憧れの世界でもう一度

五味

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30章 豊穣祭

都市の守護者を

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そして、本祭と呼べるもの、そこで行われた大きな出来事は確かに水と癒しの語った通りの事ではあるのだろう。世界に増えた水の量を、癒しの奇跡を加えられた水を教会で、領主としての権限を持つ者たちが管理ができる様に。言ってしまえば、都市に存在する管理者権限に対してそうした機能が加えられたのだと。そうした話が改めて大司教から語られるのを聞いていれば、途端にオユキとしては違和感を感じる。
これまでにも数度、というよりも魔術らしきものを行使した時に感じる事のある、己の内から何かが抜けていく感覚。マナらしいと、どうにも明確な定義も無くオユキ自身が把握できない何か。加えて、よく知らぬからこそ尋ねたところで正しい知識が得られている気もしない物。それが、明確に抜けると感じて、座っているというのに体が揺れる。頭が、どうしても下がる。

「オユキさん」
「成程、こうして席の用意があるのは、有難い限りですね」

オユキの背丈では、正直下から見たところでそこまではっきりと見えることも無い。なんとなれば、側でリザが、シェリアが立っているからそこに誰かがいるのだと見える程度。一応、トモエの神位は見えるのだがそれにしても戦と武技と言う偉丈夫の陰に角度によっては隠れてしまう。つまりはこうして座る位置にしても考えられていたと、そういう事であるらしい。
慈雨と虹橋が、昨日の祭りに併せて降りたという話は聞いている。カナリアというよりも、今度ばかりはフスカと異空と流離を目印に。今後雨乞い、降雨の祭りを司ると決まっているカナリアからオユキでは考えられぬようなマナを徴収してと、そう聞いている。その頃には、トモエとオユキは神殿に向かうためにと着替えに勤しんでいたのだから。そして、その祭りが行われた方向とは、マリーア公爵領で翼人であるカナリアが執り行ったとは聞いているのだが、生憎と神殿に近いのはクレリー家の方向。
そこから、抜けて移動すると決まっていたため、そもそも馬車に窓が付いていないこともありどのような物かは、どれほどの物か見る事は、トモエもオユキも叶わなかったのだが。
そして、そういった一切を今は一先ず置いて。守護と軍略の名を冠する柱が改めてこの世界に。この場には、常よりも明らかに騎士たちが多い。祭りだからだろうかと、国王夫妻が参加しているからかとオユキはそんな事を考えていたものだが、それにしても過剰なほど。護衛という意味では、移動の為にとそれぞれの公爵もある程度高位の貴族たちにしても連れてくるのだから戦力としては過剰もいいところ。
確かに、そこらの、それこそトモエやオユキを含めて神殿までの道中と言うのは危険がある。護衛が居なければ、馬車が無ければ間違いなくたどり着けないだろうと。そもそも、馬車でも普通に進めば、日を跨ぐ距離にあるのだ。それを数時間のうちにとなっているのが、おかしな話でもある。過去の馬車であれば、それこそ週をかけて移動するような距離。だというのに、この機会だからこそとばかりに神殿に来ている者たち。戦う力もなく、加護として得ているのは安息の下で得られる加護ばかり。守るものが居なければ、とてもではないがこんなところまで足を運ぶのも難しい者たち。それでも機会があれば、大挙して望むほど。

「先ほど、話の途中となっていましたが、こういう事ですか」
「ええ、あの子がこれまで間違いなく信仰してきた者たちに、その誓いを一部とはいえ捧げてきた者たちに」

つまりは、守護と軍略の神から騎士たちに洗礼をこの場でと言う事らしい。そして、その負荷はしっかりと参加者たちから。何より、オユキから。明日の事はと考えてしまうものだが、今日と明日、この二つを熟すからこそ、二つ得られると言う事なのだろう。負荷が軽いというよりも、確かに助力を得られる存在からオユキの代わりに、トモエの代わりに負担がされていると言う事は分かる。始まりの町の時とは違い、流石にここでいきなり意識を失うようなことにはならない。だが、やはり座っているだけでも相応の負担がある。
魔国に向かう前に、それこそアベルの頼みもあって二つをとしたときにはしっかりと長い事寝込んだものだが、今回もと言う事らしい。魔国での残りの日程が決まったなと、そんな事をオユキは考えながらもそのまま背もたれに体を寄せる。これでトモエと並んで座っていれば、それこそトモエに身を預けていたのだろうが。

「明日は、羊の魔物を狩ることになるはずですが、そちらはトモエさんにお任せですね」
「オユキさん」
「申し訳ないのだけれど、オユキ」

さて、では明日は屋敷でゆっくりと眠ることになるのかと思えば、気の毒そうに水と癒しが。

「うむ。狩猟の場とは言え戦場でもある。我が巫女よ」
「そうした理屈でしたら、ええ、確かに」

さて、明日もしっかりとと言う事ではあるらしい。

「と言う事は、狩猟際の類型と言う事でしょうか」
「見え方としては、確かにそう言っても良いかもしれませんね」
「分類としては、そちらにまとめたほうが愛しい子供たちは分かり易いのかしら」
「力の流れとして、あちらはいよいよ木々と狩猟に流れるのだが、今度ばかりはまた別故知識と魔と法と裁きがなんと言ってくるかではあるが」

