憧れの世界でもう一度

五味

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36章 忙しなく過行く

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トモエは、かつては確かに海産物、魚介というものを非常に好んでいた。しかしどうだろう、こちらに来てからというもの、どうにもそこまで好みに合いはしない。かつて好んでいたものを、それこそごくごく単純な塩焼きであったりを作ってはみても、以前に比べて舌に合わないと、そこまで好みではなくなってしまったのだとどこか物悲しさを覚える。

「これが、種族差と言う事なのでしょうね」

こちらに来た時に、新しく姿を作ったこともある。はっきりと、己には人以外の血が流れているのだとトモエ自身も感じることがある。そういった物が、改めてこうして己の味覚に対して作用をしているのだろう。
美味しいのかと言われれば、確かにトモエは過去の思いでと合わせて頷きはするだろう。だが、肉類、陸上で採れる食肉に比べてしまえばどうしたところで物足りないという感想しか出てこないのだ。この辺りも、オユキには改めて伝えねばならないだろうなと、そんな事を考えながら。
確かにかつて好んでいたものが、こちらの世界ではそうでは無くなっている、その事実に寂しさを少し。特に、今回はオユキがトモエの願いをと考えて用意したことでもある。その行為を無下にするにも近い事柄ではあるため、少々トモエとしても物悲しさを覚えはするのだが。

「どうかしたのかしら」
「いえ、生前と味覚が変わっているのだと、改めて」
「ああ、そのことね。私は、そこまででもないけれど、カリンもかなり強いみたいよ」
「ミーナこそ、そのあたりは大きそうなものだけれど」
「前々から気になっていましたが、お二人は自分がどのようなというのは理解されているのですね」

それに関しては、恐らくアルノーも含めて。

「それはそうよ。こちらに来るときに、確認した物」
「私も、そうね」

言われてみれば、確かに尋ねてみればきちんと答えが返ってきたのだろうと、そんな当たり前のことを改めてトモエは考えさせられるものだ。だが、それが起こらないと、そうしたことが出来ないとオユキが考えていたからこそ。

「その、オユキさんは、かつては選べた種族が」
「かつてはそうでも、今は同じとは限らないじゃない」
「そうね。パッチノートくらいはオユキもきちんと呼んでいたと考えていたのだけれど、大型のアップデートが行われたときに、少し混ぜることもできる様になっていたのよ」
「あれは、かなり制限もあったし見た目が大きく変わる事も無かったものね。精々が、髪の色が一部だけ、瞳の色が少し。種族によっては、微かに特徴も出たのだったかしら」
「私の周りにはいなかったけれど、噂では少し聞いたわよ。獣の特徴は難しいけれど、髪先が葉になったとか紛れる様に羽根が一つといった程度だったらしいけど」

トモエとしては、こうして追加される新しい情報に改めてオユキを問い詰めなければならないと、そんな事を考えて。要は、知っていること、それが重要であることはどこまでも事実であるらしい。知識と魔、それと法と裁きあたりが関わっていることではあるのだろう。
それにしても、トモエがこの世界の知識を得ていたのは専らオユキに依る物ばかりではあった。当時から考えていたことではあるのだが、オユキだけの知識、それに頼るにはやはり問題があるのだなと改めてそんな事を突き付けられる。どうにも、今にしても変わらない事ではあるのだが、オユキはトモエが好むことを優先とする。特に、当時のトモエの心を引いたのは既にかつての世界ではまず存在しなかった秘境の類であったのだ。
そうした場所を如何にオユキが歩き、どういった景色が目に入ったのか。かつての世界にはなかった、あまりに巨大な樹木をはじめ、とても理解の及ばぬような植生であったり、生物であったり。そういった物に心動かされたトモエにも責任がある事ではある。そのあたりも含めて、改めてオユキと話さねばならないなとそんな事を考えながら、かつての世界ではまず作らなかったような料理、それに今改めて挑戦を。
かつてにしても、トモエとしては別々に等と考えて用意していたものだが寄せ鍋、ごった煮とでもいえばいいのだろうか。それこそ、色々な具材を放り込んで用意をしようと考えて。オユキのほうは、常よりもしっかりと食べているあたり、この辺りの好みもどうやら逆転しているらしいなと考えながら、アルノーの下で働く子供たちに頼んで持ってきて貰った肉類も魚介と合わせて放り込んでいく。
流石に、少々淡白な鶏肉に関しては挑戦と呼ぶにも問題があるかと考えて、丸兎の肉をはじめとして、ダチョウや野牛の肉も併せて放り込んでいく。トモエとしては、丸焼きなどをアルノーが作ることもあり、家畜としての豚も欲しいと考えてはいるのだが。

「こちらにも、ハムやベーコンがある以上は、存在しているはずなのですが」
「えっと、どうかしましたか」
「いえ、家畜としての豚、といいますか食肉としての豚ですね、そちらをどうしても考えてしまいまして」
「農場には、いますけど」
「あまり数を増やす用意が整っていない場で、潰してしまうのも問題があると考えてしまいますから。ただでさえ、丸焼きですね、あれが祭りの定番のような扱いを受けていくことになりそうでもありますし」
「そのことですが、畜産に従事している方々から改めて連名で私のほうに苦情といいますか」

