憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
1,150 / 1,235
35章 流れに揺蕩う

進む道

しおりを挟む
「それにしても、ファンタズマ子爵家の抱える人員はなかなかに豊富ですのね」
「豊富、ですか」

ラスト子爵夫人の言葉に、オユキは思わず首をかしげる。主催である以上、中座などできる訳も無くただただ転がっていく話題に、トモエがいればここまで戸惑う事も退屈を覚えることも無いだろうにと考えながらもついていき。どうにかこうにか、事前にエステールとシェリアから聞いていた作法に従って振る舞っていれば突然その様な事を言われる。
ラスト子爵夫人からは、以前別の場所で直接名を呼んでも良いといわれているのだが流石に今は初対面の相手も多すぎるからと、それは控えた上で。

「ええ。ファンタズマ子爵家には、勿論身の回りの世話をする者たちが貸し与えられているのでしょうが」
「ああ。そのあたり、確かにお伝えさせていませんでしたか。お二方が、異邦からのお二人が言うには、私を助ける事を言われているのだとか」
「言われている、ですか」
「如何なる柱からかは、まぁ一人は分かり易いでしょうが」
「それは、確かにそうですね」

一人は、今も朗々と歌声を響かせている。屋外だというのに、少し離れた場所からだというのに。それが当然とばかりに、席に声を届けて。それも、美しさを備えて。料理の数々にしても、一つ口に運べばため息が出るようなものもある。そうでないものに関しては、要は茶会の席だ。そして、今回の主役はどこまで行ってもオユキが確認すると決めている話題。そこで茶菓が主となってしまっては、本末転倒と考えての事なのだろう。明確に、技量を示すための品と、話を聞くときに、話をするときに妨げぬ様にと。あまりに分かり易いほどに分けられている。
この場の主役は、間違いなく主催のオユキではあるのだが。それでも気を払わなければならない相手がいるのだと、その事実を実に正しく理解してくれている。
言ってしまえば、オユキにとってこの状況は接待でしかないのだから。

「異邦からの者達、ですか」
「パヴォ様は、翼人種の方々はある意味では同様と伺っていますが」
「私たちの崇めた造物主は、こちらでは異空と流離に落ちていますから。貴女方の暮らしていた地の御方は、この世界の創造神の姉でもあるのでしょう」
「一応、そのように会話の端々で理解はしていますが」
「ならば、そこには暮らす地、世界としての格の差が生まれる物」

並べられた茶菓の中でも、元がそれ由来だからだろうか。殊更長く火にかけた物を好んで。オユキのかつて暮らしていた地で干菓子と言えば、まず真っ先に出てくるものは砂糖を型に入れて押し固めた物。アルノーが基本として用意する物とは全く毛色が違う。
窯で、熱源の最たるものの中で乾燥させた菓子類を、彼はそう呼ぶのだから。

「どうにも、一つの宇宙観とでもいえばいいのでしょうか、そこに差異を見出すことは出来ないものですが」

かつての世界は、寧ろかつての世界の在り方に合わせて法則を見出した物。では、そちらの世界では否定されていった各神話観における宇宙論。過去になった、人が宇宙に進出して明確な物証を提供して、かつてはこう考えていたのかと人によっては笑いながら語るもの。
だが、こちらではそれが正しいとされている物。
比較をしようにも、両方ともに利点があるのだろう、その程度しかオユキには思い当たらない話。

「私たちの世界における、超空洞と呼ばれるものが存在しないでしょうし、すなわち熱的な終焉と言うものは考慮に値しないともいえるので」
「熱であれば、己が放てば。いえ、あなた達の世界では、そうですか」
「ええ。原初に与えられたとしている総量、それが常に総和として等しいというのが法則における是でしたから」
「ですが、それを考えるのであれば、冷めないまでも」
「そちらについては、理論として見出した方にしても無いだろうと考えていた特異点と呼ばれるものが、現実に発見されてしまいましたから」
「特異点、成程、密度の異常点と聞こえましたが、伝わってきた物は空間的な広がりを持ち、さらには放出も行っているようですが」

