憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
1,228 / 1,235
37章 新年に向けて

間をこそ楽しんで

しおりを挟む
オユキの瞳に映るのは、トモエの手によって用意された氷菓のみ。
他の事は、確かにトモエの姿は目に映るし、音としても少しは聞こえてくる。
だが、戦闘における極度の集中状態とでも言えるもの。まるで時間という物が粘度をもった水あめのように、連続して、しかし引き延ばし、途切れぬ様に流れる時間。
オユキ自身、たかがとはとても言えはしないのだが、口に運んでしまえばそれで終わるようなものではある。口に運ばずとも、今、オユキが眺めている格子状に切り取られた中で成立している美しさなどというのは崩れていくことだろう。
それ以前に、この後に控えているメインを出すためにと周囲からの圧力がさらに増すかもしれない。
他の者たちに出された物は、既に露と融け始めているのに対し、オユキが己の銀の匙にのせている物は一切融け出していないのだが。

「つまりは、ヴァレリー様へ舞をという話ですが、トモエさんを頼るよりもカリンさんを頼るのが良いのではないかと」
「あの子は、戦と武技では無いでしょう」
「トモエさんの修めている舞は、その、確か」
「そうですね。確かに奉納舞として、流派に伝わっている物になりますので、見合っている物になるかとは思います。ですが、それをと言う事であれば、オユキさんも共にとなります」
「私も、ですか」

オユキが、トモエ以外には随分と自動的に話すものだが、トモエの言葉にだけはやはりあまりにも明確に反応を返す。
そうした姿に、同席しているアイリスからはいつもの事とばかりに。
ヴァレリーからは、何が何やら分からないと。
そうした両極端な二人ではあるのだが、それでも次の皿を待っているには違いない。
オユキはどうしたところで気が付いていないし、寧ろこれまで決して上手く行かなかったはずの何某かの魔術文字だろう物を平然と使って見せているのか。
茫と眺めているトモエの手による物、それが一切変わる気配を見せないあたり、オユキの放つ冷気がトモエだけでなく他では感じられない程度にははっきりと制御が聞いている。
このような姿をセツナが見てしまえば、またぞろオユキに対して色々と苦言を呈されそうなものではあるのだが。

「印状の中には含まれますから。そも、印状というのが弟子を正式に取るために不可欠な物であり、そこに含まれるものというのは」
「成程、流派としての正しさを伝える他にも、対外的に名乗る以上は必要な仕事も生まれると言う事ですか」
「はい。ですので、ヴァレリー様にというのは都合が良い事でもあります」

そんなトモエの言葉に、オユキは得心が言ったとばかりについには眺める事を止めて、己の口に匙を運ぶ。
ゆっくりと、噛みしめる様に。
それこそ、常の体温であれば、トモエの記憶にある体温であれば溶け出してしまうだろうというのに、まるでゆっくりと飴でも舐めるかのように楽しむそぶりを見せながら。
そして、トモエの言葉に改めて舞を習うとして、演舞を習うとしてそもそもトモエが一人で行っていたものであるというのがオユキの持っている知識。
本当に、それが必要なのかと値踏みをするよりも、より無遠慮な視線をヴァレリーに向ける。
言ってしまえば、そうした、印可を得るために必要な知識だというのに、それをこのような者に、この程度の相手に本当に伝える気なのかと。
受け取る側にしても、オユキ程の明確な熱意をもってトモエに指示をすることが出来るのかと。
ふと、オユキの脳裏によぎりそうなになる物を。

「対外的な物ですから、本筋とは違いますよ」
「そうですか」

アイリスの考え、アベルの願いに乗るのは、何処か癪だとも感じながらトモエはオユキの思考をきちんと断ち切っておく。
一応は、事前にアベルから言い含められていることもあるのだから。

「トモエさん」
「その、アイリスさんはどうにもなれぬ運びとされていますから」

そして、そうした不満が表に出たからこそだろう。
オユキが、何やら不穏を感じたとばかりにトモエに声をかける。それに関しては、トモエから別の理屈でもって。

「ええと、話があるというのは理解していますし、ヴァレリー様の事は本題では無いとは分かるのですが」
「あら、一応、貴女もそうしたことは分かるのね」
「そこまで機微に疎いわけではないと考えています」

