当たり前のように返答が。
「おくつろぎいただけたでしょうか、御子様。」
「はい、十分に。」
返答に少し驚きながら扉に手を触れれば、こちらが力を入れるより先に扉があく。
「それでは御子様。お召し物の準備はできております。
その前に、髪を乾かしてしまいましょう。」
そういって、アマルディアが手を引き先ほどまで寝ていたベッドのそばにある化粧台の前へと座らせる。
そのすぐそばにアマルディアによく似た少女が控えていた。
「ご紹介させていただきます。
私の妹、四号機ディネマです。」
「初めまして、御子様。
私はディネマ。われらの主より御身の住環境、家事の一切を取り計らうよう申し付けられております。」
見た目は双子であるかのようによく似ている。
はっきりわかる違いはその色合いと、アマルディアにはない柔らかな表情だろうか。
目があえばふわりとほほ笑むディネマはアマルディアに感じる無機質さとは無縁に感じる。
「ディネマ。こちらこそよろしくお願いします。
私は水無月美夜子。これから多くのことをあなたにもお願いすることになると思います。
どうかお手伝いください。」
「もちろんですとも。」
そんな挨拶をしている間にどうやら髪を乾かしてくれたらしい。
どうやってかは全く分からなかったけれど。
「それでは御子様。お手伝いさせていただきます。」
そしてディネマがあれよあれよと髪を整え、簡単な化粧をし、どこからか取り出した制服を、いつのまに用意したのかはわからないけれど、着させてくれる。
ディネマになされるがままにされている間に、アマルディアへと問いかける。
「アマルディア、先ほどあなたは妹、四号機といいましたが。
あなたたちは、神造生命体とはそもそもどういったものなのですか?
それに何人姉妹なのでしょう?」
「お答えさせていただきます御子様。
われら神造生命体、”機械仕掛けのエーテルシリーズ”は全18機。
われらが偉大なる造物主様の手による作品です。」
どこか誇らしげに答えるアルマディア。
ディネマもこちらの世話の手を止めうることはないけれど笑みが少し深くなったように見える。
「つまり、あなたたち姉妹は、造物主、神様が直接お創りになったと、そういうことでしょうか。」
「ええ、御子様。
その認識で間違いありません。
この世界には神と呼ばれる座に就く方が複数おられます。
その中でもわれらが造物主様はモノ造り、技巧の権能において並ぶものなきと称えられる御方なのです。
その方の最初にして最高傑作と名高き創造物が私たち18の姉妹です。」
「説明してくれて、ありがとうございます。アマルディア。
いつかあなたの他の姉妹も紹介してください。」
つまり、この世界には神様と呼ばれるものがたくさんいて。
彼女たちは己のあり方に誇りを持っていて。
彼女をほめるのは彼女たちを作った人をほめることになるから、喜んでくれるのだろう。
「さぁ、御子様、準備ができましたよ。
どうぞご確認ください。」
鏡の中には初めて見るほどに元気そうな私が。
「アマルディア。
今は道具で隠していますが、御子様はまだお疲れです。
どうか早くお休みいただけるよう、十分な配慮を。
あなたは少々粗雑なところがありますから。」
ディネマにとってはアルマディアは粗雑らしい。
彼女を粗雑と呼ぶのなら、ディネマにとって丁寧な人物とはどれだけ高いハードルの果てにいるのだろう。
「わかりました、ディネマ。
王との挨拶が済めばすぐにお戻りいただく。
それまでに万事整えておいてくれ。」
「もちろんですとも。
それでは御子様。どうぞお気を付けて。
お早いお戻りお待ちしております。」
そう告げられてアマルディアとともに部屋から送り出される。
とても大切にされている。
受け取ったものを返す方法はわからない。
それでも忘れずに。
できるときにこれを返していこう。
当たり前のようにそう思えた。
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