そうして、オユキがパヴォと楽しく話を始めていれば、公爵夫人からの咳払いですぐさま意識が引き戻される。どうにも、他の者たちが日常的に話している内容、オユキはまだ覚えきれていないこちらの貴族の事情に気が乗らないという部分もある。だが、こうして公爵夫人がオユキに注意を促すと言う事は、いよいよ聞いておかなければならない事なのだろう。
こうして、この場に呼んでいるのはいよいよオユキが既に面識を得ている相手ばかり。互いに、自分の家の事をあまり話さずに、他の家、深い事情を知っている、噂などではなく、こうした話を聞いたではなく。彼女たちが直接聞いた話を、こうしてしてくれている。もしくはしていると言う事に、理由を見出すこともできる。

「それにしても、ファンタズマ子爵はこうした会をあまり開かないのは、理由があるのかしら」
「理由ですか。それこそ、筆頭に来るのはどうしたところで過分に抱え込んでいると言う事もありますが」

イマノルとクララの間を取り持ったのだから、もう少しくらいはという意味でもあるのだろう。だが、そちらに対しては、オユキからあまりにも明確に反論ができる。
今回にしても、公爵家の別邸であり借り受ける事の出来る人員が多い。さらには、常々ついてきている相手として、頼める者たちもいるのだがそれにしても場合によってはそれぞれに頼むことになる。侍女として側に置いている者たちにしても、基本は借りている人員ばかり。エステールにしても、それこそ本来であればオユキにそうした会を開くことを進める人物にしてもこうした事でも無ければ、周囲からしっかりと圧力をかけられて渋々という状況でも無ければオユキに話はしないのだ。

「私にしても、こうした場での振る舞いで合格点を頂けているわけではありませんので」
「あら。見ている範囲では」
「お披露目構えとはいえ、実際はこの中では上から数得た方が早いのですよね」

レジス侯夫人から、作法として問題がある部分は特にないのだとそうした話はされる。だが、オユキに言わせてみれば、そもそもが中身が違う。経験を積んできた歳月が違う。お茶会のマナーはいよいよこちらに来て初めて学ぶような内容ではあったが、テーブルマナーについては過去に一貫した物を学んでいる。自国の物と、西洋で一般的とされているものの二種類でしかないのだが。

「そうした面までを考えれば、実際にはそのように考える方々からは、どうにも」
「そのあたりは、どうにも失念してしまいますね」
「こちらの方は、皆様背が高いですから。一応異邦が、私たちの暮らしていた地が下敷きにとは伺っていますが、それ以上に」

オユキは、改めて己の年齢を考えて。過去に、己と同じ世代の平均はどの程度であったのか、こちらで現状の己がどの程度か。トモエという、かつて己が設定した相手が隣にいるために、検討できる対象はすぐそばにある。それに、正直な所オユキ自身はともかく。トモエが己の得物、太刀の長さを間違えるとはとてもではないが考えられない。
そちらと比較した時に、己の身長というのがはっきりと低いというのは理解が出来ている。
だからこそ、侍女たちに、トモエに対して少しでもと頼んで化粧を考えてもらっていることもある。

「それにしても、皆さん一応といいますか」

そして、他の会話が切れた事もあり改めてオユキから。
ここ暫く、刺繍に励んでいるからだろうか。各々が身に着けている衣装。当然のように家紋がそれぞれ小物に使われているし衣装にしても共通の色が含まれている。最初は、神国が特にとする柱の色かとも考えたのだが青緑でも黒でもない。では残ったものは何かといえば、濃淡の差はあれど茶色と言われて思いつくものなどオユキには一つしかない。

「常春ではあるというのに、季節の色を取り入れられるのですね」

そう、四季の神も、それこそ冬と眠りをはじめとしてこちらには存在している。

「オユキは、環境として」
「そうですね。異邦の話がどこまで伝わっているかは分かりませんが、四季の差と言うものが非常に明確にある国から」
「成程。であれば、この国における差というのは誤差と受け取れるものかもしれませんね」
「体質の事もありますので、夏については少々辟易とはしますが」

