憧れの世界でもう一度

五味

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36章 忙しなく過行く

消化試合に向けて

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何やら、武国の者達にも機会を与えようと、そうした話になっていたらしい。
だが、結果はどうだろう。トモエとオユキの間では既定路線。精々行方が分からぬのは、壮年の部というよりも、明確に二十五歳よりも上とされている部門だけ。年少の部に関しては、セシリアとシグルドが優勝を争う事になり、トモエに関しては、最早まともに相手にする気も無いと言わんばかり。壮年の部には、ローレンツが改めて参加をしていることもあり、トモエとオユキはそちらの応援を行っている。生憎と組み合わせの妙でもって、こちらもアベルが今日の戦いに勝つことが出来れば、二人が改めて決勝でとなる事だろう。
武国から来た者たち、戦と武技の名を冠する闘技大会。明確に、その柱から奇跡を与えられている、舞台。そこで結果を残すことを、武国と名乗る以上は求められるものを示せとばかりに意気込んでいたのだが、今はすっかりと葬式会場にもにた、通夜と呼ぶに相応しい沈鬱な空気が漂っている。

「レジス候とアベル、ね」
「トモエさんの見立てでは、レジス候が改めて遺された書物を紐解き、技に向かい合っていればとの事でしたが」
「ため息の一つも、つきたいわね」
「重ねてしまいますか」
「戦と武技の神の言葉、それがどこまでも思い出されるわね」

アイリスが、オユキの隣で重たくため息をつく。

「彼の神の、御言葉、ですか」

そして、オユキとアイリスばかりで話していたからだろう。
闘技大会を始めるにあたっての奉納舞。そこに、どうにかトモエが良しとできるだけの動きを身に付けられなかった武国の巫女。愛妾のとはいえ、間違いのない王女その人は結局アイリスとオユキが全く習ってすらいない戦と武技の教会、そこに伝えられている舞を行って。そのあとに、改めてアイリスとオユキが向かい合って、剣舞よりもさらに一歩踏み込んだものを披露して見せた。
ついつい、興が乗ったとでもいえばいいのだろうか。ここに至るまでの不満、それが噴出した結果とでも言えばいいのだろうか。互いに、参加を不可とされた腹異性とでもいえばいいのだろうか。
オユキは、すっかりと仕事着となった衣装に身を包み。さらには、祭りでもあるのだからと常よりも多い装飾を。戦と武技の教会から、昨年から用意していたのだという装飾を届けられたうえで、飾り立てられて。アイリスにしても、オユキと揃いと分かりやすい物は、一部あれど。しかし、木々と狩猟というよりも、祖霊に連なる彼女はやはり風情の異なるものが多く。何よりも、見た目が、背丈も体系も異なる相手と言う事もあり、オユキが身に付けられる装飾とは質の全く異なるものが彼女に用意されて。
さて、互いにそうした装飾を身に付けて動いてみれば、歴然とした差というよりも、オユキをして己が随分と貧相なとそう落ち込む有様。さらには、トモエの隣に立って見せた上でオユキを鼻で笑う等と言う挑発を重ねたのだからオユキにもはや抑えが聞くはずも無かった。
トモエとしては、仕方がないと笑うしかない状況ではあったのだ。
そして、いざその時が始まってみれば、トモエが軽く治した事もあるのだろうが、オユキのほうは技の冴えが一段と増して。そこに、常々全く載せない類の気迫とでもいえばいいのだろう。アイリスは既にアベルとの関係が進んでいる。それを頭ではわかっているだろう。だが、それでも。やはり許せないのだとばかりに。
そして、実際に行われた物については、オユキにしても終わってみたときに己を省みて反省するしか無いものであった。トモエに言われて、柄頭を掌で包むような、そのような持ち方を習った。成程、それを行うのであれば流派の物ではない、ハヤトから連綿とこちらに残ったもの、それをより十分に扱える。
利き手の逆に構える、それが最も良いとされているトモエの掌中にある流派。生憎と、オユキはそこまで至っておらず、細やかな、刃の動きを十全に操るには、利き手に構えるしかないのだが。持ち方を変えてみれば、成程細かい動きを考えぬのであれば、問題が無いとばかりに。改めて、己の利き手は塚貝らに添えて。そうでは無い手で柄の中ほどを持つ。神授の太刀、祭りの朝には、それが当然とばかりにトモエとオユキの泊まっていた教会の一室、その枕元に現れていた太刀を構えて蜻蛉に取る。そうして、アイリスが己の伴侶を使って行ったあまりにも無遠慮な挑発、それはオユキにとって己をこうさせるほどに行き過ぎているのだとばかりに挑発を返して。
そして、そこから先にあるのは、一応はトモエから習った流れに従うようには見せかけている者の、互いに互いを敵というよりも己の下だとそれを示すための獣の振る舞い。オユキが、アイリスがここまでの期間で見せてもいないタイ捨の理合いをもって。互いに身長差があるのは仕方がない、だからこそそれを埋めるために飛び交いを扱うのを見たアイリスの獰猛な、まるでそれは本来己が使うべきものだと示す笑み。そうした物を、平然と互いにやり取りをしながら。
それこそ、仲良く喧嘩とでもいえばいいのだろうか。
一歩間違えば、流血沙汰に。実際に血は流していないのだが、終わってみればしっかりとオユキは手首の骨に罅が入りアイリスはオユキの斬撃、峰に返しているとはいえそれを己の前腕で受け止めた結果としてこちらもしっかりと罅が入っているようなありさま。
万が一その段階でトモエが止めなければ、しっかりと行き過ぎた結果を得ていたことだろう。

