憧れの世界でもう一度

五味

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36章 忙しなく過行く

目を開けども

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オユキがはっきりと意識を取り戻したとき。合間合間に、それこそいよいよ夢現というよりも、トモエになにか世話をされているなと、そう感じる時間はあった。それが、シェリアに変わったり、それこそ側にすっかりと気を許してしまったものだと考えるセツナの気配を感じたりと、そのような事を行う時間もあった。だが、はっきりと、それこそ朝から目をきちんと覚ましている。未だに、何処か遠い意識ではあるものの、真っ当な受け答えが出来る時間がある程度取れそうだ、そのような時間を得るのはさてどのくらいだろうかと。

「トモエさん」
「今日は、きちんと起きているようですね」
「そういわれるのであれば、また一週近く、でしょうか」
「今度はセツナ様の手も借りていますので、今は四日目、ですね。カツナガ殿との時間から」

オユキの言葉に、未だにどうしたところできちんとした言葉を作るのも難しければ、己の意志で体を起こす事さえ億劫な。だが、これまでであれば、それこそセツナがこうしてオユキの寝室を整えるまでは、いよいよこのような派手な真似をすれば面倒を感じる程度ではすむはずもなかった。それを思えば、今はやはりオユキが考えているように改善がされているのだろう。助けを得られている、それに己が甘え始めているという自覚は確かにある。
トモエからの、何処か仕方のないと、それよりもいつもの事としないようにという視線を感じながらも。

「駄目ですよ、オユキさん」
「あの、まだ何も」
「視線を向けようとした場所、そちらにはもうおいていませんよ」
「こうした時の為に、そのような物であるはずなのですが」
「セツナ様の判断は、日々の補助に、それ以上の物ではありませんから」

オユキが、体を動かせない、それが嫌だとばかりにこれまでに授かった功績に隣国の王妃から与えられた護符をと。そんな事を考えたとたんに、トモエからはぴしゃりとそれを遮られるものだ。

「ええと、では、その」
「いくつか、お見舞いでしょうか。オユキさんが予定していたこと、そちらに対しての断りの手紙などは私の名前でユーフォリアに頼みました。ですが、今回はこれまでに比べて短いようだと分かっていましたので、明後日の事ですね、そちらに関しては」
「四日目を覚まさず、明後日と言う事は、ああ、鞘の」
「はい。公爵夫人からは不安の声を届けられていますが」
「本番は、それこそ祈願祭を終えた先の降臨祭ですから」
「その祈願祭にしても、オユキさん、そこまでの間に」
「あの子たちの手前、少々無理にでも」
「まったく。セツナ様にはよくよくお願いしていますけど、オユキさんからも」

オユキからも、改めてきちんとお礼をするようにとそうトモエから釘を刺されて。確かに、夢現といった状態の間にも気配は感じていた。だが、トモエからここまで言われると言う事は、よほどではあるのだろう。それこそ、オユキの想像以上の手を打ってくれたには違いない。

「その、トモエさん」
「珍しい、ですね。少し、用意に時間がかかると思いますので、その間は」
「言われてみれば、こちらに来てからはと言うものですか」
「先に、一度汗を流すのも良いかとは思いますが」
「汗、ですか」

正直な所、この室内では汗をかいたところで、というよりも汗などそうそうとオユキは考える。周囲は雪に埋もれて、氷柱が室内のいたるところに。鍾乳洞を氷で作れば、そのような様子になっている。オユキは視線を巡らしたところで気が付く様子を見せないところを見れば、何処かこうした物を己の当然と考える、そのような部分が既に生まれているのだろう。
相も変わらず精神への作用、その範囲が何処までか等と言うのはこうして過ごしているうちに徐々に見えてくるものだと考えながら。

「今は引いていますし、何度か私も拭いてはいますが、オユキさんはしっかりと寝汗をかいていましたから。自覚なく、そうした反応が起きる程度には」
「過労だと考えると、そうした反応を体が行うのかという疑問も」
「冷汗と言うものもありますし、自覚が無いようですがきちんと熱も出ていましたよ」
「おや」
「カナリアさんが言うには、以前の残り火がとのことでしたが」

正直、その一件にしてもセツナがまた炎熱の鳥、翼人種に対して悪感情を覚える要因にもなっている。トモエがどうにかとりなそうなどとしては見たのだが、そちらにしてもどうにもならず。有難い事に、セツナにとってはオユキというのはいよいよ己が、己たちの種族の年長が目を懸けておかなければならない存在だとそう認識をしてくれているらしい。有難い事ではあるし、セツナのそうした思考というものに非常に敏感なクレドという存在にしても同様。
だが、その結果として選択の時に間違いなく移動を頼むだろう相手との間に不和を抱え込む、それをトモエは望みはしない。オユキの望みをかなえるためには、一応虹橋の神という柱を頼る素地も出来てはいるのだが、そちらにしてもカナリアの司る祭りがきっかけにもなっている。万が一にもそちらとの関係がこじれた結果として、翼人種との関係の整理を行う結果としてというのはやはり困るというものだ。

