憧れの世界でもう一度

五味

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33章 神国へ戻って

視点が変われば

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オユキにとって、トモエとはどういった相手であったのか。それをオユキが話せば、やはり少女たちが喜ぶものだ。以前にも話したでしょうにと、これまでに何度か強請られたこともあり、繰り返し行うような話でもあるまいと、オユキとしては考えるものだがどうにも好評であるらしいと。
出会い、オユキにとってのそれから始まって、ではいつごろからと言われればまた難しいのだとそうした話を。そうしてオユキが改めて己の心情を交えて話していれば、過去に子供たちに、孫たちにも強請られて話していたことだというのに、やはりトモエが嬉しそうにするのだ。つまりは、それだけでも、オユキとしては覚える気恥ずかしさを覚える理由にはなるというものだ。
だが、そうしてオユキの視点から離していれば、一応性別という部分については触れぬ様に話しているのだが、気が付くものは気が付くのだろうと考えているのだが、どうにもそれも無い様子。なにやらオユキとしては、それに不満も感じるためにトモエに少しはと視線を向けてみれば、今度はトモエのほうからも。
問題としては、トモエが語る内容については、面倒を見なければと感じたのだと、この人物は自分がいなければという考えからまずは始まり。そして、節目となった一件に。

「かつての世界にあった制度、ですね。失踪した、その捜索を頼んでいた、それから一定の期間が流れたときに選べる制度があったのです」

トモエの道場の窮状とでもいえばいいのだろう。それよりも、オユキが間違いなくトモエとトモエの父に感謝をしているのだと、それを当時のオユキが示せる最も単純な手段として。そもそもが、道場などは先祖伝来の物であり、相続に関する税なども既に納め終わっていたものだ。だが、現実問題として、剣術の手習いを行おうなどと言うものは毎年のように減っていき、既に貯金を切り崩すばかりの生活。トモエにしても、己一人しかおらぬために、他に何よりも家族というものを大事に考えるトモエは選択肢が他になく。トモエの父にしても、トモエに向かい合うしかない状態であり。
そこで、オユキが申し出たのだ。何やら、ここ暫く顔色が悪いからと。己で出来ることなどほとんどないのだが、それでも可能な事があるだろうと。月々、当時の門下生と言えば、年齢の低い者たちまでを含めても僅かに三十人ほど。それだけで、広大な土地を持っていた道場の税金等賄えるはずもない。法人格などを持つことも無く、あくまで細々と行っていた、行ってきた物となっておりもはやどうにもならぬほどの物になっていたのだ。もとより、トモエの父にしても婿入りという形であり、彼にしても彼自身の両親にしてもその時には既に無く。何よりも、トモエすら知らないのだとそうした話であるために、今さらここで口に出すことも無い。

「私たちの暮らす家、武家というのもかつてでは違ったのですが、こちらに合わせて言えば、最早没落目前の武門としての貴族でしょうか」

そして、そうした窮状を助けるための手段が、間違いなくオユキにはあった。そして、オユキはそこで己の両親とトモエと、トモエの父親を天秤にかける事になった。

「何やら、随分と落ち込んでいるようでした。そこで、気が付いたのです」
「その、人の物を宛にしてというのは」
「だからと言って、卒業を機に一度決着を等と言う嘘を信じられるものですか」

そして、その流れで。二人の間での約束事が一つできあがったのだ。

「えっと」
「話を戻しますが、失踪宣告という制度があります。そして、それを行う事で法的には、ええと、過去の世界の制度なので説明が難しいですね」
「そうですね。こう、明確に、死亡したと、少なくとも法律の上では街中では、そう扱われることになると言えばいいのでしょうか」
「両親の遺した物、家もそうですが、それ以外にしても。やはり当時の私には、必要になるものでした。少なくとも、トモエさんと、トモエさんの父の抱えた問題の解決を考えたときには」

その頃には、既にミズキリに誘われて就職も決まっていたのだ。だが、そこは創業したばかりの会社の宿命とでもいえるだろう。金銭的に、とてもではないが安定など望目はしなかった。それこそ、月に掛け持ちで同じ時間アルバイトなどをした方がよほどという金額ではあったのだ。だが、オユキにしてみれば、そちらはそもそも減っていくばかりの残高とはなっていたのだが、それでもつつましく生きていく分には全く問題など無かったのだから。
ミズキリは、当時は世界に名だたる企業の一族、それも直径だ等と言う事は当然公開していなかった。寧ろ、前面に出るのは、また違う人物を選んだうえで、彼は色々と整えるための位置を確保していたのだから。

「その、前にも言ったように思いましたが、かつての世では金銭で方が付くことがとかく多かったのです」
「そして、オユキさん個人が持っていた額、それをはるかに超える物が、やはりオユキさんの両親はお持ちだったわけです」

細かい理屈は分からないし、未だに一体陸に働いている姿を見かけなかったあの両親が、如何にしてという疑問は未だにオユキも持っている。それこそ、宝くじが当たったから、その程度では済まない金額になっていたのだ。