古来に合った物、その類型。それについて、神々の間でもかなり意見が分かれているらしい。漏れ聞こえる言葉は、ほとんどない。だが、何やら熱心に議論が行われているのは、はたから見ているだけでも十分にわかる。リザのほうでも、何か思う所があるらしくオユキの様子を確認しながらも、何か考えている様子ではある。
確かに、水と癒しの教会が新設された河沿いにあるウニルではそれこそ狩猟だけでなく漁獲の多くを願って別の祭りを行う事もあるだろう。そのために、世界の水量がという話でもあるには違いない。トモエとオユキとは今一つ関係のない場で進む、騎士たちに対する洗礼。騎士に憧れるものだろうか、中には見学に来た者たちの中で年若い物にも何やら行われている様子。そして、こうして守護と軍略が動くための、活動するためのマナはオユキとトモエからもしっかりと持ち出されているのだろうが、何よりも受ける者たちから徴収もしているのだろう。
この祭りで、民の眼もある中で無様はさらせない。トモエとオユキについては、一応問題が無いというよりも無理だからとこうして席が分けられている。オユキに比べれば、トモエは平然として見えるのだが今はすっかりと背もたれに体重を預けているオユキよりも少しマシな程度には体重を移している。

「明日は、羊狩りでしたか」
「はい。その、以前の牛のように」
「ああ。ですが、それを望むのは他の領地でも」
「どうなのでしょうか。他に聞こえない場であればと、考えることもありますが」

マリーア公爵は、既に得ている物がある。それを使って、己の領内の各所にとできる。もしくは、ここで王家に対して差し出すことで。もしくは他との交渉に。そのあたりについては、最早オユキが関わるようなことでは無い。めぼしいところと言えば、クレリー家にはなる。求めているだろう者は、アルゼオ家。今も明日の祭りについての話がされてからと言うもの、今では四大となった公爵たちが揃って座る席では、オユキとしても実に懐かしい気配が漂っている。牽制と、互いに利益を容赦なく求めて。要は、交渉の前段階となる互いに持っている手札、持っていない手札を使っての会話。そして、実際に話が纏まるのは、明日以降となるだろう。

「ふと気になったのですが、明日得た物の扱いというのは」
「ふむ、それにしても決まりごとがいるものか」
「言われてみればと言うものですね。均一に、それができるとも限りませんし、やはり得やすい者というのはいるわけですが」
「そこは、他の祭りと変わるものではないでしょう。得た物は、得た者が」

トモエのふとした疑問に、神々がまた熱心に議論を始める。そして、そんな様子を眺めるトモエがオユキに対してなにやら湿度の高い視線を送ってくる。要は、何も決まっていないのに、なぜ始めてしまうのですかと。オユキからは、新規の事業など計画として青写真を組んでいるだけで、細かなところなど何一つ決まっていないものだ。それこそ、どれほど細かく決めたとして、そっくりそのまま一部署を別会社、子会社にしたとしてそこでもまた起きる問題というのは多岐にわたる。寧ろ、細かく最初に決めてしまうよりは、柔軟に動けるようになるのだと。

「オユキさん」
「はい」
「事業の話では無くて、ですね」
「凡そ祭りというのは、事業の一部と言いますか」

言い訳を頭の中で考えるオユキに対して、トモエから。さらに、言いつのろうと思えば、今度ばかりはトモエも容赦がない。オユキが己も騙せぬ理屈を並べて、それでトモエが良しとする場合と、そうでは無い場合。今回は後者になる。そして、解決策があるのだろうと、そうした視線も隠しはしない。オユキとしては、もう少ししっかりと話し合ってもらい、今後の事もある程度決めてほしくはある。時折漏れ聞こえる話、それを集める事で、どの程度己の理解が進んでいるのか、何か他で積みあがっている物があるのかと。そんな事を考えているのだが、それはそれではっきりと尋ねればよいと、トモエの視線がただそう語っている。

「解決策としては、一つ」
「ほう。いや、確かにそれが良いか」
「そうですね。人の世の事は、そこで暮らす者たちが自由な意思で」

思いついていたこと、考えていたこと。それがあるのは事実。常であれば、きちんと読み取っていたのかもしれない。それか、今のように言い出すのを待っていたのかもしれない。それこそ、神のみぞ知る事ではある。
場としては、洗礼も一先ずとばかりに終わり、どうやら明日にでもオユキが得るものを運ぶ者たちだろう。他国へと向かうべしと言われる者たちだろう。もしくは、その中から選べと言われるのかもしれないが、そういった物たちに対して、今は改めて守護と軍略が功績として印を与えているところ。そして、何処かほからし気にそれを眺めている貴族たち、その騎士たちを送り出した者たちなのだろうが、その者たちに対して今はそれよりも話し合うべきことがあるとそう別口で。
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