憧れの世界でもう一度

五味

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29章 豊かな実りを願い

朝食の席で

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二人の時間をきちんと過ごして、そのまま眠りに落ちてみれば。警戒していたことが起こる事は無く、ただそのままに目が覚めた。そして、朝食は基本的に別と、ここ暫くはそうなっていたのだが、忙しいに違いないというのに見事に用意して見せたシェントウジャンが食卓に。オユキとヴィルヘルミナには、さらに念のためと言う事なのだろうが、別でジャガイモのパンケーキに桃のジャムとリンゴのジャムが添えられたものが用意されている。朝食にさらにデザートと言う事でも無いのだろうが、見ればトモエとアイリスには昨晩のステーキ。カリンには、いくつかの点心が並べられている。本当に、朝からと言う事は少ないのだろうが、それでも昨晩の内には用意しなければならない物でもある。ヨーティヤオについては、流石に記事は使いまわしていると分かるのだが、それにしても朝からしっかりと揚げ物だ。厨房での用意については、かなり大変であるには違いない。こちらの世界、と言うよりも彼が管理している厨房は、台所の規模ではない。それこそ、主人たちどころか、丁稚たちと合わせて常時十に近い人数が動き回り、この屋敷で働く優に五十を超える者たちのために大量に生産をするのだから。付随する食器類にしても、流石に格の違いもあれば、差をつけなければと考える者たちが多い。だからこそ、オユキやトモエには銀食器や陶器が多く。他の者たちは、木でできた器や鉄器などを使っている。ただ、オユキとしては、そちらはそちらで温かみを感じられるから嫌いでは無いと、そんな話をして困らせたりもしている。

「それにしても、本当に、アルノーさんは」
「まさかとは思いますが、世界中の料理を」
「むしろ、知らぬ地を聞いてみるのが早そうですね」

間違いなく知識がある。要諦を抑えている。しかし、遊び心と言う名の、己らしさを表現することも忘れはしない。オユキとしても、過去に食べた物と比べて違うのだと分かりながらも。だが、同じ料理だともわかる、不思議な塩梅と言えるものがそこにある。酢の酸味、それは前に口にしたものよりも強く、以前に乗せられていたのはそれこそネギとコリアンダーの乗ったもの。ついでとばかりに干しエビの香りなどもしたのだが、こちらはそれらとはまた大きく変えている。何がとは、オユキにはわからないのだが、確かに違うものだというのにカリンがうなっているあたり、その腕はやはりずば抜けているのだろう。

「一品としての、料理全体としての完成度、成程、それをここまで突き詰めますか」
「ええと、よくある朝食と考えていましたが」
「よくあるものよ、それこそ貴女が強請ったガレットであったり、アベルが頼んでいたキッシュと似たような」
「私としても、こうしてカルトッフェルプッファーを食べるのは新鮮ね。つなぎは小麦粉かとも思ったのだけれど、マイスタークかしら」

各々、何やら思っていたのとは少し異なりながらも、それでもきちんと元が感じられる料理が出されているらしい。このあたりは、アルノーにとっては要はあいさつのようなものなのだろう。相手の出身、よくある料理であれば、それが示すものは出身地によって大きく変わる。どのように調整がなされているのか、細かい味付けはどうであったのか。そのあたりが分からなければ、とてもではないが完成品などと呼べるはずも無いと考えた上で。ならばどうするのか、そんなものは一つの道を究めた者にとっては決まっている。己の得意を、己の思うこうあれかしと考える物を用意するのだ。

「これは、私が作るものではなく、過去によく作った品も確かにお願いしてみたくはなりますね」
「トモエさん」
「いえ、作るのを止めると言う事ではなく」

トモエが、唸る様に漏らした言葉に、思わずと言う所だったのだろう。何か、と言うよりもトモエが作るものを楽しみにしていたオユキが、はっきりと驚いている。それこそ、侍女ですら不安を覚えるほどに、それほど側に居なかった者たちにしても、あまりにも分かり易いくらいに。持っていた食器を取り落として、珍しく、あまりに愕然とした表情で。

「トモエさん」
「最近は、確かに随分と」

確かに、オユキがこうしてはっきりと狼狽してしまうほどにトモエは離れて久しかった。それこそ、以前であれば病床に伏せるオユキの為にと、トモエが手づから何かを作ったには違いない。だが、どうだ。ここ暫くは、確かにそうした状況でも刺繍であったり他の雑事であったりを優先していた。加えて、手が空いて居る時には、オユキがそれを責める事は全くないのだが、確かに一緒に休んでいたのだ。オユキが、今後は無いとそれを疑うには、もしかしたらと考えるには、十分な間を空けてしまっている。そんなことを、トモエはいよいよ思い出して。確かに、やけに回復が遅いと思えば、等とそんなことも思うのだ。
これまで、間借りになりにもオユキが回復してこれたのは、自惚れでなければ、自惚れであったとしても。トモエの存在があればこそ、なのだろうと。それは、何も痛みを分かち合うだけではなく、傷をいやすところまでを含めて。掌の傷にしても、それ以外の時にでも。大きくけがをした時には、確かにトモエが手当てをすることが多かった。直近でいえば、無理に食べたオユキが苦しんでいる時にユーフォリアが軽く手を当てていた。結果として、オユキの寝息が和らいだこともある。

