憧れの世界でもう一度

五味

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29章 豊かな実りを願い

いつもの如く

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オユキは、早々にアルノーの手によってつまみ出された。厨房に入り、特にオユキに思い入れがありトモエにしても同じオランジェット。これを作ろうというときには、アルノーもかなり辛抱強くオユキの監督を行ってくれたものだ。しかし、今回の料理に関しては、オユキの思い付きと言うか思い出した北欧はスウェーデンの料理については、さしたる思いれも無いと早々にい見破って。どういった形で食べたいのかを確認して、後はお役御免となった。ついでとばかりに、手が空いているのなら大豆の処理とジャガイモの皮をむく様にと言いつけられて。
オユキは気が付いていないのだが、その時にはアルノーの仕事と言うのが大いに滞ったこともある。だからこそ、今回アルノーにはオユキ用の食事とアイリス用の食事に集中してくれと、同じく屋敷でと言う訳では無く、離れで暮らす者たちの世話は丁稚たちに任せてくれと言う話にもなったのだ。

「ヴィルヘルミナさんも、ですか」
「生憎と、私は刃物も取り上げられてしまいましたもの」

そして、少し待っていればオユキの次に役に立たにと判断された人物が、今度はお土産付きで。片手にワインのボトル、そしてソーセージらしきものと炒め終わったらしいジャガイモを皿に乗せて。その後ろからは、彼女について回っている側使い見習いに合わせて、ナザレアも。オユキが調理場に入ることに、基本的に侍女たちはいい顔をしない。他にもっとなすべきことがあるのは確かではあるし、分業が当然だとは考えるオユキではあるのだが。

「トモエさんも喜んでくれますから、簡単な物くらいはと思うのですが」
「アルノーから、伝言を預かっていますよ。簡単に見える物程、単純な物程ごまかしがきかないのだと」
「至言ですね」
「全くだわ」

互いに、一つの道を歩き切ったものとして。アルノーの言葉は、よく分かる。はたから見て単純に見える事、日々の繰り返しにしか見えない事、それにどれだけ気を使っているのか。

「オユキは、刃物の扱いはやはり一門ですのね」
「そう、ですね。少なくとも、下ごしらえと言いますか、こうして皮をむくくらいであれば」

オユキのほうでは、ゆったりと言うには少々速い速度で次々と芋の皮をむいては入れておいてくれと言われた水の張ってある桶に放り込んでいく。目的としては、間違いなくヴィルヘルミナが所望した料理、それを作るためにでんぷんをと言う事なのだろう。もっと手っ取り早くしようと思えば、それこそ摩り下ろしたうえで布に包んで等と言うのがオユキとしては思いつく。だが、それを頼まないと言う事は、あくまで通常の品の外と言う事なのだろう。彼にしても、なんだかんだと作ったことのない料理は、これまでにレシピは知っていても、実際に客に出すまでの研鑽を積んでいないレシピに関しては避ける傾向がある。それが、かつてのプロフェッショナルとしての矜持だとはわかる。分かりもするし、トモエにしろオユキにしろ。果ては目の前で、庭先に侍女見習の少女がラグを引いたところに柔らかに腰を下ろしたヴィルヘルミナにしても、さも当然とばかりに邪魔だと言い切るだろう。最低限とでもいえばいいのだろうか。習うというのなら、その時間で。それ以外は、己の時間でもあるのだから、容赦なく邪険に扱う事にもなる。

「そちらの子は、確か」
「紹介は、そういえば、面と向かってはまだだったかしら」
「そうですね、名前だけは。ソニアさん、でしたね」

そう、流石に簡単に書類を作って、屋敷に勤める者たちの管理くらいは、オユキも行っている。最も、今となっては出入りする相手の管理にしてもユーフォリアに預けてしまっている。得意な事は、得意な物に。オユキでもできるからと、何もオユキが全てを引き取らなくても良いのだと、これまでに何度言われたことだろう。それにしても、単にこれまで任せられる相手が、オユキが無条件に信頼できる相手がいなかっただけなのだが。

「そうね、ソニア。ファンタズマ子爵家当主、オユキ様よ」

オユキとしては、最低限ほどでよいと考えていたのだが、どうやら機会を狙っての事でもあったらしい。問題としては、側にナザレアが、王家に勤める事を許され、侍女としての一切を一人で取り仕切ることもできると判断されている人物が側に居るのだ。ならば、相応の空気を作った方が良いのだろうかと、芋の皮をむくナイフを脇に置くべきかとオユキは考えて。しかし、その動作をヴィルヘルミナが仕草で止める。オユキが、そうしてしまえば、練習としては過剰だとその判断があっての事なのだろう。ならばやむなしと、オユキはまた地道な作業に戻る。ブルーノに渡されたのは一袋の芋。それも、かつての世界であればとてもではないが成人男性ですら抱えて運ばなければならない程の麻袋にみっしりと詰め込まれた男爵イモ。どうやって運んだ物かと、オユキは僅かに考えはしたのだがそのあたりは他の侍女がそれが当然とばかりに運んでくれたものだ。いまとなっては、桶にどれくらいが入ったらとそんな話もされているのだろう。もしくは、料理を全くせぬ主人があまりにも無造作に桶に放り込み、ぶつかる音が鈍く響くからか。すっかりとリレー形式とでもいえばいいのだろう。常にそれなりの量がたまったからと厨房にもっていき、そして、他の者が新しい桶を代わりに於いていく。

