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37章 新年に向けて
間をこそ楽しんで
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オユキの瞳に映るのは、トモエの手によって用意された氷菓のみ。
他の事は、確かにトモエの姿は目に映るし、音としても少しは聞こえてくる。
だが、戦闘における極度の集中状態とでも言えるもの。まるで時間という物が粘度をもった水あめのように、連続して、しかし引き延ばし、途切れぬ様に流れる時間。
オユキ自身、たかがとはとても言えはしないのだが、口に運んでしまえばそれで終わるようなものではある。口に運ばずとも、今、オユキが眺めている格子状に切り取られた中で成立している美しさなどというのは崩れていくことだろう。
それ以前に、この後に控えているメインを出すためにと周囲からの圧力がさらに増すかもしれない。
他の者たちに出された物は、既に露と融け始めているのに対し、オユキが己の銀の匙にのせている物は一切融け出していないのだが。
「つまりは、ヴァレリー様へ舞をという話ですが、トモエさんを頼るよりもカリンさんを頼るのが良いのではないかと」
「あの子は、戦と武技では無いでしょう」
「トモエさんの修めている舞は、その、確か」
「そうですね。確かに奉納舞として、流派に伝わっている物になりますので、見合っている物になるかとは思います。ですが、それをと言う事であれば、オユキさんも共にとなります」
「私も、ですか」
オユキが、トモエ以外には随分と自動的に話すものだが、トモエの言葉にだけはやはりあまりにも明確に反応を返す。
そうした姿に、同席しているアイリスからはいつもの事とばかりに。
ヴァレリーからは、何が何やら分からないと。
そうした両極端な二人ではあるのだが、それでも次の皿を待っているには違いない。
オユキはどうしたところで気が付いていないし、寧ろこれまで決して上手く行かなかったはずの何某かの魔術文字だろう物を平然と使って見せているのか。
茫と眺めているトモエの手による物、それが一切変わる気配を見せないあたり、オユキの放つ冷気がトモエだけでなく他では感じられない程度にははっきりと制御が聞いている。
このような姿をセツナが見てしまえば、またぞろオユキに対して色々と苦言を呈されそうなものではあるのだが。
「印状の中には含まれますから。そも、印状というのが弟子を正式に取るために不可欠な物であり、そこに含まれるものというのは」
「成程、流派としての正しさを伝える他にも、対外的に名乗る以上は必要な仕事も生まれると言う事ですか」
「はい。ですので、ヴァレリー様にというのは都合が良い事でもあります」
そんなトモエの言葉に、オユキは得心が言ったとばかりについには眺める事を止めて、己の口に匙を運ぶ。
ゆっくりと、噛みしめる様に。
それこそ、常の体温であれば、トモエの記憶にある体温であれば溶け出してしまうだろうというのに、まるでゆっくりと飴でも舐めるかのように楽しむそぶりを見せながら。
そして、トモエの言葉に改めて舞を習うとして、演舞を習うとしてそもそもトモエが一人で行っていたものであるというのがオユキの持っている知識。
本当に、それが必要なのかと値踏みをするよりも、より無遠慮な視線をヴァレリーに向ける。
言ってしまえば、そうした、印可を得るために必要な知識だというのに、それをこのような者に、この程度の相手に本当に伝える気なのかと。
受け取る側にしても、オユキ程の明確な熱意をもってトモエに指示をすることが出来るのかと。
ふと、オユキの脳裏によぎりそうなになる物を。
「対外的な物ですから、本筋とは違いますよ」
「そうですか」
アイリスの考え、アベルの願いに乗るのは、何処か癪だとも感じながらトモエはオユキの思考をきちんと断ち切っておく。
一応は、事前にアベルから言い含められていることもあるのだから。
「トモエさん」
「その、アイリスさんはどうにもなれぬ運びとされていますから」
そして、そうした不満が表に出たからこそだろう。
オユキが、何やら不穏を感じたとばかりにトモエに声をかける。それに関しては、トモエから別の理屈でもって。
