憧れの世界でもう一度

五味

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33章 神国へ戻って

流石に

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オユキは移動の間、勿論時間を見て鍛錬を行う事に余念は無く。魔物の討伐にしても、日々最低限と言ってもいいのだが、行った。それ以上に、移動の間はトモエ用の手布の用意を行って。馬車の中では、裁縫に向き合うオユキとセツナが。一応、カナリアにしても同じ馬車に乗ってはいるのだが、こちらはいよいよ生活の時間がこの移動の間は異なっているために、こうしてオユキが裁縫に向き合っている時間は眠っている。
短杖を使い、夜の安全を確保するのが彼女の仕事でもあるために、さらには移動についてきている魔国の調査員からの要請もあって、どうしたところで夜半が忙しいのだ。騎士たちからも、アベルとローレンツにしても調べるべき項目の共有がなされているらしく簡易結界について色々と試すのに付き合い。さらには、興味を持った魔国の調査員からの質問にも答え。また、彼女自身の知的好奇心を満たすためにも橋について色々調べてと。朝方のわずかな時間、夕食後の時間、それぞれでオユキと色々と話はするのだがこれまでの旅のように日中を丸ごと使ってオユキと話して等と言う時間がやはりない。
そうしたことも手伝って、オユキはどうにか手布を一枚完成させて、今は二枚目に取り組んでいる。一枚目は、エステールによってファンタズマ子爵家の家紋が図案として用意されていたのだが、今オユキが取り組んでいる物はトモエとも相談して用意した異なるもの。トモエの姿を見ながら、というよりもオユキがトモエを馬車に招いたうえで、シェリアとエステールの手も借りた上で隣に色々と、何故この移動に同行している馬車の中にそこまでの量があるのかと疑問に感じる色糸を横に持たせ。そこで、改めてトモエにどのような色が似合うだろうかと考えて。
当然、そうしていれば同じ馬車に乗っているセツナにしても、色々とオユキに向けて助言も行いながら。さらには、ではとばかりにオユキが選んだ色、トモエが選んだ色を使ってどのような図案を刺すのがいいだろうかと、そうした話にも勿論どこか楽し気にしながら乗ってきて。

「流石に、二枚目は難しそうですね」
「慣れた方であれば、簡単な図案であれば日に数枚と言う事もありますが、オユキ様が選ばれている図案は難しい物も多いですから」
「ええ。正直、当家の家紋というのがここまで厄介とは」
「戦と武技、それからマリーア公の縁者として。その二つが外せない以上は、どうしても煩雑になりますから」
「押印のための指輪にしても、それなりにかかっていましたね、そういえば」

そうして話しながらも、オユキが用意した図案、それを布にエステールが移す際にどのように縫うのか、それがオユキでも分かる様に線の色や形を変えられている物をオユキはその指示通りに進めていく。ここにきて本腰を入れてはいる物の、流石に付け焼刃のオユキではどのように刺繍を進めるのか、それに関する知識は全くない。勿論、以前の事で最低限はヴィルヘルミナとカリンから習ってはいるのだがそれが自由に、使える訳も無い。

「幼子よ、妾のほうでも対価をと考えておるが」
「繰り返しになりますが、既に多くを頂いていますから」
「釣り合うのかと言われれば、妾にしても疑問に思うのじゃがな」
「そのあたりは、私自身の事でもありますので、こう決め方が難しいと言いますか。あまりに低く見積もるつもりはないのですが、高額にしても自分の過大評価しているようで」
「確かにの。こうした布にしても、糸にしても随分と質の良い物じゃ。それらの金額と妾の伝えた知識、こうして幼子のおる場を整える事、こちらから決めねばならぬというのも事実ではあろうが」
「そう、なんですよね」
「生憎と、妾にしても前例のない事での。生憎と、外の者達との取引にしてもと言うものじゃ」
「その、クレド様は経験がと言いますか、里に不足している物をといった口ぶりでしたが」
「それにしても、交換が長らくの事となっておる。無論、状況によって互いに多少の前後があるには違いないのじゃが、妾達が交流を長く持っている者たちと、幼子と、同列にというのも難しかろう。何より、そこでの取引というのは、妾達からの者というのは専ら毛皮と魔石じゃしのう」

困ったことだと、こちらはクレド用の服を、既に四着目を縫い始めているセツナが。此処までの間に、幾度か俎上に上ったことではあるのだが、色々と難しい。それこそ、セツナとしても要求しようにもこれまでにない事であり。オユキとしても、どの程度を支払うのが適切なのかもわからない。こうして、セツナが裁縫に励んでいることにしても、セツナがいるだけで場に与える影響とでもいえばいいのだろうか。それを期待しての事以上に、移動を行うにあたって、そもそも歩くことなどほとんどないと、それどころか外に出ることも稀だと本人から。これまでの間、どうしていたのかと尋ねてみれば、視線がそのままクレドに向けられて。要は、横抱きにして運んでというのが当然だと言う事らしい。セツナからの自己申告によれば、そもそも氷の乙女という種族そのものが物理的な事はそこまで得意ではないとのこと。そして、共に暮らすのが、そうしたことに圧倒的に向いた種族でもあり。では、互いの歩調をそろえるためにどうするのかと言われれば、成程それしか方法はないだろうという所でもある。屋内、というよりも室内であれば流石にセツナにしても己の足で移動することはあるのだが、外を一時間以上歩いたのはいよいよ数百年の間で心当たりが無いとそういう話。