サキの疑問に対してトモエが答えていれば、アルノーが自分のところにははっきりと苦情が来たのだと苦笑いと共に。

「どうにも、獣の特徴を持つ方々ですね。この方々の視線に、ここ暫く怯えることが多いのだと。すっかりと委縮している様子で、飼料の消費が減ってきていることも併せて」
「そのあたりは、アイリスさんに任せるしかなさそうな物ですが、いえ、そういえばこちらのまとめ役とでもいえばいいのでしょうか、元々おられた方はセラフィーナさんだったのでしょうか」

そういえば、こちらでも同族での寄り合いのようなものがあるとはトモエも聞いている。そして、アイリスの暮らしていた部族連合、テトラポダでもそうなっていたようにそれぞれの種族からの代表者でなる組織というのも存在していると聞いている。そちらに話を持っていくのが筋だろうかと、そんな事を考える。

「いえ、獣人のまとめ役のヒトはこっちだと山猫属のおじいさんらしいですよ」
「サキさん、らしいというのは」
「私も、教会で少し噂を聞いただけで。おねーさん、えっと、アリアさんが」

確か、アリアというのがサキを一人森の中に逃がした女性だったかとそんな事を思い返して。そちらは、かなり傷が、肉体的にも、精神的にも深かったようで相応に長くかかっていたものだが、サキの献身もあって持ち直してきているらしい。それこそ、サキが望めば、それ以外の者たちにしても希望があればファンタズマ子爵家の門戸をたたく様にと話しているのだが、生憎と当主が、そうして話した人間が基本的にこの町にいない期間が続いているためになかったことになっている可能性もあるのため改めてと、これに関してもトモエは頭に入れて置く。
それこそ、須らく異邦からの者達でもあるために、欲しがる家も多いだろう。オユキがこちらに来て少ししたころから、それ以前から神々の思惑の元に作られた流れが芽吹いていることもある。
互いに良しとできるところが見つかればよいがと、そんな事をついつい考えてしまうのだが。

「もともと、そういった生き物というか、見た目のヒトが好きだったみたいで」
「見た目が、ですか」
「えっと、カワイイとか、そんな事を」
「名前をお伺いするに、英語圏、合衆国の方でしょうか」

トモエは、ついついおやと、そんな事を心の中に。
聞き流していたのだが、そもそも母国語しか話せないこの少女がどのようにして逃がされたのか、そのあたりをきちんと聞いていなかった。そして、こうして話してみれば、成程どうやらそのお相手のほうがきちんと彼女の、トモエとオユキの母国語を修めていたらしい。

「その、一度私からもとは思いますが」
「アリアさんも、時間が合えばって、そうは言ってるんですけど」

けどの後に続くのは、要はトモエとオユキがどうしたところで忙しくしていたこともあるのだろう。さらには、暫くの間隣国に迄療養などと言って出向いてすらいたのだ。加護も陸に持たぬ身では、領都まででも難しく、王都を望むのはかなり酷。この辺りは、いよいよトモエも反省瀬名波ならぬ事ではあるのだろう。折に触れて教会に顔を出してもいるのだが、その時には他の教会の子供たちにつかまってあれこれと話す時間となるために、預けっぱなしになっている相手にはいよいよ顔を合わせてもいない。

「そうですね、気になる事とまでは言いませんが、私としても改めて話たい事もあれば、お礼を言いたい事もありますから」
「トモエさんが、お礼、ですか」
「ええ、その方のおかげで、サキさんが助かったのでしょう」

そう、この少女を逃がし、他の物たちを助けるのだとオユキに決断させた遠因を作ったのはその人物には違いない。トモエからのお礼という言葉に、よく分からないとばかりに首をかしげるサキではあるのだが其方は置いて起き。そろそろ良い具合に煮立ったかと鍋の中身を一掬いして小皿に移す。そして、口に含んでみれば。

「バランスが、よくありませんね」
「えっと、そうなんですか」

話ながらも、やはり慣れに従って手は動くもので。一先ず完成と呼んでもいい物が出来上がったはずではあるのだが。

「これは、あの、わたしもちょっと」
「そうですね。此処から修正するには、出汁だけでは不足も出るでしょうからきちんと味をつけなければなりませんね」

何が悪さをしているのかと言われれば、間違いなく牛の赤身に近いダチョウの肉と野牛。どちらもきちんと薄造りにして入れてはいるのだが、しっかりと薄めに、オユキ用にと行っている味付けが癖の強い肉類と喧嘩を始めている。避けようと思えばそうした方法も、出汁を張った鍋にくぐらせてという方法もあれば異なる国にあった、焼肉と鍋、どちらもを同時に行うムーガタという料理にすればきちんと避けられそうなものだ。

「ただ、どちらにしても、やはり卓上のコンロのようなものは必要になりますね」
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