憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
1,006 / 1,235
30章 豊穣祭

のんびりと

しおりを挟む
生憎とトモエが居なければ現状満足に着付けが出来るものはいない。しかし、トモエにしても茶会と侍女たちが認識する場に参加するには、それなりの服に着替える必要もある。オユキとどちらが準備に時間がかかるのかと言われれば、また難しいところではある。だが、アルノーに話を通したうえで、さらにオユキと同じ流れを作ってほとんど同じというのなら、要はそういう事なのだろう。

「ええと、皆様着替えられたのですね」

そして、揃って席につけばと言うよりも、オユキが主催として席に着くのを待っていたのだと言わんばかりに、他が順次入ってくる。そして、揃った相手を改めて見回してみれば、寧ろオユキとしては居心地のよくない空間とでもいえばいいのだろう。アベルが入れ歯などとは考えるのだが、生憎と彼は今もユニエス公爵としての仕事もあるため不在。アルノーについては、いよいよこの場に供するための料理を今も忙しく。さらには、夜の正餐に向けた準備もある。つまりは、並ぶ顔というのはどこまでも女性ばかり。トモエ一人が男性だと、中身はどうであれそういった状態に。

「当たり前でしょう」
「あの、オユキさん。流石に子爵様から招待を受けた席ともなれば、相応に必要な身嗜みと言うのがありますし」
「ええと、そのあたりは、まぁそうなのでしょうとしか。と、言いますか、そこまで仰々しい物にするつもりはなかったのですが」

アイリスとカナリアから揃ってそのような話をされるのだが、オユキとしてはそれに対して何かを返せるはずもない。ただ、用意されている飲み物に改めて口をつけてそれでお終い。こうした席であれば、揃って同じ飲み物を。そのようにオユキは考えていたのだが、ここまでの間は基本的に異なるものがファンタズマ子爵家では用意されていた。それこそ、オユキが殊更好んでいるアルノーの手によって用意されているトレファクトコーヒー。トモエには、こちらで一般的とされているニルギリによく似てはいるのだが、色味のもう少し薄い物。来客向けに何を出しているのかについては、流石にトモエもオユキも漂う香りだけで判別できるようなものではない。ただ、今は揃ってジャスミンを使用した物。それこそカリンに言わせれば、どうにも本来のモーリーフアチャーとは少々異なっているらしいのだが、流石にトモエはともかくオユキはそこまで理解もできはしない。

「こちらのお茶が用意されていると言う事は、そういう事なのね」
「そのあたりは、どうなのでしょう」

アイリスの言葉に、オユキがトモエに視線を向ければ頷き一つ。

「飲茶、ええと、点心を用意した席と言う事のようです」
「ありがたいのだけれど、手間はかかるでしょうに」
「一応、事前に準備して魔国から持ち帰った冷凍用の魔道具ですね、そちらも併用して色々と手間を省いているとは聞いていますが」

オユキの単純な思考として、冷凍と言うのはどうしたところで品質に難が出ると、そうした理解が有る。ある側面では確かに正しくはあるのだが、アルノーほどになってしまえば、寧ろそこに多くの利点を見出すものだ。客人もいる、それどころか雇用主もいる。何より、彼のプライドに懸けて。

「丁稚の子たちは、そういえばいつ頃に」
「流石に引き抜きであったりは、公爵様を優先としたいのですが」
「私が先に話して、それを良しとする気は無いのね」
「それとこれとは、やはり話が違いますから」

さて、何やらすっかりと狙われている者たちもいるらしいのだが、そのあたりの話は是非とも公爵を通してくれとしかオユキからは言えない。勿論、本人たちが望めばその限りでは無いのだが今はまだ早いとでもいえばいいのだろうか。そもそも、アルノーに教育の進捗をこれまでに何度か聞いたこともあるのだが、そちらについてはまだまだ時間がかかるとそう言われたこともある。実際には、彼からの判断を待たずにと言う事もあるかもしれないが、そればかりは関係性の問題とでもいえるものではある。

「来たわね」
「相変わらず、鼻が良いですね」
「私だけではなく、こっちの二人も気が付いているわよ」
「改めて、イリアさんとこうして席を同じくさせて頂くのは、初めてでしたか」

