憧れの世界でもう一度

五味

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34章 王都での生活

示す月

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部屋を整えると、そうした話をしていたはずだと。オユキは少し長めの午睡から目を覚まして、そんな事を思い返す。トモエに、仕方が無い事だといわんばかりに浴室に連れていかれ、まだ準備の整っていない場ではあったのだが、軽く旅の汚れを落とさなければと、そんな話を夢うつつに聞いたところまでは記憶に残っている。
だが、オユキが目を覚ましてみれば、変わらず屋内は柔らかな魔術による明かりが天蓋越しに届く。屋内だというのに、雪が降るからだろう。これまでは、侍女たちがオユキの様子を、カナリアの診察もあるからと取り付けられていなかったのだが、今ではしっかりと取り付けられた薄布の先から改めて声がかかる。

「目が、覚めましたか」
「はい。どれほど、寝ていましたか」
「数時間、といったところでしょうか。日がすっかり沈んでから、そのように考えていましたが」

何処か、笑いを含む声が。

「やはり、長旅は堪えますね」
「オユキさんは、今回の旅路は特に忙しくしていましたから」
「色々と用意が必要な事も多く、確認も多かったので」

闘技大会への参加は見送り、あくまで勝者に与えられる花冠として、とでもいえばいいのだろうか。三部に分かれたそれぞれから、望む物が出たのならば、オユキは応える事と決まっている。ただしとでもいえばいいのだろうか、今神国には、二人の巫女がいる。武国からも、年若い巫女が来るという話がある。そして、各々の年齢を考えたときに、これまた見事に三者三葉とできるではないかと、そうした話が持ち上がったらしい。
マリーア公爵からは、実に苦々しげに言われたものだが、年少者の部、青年の部、壮年の部と三つに分かれたそれぞれの優勝者に対して、それぞれにとそうした話が彼ではどうにもならない場で成立してしまったらしい。領都の事もあり、王都にどうしたところで長くいられるわけでもない。その結果として、彼の知らぬところで他の者たちの核策とて行われるというものらしい。勿論、彼の抱える他の人員が対策を取ろうとはするのだが、それにも限界があり。

「私の為に、鞘をでしたか」
「ウーヴェさんへの確認は、あの子たちに任せましたから。大会に合わせて王都には来るはずですから」
「私のほうから、改めて確認を頼んでいますので、明日にでも返答があるでしょう」
「リース伯の王都屋敷でとなるでしょうか、それとも」
「あの子達の事を考えれば、どちらかといえば神殿で暫くとなりそうなものですが」
「となると、別れてという可能性もありそうなものですね」

闘技大会では、水と癒しの神殿の協力も勿論必要になる。まず真っ先に、水と癒しの持祭となった少女には協力をしてくれという話がいくだろう。そして、それを手伝おうと少女たちがそちらに混ざって。少年たちのほうは、始まりの町の教会は大事に思っているには違いないのだが、他の教会に関してはどうにも。
そして、今はサキもいるし少年の口ぶりでは仲良くなった花精の子もいるらしい。どうにも、近々そちらにしてもあの少年たちに加わりそうな気配がある。橋を進む中で、少女たちのほうはタルヤの振る舞いを見たからと言う訳でもないのだが、シグルドが名前を出すたびに何やら警戒をあらわにしていたのだから。

「トモエさんは、どう思いますか」
「私は、独占したいので」
「ええと、それは私もですから。私たちの事はともかく」

何をとはっきりと言わず、只オユキが漠然と話を振ってみればトモエからは、正しくオユキの考えていたことについて。トモエが、オユキを、オユキだけをと考えているのは分かる。他の誰かにオユキを等と言う事を認めないのもよく分かる。そして、それはオユキも同様に。だが、あの少年たちは異なっている。こちらにしても、社会通念とでもいえばいいのだろうか。種族として男性しかいない種族、生憎とこれまでの間に、そのような種族とは遭遇していないのだが、人狼に関しては女性の割合が少ないだろうと、それくらいの理解は及ぶ。だが、何よりも女性だけの種族、単一の性別の種族というのがやはり多い様子なのだ。
貴族たちは、義務として。こちらの世界における者たち、貴族以外の者たちにしても、余裕さえあればとそうした様子ではある。これまで、まだ控えめだったのは、結ばれたとしてもその先が難しかったからと言う事もあるのだろう。だが、それが解消された、少なくとも神国では問題とならないとなった以上は、今後は過熱していくだろうと予想に難くない。

「あの子たちは、大変そうですね」
「どちらが、とは聞かないでおきましょう」
「聞かれれば応えますが、どうにも私としては過去の流れがありますから」
「まったく、度し難い事ですね」
「そうは言われましても、私は理解の及ばない事ですし」
「そうした物が多いと、そうした店舗があるといった話はしたかと」
「それについては、一つの回答として外での仕事を、魔物の狩猟を選択しなかった方の選択とでもいえばいいのでしょうか」

益体も無い話を、トモエとオユキでしていれば。トモエがそろそろオユキが目を覚ますと考えて頼んでいたのだろう。夕食の時間も近いために、軽食をとばかりにエステールが軽くつまめるものをいくらか用意したうえで室内へ。