「それは、また、大変な事ですね」
「まったく、人の事のように話すのですから」
「いえ、こうして意識がある間に自覚が」
「意識のない、その理由のそれなりの大きい部分だとそれくらいには自覚していただきたいのですが」

本当に仕方のない事だと、トモエは改めてため息を一つ。そして、オユキのほうでも数時間位、体を動かせばさらに短くはなるだろうが起きていられる様子でもある。

「どう、しましょうか」
「ええと、トモエさん」
「いえ、汗を流していただくのと、セツナ様とカナリアさん、マルコさんに見て頂くのが先か」
「マルコさん、ですか」

オユキの不思議そうな言葉に、トモエはそれを伝えていなかったかと。

「調剤のレシピでしたか、こちらの薬学院から改めて要請もあったことに加えて、メイ様からの書状も携えて」
「始まりの町で、素材の不足がと言う事でしょうか」
「詳細は、オユキさんあての手紙もあるとのことでしたが」

そちらについては、庇護者に既に回してもらっているとトモエからは、ただそのように。そして、未だにどこかぼんやりと、熱に浮かされているような状態なのだろう。途端に考えることが出来た、急な思考を作ったからだろう。どうにか起き上がろうとしていたのだが、今となってはそれもやめてオユキは軽く目を閉じている。

「やはり、先に一度汗を流さ異て頂きましょうか。意識のない間であればまだしも、人をこちらに招くとなれば」
「そう、ですね。いえ、簡単に体を拭いて」
「髪も、洗わなければなりませんし、その、一度寝台も整えなければなりませんから」
「私が寝ている間にでも、行って頂けているかと思いましたが」
「勿論最低限は行っていますが」

さて、どうやらここまで派手に手が加えられた寝台、部屋の中にしてもかなり様変わりしているし、側にいるラズリアにしてもかなり厚木になっているというのにそちらに気が付く様子もなく。どうにも、まだまだ意識の範囲が、視界が狭い辺り貧血のような症状は未だに出ているのだろうとトモエは考えて。

「室内を整える、それをセツナ様とカナリアさんに頼んでいるのを覚えていますか」
「ああ。そちらも、ですか」
「ですので、一度私たちは浴室にと向かいましょう。その間に、改めて整えて頂けるでしょうから」
「色々と、ご迷惑を」
「そうですね。ご本人からは固辞されていますが、というよりもクレド様との関係もあり」
「そこは、難しい物ですね」

実のところ、ここ暫くの事もありセツナがファンタズマ子爵家からとされている物を断るそぶりを見せている。長として種族を束ねる立場でもあるため、それでも貢物とでも言えばいいのだろうか、そうした形をとってとすれば当然そこで断るような相手でもない。だが、そうした様子を、これまでになかった多くの者をファンタズマ子爵家から贈られる己の伴侶を見るクレドが、ここ暫く不満をため込んでいる。
それが表に出てくる事は無い、トモエが周囲に対して尋ねてみたところで他から同意を得られるようなものではなかった。だが、トモエがそう考えているならと、オユキがただただ納得を見せている。そして、そうなったのならば、やはり色々と決まる。
オユキはトモエを優先するのが事実。だが、それにしても時には互いに意見の対立を見ているのだ。ならば、屋敷に勤める者たちが、侍女たちが何を考えるのかというのは推して知るべし。一先ず、こうしてオユキの納得があったのだと分かれば、今後の動きにしてもきちんと変わる事だろう。

「トモエさん」
「なんでしょうか、オユキさん」

一先ずは、これで良しとして。それこそ、今後の事、色々と頼まなければならない相手に対して、どのような便宜を図るのか。それに関しては、今は公爵家にほとんど派遣されているユーフォリアと、王城と商業ギルドを只管に往復する羽目になっているカレンと話せばよい事。
オユキを寝台から抱え上げて、目線だけで簡単に口にできるものの用意をアルノーに。こうして部屋を出ている間に、セツナとカナリアに改めて頼むことを頼んだうえでと。ここ暫くの間、いよいよもってオユキが寝込んでいる間は、オユキをこの部屋から出さぬ様にとセツナに言われていたこともありリネンの交換も最低限しかできていない。時折、オユキをトモエが抱き上げてとしてみようかという話もあったのだが、そうしたところで氷に閉ざされている箇所も多い部屋ではなかなかに難しいという話になった。

「なんだか、楽しそうですね」
「そう、ですね」

為されるがままに、体に力が入らない以上に、それでも抱えるトモエに己の体をオユキがすっかりと預けるようにしながら。

「ええ。難しい事もありますが、どうにか」
「そう、ですか」
「政治的なといいますか、どうにか、私もそのあたりの事を少しづつ。手ごたえはほとんどありませんが、それでも」
「それは、良い事ですね。トモエさんがそうしてくれるというのであれば、私も刺繍に精を出さねば」
「オユキさん、嗜みとして身に付けるべきことは刺繍ばかりではありませんよ」

トモエが己の苦手に向き合うのならば、オユキもそうせねばと。トモエが、オユキの得意ではない事、それでもここまでの経験で行っていたこと。それをトモエがこうして引き取るというのならばと、楽しめているのならと。
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