アイリスがさりげなく水を向けてくれたこともある。相も変わらず、こうした席での振る舞いについてはオユキよりも優れているのだなと、そうして内心で納得を作った上で。イリアの立場がまだわからないからこそ、彼女を知らないだろう相手に向けて。

「こちらは、イリアさん。私よりもそちらのカナリアさんの方が詳しいだろうとは思うのですが、こちらに来たばかりの頃にご縁を得てそれからもこうして何かと」

どちらかと言えば、カナリアのほうが付き合いが長いだろうとさらに話をまわす。簡単に、それこそ互いに名前は知っているのだがそれ以上はオユキにしても知らないのだ。森猫というのにしても、アイリスから言われてそうだと考えているだけ。疑う訳では無いのだが、彼女の鼻にしても匂いを基準とする以上は知らぬものに対して働く訳も無い。オユキの種族についてはいよいよ不明だと、そうした話ではあったのだ。今ではすっかありと、妖魔と呼ばれる種族であり名前が示す通りの伝承がと言う事ではあるらしいのだが。

「ええと、私が神国に来てから、あの時は確かパッセルが送ってくれたんですけど、そこからの付き合いで」
「あの、カナリアさん、そういえば魔国からどうやって移動したのかを訪ねていませんでしたが」

今の言葉、カナリアの話の中にどうにも見過ごせないものが。

「ああ、そういえばそのあたり話していませんでしたっけ。同族に送って貰ったんですよね」
「その、送るというのは」
「よく見ているかと思いますが、こう、抱えて」
「オユキ、貴女は知らないのでしょうけれど、空を飛ぶことが叶うのであれば速度もかなり」

フスカがそんな話を付け加えてはくれるのだが、オユキとしてはそもそも魔物がとそちらの方が気になるのだ。何も空に魔物がいないわけでもない。空を平然と飛んで回る魔物もいるというのに。

「そこのだらしのない裔でも無ければ、問題ありませんよ」
「ええと、その、はい」

カナリアが随分と情けない様子ではあるのだが、確かに種族としての完成系がそう話す以上は事実なのだろう。最も、フスカを基準に考えたときに果たしてこちらにいる者達の果たしてどれだけがという話でもあるが。

「オユキからは、こちらの品の紹介は」
「一応、最低限は出来るかと思いますが、その、中身に関しては」

話がイリアからカナリアに流れたからだろう。振り返ってみれば、フスカと同席する機会はそれなりにあった、パロティアにしても二度は席を同じくしてはいる。だが、そうした場面では趣向の違う品が並べられてはいた。だからこそ、皮に包まれて中身は見えぬ料理、一部は上が開いているのだがそうした料理なのに漂う香りは肉の物であったり甘い豆の香りであったり。そのあたり、それぞれどうなっているのかと説明を強請られる。だが、オユキにしても作ったわけでもない以上は中を見なければ分かるはずもない。そして、これらを用意した相手については、今も忙しくしているのは理解ができるため、他の誰かとしなければならないのだが。

「では、僭越ながら」

そして、説明をそれぞれに聞いてきたらしいナザレアから、それぞれの料理について説明がなされる。

「それにしても、蒸籠等、いつの間にとも思いますが」
「アルノーさんもそうですが、私にしても欲しいとは考えていたので」

どうやら、オユキ用としてオユキの前に一つ置かれた物以外は、蒸籠ごとに種類が変えられているらしい。それぞれの説明を聞きながら、生憎とオユキの視線の高さでは中を確認することも叶わないのだが、それぞれの説明をしながらもナザレアが順に取り分けている。

「オユキの物とは、また随分と毛色が違うのね」
「私の物は、どちらかと言えば甘味や果物が中心ですから」

この辺りは、トモエの判断でもあるのだろう。肉を少なく、というよりもオユキがあまり忌避感を見せずに食べることが出来る様にと違う物が。華やかさという点で見れば、確かにオユキ用とされている物のほうが優れてはいる。だが、客人向けの物にしても、既に見つけたらしい着色料、もしくはアルノー自身で、彼とその丁稚で色々と作った食材を染める染料を使って飾り立てられている。それこそ、中身に応じてと言う事ではあるのだろうが、中身を模した形に作られたものもあれば、四季を表すのだと言わんばかりに四色に分けてそれぞれに違う餡を入れてとした焼売まで。本当に、様々な品が蒸籠の中には入れられている。

