ヒト嫌いの果て

五味

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序章

そして彼女は死を選ぶ

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いつから”こう”だったかなんて覚えてない。
どうして”こう”なったかなんて心当たりがない。
誰彼の区別はなく、ただひたすらに嫌いだとしか思えない。

自分のこれまでを振り返ってみても、一番最初の記憶はどうしようもない嫌悪感。
すれ違うだけの他人、同じ学校に通う他人、同じクラスの他人、家族という名称の他人、鏡に映る”ナニカ”。
そのどれもが私にとっては、頭痛の種で、吐き気を催すもとで、体中を掻きむしりたくなるような。
いや、実際に頭痛は治まることなく、嘔吐は習慣となって、みみずばれどころか、血が出たりもしているわけだけど。

この気持ちを静めるために”ヒト”をどうこうしようと思ったことがないといえばウソにはなるけれど。
別に他人の教育が私を押しとどめたわけでもない。
私に実害は確かにあるのだけど、他人に対して特別な労力を払う気になれなかったというだけ。
あくまで私の行動の指針になっていたのはどうすれば”他人”を視界に入れず、接触されることなく、一人だけでいられる時間を確保することができるのかだった。

学校に通うのは、行かなければ”他人”が喚き散らしてうるさいから。
挨拶をするのは、それをしなければ”他人”が勝手に話しかけてくるから。
会話をするのは、”他人”が勝手に心配だと延々と話し続けるから。

そんな教訓を早くに得ることができる程度には他人は私に無関心でいてくれなかった。
だって小学校に入るころにはこうしなければいけない、そうでないと”他人”がどこまでも付きまとってくると理解できてしまったのだから。
同時にやまない頭痛との付き合い方も、嘔吐の隠し方も、うっかり流血するほど体を掻きむしった時も、どうすれば”他人”から隠し通すことができるのかも早くに覚えることができた。

そうしてどうにか”ヒト”の中で折り合いをつけて、自分の空間で長い時間を過ごす方法を身に着けたときには中学校に入学することになっていた。

ただ、折り合いがついたからと言って嫌悪感が治まることはなく、このころには”他人”が作る食べ物、衣服、道具も嫌悪の対象に入るようになっていた。
気が付けば好むものは、工場製の大量生産品。
作業のほとんどがライン上の器械によって賄われる、そんな商品ばっかりを選択肢があるのなら選ぶようになっていた。
家庭料理、親の味、口に入れるのも気持ち悪い。
有名な職人によるオートクチュール、触りたくもない。
歴史ある伝統技術の継承者による匠の道具、使う”他人”の気が知れない。

私にとっては生きていくことはただの苦痛になりはじめ、ただただ疲労感がのしかかるものとなり、日々感じる嫌悪感が日増しに強くなってくる中で、高校に入学することになった。

そして、このころには私の頭の中は”どうすれば私の世界からヒトを減らすことができるか”で占められることになった。

ここで短絡的に行動できるようであればきっと私はもっと早く、それこそ物心がつく頃にはもう少し楽な時間を過ごせていたのかもしれない。
ただ、少し考えてみれば、ことを起こしたところで未成年。
煩わしさはきっと増えるばかり。
かかわる”他人”は増え、医者や弁護士、これまで周りに存在しなくてもよかったような”他人”が集ってくることになるんだろうな、と想像するだけでも今よりもひどい状況しか想像できなかった。

だから、そう。
私の人生はきっとこのまま私が擦り切れて、何も感じなくなることができるまで、増え続ける重りを感じながら続いていくのだろうなと、理解した。
嫌だなとは思うけれど、それを変える方法を思いつくことはなく、専門家とやらに相談するつもりにもなれない。
何処まで行っても私の目標は”他人”とのかかわりをどうやれば最小化できるかでしかなかった。

そんな私に一つの転機が訪れたのは16才の誕生日。

自分にだって嫌悪感を覚えていた私は、これまでただひたすらに避けていた鏡越しの”ナニカ”と久しぶりに対面することになった。
そして一つのひらめきを得た。
”他人”を排除する必要はない。
”ワタシ”をこの世界から排除するだけで、”ワタシ”はあらゆる他人との接触から解放されることになるのだと。

思いついてからの行動は、我ながらこれまで生きてきた中で最も早く実行に移したと思う。
鏡越しの”ナニカ”が教えてくれたアイディアは、そのまま私を学校から家に向かうことを良しとせず。
定期券ではなく、いつもよりだいぶ高い片道切符を購入し、ヒトの生活の気配があまりしない地へ。
電車から降りれば、足取りも軽く目についた山を目指しのんびりと歩き出す。
生まれて初めて感じる高揚感で、視界がまるで熱に浮かされているかのようにぼんやりとする。
もしかしたらうれしさのあまり涙すら流していたのかもしれない。

分け入った山には残念なことに遊歩道のようなものがあったけれど、ほどほどに歩いたところで道から外れる。
少し木々を分け行った先でカバンを放り投げその場に横になってみる。
まるで今この世界に私だけであるかのようなそんな気分に浸り、ますますうれしくなってくる。
聞こえるのは葉擦れの音、虫の声。
普段どこまでもうるさく響く、他人の営みの音は聞こえない。

十分に満足感に浸った後。

筆箱から取り出し、体に数本線を引く。

普段の頭痛に比べれば、掻きむしる痛みに比べれば、まるで撫でられたような感覚を感じ。

あふれる赤い液体が目に映る。

ああ、他人と同じであるものが、こうして自分の体から出ていくのだと、奇妙な満足感を覚えているうちに。

ゆっくりと、初めて感じる安らかな眠気を感じていた。

私のこれまでの中で、おそらくこの瞬間が、一番幸せで。

この瞬間を感じることができただけで、私は生れてきたことを喜べる。

これが私の最期でした。
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