そもそも、この世界は平面。そこで四季の差が生まれる理屈など、オユキはいよいよ理解が及ぶものではない。神国が常春といった様相にしても、一年を通して、水中の温度はそこまで変わらない、過去にはそうした理屈があったのだから、恐らくそこからだろう程度。水面に関しては、どうにもならず冷え込む物ではあった。だが、海に目を遣れば、その少し深い部分に目を遣れば。やはりある程度温度は一定となる。

「幼子にとっては、こちらに戻る前の場も少々環境が良くはなかったからのう。妾たちが、こちらと同様にとすればまた話も違うのじゃが」
「一応は迎賓館ですから。こちらでは、御貸しくださっている方から直接許可を頂けていますが」
「私としても、オユキが長くあちらにというのは好ましくないと考えていますから」
「以前は、ええ、抗議の一環といいますか」
「貴女が良しとしても、トモエが良しとしない。それは前回で、ええ、はっきりと」

そう、オユキは既に半ば諦めている。こうした生活を、己が、トモエが良しとできる生活を望むのだと決めたときに、恐らくはという形で予想をして。改めて日々を過ごす中で、想像以上の物があるのだと思い知って。それでも、オユキの我儘として、トモエにはどうかと無理に押し込んでいること。
巫女として、それが必要な職務であるのならば。この世界に対して己の身を削ることで出来ることがあるのならば、今後も続けることをどうか許してくれと。オユキの意識があるうちは、どうかただ見守っていてくれと。

「そのあたりは、私が意識を保っている間はトモエさんも呑んでくれるのですが」
「前回は、貴女の意識が失われて、そこから随分と早かったですからね」

王妃の言葉が、言外に貸し出している相手、近衛として仕事を頼んでいる相手に対して僅かに不満をにじませている。それこそ、シェリアとタルヤに関してはもはやその立場に未練などないだろうが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕のおつかい

麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。 東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。 少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。 彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。 そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※一話約1000文字前後に修正しました。 他サイト様にも投稿しています。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

World of Fantasia

神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。 世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。 圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。 そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。 現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。 2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。 世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。

復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん
ファンタジー
発展とは程遠い辺境の村に生まれ、その村で静かに一生を終える事を望む少年テオドミロ。 若者たちが次々都会に旅立ち、ゆっくり死に向かってゆく村で狩人を目指し日々生活しているテオドミロだったが、故郷の森で一人の少女と出会った事で、終わりの見えない仇討の旅に出る事に。 『行こう』 全てを失った少年が手を伸ばし。 全てを失った少女がその手を取った。 敵討ちで始まった二人の旅の終焉がどこなのか。 この時の二人には知る由もなかった。

どーも、反逆のオッサンです

わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。

俺とシロ

マネキネコ
ファンタジー
【完結済】(全面改稿いたしました) 俺とシロの異世界物語 『大好きなご主人様、最後まで守ってあげたかった』 ゲンが飼っていた犬のシロ。生涯を終えてからはゲンの守護霊の一位(いちい)として彼をずっと傍で見守っていた。そんなある日、ゲンは交通事故に遭い亡くなってしまう。そうして、悔いを残したまま役目を終えてしまったシロ。その無垢(むく)で穢(けが)れのない魂を異世界の女神はそっと見つめていた。『聖獣フェンリル』として申し分のない魂。ぜひ、スカウトしようとシロの魂を自分の世界へ呼び寄せた。そして、女神からフェンリルへと転生するようにお願いされたシロであったが。それならば、転生に応じる条件として元の飼い主であったゲンも一緒に転生させて欲しいと女神に願い出たのだった。この世界でなら、また会える、また共に生きていける。そして、『今度こそは、ぜったい最後まで守り抜くんだ!』 シロは決意を固めるのであった。  シロは大好きなご主人様と一緒に、異世界でどんな活躍をしていくのか?

処理中です...