「そうですね」

かつてとは逆、それが今はこうしてここにある。

「今日は私も休みとして、少しアルノーさんと一緒に何か作りましょうか」

泣き出しそうな、そんな顔をわずかに浮かべて。己でも、あまりにわがままだと、それを超えて想像だにしなかった振る舞いが出たと感じての事だろう。過去にも、オユキは度々そうした様子を見せてはいた。だが、それを感じさせぬ様にと、とにかくトモエが様子を見ていた。トモエ以外も、様子を見ていた。それこそ、トモエがオユキと出会って、ああ、自分が居なければだめなのだと考えてからは、トモエが見たのは二回だけ。孫の一人が、どうにもならない理由でその命の灯を消したとき。そして、トモエが先にとそれが決まってしまったとき。

「その、なんと言いますか」

オユキとしても、少しは自覚があったもののここまでの事になるとは考えていなかった。オユキにとっては、ここまではっきりとした動揺を見せていい相手、それは既に決まっている。だというのに、一応は名前も聞いている使用人、言ってしまえば王都の屋敷で用意されている下働きのものが居る場で、ここまで。もはや取り繕ったところで、どうにかなるものではないかと。トモエが、先にオユキを慮る発言を続けてしまった事もある。それを聞いて、ようやくそうしたことに思考が回り始めたオユキにも、寧ろオユキにはっきりと責任がある。
トモエとしては、オユキがそうした振る舞いを隠さずにトモエの価値を上げようと、そう決めているのだと判断していることもあり。少し、この辺りは後で意思の疎通も必要になってくるなとそんな事を考えながら。

「ええと、楽しみにしています」
「ええ。楽しみにしていてください」

ただ、今回の事は、トモエのほうでも割と自身のある事でもある。恐らく、よりは少しはっきりとして、なんとなく己の考えが正しいだろうとそうした物もある。そして、トモエのこうした直感と言う部分を、オユキはこれまでと同じように己の事をである以上は振り返った上で、信じてくれるだろう。そんな信頼感は、変わらずあるのだから。それに、オユキがそこまでトモエの料理にと言うのが、それが今更分かることも嬉しい物ではあるのだ。過去にしても、よほどのことが無ければ、それこそ数日を超える出張でも無ければ、旅行でも無ければトモエが作った物以外は早々口に入れようともしなかった。そうした部分で、理解は及んでいたしオユキがかつて当然のように口にしていたトモエにとってはよく分からぬ液体をすっかりやめたこともある。気に入ったのだろうと、そんな事をぼんやりと考えていたのだが。
成程、道理で食事という物になかなか興味を見せないはずだと、そんなことが今更にトモエは理解する。互いに、多くを知っているつもりではある。事実として、それも正しい事だろう。だが、あれほどに時を過ごしてもやはり知らぬことがあるのだなと。オユキにしても、自分で気が付いていないことがあるのだなと。トモエにしても、オユキには見せなかった部分があり、自覚がない部分もあるのだろう。

「オユキは、いえ、この場合はトモエに聞くのがいいのかしら」
「あの、私に聞いていただけばと思いますが」
「だって、貴女がトモエにリクエストをするわけではないのでしょう」
「それは、ええと、はい」

ヴィルヘルミナが、柔らかく割って入って空気を換える。あまりにオユキが動揺するものだから、すっかりと使用人たちはそちらに気を取られていた。だからこそ、軽くそうした者たちの気を引くためにも常とは違い歌うような口調で。

「トモエは、何を作る予定なのかしら。オユキにも少し話したけれど、久しぶりにあなた達の国で食べたことのある、湯葉だったかしら」
「そうですね、豆乳があるなら、煮立てるだけなので作る事は出来ますが」

ただ、湯葉となると。

「少し、考えても」

こちらでも、醤油はある。味噌も、あるにはある。だが、そのどちらも細々と作られている物であり、癖の強い食材と言う認識のもとに繋がれてきたものだ。何より、そうした物を好む者たちの要望を聞いて、より先鋭化しているとでもいえばいいのだろうか。すぐに思いつくものに関しては、そちらと合うかどうか、トモエには自信がない。以前に、感じ方が違うという理由以上に、こちらで口にしたものどちらもは思わず口元を抑えてしまうようなものではあったのだ。

「あら」
「その、ヴィルヘルミナさんは、以前どのような形で」
「和え物と呼んでいたかしら」
「ええと、こちらだと醤油の問題がありますから、難しいと思いますよ」

そして、トモエでなくとも、オユキでもこちらの醤油が、基本は魚醤となっているこちらの醤油で作る和え物が、過去にヴィルヘルミナが口にしたものと同じかと言われれば、全くもって異なるとそうした自信位はあるのだ。
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