憧れの世界でもう一度

五味

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32章 闘技大会を控えて

それは、賑やかな

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少し、場を和ませるためにとでもいえばいいのだろうか。
食欲に満ちた視線を隠しもしない相手、木々と狩猟にしても三狐神が筆頭ではある物の、他の神々にしてもそこに熱量の差はあれど供え物であればいくらでもといった存在。しかして、この世界のと言う訳でもなく、本来であれば折に触れて教会に現れる存在に対して、気後れを隠そうともしない者たちが細かく確認を行いながら。それこそ、アルノーの指示にただただ従いながらの配膳が終わるまでの間を持たせる。
この辺りについては、ヴィルヘルミナという歌姫がいるために、そちらに預けたいとオユキも考えないではないのだが、どうにも改めて食事の開始が告げられるまでは自分の出番では無いとばかりにただ静かに控えている。侍女たち、勿論今回に関してはタルヤもそちらの立場で参加しているため、王族に使える者として最終責任者に近い立場を任されている。今は、タルヤとアルノーが連携しつつ、細かく他の者たちに指示を出して次に出す品の準備を行っている。シェリアとラズリア、エステールについては、今回ラズリアはトモエの頼みもあって少年たちの採点を任されているために離れた位置にいるが、トモエの後ろにシェリア、オユキの後ろにエステールといった配置になっている。他の者たちにしても、それぞれに背後に侍女を従えて。神々については、個別にと言う訳では無くそもそもがそちらに対応できる人員がほとんどいないと言う事もある。
はっきりと、資格とでもいえばいいのだろうか。
以前に、神々が加護を、そうした舞台を用意した時にも足を踏み入れられるものは限られていたのだ。今も、どうにも同じことが行われているらしい。少し離れた場所にいた者たちの中で、ある程度以上歩みを進めることが出来る者というのはやはり限られている。

「それにしても、こう、申し上げたくはない事ではあるのですが」
「いいわよ。私も苦手だもの。好むのは、あっちと席を分けて上げられればいいのだけど」
「仕方あるまいよ。お前たちが少数派だ、今この場ではな」
「せめて私が好んで食べられるものも欲しいけれど、こちらでは食事の合間や後になるのだったかしら」

そして、オユキが食卓に着々と並べられていく肉の塊に対して、冬と眠りが降りたからか周囲の気温がはっきりと下がったためか。並べられた肉からはしっかりと蒸気が上がり、その熱を余すことなくオユキの視界に押し付けてくる。滴る脂、切り分けたためか断面からあふれる様に流れるそれにしても、オユキにとってははっきりと苦手な匂いを。そこまで考えて、口元を抑えそうになったからだろう。視覚はともかく、においに関しては対処がなされたと言う事らしい。カナリアによる物かと思えば。

「祖霊様から、呼ばれました」
「呼んだというよりも、こうして連れて来ただけよ。冬と眠りに連なる者に、どうやら少し迷惑をかけていたようだし」
「迷惑というのなら、私よりもあの子たちの祖に直接とも思うけれど、残念ながらあなたの前には来られないのよね。熱にあぶられてしまうと、あの子たちは覿面に弱ってしまうのだから」

そう言いながらも、冬と眠りがオユキに視線を。

「貴女には、貴女だけには聞こえるだろうけれど、冬と眠りというのは冠だから呼ばれ慣れていないのよ。私の名前は」
「トモエから想像は聞いていますが、その、お呼びさせて頂いても」
「なら、聞いてみたいものだけれど、貴女が思うよりも融通は効くわよ。私の名前を知るべきでない者には届かないもの。あちらの、アンテイアなどになってくると、聞こえる者も増えるけれど」

冬と眠りが、困ったことだと言わんばかりにため息一つ。ただ、聞かされたオユキとしても正直今呼ばれた名が、どの柱かは分からないのだ。それこそ、戦と武技は既に聞いている。予想があるのは、トモエから聞いているのは異空と流離、それから冬と眠りに雷と輝き。残されているのは、少々数が多すぎる。

「ペルセポネ様、その、アンテイア様というのは」
「あら、聞こえるのに、貴女は分からないの」
「その、真に申し訳ございませんが」
「華と恋よ。聞こえている以上は、少しは知っているのかしら。それとも、貴女の場合はあちらのお相手が知っていれば、それでいいとされるのかしら」

よく分からないとばかりに、冬と眠りが首をかしげる。さらには、トモエの想像が正しい物であったようで、オユキが改めて呼んだ名にしても否定が無い。

「コレー様とお呼びするべきかとも考えたのですが」
「そちらは、また話がずれるのよね。私はというよりも、その名は既に他に譲っている物」
「ああ、だから氷の乙女、ですか」
「察しがいいわね」