「エステール様は、ローレンツ様とタルヤ様との時間は」
「主人は移動の完了を王城へ報告に。タルヤ様は、今はパロティア様の部屋の用意を」
「ああ、そうですね。私が眠ってしまいましたが」
「どうぞ、オユキ様はしっかりと休んで頂けますように。そのために、私どもがいるわけですから」
「お言葉に、まずは甘える事としましょう。ええと、エステール様、後は馬車からまずは」
「ええ、お任せください。ですがオユキ様、此処は公爵様からお借りしている場ですから、お寛ぎ頂く部屋の外では」
「それも、そうですか」

一応、オユキの手によって完成を見た手布が一枚。それを、トモエに渡してほしいと、オユキがエステールに頼んでみれば。わかっていると頷かれたうえで、用意の終わった席へと、案内される。雪の降る室内という、なんとも奇妙な場にはなっているのだが、こうして食事を用意した席については雪が綺麗に避けている。有難い事ではあるのだが、トモエが実に味のある顔をしているので、どうかこの辺りは説明があっても良いのではないかと。

「エステール様は、そちらが冬の装いですか」
「はい。生地を厚手に、それだけでは少々難しいようでしたから」
「流石に、廊下もとなると、少々難しいでしょうから、公爵様に頼んでと部屋の外にとさせて頂きましょうか」
「主の部屋、その直ぐ外に使用人の施設をというのは」
「派手な作業にはなりそうですが、壁を切ってそこに埋め込む形で簡単に衣装だなくらいはと思いますが」

ただ、どうなのだろうか。オユキには降る雪が、何かをすることも無い。それは身に着けた衣装にしても同様に。だが、トモエもそうであり、エステールにしても雪が積もっているのだ。この辺りが、成程種族の差かとオユキは妙な納得を得ながらも。

「どう、でしょうか。使用人の方々としては、雪でというよりも濡れた衣服というのは」
「そう、ですね。速やかに洗濯に回さなければいけませんし」
「ええと、トモエさんも」
「私も、そうですね。オユキさんの側であれば、そこまで問題にはなりませんが」

トモエにしても、今初めて気が付いたといわんばかりに。ある程度以上、今、食卓を挟んで互いに向かい合っている。この程度の距離でもはや無理なのだろう。
そもそも、トモエとオユキの寝室でもある、こうして寛げる一室には衣装棚など置いてはいない。別に衣装部屋が用意されておりそれも、トモエとオユキで別々に用意された部屋に、納められている。

「少し、考えなければなりませんか」
「いえ、構わないでしょう。優先は、オユキさんの体調ですから」
「ですが、その結果としてトモエさんが」
「私が風邪をひくことがあれば、そうですね、その時に改めて考えましょうか」

トモエは、そうしては平然と笑いながら。オユキの前にだけ並べられているガレットを見れば、どうやらトモエは既に食事を終えているらしい。のんびりと、こちらに来てから暫くの間にどうやらお気に入りを見つけたらしいお茶をゆっくりと飲んでいる。どうにも、オユキが食べ終わるまでは、これは開放してくれそうにないなと考えて、置かれていた食器を手に取り、切り分けながらも口に運ぶ。
室内が、間違いなく氷点下になっているからだろうか。オユキはその様な事は無いのだが、トモエにしても、エステールにしても。吐く息が白い。ガレットからも、はっきりと湯気が立ち上っている。だが、どうだろうか。一口大に切り分けて、改めてオユキが己の口に運ぼうとしたときには、冷めている。かつてであれば、少し残念に思いもしたのだろうが、今となってはこちらの方がオユキにとっては嬉しい物になっている。

「ああ、それとエステール様。公爵夫人から、また日程を言われるかと思いますが」
「日程、ですか」
「はい。セツナ様が、クレド様の衣装であったり、刺繍用の糸ですね。後は、里に持ち帰る品を選ぶためにと、宋任たちを一度読んで頂くことになっています」
「オユキ様は、外に、いえ、失礼いたしました」

それこそ、本来であれば王都でトモエと並んで歩いてというのもいいかもしれない。だが、あまりにも明確な問題として、武国の者どもの狼藉がある。神国の王都で、どういった振る舞いをしているかは今公爵が改めて確認をしている処ではあるのだが、少なくとも魔国に置いてきた者たちのいくらかが神国に来ているだろうとは考えている。闘技大会への参加、それが許されている者たちではないだろうが、そこで武国からの者たちと、諍いを起こしそうな気配もある。何より、神国の者たちに対して出場枠をよこせなどと言っても可笑しくないと、トモエもオユキもそう考えている。

「正直な所を申しますと、言葉を選ばなければといいますか」
「そうですね、蛮族と言える方々のようですから」
「上層部はまともだと良いのですが、正直、前回のアベル様のお父上の事を考えてしまうと」

思い返してみれば、あのアダムという男にしても近しい真似は、計算の上だとしても行っていたのだ。今回はそうした策謀の気配も無い。寧ろ、魔国で暫くとはいえ堪えていたのは、一度そうした経験があったからこそ、なのだが。
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