憧れの世界でもう一度

五味

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30章 豊穣祭

一方で

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「何故、エステールを置いてきたのですか」
「夫婦の時間と言いますか、家族の時間は必要だと思いますので」

シェリアは残念ながら、ナザレアに話があるからと連れていかれることになった。そして、オユキは何やらこれまでに何度か見た事のある公爵夫人付の侍女に抱えられて。何故と聞くのも、屋敷を与えた側だからと言うしかないのだが。シェリアが常々運んでくるし、トモエに任せているためオユキの知らない衣裳部屋とでもいえばいいのだろうか。化粧台もあれば、姿見もある。そんな一室に、今は連れ込まれて着せ替え人形の役割を全うしている最中だ。
流石に、護符と簪に飾られている冬と眠りから与えられた飾りについては、手を入れようも無いと理解しているのだろう。そちらに合わせ、なおかつ少しでも楽な物をと気を使わせている。

「それは、いえ、貴女にとってはそちらがと言う事なのでしょう」
「はい」
「であれば、側に置くものをもう少し考えなさいな。シェリアにしても、どうにも近頃は」
「それについては、その、申し訳なく」

側に置きやすいといえばいいのだろうか。そのシェリアにしても、近頃はすっかりとトモエとオユキの側に居る事に馴染んでしまっている。今となっては、近衛として他の者の側にとなれば、もう一度教育が必要だと判断されても仕方がない。それほどに、すっかりと主人の諸々に頓着する様子が無いのだ。そのあたりについては、今もナザレアとの間でそれぞれの主義主張などが確認されているのだろう。その結果は、後で聞くとして。

「その、繰り返しになりますが」
「ええ、承知していますとも。私にしても、体調のすぐれないことなどいくらでも」

体調の悪い物に対する配慮など当然だと、そもそも、方々から贈られてくる衣装の中にはそうした物が含まれているのだとそんな話を公爵夫人はしながら。いくつかを手に取って、オユキの横で広げる様にと使用人に向けて渡しては、確認してと実に忙しい。そして、そうされている間にしても、オユキは己の足で立っているわけではなくなぜか用意されていた椅子に腰かけて。

「それにしても、戦と武技の巫女として直接与えられた衣装があるからでしょうか」
「確かに、そうした側面はあるかと。あとは、私といいますか、トモエさんがこちらで初めて積極的に頼んだものでもありますから。」

そして、衣裳部屋に納められている物は、随分と和装によく似た物が多い。

「後は、貴女が気に入っていると、そう示したこともありますからね。ただ、どれも体調が優れぬというのなら」

そして、贈られた衣装にしても、そのどれもがやはり体調が良く無い時に着たいものではない。オユキとしては、どうにも公爵夫人が避けている衣装の数々。それは確かに今袖を通したいと思えないのだ。最初は、いつの間にこれほどに増えていたのかと驚きはしたのだが、確かにそうした物が贈り物として多かったなと。これまでに目を通した目録を思い返して。オユキの正直な思いとしては、既にここまで大量にあるのなら遠慮したいものだとそう考えてしまう。今でも、かなりの量が。それこそ、今こうして目にしているもののうち、間違いなく大半は袖を通していない。

「確かに、帯にいた迄入れなければならないとなると、私としても」
「姿勢は良いようですからと、そうは思いますが形が崩れるというのであれば、必要になってきますね。確か、他にもいくつか私のほうで用意した物があったはずですが」
「確かに、相応に頂いてはいたようですが」
「せめて、当家からの物は貴女も目録だけではなく、実物を見て置く様に」

言われた言葉に、確かにとそんな思考をオユキとしても作りながら。

「その、今度の事ですが」
「ええ。私の夫、それから王太子様もとその様に」
「他にも、私の負担の軽減のためでしょう」

そして、恐らくはトモエのほうでもそうした話が進んでいるだろうからと、オユキはこちらでもある程度の共有を図る。公爵夫人のほうでは、何やらオユキの髪をトモエが結い上げた結果として、どちらかと言えば和装に合わせたものになっている現状。どうにか、半そで半ズボンの今の姿であれば、納得がいくものとして。あまりに長い髪であるため、左右からそれぞれに細目に編んだ髪を使って後ろ髪を掬い上げる形に。簪も使うためにと、持ち上げた髪を軽く丸めてそこを簪も使って留めてある。持ち上げた後ろ簪には雪の結晶を模した飾りがあり、それが少し目立つようにとされてもいる。そんな、こちらではなかなか見ないような、そんな纏め方をしていることもあり公爵夫人の審美眼にはなかなかかなわないのだろう。これが和装であれば、成程異邦ではそのような、もしくは戦と武技から与えられた衣装に合わせた物だろうと、そう納得はしてくれるものではある。だが、それ以外の、こちらでよくある洋装を身に着けたときにはと言う事ではあるのだろう。

「その、何かと手間をかけていますので」
「成程。確かにとは思いますし、相殺とするには貴女も気は進みませんか」
「そうですね。アイリスさんには、やはりユニエス公爵家宛ではなく、こう個人に。いえ、そちらもなのですが、カナリアさんには、メリルさんもですが」
「そういえば、いま、そのカナリアはどういった扱いだったかしら」