「ええと、話があるというのは理解していますし、ヴァレリー様の事は本題では無いとは分かるのですが」
「あら、一応、貴女もそうしたことは分かるのね」
「そこまで機微に疎いわけではないと考えています」
アイリスから、次に用意されている肉料理を心待ちにしている相手から、容赦のない皮肉という物が投げかけられる。
そして、オユキの返答こそがそれに気が付いていない証左でもある。
「そうね、そうかもしれないわね」
「あの、アイリス様」
「この子は、この辺りに関しては、いよいよ見た目以下だもの」
「はて、その、見た目以下というのは」
「見てもらえれば、トモエの手料理にばかり目を向けずにこちらにも意識を向ければ、気が付くでしょうに」
アイリスに、トモエとしては其処に含まれた多くの意味合いに気が付くのだが、オユキはただアイリスの言葉に従って、ようやく周囲にはっきりと視線を向ける。
トモエにはわかっていたことではあるのだが、何やらオユキが互いに向き合っている時ほどに深く集中していたため、いよいよ周囲に普段ほど意識が向いていない。
ただ、トモエとしてはオユキがこれほど喜ぶのであれば、トモエが料理に込めた想い以上に何かを喜んでいる風があるのだと気が付いたこともある。
これまで、散々にアルノーをはじめとしてエステール、シェリア、ナザレアと協力して少しでもオユキが昨日ばかりではなく見た目にも気を使うようにとしたことが、ようやく実を結びつつあるのだなとこちらも喜びながら。
「ええと、その、ですね」
「まぁ、苦手だものね、貴女。というよりも、セツナだったかしら、あちらが来てから前よりも苦手意識が強くなったように思えるのだけれど」
「種族の長でもあるセツナ様も、どうにも苦手としているようでして」
「あの子たちと同じ、と言う訳では無いのかしら」
言われて、そのあたりはあまり確認していなかったどころではない事にオユキは気が付く。
セツナは、確かにオユキも苦手としている物を、氷の乙女にはあまり向かぬとそうした言葉を作る事はあった。
だが、口にできぬと一度たりとも話してはいない。
さて、オユキが振り返ってみれば、確かにクレドに付き合って、セツナにしてもそれなりの量を口にしていた記憶とてあるのだ。
一切、気に止めてはいなかったのだが。
「確認を、忘れていましたね」
「オユキさんには、まだ早いとそう伺っていますよ」
オユキの聞いていないところで、当然はトモエはそのあたりにしても確認はしている。
なんとなれば、アルノーも交えて話し合いもきちんと持っている。その時には、何処からともなく嗅ぎつけた、常々そちらはトモエとオユキのように基本的に二人でいるのだから当然のように加わって。
そして、その場では、アルノーが簡単に焼き上げた肉類をトモエ用に、アイリスがいる今となってはだけと言う訳では無いのだが肉を楽しむための場で、ついでにとばかりに。
そして、そのような場に、平然とセツナはいるのだ。
オユキは、間違いなく無理だというのに。
「どうにも、過去の事でいえば、酒精という程ではないのでしょうが」
「ええと、要は、そうした嗜好品と言う事ですか」
「ええ。体に悪い物ではあるのですが、それを楽しめないと言う事でも無い、糧に変えるというよりも」
「他にと言う事ですか、いえ、確かに体に悪い物はという言葉もありましたか」
なにも、食事から得る物は、体に必要とされている物ばかりではない。機能ばかりではない。
それが事実であれば、確かに過去オユキが見出したものをトモエは否定しなかっただろう。
そんな事を、オユキは今更ながに。
そして、響く涼やかな音に、気が付けばもうすべてを口に運びきってしまったのだなと、僅かに寂しさを覚えながら。
「流石に、アルノーさんの協力が無ければ難しいので、常にとはいきませんが」
「それは、ええと、はい」
そして、細かく、オユキの事だからこそと言う訳でもなく、アイリスですらため息をつく程度には分かり易く。
そして、口直しが終わったからこそ、次の料理が運ばれてくる。
さて、こうなってしまえば、アイリスの目的から大いにそれたことにもなるだろう。
「その、私から、改めてお願いをさせて頂きたいのです。トモエ様に、戦と武技の神より覚えの愛でたいお方に、巫女として祭祀の場で舞うに相応しい演舞をと」