「言われたのよ、加護はどうしても過剰になると」
「それを、彼の神が仰せになったというのですか」
「この場は神前よ。そこで、神の言葉を騙ればどうなるか、分からない貴女では無いでしょう」

同じ巫女と言う位。なんとなれば、在位の期間はアイリスとオユキよりも長いのだ。実際に、神と呼ばれる存在に、祖霊と神の違いについて、オユキは理解が出来ておらず、実際にアイリスが祖とよぶ存在は神としての位も持っている様子でもある。

「それは、お二方は長く在るから」
「私はともかく、オユキは」
「こちらに来てからと言う事であれば、確かに二年に迫る程度でしかありませんが、異邦での経験も」
「異邦の寿命なんて、高々八十程でしょう」
「あの、高々と言われてしまうと」
「こちらでは、長ければ百五十だもの、人にしても。ハヤト様も、それなりに長く在られたわよ」

そのあたり、細かく聞いていなかったオユキとしては、思わず目を瞬かせる。

「まったく興味がない、それについては色々と思う所が無いわけでもないのよ」
「とは、言われましても。私としても故人を話題に乗せるのはやはり難しさもあれば」
「そもそも、知らなかったのだものね。ハヤト様がこちらに、それ以外にもあのお方がどういった思いを持っていたのかにしても」
「それは、ええと、はい」

対人戦、それに拘泥していた人物。オユキの中の評価はそこで止まってしまっている。それ以上の何かが、やはり存在していない。そもそも、オユキの記憶では対戦をした記憶すらないのだ。実際には幾度かあったというのに。あまりにも鮮烈な結果を見せつけて、その結果ハヤトにしても己の手習いが、身に付けたいと考えている物が源流の高弟が編んだものだと、己を師を超えるための物だと知ってからより傾倒したのだと。その話を、やはりオユキは知らないのだ。
どうにも、争ったというよりも、人と向き合った、対人戦としてオユキが師に言われて行っていた短い期間。その中で、印象に残った相手等と言うのは限られている。太刀を、剣を武器と選んだ者たちは尽くかつてのトモエと比較を為されてそのほぼ全てが記憶にとどめるに値せぬと当時のオユキに判断がされている。
例外は、いよいよもって当時のカリンと他の二人ほど。トモエに迫るとオユキが考えた相手が、その二人。カリンに関しては、見る物がある、トモエとは全く異なる華やかさをもっていると考えて。

「話を戻しますが、私も同席していた時にそういったお話を確かにお伺いしました。そして、それを受けてアイリスさんが望んだのがこの形。加護の一切を排して、しかして決着がどうなったところで、己の生に関わらぬ、後に残らぬ舞台。そこで、存分に技を競えとされているこの舞台です」

実際には、心折れる者たちもいる事だろう。昨年見た顔が、参加していないと言う事は恐らくないのだろうが。もしくは、予選の段階ではじかれた者たちもいるかもしれないのだが。オユキにしても、昨年は己が参加していたこともありすべての試合を見ていたと言う事ではないのだ。当然、知らぬ相手というのも、記憶に残っていないという事も多くある。一応、昨年と本年とというよりも、前回と今回と。その参加選手、それがどの程度変わったのかくらい、聞いておくべきだったかとオユキはそんな事を考えながら。

「そこで、これほどの結果が。一度の経験の差が、大きいと言う事でしょうか」
「少ないとは言いませんが、所詮は一度だけです。いえ、王都にこの場があったというのなら、こうしてここで暮らしている方々は、練習ができたと言う事でしょうか」
「どう、なのかしら。私も、貴方達について回っているから、そこまで詳しくないのよね」

そうして、オユキの少々的外れな疑問に対して、アイリスも同じだと嘯いて見せながらもどこかため息交じり。

「でも、この結果を見れば王都で暮らしている者たち、それに優位があったとは思えないわよね」
「加護がない以上は、正直私はシグルド君ではなく、パウ君が残ると考えていたのですが」
「仕方ないんじゃないかしら。ここ暫くの練習、その装備を持ってとできなかった以上は」
「本人も気にしているようですから、そればかりは」

確かに、パウは重装鎧ではなく軽装の鎧。金属ではなく、革製の物を未だに身に付けている。その程度でしかないと評されるのだろうが、加護があれば問題は無いのだが。それでも、今のところ加護が無ければ大楯と両手剣に限りなく近い、鈍器と呼んでも差支えの無い刃の鈍い剣。たたきつければその重量でもって。寧ろ、鈍い形にも刃は相手に潜る。そして、重量に任せて、骨すらも。その二つを用いることが出来るだけでも十分だと、そう評価することもできるのだから。
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