「それらを対価に、野菜の類や布などをと言う事でしたか」
「うむ。生憎どちらにしても、妾達では用意できぬ品であるしな」
「その、氷の乙女の里の周囲に出る魔物というのは」
「ふむ、そのあたりも話しておらなんだか。多いのは氷像や雪像の類ではあるが、森に入れば今度は氷狼や樹氷鹿といった物もおる。我が良人にしても、たまに狩るものと言えば氷極熊や白銀獅子などもおるのはおるが」
「かつての知識だけでいえば、かなり強力な魔物ですが」
「とかく妾達とは相性がいいとも言えぬしの、纏めて凍らして、後はその命が尽きるまで待たねばならん」

オユキの過去の知識では、今あげられた魔物というのは氷と言うものに対してかなり強い魔物であったはずなのだが、セツナは平然と纏めて凍らせる、それも氷の乙女と呼ばれる種であれば問題が無いとでも言いたげに。

「氷精達ほどでは無いのじゃが、まぁ、妾たちは雪と氷の扱いには長けておる」
「その、氷精でしたか、以前体を休めるのに氷の中で己を閉ざすとかそうした話を聞いた覚えがあるのですが」
「ふむ、間違いではないが、そこまでを行うとなればかなり弱っている証左でもある。いや、こうして妾たちの得意とする気配から遠い場でとなれば、休むためにとそうした極端な環境を用意せねばなるまいか」
「屋内で、雪をというのも私たちにとっては、相応に極端と見えますが」
「そればかりは、慣れよとしか言えぬな。妾たちの暮らす場のように、何も屋内にとしなくても良いだけ、周囲がとなっていればよくもあるのじゃが、妾にしても、流石に屋内で無意味に濡れるのは好まぬしのう」

そうして、セツナがため息一つ。どうにも、本人の言葉通りとでもいえばいいのだろうか。とにかく、極端な環境で生きる種族である以上は、色々と難しい物でもあるらしい。だが、その言葉にオユキとしても少し考えることくらいはある。前々から、というよりも、ここ暫くの事でカナリアから改めて打診されていることがあるのだ。いっそのこと、借りている土地を、屋敷を纏めて冬に閉ざしてみてはと。カナリアが、それを行ってみたいと考えているのが、透けて見えてはいるのだが、扉の開け閉め、それだけでもどうしたところで多少は外からのマナ、大気に満ちているマナが流れ込んでというのは当然起こる。それらを避けようと思えば、それらまでを避けて、オユキの回復を優先させるのだと言えば、それも一つの手ではあるのだと。この辺り、実のところ乗り気な者達が多いのだ。そして、今一つ気乗りしていないのが言われている本人たち。トモエは、オユキが好んでいる四阿の事があり、冬に閉ざしてしまえば常春を前提に今整えている物が変わるだろうと。オユキにしても、庭先での鍛錬をトモエが行う以上は、そこが冬になってしまえば不都合も多かろうと。いっそ、屋敷の中だけはと考えもするが、今度はそこで生活する者たちにとっては、慣れない環境でもあるため流石に考えねばならぬことも増えるからと。特に、薄手の格好で屋敷内をうろつく異邦人二人、祖を考えればこれまた火に由来のあるカナリア等。障りのありそうな相手もいるのだから。それらの解決をと考えたときには、屋敷という一つの魔道具として調整すべきものの中にさらにとなるため、また考えなければいけない事が増える、難易度が上がるというカナリアの意見もあって未だに行っていないのだから。
言ってしまえば、屋外と、屋内、この二つに分かれていればそこまで難しくは無いというのが、カナリアの提案だと言う事もある。

「そちらについては、なかなかに」
「うむ。そうとは聞いておるのじゃがの。正直、ここまで暮らしていた場のほとんどが、春に場をと、そうした流れを持っている場ばかり」

困ったものだと、セツナはため息一つ。

「その、改めてお伺いしたいのですが」
「何度も繰り返すことになるのじゃが、他に方法など無いぞ。炎熱の鳥にも言われておるじゃろうに。そも、幼子よ、その方の症状というのは、マナの枯渇に尽きる。無論、それに端を発して他にいくつか併発もしておるのじゃが何よりも先に、マナを十分にとせねばならん」
「ええと、発現形質が人、その、物質寄りだと聞いてはいますが」
「物質として蓄えられるマナにしても、十分ではない。何よりも、こうして物質としての特徴を備える器を持てば、まずは其処に満ちねばそこから先にとマナがいかぬ」
「本質でしたか、私たちがここにこうしてある、しかし意識であったりが別の場所にもという事なのでしょうが生憎と」

そう、言われたところでオユキには自覚が無い。だが、どうにも、こちらで暮らす者たちはそれが当然と言った様子でもあるのだ。
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