「そもそも、私とオユキもトモエに習ったものね」
「あちらは、どちらかといえばお二方が勝手に行き過ぎたと言いますか」
演武として考えるのであれば、そもそも採点のしようも無いとトモエから苦笑いと共に。
「私から、少し意を向けたこともありますから」
「乗った私が言えたことでは無いもの」
「あの、申し訳ありませんが、私ではとてもではありませんが」
ヴァレリーが何やらついていけないとばかりに、いきなり弱音を吐くものだが、そちらにはオユキは一切取り合わずに。
「ええと、話を戻しますが、アイリスさんからの要望というのはそれだけでしょうか」
「他にも、まぁ、勿論あるのだけど」
「いえ、私としては他に気になることもあると言いますか」
「オユキが気になる事、かしら」
己の目の前から下げられる、ガラス製の容器。それを、名残惜しいとでも言わんばかりの視線で追いかけて。
「アベルさん、いえ、ユニエス公爵ですからどちらが正室になるのでしょう」
そして、オユキの致命的とでも呼んでいい一言が。
「私よ」
「いえ、政治的なと言いますか」
アイリスからは、にべもない。
これまでは、オユキの目にはアイリスはヴァレリーに対して好意的といえばいいのか、憐憫にも近い感情を確かに持っていたはずではあった。
なんとなれば、セラフィーナに対しても、わきまえろと獣として上下関係を叩き込むことに余念が無いのだなとその程度に考えていた。
また、部族の中でも姫と扱われる人物であるために少しは理解が有ると考えていたのだ。
オユキでは、絶対に受け入れないようなことを。トモエにしても、論外だと断ずるようなことを、この人物は受け入れているのだろうと。
しかし、現実はどうだ。
狩に受け入れるのだとしても、己こそが第一にならないというのであれば、許しはせぬとばかりに。
先程まで、オユキの無自覚な力の発露によって気温が下がるだけでは済まなかった周囲が、今度は熱に炙られる。
「ええと、その、アイリスさん、少し、抑えて頂けると」
「良いじゃない。貴女が冷やしたでしょう」
アイリスの隣に腰を変えているヴァレリー、その額に浮かび始めた汗は熱に炙られたからだろうか。
他の事は、確かにトモエの姿は目に映るし、音としても少しは聞こえてくる。
だが、戦闘における極度の集中状態とでも言えるもの。まるで時間という物が粘度をもった水あめのように、連続して、しかし引き延ばし、途切れぬ様に流れる時間。
オユキ自身、たかがとはとても言えはしないのだが、口に運んでしまえばそれで終わるようなものではある。口に運ばずとも、今、オユキが眺めている格子状に切り取られた中で成立している美しさなどというのは崩れていくことだろう。
それ以前に、この後に控えているメインを出すためにと周囲からの圧力がさらに増すかもしれない。
他の者たちに出された物は、既に露と融け始めているのに対し、オユキが己の銀の匙にのせている物は一切融け出していないのだが。
「つまりは、ヴァレリー様へ舞をという話ですが、トモエさんを頼るよりもカリンさんを頼るのが良いのではないかと」
「あの子は、戦と武技では無いでしょう」
「トモエさんの修めている舞は、その、確か」
「そうですね。確かに奉納舞として、流派に伝わっている物になりますので、見合っている物になるかとは思います。ですが、それをと言う事であれば、オユキさんも共にとなります」
「私も、ですか」
オユキが、トモエ以外には随分と自動的に話すものだが、トモエの言葉にだけはやはりあまりにも明確に反応を返す。
そうした姿に、同席しているアイリスからはいつもの事とばかりに。
ヴァレリーからは、何が何やら分からないと。
そうした両極端な二人ではあるのだが、それでも次の皿を待っているには違いない。
オユキはどうしたところで気が付いていないし、寧ろこれまで決して上手く行かなかったはずの何某かの魔術文字だろう物を平然と使って見せているのか。
茫と眺めているトモエの手による物、それが一切変わる気配を見せないあたり、オユキの放つ冷気がトモエだけでなく他では感じられない程度にははっきりと制御が聞いている。