言われて、オユキは少し考える。少し前、それこそ魔国に向かう頃には公爵家の麾下ではあったはず。そして、そこからオユキの抱える問題。度々マナの枯渇を起こして、そのたびに体調不良を抱えるのだから、医師が必要だとして貸し出されて。一応は、公爵家の事業として行う馬車であったり、安息の加護を壁の外でも齎す事の出来る短杖であったりと。カナリアの行っている仕事は、オユキとは流石に比べるのも難しいのだが、それなりに多い。魔国でも、先代アルゼオ公爵に招聘されて、それこそ向こうでも大量の馬車をせっせと日々作っていた。その合間にかつての古巣で、己が大量に書き散らしたらしい資料であったりを屋敷に運び、祭りを行えと言われてからはすっかりと空の上の人物となっていた。
ここで、大きな問題とでもいえばいいのだろうか。公爵夫人の疑問として挙がっていること、マリーア公爵との間に約定がある種族。そこで、祭りを司る人物として。さらには、今回オユキにカナリアに渡せとばかりに与えられた印もある。

「そのあたりも、一度整理しなければなりませんか」
「そうですね。あまり、貴女にばかり頼むのは気が引けますが」
「パロティアさんも、今は当家に身を寄せていますし、聞いてみるくらいであれば問題はありませんとも」

今のこの段階でも、ファンタズマ子爵家に用があるならまずはマリーア公爵家にとそうなっているのだ。面倒を頼んでいる自覚は、勿論オユキにもある。そしてそれを当然と引き取ってくれているマリーア公爵家に対する恩義にしても。魔国においては、先代アルゼオ公爵はどうにもマリーア公爵よりもそのあたりをはっきりと押し込もうとしてくれるのをオユキは感じている。これが、もとより他の家の麾下だからとそうした遠慮があった上でのことだと、それも僅かに見えてくる。やはり、そこにはあまりにもはっきりとした位の上下と言うのが存在しており、オユキを、トモエを慮ってくれる相手ばかりではないのだと、それを本当に思い知らされるものだ。オユキの中で、他の家に対する評価はまぁ下がるわけではない。寧ろそちらが自然なのだと、そのように理解するだけ。だが、他の下がるべき評価と言うのが、やはりマリーア公爵家へと評価を上げる形で向かうのだ。

「初代公爵様にしても、私が言うのもなんですが」
「夫から聞いてはいますが、まぁ、貴女でしたらそうするでしょうと、私からはそういうしかないのですよ」
「理解ある方が側に居る、その幸運にただ感謝をするばかりです」

さて、前置きは一先ずこのあたりで良しとして。

「どうにも、神々の思惑と言えばいいのでしょうか。祭りの日数を増やす、前後にだけでなく他の機会もと、そう考えているようです」
「今となっては失われた神、そちらの復権を。オユキ、貴女の目的に合わせた物では」
「仮にそうであったとして、いえ、そうであるのならば」
「確かに、貴女の考えも分かります」

公爵夫人の疑問はもっともだと感じる反面、オユキとしての意見も勿論ある。公爵夫人が言う様に、オユキがそもそもこの世界で祀られる神を、失われたはずの神を改めてと考えているのも事実。そして、それが都合の良い事だと考える神々からこれ幸いにと押し付けられている、押し込まれているのも事実。だが、それ以上にオユキとしては神々の思惑と言うのがそこにあるとも感じている。何も、この機会でなくともよいはずなのだ。祭りと言う形を、わざわざ取らなくても良いはずなのだ。新しく神像をえて、その来歴を示し、何を司っているのか、それを語って聞かせれば、本来であれば問題がないはずなのだ。だというのに、力を示すために場を整えよとそうした話が出てくるのははっきりとオユキの考えではない。

「こう、私の予定していない神々からも、色々と言われていますので」
「それは、例えば」
「騎士の崇める、守護と軍略。それから、今回話を持ち込まれた季節の神の内、二柱。あとは、イリアさんの祖霊らしき方でしょうか」
「貴女は、本当に。それで、今回もとそうなるわけですか」

公爵夫人からの、随分とはっきりとした心配は感じるのだが、今度ばかりは他に負担を向けるための方法が存在している。今回、戦と武技が暗にそれを示したこともある。ここまでオユキを追い詰めた、今になっても隣国の王妃から与えられた護符が手放せず、冬と眠りからの飾りにしてもこうして預けられてものを常に身に着けていなければ不安があるほど。

「今回は、いよいよ広く巻き込もうかなと」
「日程が、足りそうにありませんが、まぁ、そこは確かに私たちの仕事ですか」
「いえ、巫女として、こう何かできることがあるというのなら」

だからこそ、王太子に公爵が呼ばれたこともある。だが、流石にそちらに任せきりにする気も無いのも確か。夫人が、これが良いだろうと、既に二十には及ばない程ではあるのだが、それほどの数を選んでオユキと並べて確認して頷いている、そんなところにオユキとしても。
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