そして、異空と流離がすっかり話からはずれて何をしているのかと思えば、そちらはそちらでしっかりと楽しんでいるらしい。給仕が少ない問題についても、異空と流離がよんだ眷属たち、こちらでの呼び名は翼人種。フスカとパロティアが実に甲斐甲斐しく。反面、己よりも上位の者たちがそうした振る舞いを見せているのをカナリアが非常に居心地が悪そうに見ているのだが、そちらはそちらで別の役割があると言わんばかりに。実際のところ、膨大なマナを持つカナリアがいるからこそ、こうしてオユキが特別負担を、それなりには感じているのだが、少なくとも食事の間位は大丈夫だろうと思える範囲で済んでいるのだろうが。

「それにしても、複数の名を持つからこそですか。いえ、名は力とその様な話もありましたね。切り分ける事で、成程」
「貴女が思うよりは、私ももともとは多くの名前を持っていたのだけれど、今となっては残っている名はそこまで多くないわ。それに、こうして呼ばせている物がやはり本質に一番近いのよ」
「成程」

どうにも、そのあたりに関してはオユキにしてもよく分からない。何やら、トモエのほうでは理解が出来ていることであるらしいのだが、オユキが尋ねてみても、トモエからしてみればそう言うものだというしかないと言う事らしい。曰く、伝承の、神として立脚するためにはその象徴となる何かが必要だと言う事らしい。オユキにしてみれば、然も有りなんと思うものでもある。基本として、自然現象にそうした名前を付けるのだと、オユキとしてはそう認識している。もしくは、それに至るための物語とでもいえばいいのだろうか。ただ、そうなるとかつての世界、こちらにとっては異邦の伝承に根差しているという妖魔とやらと同一と見えてしまいもする。

「そのあたりは、貴女も、トモエも。」
「教会の者達でも、一部ではなかったか、そのあたりの知識を納めているのは」
「我が神殿に納められている書物に、いくらか正鵠を得た物も納められているが、そうでないものも多い。読み、精査して、思考を進めるというのならば止はせぬが」

そして、知識と魔からそうした話をされる。オユキとしては、その提案には非常に心が惹かれてしまう。それこそ、英知の殿堂である事には間違いなく、そこに納められている書籍、研究成果というのは是非とも調べてみたいものだ。だが、難しい事とでもいえばいいのだろうか。やはり時間が足りない。知識と魔の言葉から想像ができる事として、持ち出しは当然厳禁。写本にしても、どの程度からが許されているのかも分かりはしない。

「持ち出せる写本は、己で写した物だけになるな。他が行った物については、眼を通したところで意味が分かるものではないだろう。無論、相応の知識があればその限りではないが」
「相応の知識というのが、どれほどの物かは分かりませんが、少なくとも分からぬうちはと言う事でもあるのでしょう」

困ったものだと、オユキはため息をつくしかない。こうした席を用意したのは、求めた物があればこそ。そちらに関しては、いよいよ食欲を満たしてもらった後にでもとなるだろう。どうにも、見苦しい取り合いとでもいえばいいのか、そういった事は起こっていないのだが、オユキとしてはとてもではないが直視できない程の大量の食肉の消費が行われている。戦と武技にしても、こちらは見た目通りと言えるのだが、そうでは無い物、木々と狩猟にしても三狐神にしても例によって平然と手づかみで次々と口に運んでいる。給仕役には、持祭の少女たちが名乗り出たのだろう。特に、直接位を与えられている物もいるために、運ぶ者が如何にかつての世界に比べれば大量に持ち運べるのだとしても、流石に手が二本だけでは不足も出てくるというものだ。

「気になるというのなら、改めて我が神殿に足を向けても構わんが」
「その、一度足を運んでしまうと、長く逗留してしまいそうですから。前回も、少し時間を使うつもりが」

それこそ、前回時間を使うつもりだったというのに、両親の変わり果てた姿を見て、オユキがあまりにも取り乱してしまった事もある。

「我がいとし子たちに話して、位置は変えさせた。次にその方が通る時には、眼に入らぬであろうよ」
「今一度と、そう考えてしまいますが」
「やめておきなさいな。今の貴女では、繰り返すわよ。私たちの感情は、大きく動いてしまうものは、そんなに軽い物では無いでしょう」

見透かしたように、冬と眠りに言われて。オユキとしては、ただ苦く笑って頷くしかない。次は、前回よりも少しはましな対応ができるだろうと、そうした自覚はある。だが、少しはましな対応というのが、トモエに抱えられて、逃げ出さなければならないようなものではなく、似姿を前に滂沱の如く涙を流してとそうした姿に変わるだけだろう。結局は、そのような姿をトモエは衆目にさらすべきでは無いと考えて、また連れ帰られることだろう。

「慣れるために、あの絵の写しをと考えてしまいますが」
「ふむ。良いのではないか。生憎と、我の関わることでは無いが」
「美と芸術もいるものね。あの子に連なる者たちを借りて、それを頼んでみるのもいいのではないかしら」

さて、そうして話していれば、僅かに口をつけていた肉類に関してもいよいよゆっくりと進め始めていたところに、少し遅れて他の食事もいよいよ並べられる。

「あら。貴女が好きそうだったもの、私も興味があったのよね」
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