アイリスから、次に用意されている肉料理を心待ちにしている相手から、容赦のない皮肉という物が投げかけられる。
そして、オユキの返答こそがそれに気が付いていない証左でもある。

「そうね、そうかもしれないわね」
「あの、アイリス様」
「この子は、この辺りに関しては、いよいよ見た目以下だもの」
「はて、その、見た目以下というのは」
「見てもらえれば、トモエの手料理にばかり目を向けずにこちらにも意識を向ければ、気が付くでしょうに」

アイリスに、トモエとしては其処に含まれた多くの意味合いに気が付くのだが、オユキはただアイリスの言葉に従って、ようやく周囲にはっきりと視線を向ける。
トモエにはわかっていたことではあるのだが、何やらオユキが互いに向き合っている時ほどに深く集中していたため、いよいよ周囲に普段ほど意識が向いていない。
ただ、トモエとしてはオユキがこれほど喜ぶのであれば、トモエが料理に込めた想い以上に何かを喜んでいる風があるのだと気が付いたこともある。
これまで、散々にアルノーをはじめとしてエステール、シェリア、ナザレアと協力して少しでもオユキが昨日ばかりではなく見た目にも気を使うようにとしたことが、ようやく実を結びつつあるのだなとこちらも喜びながら。

「ええと、その、ですね」
「まぁ、苦手だものね、貴女。というよりも、セツナだったかしら、あちらが来てから前よりも苦手意識が強くなったように思えるのだけれど」
「種族の長でもあるセツナ様も、どうにも苦手としているようでして」
「あの子たちと同じ、と言う訳では無いのかしら」

言われて、そのあたりはあまり確認していなかったどころではない事にオユキは気が付く。
セツナは、確かにオユキも苦手としている物を、氷の乙女にはあまり向かぬとそうした言葉を作る事はあった。
だが、口にできぬと一度たりとも話してはいない。
さて、オユキが振り返ってみれば、確かにクレドに付き合って、セツナにしてもそれなりの量を口にしていた記憶とてあるのだ。
一切、気に止めてはいなかったのだが。

「確認を、忘れていましたね」
「オユキさんには、まだ早いとそう伺っていますよ」

オユキの聞いていないところで、当然はトモエはそのあたりにしても確認はしている。
なんとなれば、アルノーも交えて話し合いもきちんと持っている。その時には、何処からともなく嗅ぎつけた、常々そちらはトモエとオユキのように基本的に二人でいるのだから当然のように加わって。
そして、その場では、アルノーが簡単に焼き上げた肉類をトモエ用に、アイリスがいる今となってはだけと言う訳では無いのだが肉を楽しむための場で、ついでにとばかりに。
そして、そのような場に、平然とセツナはいるのだ。
オユキは、間違いなく無理だというのに。

「どうにも、過去の事でいえば、酒精という程ではないのでしょうが」
「ええと、要は、そうした嗜好品と言う事ですか」
「ええ。体に悪い物ではあるのですが、それを楽しめないと言う事でも無い、糧に変えるというよりも」
「他にと言う事ですか、いえ、確かに体に悪い物はという言葉もありましたか」

なにも、食事から得る物は、体に必要とされている物ばかりではない。機能ばかりではない。
それが事実であれば、確かに過去オユキが見出したものをトモエは否定しなかっただろう。
そんな事を、オユキは今更ながに。
そして、響く涼やかな音に、気が付けばもうすべてを口に運びきってしまったのだなと、僅かに寂しさを覚えながら。

「流石に、アルノーさんの協力が無ければ難しいので、常にとはいきませんが」
「それは、ええと、はい」

そして、細かく、オユキの事だからこそと言う訳でもなく、アイリスですらため息をつく程度には分かり易く。
そして、口直しが終わったからこそ、次の料理が運ばれてくる。
さて、こうなってしまえば、アイリスの目的から大いにそれたことにもなるだろう。

「その、私から、改めてお願いをさせて頂きたいのです。トモエ様に、戦と武技の神より覚えの愛でたいお方に、巫女として祭祀の場で舞うに相応しい演舞をと」
「そもそも、私とオユキもトモエに習ったものね」
「あちらは、どちらかといえばお二方が勝手に行き過ぎたと言いますか」