このような姿をセツナが見てしまえば、またぞろオユキに対して色々と苦言を呈されそうなものではあるのだが。
「印状の中には含まれますから。そも、印状というのが弟子を正式に取るために不可欠な物であり、そこに含まれるものというのは」
「成程、流派としての正しさを伝える他にも、対外的に名乗る以上は必要な仕事も生まれると言う事ですか」
「はい。ですので、ヴァレリー様にというのは都合が良い事でもあります」
そんなトモエの言葉に、オユキは得心が言ったとばかりについには眺める事を止めて、己の口に匙を運ぶ。
ゆっくりと、噛みしめる様に。
それこそ、常の体温であれば、トモエの記憶にある体温であれば溶け出してしまうだろうというのに、まるでゆっくりと飴でも舐めるかのように楽しむそぶりを見せながら。
そして、トモエの言葉に改めて舞を習うとして、演舞を習うとしてそもそもトモエが一人で行っていたものであるというのがオユキの持っている知識。
本当に、それが必要なのかと値踏みをするよりも、より無遠慮な視線をヴァレリーに向ける。
言ってしまえば、そうした、印可を得るために必要な知識だというのに、それをこのような者に、この程度の相手に本当に伝える気なのかと。
受け取る側にしても、オユキ程の明確な熱意をもってトモエに指示をすることが出来るのかと。
ふと、オユキの脳裏によぎりそうなになる物を。
「対外的な物ですから、本筋とは違いますよ」
「そうですか」
アイリスの考え、アベルの願いに乗るのは、何処か癪だとも感じながらトモエはオユキの思考をきちんと断ち切っておく。
一応は、事前にアベルから言い含められていることもあるのだから。
「トモエさん」
「その、アイリスさんはどうにもなれぬ運びとされていますから」
そして、そうした不満が表に出たからこそだろう。
オユキが、何やら不穏を感じたとばかりにトモエに声をかける。それに関しては、トモエから別の理屈でもって。
「ええと、話があるというのは理解していますし、ヴァレリー様の事は本題では無いとは分かるのですが」
「あら、一応、貴女もそうしたことは分かるのね」
「そこまで機微に疎いわけではないと考えています」
アイリスから、次に用意されている肉料理を心待ちにしている相手から、容赦のない皮肉という物が投げかけられる。
そして、オユキの返答こそがそれに気が付いていない証左でもある。
「そうね、そうかもしれないわね」
「あの、アイリス様」
「この子は、この辺りに関しては、いよいよ見た目以下だもの」
「はて、その、見た目以下というのは」
「見てもらえれば、トモエの手料理にばかり目を向けずにこちらにも意識を向ければ、気が付くでしょうに」
アイリスに、トモエとしては其処に含まれた多くの意味合いに気が付くのだが、オユキはただアイリスの言葉に従って、ようやく周囲にはっきりと視線を向ける。
トモエにはわかっていたことではあるのだが、何やらオユキが互いに向き合っている時ほどに深く集中していたため、いよいよ周囲に普段ほど意識が向いていない。
ただ、トモエとしてはオユキがこれほど喜ぶのであれば、トモエが料理に込めた想い以上に何かを喜んでいる風があるのだと気が付いたこともある。
これまで、散々にアルノーをはじめとしてエステール、シェリア、ナザレアと協力して少しでもオユキが昨日ばかりではなく見た目にも気を使うようにとしたことが、ようやく実を結びつつあるのだなとこちらも喜びながら。
「ええと、その、ですね」
「まぁ、苦手だものね、貴女。というよりも、セツナだったかしら、あちらが来てから前よりも苦手意識が強くなったように思えるのだけれど」
「種族の長でもあるセツナ様も、どうにも苦手としているようでして」
「あの子たちと同じ、と言う訳では無いのかしら」
言われて、そのあたりはあまり確認していなかったどころではない事にオユキは気が付く。
セツナは、確かにオユキも苦手としている物を、氷の乙女にはあまり向かぬとそうした言葉を作る事はあった。
だが、口にできぬと一度たりとも話してはいない。
さて、オユキが振り返ってみれば、確かにクレドに付き合って、セツナにしてもそれなりの量を口にしていた記憶とてあるのだ。
一切、気に止めてはいなかったのだが。
「確認を、忘れていましたね」
