憧れの世界でもう一度

五味

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37章 新年に向けて

華やかに

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「やりたいことは、わからないでもないのですが」

公爵夫人と簡単な茶席が用意された場に、新しく用意された服を着こんだオユキが入ってくる。
これまでのものとは違い、トモエからして見れば用途の非常に分かりやすい衣服。衣装全体はマーメイドラインに整えられた、緋色のドレス。生地として大きく開いている箇所からは、身につけた肌着の黒が覗いている。本来は用意されないだろう長手袋と肌着との繋ぎ目。どうしたところで素肌を晒さなければならない場所を隠すためなのだろう。肩回りに軽く羽織るように縫い付けられている、ショールに近しい少し厚手の布。これがトモエや、それこそヴィルヘルミナであれば今のオユキのように縫い付けたりせずとも大丈夫ではあるのだが。
いや、平素のオユキであればトモエが気負付ける様にと言えばそれで問題はないのかもしれないのだが、生憎と今は慣れない靴を履いていることもある。風土を考えればショパンと呼んでも良い靴の存在はこちらにも既にあるというのはトモエもあれこれと相談している時に話を聞いた。だが、今回トモエが用意を頼んだのはトモエが履いた事は無いのだがヒールと呼ばれるタイプの靴。つま先にも少し足してはいるのだが、それよりもきちんと踵を上げているハイヒールと呼んでも問題が無い靴。それでも、今は隣に並んでいるシェリアよりも頭一つ以上背丈が低いのだが。

「オユキ様、もう少し踵に」
「わかってはいるのですが」
「オユキさん、慣れないのは分かりますが、その、身長を少しでも高くと言う事であれば、選べる靴はやはりそういった物に」

慣れない踵の高い靴、それで足をくじかぬ様にとすっかりといつぞやの娘たちのように慣れないとはっきりと分かるよたりよたりとした歩き方でここまで。
気配でオユキだとトモエは理解していたのだが、どうにも足音、近づいてくるリズムがおかしいと思えばと言う事であったらしい。
トモエが公爵夫人に相談してから、短い期間とは言えないのだがそれでも実にきちんと準備がなされている。常のブーツとは違って、パンプス型の物にとそうした話はしたのだが、やはりこちらはドレスの裾に隠れてしまっている。

「確かに、もう少し背丈がとは言いましたし、先ほど、少し残念なこともありましたが」
「残念な事、ですか」

確かに、言われてみれば慣れない靴であろうがオユキはここまで露骨にシェリアにもたれるようにとはするまい。つまりは、少々気落ちすることが何かあったとそういう話なのだろう。
オユキがこうして口に出すまでは、トモエにしても慣れない衣装への着替えに思う所でもあったのかと考えていたのだが、何やらオユキの口ぶりではそのような様子でもない。
他に何か心当たりがないかと、少し考えて改めてオユキの様子を見てみるのだが、トモエでさえも見当がつかない。

「その、少し痩せてしまったようで」
「それはそうでしょうとも」
「ここ暫くは、きちんと食べていたはずなのですが」
「オユキ、報告を聞いている限り、いえ、異邦の者の事は流石に」

オユキが落ち込んだように口にするのだが、その様子から見るに少しと言う事は無いのだろう。オユキでも気が付くとなれば、はっきりと衣装を着る時に分かった範囲ではあるのだろう。それこそ、簡単な直しでは済まないほどに。
そこまで考えて、トモエが席から離れてオユキに近づこうかとするのだが、生憎とその動きに関しては公爵夫人に手振りで止められる。
さて、何事かと考えてみればトモエのすぐそばにとシェリアがオユキを連れてきて、そのままトモエの隣に座らせる。常のように軽く飛び上がって椅子にと言う事はオユキも流石に行わず、行えないのかもしれないが、シェリアにそのまま軽く抱えられて座面に腰を下ろされている。

「元より、必要量よりも少なく見える、そう話していたはずですが」
「ですが、セツナ様が」
「セツナ様からも、オユキさんであれば今の倍ほどは口には来なければならないと、そう私とアルノーさんに話してくださっていますよ」
「あの、それを私が聞いた覚えが無いのですが」
「ええ、オユキさんのいない間に話をしていましたから」

そもそも、オユキがアルノーの城に出入りすることを彼が好んでいないのだ。クレド、オユキの種族の長でもあるセツナが偶には己の伴侶に向けて腕を振るいたいと口にして、そのついでとばかりにアルノーとトモエに対して氷の乙女として楽に口にできるものを色々と伝えていた。
その甲斐もあって、確かにここ暫くはオユキの食事量というのもきちんと増えてきてはいる。
だが、元に比べて増えているというだけであり、こちらに来てから一年以上。どうにもならぬ理由で覚えていた苦手意識については、流石に解消に至ってもいない。
小鳥の餌程度の量が、鳥の食事に変わった程度。
これまでを考えれば、長足のと言っても間違いではない。
減っていたものが、増えてきている。それだけでも、実に。