「お初に御目文字致します、戦と武技の巫女様、ファンタズマ子爵様」
「ふむ」

さて、オユキは名を読んだだけで、挨拶を許した記憶はない。そのあたり、採点はどうなるのだろうかと、詳しいだろうナザレアに視線を送れば、致命的と言わんばかりに頭を振っている。主人であるヴィルヘルミナにしても、こちらの作法とでもいえばいいのだろう、それがよく分からないからこその事ではあるらしい。渡された簡単な食事を食べながら、ゆっくりとワイングラスを傾けつつも、周囲の反応を探っている。要は、ここまではいよいよ身の回りだけを任せていたのだが、今後は他を考えていると言う事なのだろう。それだけ目をかけていると言う事なのか、本人が先を望んだのか。暫くは、付き合うのが良いだろうとオユキは考える。外に出す前には、やはりうちでの練習は必要になってくる。そうして、一先ず簡単な挨拶を受けて、オユキとしても無難だと思える範囲で返す。あとは、身振りでナザレアに簡単な助言を頼むと告げて、それで一先ずはおしまい。

「申し訳ありませんが、私にしても最低限も怪しいのですよね」
「あら、貴女は確か」
「教育役と言いますか、そうした振る舞いを習うためにと頼んだ方は、今は魔国ですから」

更には、振る舞いを習えと言われているにもかかわらず、神々から言いつけられた刺繍を行うためにかなりの無理を頼むことになった。と、言うよりも。オユキにそうした振る舞いを教える時間と言うのが、綺麗に無くなるくらいにはオユキが無理な日程を言ってしまった。単に、作業の難易度やかかる時間を全く知らないという以上に、オユキが己の手先という物を過信していた。過去も、今も。凡その事は人並みにできるからと、そうした驕りがあった。刺繍を行うには、オユキには非常に大事な美的感覚という物が欠落しているにもかかわらず。オユキが用意した図案、それを刺繍するには糸を選ぶ必要から始まり、縫い方までを決めて。そうした一切を、エステールが行う事になった。今となっては、そのあたりはトモエも行えることであるため、トモエが行っている。だが、当時は、エステールがナザレアがこうしてはどうかと話したところで、オユキのほうは興味も無さげに勧めるというのであれば、ではそれでとばかり。打てば響くとは全くいかず、ただただ空虚なその反応にトモエ以外は気に入らなかったのかと慌ててしまうという物だ。よく理解しているトモエは、興味がない、よく分からない以上は、ものを言うことが出来るだけの相手に任せた方が結果として良い物が出来る。そうした判断の上でと言うのはわかるのだが、とにかくそこで興味を示すことも細かく聞くこともしないあたりが分かり易い。

「それにしても、料理は苦手な様子だったけれど」
「刃物を使う事は、基本的に」

ナザレアがソニアに対して、滾々と侍女としてどうした振る舞いをするのかを話しているのを背景に。ヴィルヘルミナについて歩くのならば、そもそも立ち位置から初めて、姿勢、ラグの敷き方等。それこそ、ナザレアの視界に入ってからの振る舞いの全てを。オユキにしてもそうなのだが、正解が無かったのだと実に分かり易く話しているのを置いて起き。ナザレアが、わざわざこうして聞こえるように話しているのは、主人としての心構えとでもいえばいいのだろう。そうした部分を、きちんと自覚しろとばかりに聞かせているには違いない。特に今は、オユキは片手にナイフをもって芋の皮むきを。ヴィルヘルミナはかつての世界でも、しばしばあったのだろうが日の高いうちから屋外でワインを嗜んでいるのだ。

「と、言いますか、量が随分と多いようにも」
「アルノーからは、互いに思う所が無いのであれば、作りたいものが多かったとかで」
「そのあたりは、難しい物ですよね」
「こちらに来てまで、互いにそこで決着を見れたのは嬉しい物ね」

かつて、それこそ散々に振り回されたであろう人物からの言葉が、やはり重い。

「ジャガイモを作った料理だと、こう、パンケーキのようなものが」
「カルトッフェルプフェッファーの事かしら。そうね、リンゴもこちらにはあるし」
「あの、そういった扱いなのですか」

オユキとしては、ジャガイモにリンゴを合わせるというのがあまりにも意外で、思わず手の中にある半分ほど皮をむいたそれをまじまじと見てしまう。芋餅等と言う物の、オユキが知っている物は確か醬油を使った物であったはずだと。それこそ、この場にトモエがいれば地域によって異なるし、甘い味付けの物もあるのだとそう話したのだろうが。

「マーマラードを合わせるのが、一般的なのよ」
「ええと、オレンジの物を指すわけではなく」
「ああ、ごめんなさいね、ジャムのほうが分かり易いわよね」

ヴィルヘルミナは、基本的にドイツ語を日々の中で使っているのだろう。リンゴの話が、何故オレンジに等と考えたオユキに改めて説明を加える。背景では、変わらず続くナザレアの言葉。主人としても耳が痛いそれから、少しでも気を紛らわせようとヴィルヘルミナとオユキは話に興じるのだ。送り出されてこないカリン、そちらがアルノーが良しとできるだけの能力を持っているのだなと、そんなことからも目をそらすために。
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