憧れの世界でもう一度

五味

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29章 豊かな実りを願い

オユキの好み

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事前にオユキが手配をしておいたからだろう、トモエは間違いなくオユキの考えを汲んで送り出した人員が荷物を詰める範囲で屋敷に戻ってきた。成果は十分すぎる程であるには違いないのだが、後から来る荷物に問題があるとそんな話をオユキも聞いて。さてとばかりに表に出てみれば、ちょうどその荷物と言うのが届いていた。

「これは、丸ごとを買ったと言う訳では無く」
「はい」

オユキが庭先に出てみれば、そこにはつぶらな瞳を備えて、何やらせっせと下草を食んでいる白と黒の二色の毛並みを持つ生き物。こちらに来てからは、ついぞ見た事も無いというのに周囲の虫が邪魔だと言わんばかりに尾を振り回しながら、黙々と。過去の物に比べれば、二回りほどは大きな、こちらで見た物とくべれば遜色のない大きさのホルスタイン種が連れてこられた。

「仕留めても良いかとは思いますが」
「乳牛では」
「いえ、私たちの暮らしていた地ではそうした向きでしたが、こうした国では食用にもなっていましたよ」

オユキの言葉に、アイリスとしてはその心算で連れて帰ってきたのだろう。何やら視線がはっきりと食欲を帯びるし、しっぽの動きも忙しなさが増している。であれば、アイリスが得たのかトモエが得たのか定かではない以上は、求めた結果としてそう処理しても良いかとオユキは考えて。

「その、庭先で、ですか」
「確かに、それ問題もありそうですね」

オユキとしては、屋敷の庭園の在り方をここ暫くのんびりと眺めて過ごしていたこともある。そして、王都にいるからこそ、ファンタズマ子爵家に方々から寄せられている人員が多い。その中でも、庭師が日々オユキの視線がどう動いているのか、それを確認して整えているからだろう。日増しに、オユキの好む姿になってきているこの庭の姿を、平然と荒らす害獣としてオユキが見ているのに気が付いているトモエは、それはそれで庭を汚すことになるからと。

「狩猟者ギルドは、なんと」
「今、他の方に頼んではいるのですが」
「慣例としては、まぁ、あちらが買い取った上で畜産ギルドに引き渡しね」

トモエの分からぬことも、だがアイリスは知っている。であれば、何故連れて来たのだろうかと、そんな事をオユキとトモエは考える者だが、そのあたりは単純に視線に全てが出ている。

「その、寝かした方がうまみは増すとか、そんな話を聞いた覚えがあるのですが」
「そうなのかしら。私としては、すぐにと言うのが一番なのだけれど」
「であれば、そのように頼みましょうか」

子牛であれば丸焼きと言った方法もあったはずなのだが、こうしてすっかりと成長してしまった牛はどうか。オユキは己の記憶を探っては見るのだが、生憎と心当たりがない。ならば、いよいよ得意な相手に任せるしかないものだとして、早々に諦める。実際に、他の使用人たちにしても当主の意向も確認が終わったのならとばかりに動き始めている。様子を見るに、珍しい肉とでもいえばいいのだろうか。日々の基本を支えるのは、それこそ王都ではグレイハウンドの肉に、灰色兎。どちらも、始まりの町や他で簡単に手に入るものと比べて少し筋張っており匂いも鼻につく肉類。少し足を延ばせば、それこそ鹿肉なども簡単に手に入るし、持ち帰る労力を厭わないのであれば長毛種の牛なども確かにいる。だが、そこから得られる肉と言うのは、大きさに比べてしまえば非常に少ない。トロフィーでも無ければ、肉としては決まったサイズのブロックが魔物から得られる戦利品として落ちるばかり。一応、個数の差位は存在しているのだが、それはあまりに労力に見合わないものとなっている。かといって、トロフィーを狙ってと言うのが、あまりに無謀であることには変わりがない。数によると、そうした話をオユキがして以降。ただでさえ忙しい狩猟者ギルドには、過去の記録を徹底的に調べよとそうした命令が下ったようでもある。さらには、過去の異邦人が残したといわれている記録にしても文官たちが調べ上げているらしい。要は、実際の数をどうにか割り出そうと。

「それにしても、なるべく」
「まぁ、そうね」

これがカミトキやセンヨウであれば、オユキが徐々に大事にし始めている庭に、このような無体は働かない。寧ろ、それだけの積み重ねが無いからと、そうとることもできる実に傍若無人な振る舞いに。ついつい、オユキはさっさと仕留めるべきかなどと考えてしまうものだ。畜産を行っている者達であれば、それこそこうして持ち込まれる物以外は、本当に子供のころから見ている以上そこには確かな絆などもあるのだろう。と、いうよりも、こうして持ち込まれた先ではっきりと食肉といった視線が向けられているのが分かっての振る舞いなのかもしれないが。

「オユキさんは、何をしていたのですか」
「ああ、それなのですが」

こうしていると、オユキの機嫌がただ悪くなるばかりと気が付いたのだろう。トモエが、早々に話を他にそらす。オユキにしても、トモエが戻ってくる少し前までは、今は牛がのうのうと草を食い散らしているあたりに座っていたヴィルヘルミナと話しながら、芋の仕込みをしていたのだ。だが、仕込むべきものがなくなったことに加えてオユキが頼んだ物以外もできあがたからと呼ばれて、試食などをしていたところであった。