「それと、オユキさん。あまりそうしたことは、女性の多い場では口にしない方が」
「はて」

そして、オユキが痩せたことを、本人としては身長も伸ばしたければ体重もと常々口にしているのだ。だというのにこの体たらくと、新しく作った衣装が、基本としてあまりゆとりなく作られており、さらには定期的にオユキの採寸を行って作られていた衣装だというのに、それでもその場で軽く折り込む必要が生まれる程度に布地が余ってしまった。
特に、今着ている物に関しては、肌着を身に付けてさらにその上からという造りなのだ。そこまでを踏まえて、少しきつくなる程度に用意されていたはずなのだ。
改めて着替えを行われるときに、シェリアから少しきついかもしれませんがと、そう前置きをされるほどに。
それにしても、エステールがきちんと止めたために、そのあとに続く言葉までは出なかったが。

「ですが、皆様」
「オユキさん」
「はい」

オユキがあまりにも華奢な体躯を誇っているからだろう。
特に慣れない靴を履いているせいか、まさに手弱女とでも呼んでも構わない風情で歩いていたこともある。挙句狩猟者として、十分な振る舞いを行っており、それ以上に闘技大会においても明確な結果を残してもいるのだ。
騎士ですら、加護の無い場では下すことが出来る。
この世界において、少なくともこの国においては守護者として最高峰の存在。
そちらに勝つには、打ち勝つには体躯だけでも同程度でなければいけない。そう考える者たちがこれまでは多く、確かにそれも間違いではないのだが、それでも技をもって相対して結果を残している。
そんなオユキが、痩せてしまったと嘆いて見せたところで、それでも問題が無いだろうと周囲の者たちは考えるという物だ。
何よりも、美しくありたい、見た目として優れていたいというのは男女変わらぬ基本的な願いでもある。
見目も力、与えられた才であるというのは、誰しもが認める事でもあるのだから。
そして、そうした吉備野分からぬオユキに対して、トモエが公爵夫人だけでなくエステールをはじめとした他の幾人かの侍女たちからの視線が厳しくなっているからと後で話を聞くからと、一度言葉を止めさせて。

「掛台は、もう」
「ええ。いくつかは買い求める心算もありますが、それにしても」
「今回は、そういえば降臨祭に合わせる物でしたか」

では、オユキが着替える必要があったのだろうかと、首をかしげて見せれば。

「オユキさんがそちらの衣装、形だけは気に入ったものに合わせて、今回もご用意は頂いていますから」
「そういえば、以前に頂いたものも、なかなか袖を通す機会が、いえ、そのですね」

オユキの失言について、公爵夫人からの咳払いがなされる。

「オユキから、話もあったでしょう」
「私が、お伝えさせていただいたこと、ですか」

さて、そのように言われたところで、オユキとしては思い当たるところが無いと首をかしげて。
しかし、それを受けた公爵夫人の身振りに合わせて、室内に新しい衣装が運ばれてくる。今度の物は、女性ものではない。上着も二つほどあるにはあるのだが、主体としてはマントと剣帯。他にも、それこそオユキの衣装に合わせるための装飾なども、確かにあるにはあるのだがそれでも主体となっているのはトモエの衣装。
それを見たオユキが、何やら珍しく華やいだ様子で声を上げて、椅子から軽やかに飛び降りようとして慣れない靴につまずいて。
しかし、それをトモエがきちんと支えながら。

「そういえば、トモエさんの衣装が少ないのではないかと、そのような話をさせて頂いていましたか」
「ええ。確かに、数だけで見ればという物ですが、それらに関しては寧ろオユキに、ファンタズマ子爵家の当主へと贈られたものが多いから、その理解はあると考えていたのですが」

そのあたりの考え違いという程でも無い事、かつての世界でもあったのだが、こちらのようにいよいよ貴族政がある以上は避けて通れぬ事柄に対して、トモエのほうが早く理解が及んでいた。だが、オユキのほうは、オユキは殊更トモエを己の上に置こうと考えるからこそ生まれる勘違いとでも言えばいいのだろうか。

「オユキ、再三にわたって、貴女に家督があるのだと」

そして、公爵夫人のため息交じりの言葉はオユキの耳には届かず。
エステールやシェリアまでもが驚くほどに、あまりに真剣な目つきでもって、トモエ用の品を選び始めている。一応、数は少ないとはいえどオユキ用にと用意された、今も金糸をはじめ銀糸に青緑の糸で刺繍を行われた衣装を着ているとはいえ、装飾を身に付けよと言わんばかりに空いている箇所があるというのにそちらに対して一切気にすることも無く。

「トモエさんに合わせるのだとすれば、さて」

用意されたマントに関しては、オユキがいるからだろう。
どれも基本として黒が使われており、裏地に関してはいよいよ薄墨色。それでも、だからこそだろうか、エギュレットやエポーレットを使って違いを出そうと本当に色々と工夫が凝らされている。そのどれもが、オユキの目から見ても確かにトモエに似合うだろうと思えるものばかり。

「いっそ全てというのも」
「オユキさん、いよいよ外套等そう頻繁に変える物ではありませんから」
「私にしても、袖を通したことのない衣服などいくらでも」
「衣装そのものと、外套とではまた意味合いが異なりますよ」
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