演武として考えるのであれば、そもそも採点のしようも無いとトモエから苦笑いと共に。

「私から、少し意を向けたこともありますから」
「乗った私が言えたことでは無いもの」
「あの、申し訳ありませんが、私ではとてもではありませんが」

ヴァレリーが何やらついていけないとばかりに、いきなり弱音を吐くものだが、そちらにはオユキは一切取り合わずに。

「ええと、話を戻しますが、アイリスさんからの要望というのはそれだけでしょうか」
「他にも、まぁ、勿論あるのだけど」
「いえ、私としては他に気になることもあると言いますか」
「オユキが気になる事、かしら」

己の目の前から下げられる、ガラス製の容器。それを、名残惜しいとでも言わんばかりの視線で追いかけて。

「アベルさん、いえ、ユニエス公爵ですからどちらが正室になるのでしょう」

そして、オユキの致命的とでも呼んでいい一言が。

「私よ」
「いえ、政治的なと言いますか」

アイリスからは、にべもない。
これまでは、オユキの目にはアイリスはヴァレリーに対して好意的といえばいいのか、憐憫にも近い感情を確かに持っていたはずではあった。
なんとなれば、セラフィーナに対しても、わきまえろと獣として上下関係を叩き込むことに余念が無いのだなとその程度に考えていた。
また、部族の中でも姫と扱われる人物であるために少しは理解が有ると考えていたのだ。
オユキでは、絶対に受け入れないようなことを。トモエにしても、論外だと断ずるようなことを、この人物は受け入れているのだろうと。
しかし、現実はどうだ。
狩に受け入れるのだとしても、己こそが第一にならないというのであれば、許しはせぬとばかりに。
先程まで、オユキの無自覚な力の発露によって気温が下がるだけでは済まなかった周囲が、今度は熱に炙られる。

「ええと、その、アイリスさん、少し、抑えて頂けると」
「良いじゃない。貴女が冷やしたでしょう」

アイリスの隣に腰を変えているヴァレリー、その額に浮かび始めた汗は熱に炙られたからだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。 タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。 ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。 本編完結済み。 外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。

百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。 魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。 そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。 「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」 唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。 「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」 シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。 これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。

Fragment-memory of future-Ⅱ

黒乃
ファンタジー
小説内容の無断転載・無断使用・自作発言厳禁 Repost is prohibited. 무단 전하 금지 禁止擅自转载 W主人公で繰り広げられる冒険譚のような、一昔前のRPGを彷彿させるようなストーリーになります。 バトル要素あり。BL要素あります。苦手な方はご注意を。 今作は前作『Fragment-memory of future-』の二部作目になります。 カクヨム・ノベルアップ+でも投稿しています Copyright 2019 黒乃 ****** 主人公のレイが女神の巫女として覚醒してから2年の月日が経った。 主人公のエイリークが仲間を取り戻してから2年の月日が経った。 平和かと思われていた世界。 しかし裏では確実に不穏な影が蠢いていた。 彼らに訪れる新たな脅威とは──? ──それは過去から未来へ紡ぐ物語

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

異世界坊主の成り上がり

峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
山歩き中の似非坊主が気が付いたら異世界に居た、放っておいても生き残る程度の生存能力の山男、どうやら坊主扱いで布教せよということらしい、そんなこと言うと坊主は皆死んだら異世界か?名前だけで和尚(おしょう)にされた山男の明日はどっちだ? 矢鱈と生物学的に細かいゴブリンの生態がウリです? 本編の方は無事完結したので、後はひたすら番外で肉付けしています。 タイトル変えてみました、 旧題異世界坊主のハーレム話 旧旧題ようこそ異世界 迷い混んだのは坊主でした 「坊主が死んだら異世界でした 仏の威光は異世界でも通用しますか? それはそうとして、ゴブリンの生態が色々エグいのですが…」 迷子な坊主のサバイバル生活 異世界で念仏は使えますか?「旧題・異世界坊主」 ヒロイン其の2のエリスのイメージが有る程度固まったので画像にしてみました、灯に関しては未だしっくり来ていないので・・未公開 因みに、新作も一応準備済みです、良かったら見てやって下さい。 少女は石と旅に出る https://kakuyomu.jp/works/1177354054893967766 SF風味なファンタジー、一応この異世界坊主とパラレル的にリンクします 少女は其れでも生き足掻く https://kakuyomu.jp/works/1177354054893670055 中世ヨーロッパファンタジー、独立してます

World of Fantasia

神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。 世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。 圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。 そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。 現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。 2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。 世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...