「それは、楽しそうですね」
「そういえば、トモエさんは」
「子供たちも好きでしたし、私も好きでしたから。アルノーさんにとっては、家庭料理の範疇なのでしょうか。あまり食卓には出していただけませんが」

トモエは、今はそこまででもないが、かつては芋類は非常に好きだったこともある。何やら、オユキが急激に不機嫌になったかと思えば、どうにもオユキが好む食べ物がそこには出ていたらしい。こちらに来てからは、オユキが殊更気に入ったガレットをアルノーがごくまれに用意したりはするのだが、それにしても本当に稀な事。ガレット以外になかなか使い道も無い物でもあり、それこそ大量に買い付けることもしていない。だからこそ、日々の主食はアルノー以外が用意もできる基本的なパンが多い。一応、こちらにもコメはあるのだが、そもそもオユキはこだわりがない。トモエにしても、別段口にしたいとも考えないため、食卓はすっかりとそちらに依っている。何より、トモエのほうは、主食が肉になっているような状態。

「そういえば、たまにグラタンなども」
「そうですね。王都にも牛乳やチーズはたくさんありますし、アルノーさんに頼んで、私も少し料理をさせて頂きましょうか」

なにやら、オユキが楽しみにしているから。だからこそ、トモエがそんな事を口にすれば、オユキがこれまたトモエには分かり易く喜色を浮かべるのだから、明日の予定はそれで決まる。勿論、アルノーとの相談のうえでとすることもあるだろう。なんとなれば、アルノーにしても一家言間違いなくあるのが、グラタンと言う料理。ジャガイモを大量に買い付けてきたのは、間違いなくヴィルヘルミナではあるだろうが、そちらにしても色々と思う所があっての事ではあるに違いない。トモエの見ていたところ、オユキの好みはどちらかと言えばヴィルヘルミナに近い事もある。生憎と、そこでもさらに違いはあるのだが、オユキの今の様子を見る限り久しぶりにしっかりとジャガイモを摂取する事に、楽しさは覚えている様子。

「それは、楽しみですね」
「ええ。私にしても、オユキさんがどのような物を頼んだかも気になりますし」
「一応、私で作るつもりではいたのですが」
「それは、今後としましょうか」

オユキとしても、アルノーに厨房から追い出されたことを隠す気も無い。アイリスからは、一体何をすればその様な事にと、寧ろそれが分かっているのだから、任せておけと言わんばかりの視線が向けられている。だが、トモエとしては、オユキの考えも分かるのだ。オユキが用意した物を、実際の好みはさておき、トモエが喜ぶことは間違いない。こちらではすっかりと味覚も変わり、最早過去程嬉しい物ではなくなってしまったオランジェット。それにしても、オユキが用意した物であれば、喜んで口に運ぶくらいに。そして、アルノーが用意した物とオユキが用意した物、それを当然とトモエが気が付くことに、オユキとしても喜びながら。

「と言うよりも、オユキ、貴女からはっきりと芋の匂いがするのだけれど」
「一応洗ったはずですが、そうですね、においは残ったかもしれません」

オユキとしては、削った皮が衣服につかないようには気を付けていた。だが、芋を長く持っていたことには違いなく、なんとなれば散々に皮だけと言う事も無く、ほどほどに身を削っていたこともある。手には、アイリスにははっきりと分かる程度には匂いも残る事だろう。それが当然とばかりに、手をそのまま己の華のほうにもっていこうとするオユキを止めて。

「アイリスさんは、耳も鼻も」
「確かに、そうした物ですか」
「ええ」

獣精、獣の特徴を持つ以上は、人とは比べ物にならない嗅覚を持っているには違いない。せっかくという程でも無いのだが、オユキがわずかでも料理に、これまではいよいよどうでもいいと考えていたものに僅かでも意識を向けているところで、それを止めるような真似は是非ともトモエとしては避けたい。そんな考えを、トモエからは視線にのせてアイリスに向ける。

「アイリスさんは」
「まぁ、好んで食べるかと言われれば難しいけれど、嫌いではないわね」

外で散々に動いた後。この後、軽く汗を流した後には、夕食にはかなり早い時間ではあるのだが、それまでの時間を潰すためにもと、食べるには違いないのだ。ここで、家主の機嫌を損ねていい事等何一つないと勿論アイリスも理解している。特に、ファンタズマ子爵家はと言えばいいのだろうか。オユキが当主として実験を持っているように見えて、そのオユキにしてもトモエが言えば何も言わずに従う事が実に多いように見えるのだから。実際には、違っているのだとしても。さらに厄介な事と言えばいいのだろうか、トモエが機嫌を損ねれば、そこでオユキが何を言わずとも侍女たちが当然とばかりにあたりをきつくするのだ。ここで働く者たちは、ファンタズマ子爵家に仕えている物ばかりではない。寧ろ大多数は借りもの。
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