「それで、ですね。今にして思えば、他に方法もあったと思うのですが、当時の幼い考えしか持たぬ私では、やはり思いつくことも無く。私が望んで、トモエさんを、トモエさんの家を助けるために使ったのだと言えば、私の両親も納得してくれるのではないかと考えて」
「あまりにもひどい顔をしていたから、私が無理に話を聞き出したのですよ」

そんな話をしていれば、またオユキの瞳から。

「両親が、実際には違うと考えていながらも、死んだのだと、それを決めるための手続きを行わなければならず」

当時のオユキには、とても耐えられるものではなかった。他に方法が無いかと、当時にしても散々に考えた物だ。しかし、今なら思いつく方法、そもそも就職先を変えようなどという発想も当時は無く。随分と近視眼的になっていたものだと、今にして思うのだが。それでも、オユキとしては。

「間違っていたなどとは考えていません、今も誇りをもってその選択をしたのだと、ええ、胸は張れます」

オユキが、散々に探していた、自分ではもはやどうにもならぬからと興信所に毎月少なくない金額を払い続けて、何か情報はと求め続けていたのだが、死んだとしてしまえばそれを止めなければならない。自分が死んだと、そう手続きを行った人間を探すというのは、何とも矛盾した話ではないかと、そうオユキが考えていたから。たとえ、実際にそれを行う必要などなくとも、一体どこでという情報を探し続けるだけでも良かったというのに。
それこそ、広く情報を求めていれば、興信所からも進められた懸賞金をかけて等と言う方法を使ってみれば。そんなことも考えていた矢先に。両親を、改めて己の手で殺さなければならないのかと考えたオユキは、オユキの心情というのは。

「当時のオユキさんは、それは見ていられない状況でしたから。食事も陸に摂れず、私の前では気丈に振る舞って無理に口に運んで。あとで、戻していたのだと、ええ、簡単に見抜けるというのに。それでも隠そうとするオユキさんから、何を隠そうとしているのか気が付いていますよと、当時にしてみれば何やら私にしてもよく分からぬ閃きの様なものでした」

隠そうとしていること、どうにもオユキが相する事には度々気が付くことがあったのだ。そもそも、オユキが隠し事というのが得意ではないのだと、そうしたトモエの勘違いというのも存在している。トモエは、事オユキに関してはトモエの父ですら気が付かぬことですら気が付くのだ。
今にしても、トモエはオユキが隠し事が下手だろうと周囲に言うのだが、それに同意するのはシグルド位だというのに。
ただ、そんなトモエにしても、その時には何故だか確信があったのだ。ああ、オユキはトモエと、トモエの父の為に。トモエたちが大事としていることを守るために、己の大事を天秤にかけているのだと。帰ってこない、そうした制度が存在するくらいには絶望的な年月の経った己の両親と、今後をまだ考えられるトモエの家と。

「そこで、まずは一度目、でしょうか」
「そう、でしたね」

少年たちのほうは、何やら酷く複雑な表情を浮かべている物だが、ここにある話はやはりそのような物ではない。

「今にして思えば、あの時はトモエさんも」
「そうですね。オユキさんの言葉が、響いたこともありますが」
「おい、お前ら、まさかとは思うが」
「はい、オユキさんが、初めて私から価値をと言う訳ではありませんが、私に刃をかすらせることが出来たのですよね」

悩むオユキに対して、トモエの父はただただ申し訳なさそうにしていた。
だが、当時のトモエは、金銭の管理なども確かにしていた、そこに見える現実にしても理解はしていた。もってあと十年だろうと、そうした冷徹な計算も、確かにトモエの頭の中にはあった。だからと言う訳でもない、だと言う訳でもない。それでもと、意地があるのだとオユキに示そうと考えて、悩むオユキをそのまま道場に連れていき、互いに刃をもって向き合ったのだ。
それに対して、らしい話だと、両親を改めて己の手で殺さなければならなかったのだと語るオユキの様子に、深刻な話だと考えていた少年たちはどこか楽な空気に。オユキがそれを望まないから、トモエが早々に結果に話を切り替えたのだろうとそう考えて、あえてそれに乗りながら。そして、シグルドのほうはトモエがオユキに教え始めてからの年数、それを数えているのだろう、どうにも少々気もそぞろ。パウのほうは、より深刻に。オユキが何故ここまでとそれが分かりさらにはわがことのように喜んでいた、その原因と、神殿での事にさらに理解が深まったとばかりに。サキにしても、かつての世界にはそういった制度があったのかとそんな驚きを顔に浮かべながら。

「お前ら、結局そこに落ち着いたのか」
「一応、不公平は無いようにと、そこで改めて約束を交わしたのですよね」
「はい。互いに譲れぬことがあるのならば、順番にと。そのときには、私の我儘を聞いていただくのだからと」
「それは、そうなのかもしれないが」
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