「オユキさんには、まだ早いとそう伺っていますよ」
オユキの聞いていないところで、当然はトモエはそのあたりにしても確認はしている。
なんとなれば、アルノーも交えて話し合いもきちんと持っている。その時には、何処からともなく嗅ぎつけた、常々そちらはトモエとオユキのように基本的に二人でいるのだから当然のように加わって。
そして、その場では、アルノーが簡単に焼き上げた肉類をトモエ用に、アイリスがいる今となってはだけと言う訳では無いのだが肉を楽しむための場で、ついでにとばかりに。
そして、そのような場に、平然とセツナはいるのだ。
オユキは、間違いなく無理だというのに。
「どうにも、過去の事でいえば、酒精という程ではないのでしょうが」
「ええと、要は、そうした嗜好品と言う事ですか」
「ええ。体に悪い物ではあるのですが、それを楽しめないと言う事でも無い、糧に変えるというよりも」
「他にと言う事ですか、いえ、確かに体に悪い物はという言葉もありましたか」
なにも、食事から得る物は、体に必要とされている物ばかりではない。機能ばかりではない。
それが事実であれば、確かに過去オユキが見出したものをトモエは否定しなかっただろう。
そんな事を、オユキは今更ながに。
そして、響く涼やかな音に、気が付けばもうすべてを口に運びきってしまったのだなと、僅かに寂しさを覚えながら。
「流石に、アルノーさんの協力が無ければ難しいので、常にとはいきませんが」
「それは、ええと、はい」
そして、細かく、オユキの事だからこそと言う訳でもなく、アイリスですらため息をつく程度には分かり易く。
そして、口直しが終わったからこそ、次の料理が運ばれてくる。
さて、こうなってしまえば、アイリスの目的から大いにそれたことにもなるだろう。
「その、私から、改めてお願いをさせて頂きたいのです。トモエ様に、戦と武技の神より覚えの愛でたいお方に、巫女として祭祀の場で舞うに相応しい演舞をと」
「そもそも、私とオユキもトモエに習ったものね」
「あちらは、どちらかといえばお二方が勝手に行き過ぎたと言いますか」
演武として考えるのであれば、そもそも採点のしようも無いとトモエから苦笑いと共に。
「私から、少し意を向けたこともありますから」
「乗った私が言えたことでは無いもの」
「あの、申し訳ありませんが、私ではとてもではありませんが」
ヴァレリーが何やらついていけないとばかりに、いきなり弱音を吐くものだが、そちらにはオユキは一切取り合わずに。
「ええと、話を戻しますが、アイリスさんからの要望というのはそれだけでしょうか」
「他にも、まぁ、勿論あるのだけど」
「いえ、私としては他に気になることもあると言いますか」
「オユキが気になる事、かしら」
己の目の前から下げられる、ガラス製の容器。それを、名残惜しいとでも言わんばかりの視線で追いかけて。
「アベルさん、いえ、ユニエス公爵ですからどちらが正室になるのでしょう」
そして、オユキの致命的とでも呼んでいい一言が。
「私よ」
「いえ、政治的なと言いますか」
アイリスからは、にべもない。
これまでは、オユキの目にはアイリスはヴァレリーに対して好意的といえばいいのか、憐憫にも近い感情を確かに持っていたはずではあった。
なんとなれば、セラフィーナに対しても、わきまえろと獣として上下関係を叩き込むことに余念が無いのだなとその程度に考えていた。
また、部族の中でも姫と扱われる人物であるために少しは理解が有ると考えていたのだ。
オユキでは、絶対に受け入れないようなことを。トモエにしても、論外だと断ずるようなことを、この人物は受け入れているのだろうと。
しかし、現実はどうだ。
狩に受け入れるのだとしても、己こそが第一にならないというのであれば、許しはせぬとばかりに。
先程まで、オユキの無自覚な力の発露によって気温が下がるだけでは済まなかった周囲が、今度は熱に炙られる。
「ええと、その、アイリスさん、少し、抑えて頂けると」
「良いじゃない。貴女が冷やしたでしょう」
アイリスの隣に腰を変えているヴァレリー、その額に浮かび始めた汗は熱に炙られたからだろうか。
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