「遊び心が足りない、成程、確かにこうしてみると如何に華やかにするのか、その工夫はまさに遊び心と言えるものなのでしょうね」
「私達では、確かにここまでの事はしませんし。そもそも煮炊きと言うのは、縁遠い物ですから」
「確かに、食事が必要になるのは短い期間ということもありますか」

何やら、フスカとパロティアが人には全く分からぬ話をしているのだが、そちらにも興味はある。ただ、それこそ後ほどカナリアに聞いても良い話でもある。

「ところで、イリアさんは今日は」
「あー、その、申し訳ございませんが」
「言葉については、どうぞ気兼ねなく。それにしても、翻訳の加護と言えばいいのでしょうか、それがあるというのに敬意をもってとしたときに発揮されないのが疑問でもありますし」

言葉に関しては、いよいよ分からないことが多すぎるからと、オユキがイリアにそう話して。そこで、イリアにしても、肩から力が抜けて、アイリスの物ともまた違う、寧ろカナリアと比較した方が似ていると言ってもいいような。初めて見る部族としての衣装だろう物で同席している相手から、改めて話を聞こうとしたところでトモエが先に、少し遅れてオユキも気が付く。

「珍しいですね」
「そうですね。ですが、そうなると」
「ええ、何かがあったと言う事なのでしょう」

こうした席であれば、まずもって同席することのないユーフォリアが、何かがあるのだとして、オユキを優先する以上は、早々介入してこない相手が手に封書をもって。表情が、面倒だと隠しもせずに語っている。

「さて、どちらでしょうか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

World of Fantasia

神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。 世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。 圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。 そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。 現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。 2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。 世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。

なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!

日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」 見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。 神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。 特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。 突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。 なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。 ・魔物に襲われている女の子との出会い ・勇者との出会い ・魔王との出会い ・他の転生者との出会い ・波長の合う仲間との出会い etc....... チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。 その時クロムは何を想い、何をするのか…… このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……

どーも、反逆のオッサンです

わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。

俺とシロ

マネキネコ
ファンタジー
【完結済】(全面改稿いたしました) 俺とシロの異世界物語 『大好きなご主人様、最後まで守ってあげたかった』 ゲンが飼っていた犬のシロ。生涯を終えてからはゲンの守護霊の一位(いちい)として彼をずっと傍で見守っていた。そんなある日、ゲンは交通事故に遭い亡くなってしまう。そうして、悔いを残したまま役目を終えてしまったシロ。その無垢(むく)で穢(けが)れのない魂を異世界の女神はそっと見つめていた。『聖獣フェンリル』として申し分のない魂。ぜひ、スカウトしようとシロの魂を自分の世界へ呼び寄せた。そして、女神からフェンリルへと転生するようにお願いされたシロであったが。それならば、転生に応じる条件として元の飼い主であったゲンも一緒に転生させて欲しいと女神に願い出たのだった。この世界でなら、また会える、また共に生きていける。そして、『今度こそは、ぜったい最後まで守り抜くんだ!』 シロは決意を固めるのであった。  シロは大好きなご主人様と一緒に、異世界でどんな活躍をしていくのか?

ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける

花乃 なたね
ファンタジー
小さな村出身の青年ニールは憧れの騎士になるため王都へ向かうが、身元の知れない者は受け入れられないと門前払いになってしまう。 失意の中、訪れた下町に突如として魔物が現れたため撃退するが、人々を守る騎士は現れなかった。 聞けば王国は国境の向こうに住む亜人、竜人族との戦争中で、騎士たちは戦地に赴いているか貴族の護衛を務めている者ばかりなのだという。 守られるべき存在が救われない現状に心を痛めたニールは、人々の暮らしを守るため立ち上がることを決意する。 導かれるように集まったのは、英雄に憧れる子供、毒舌女魔術師、死神に扮した少年、脳筋中年傭兵、女性に目がない没落貴族、無口で謎めいた隻眼の青年、そして半竜人の少女… 自警団として王都やその周辺に現れる魔物を退治したり、仲間たちを取り巻く問題や過去に向き合いながら奔走するニールはやがて王国を揺るがす事件に巻き込まれていく。 ※色々と都合の良いファンタジー世界です。

処理中です...