憧れの世界でもう一度

五味

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28章 事も無く

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いつ自分が眠りに落ちたのか。その自覚ははっきりとなかった。だが、オユキが目を覚ましてみれば、どうだ。昨夜の、慣れた顔の搭乗に確かにトモエも安堵していたはずなのだ。いつぞやに襲撃を受けたとき、この国の本当に最上位と呼んで差支えの無い人物の襲撃を受けたとき。そこで、その日の夜にはと話が上がったはずのユーフォリアが、待てど暮らせどとその様になっていると不安を感じており。それが確かに解消された、その安心感もあって、トモエにしても普段に比べればかなり安心していたはずだ。トモエが安心している、オユキを任せても良いと考えられる相手、そこに能力に対する不安、護衛として近衛としてオユキを害することが叶う能力を持たない、信頼のできる相手。そんな人物の来訪を、今後は間違いなく側に居るのだとそれを信じさせる登場に、トモエも喜んでいたはずなのだ。

「あの」

しかし、今となっては何やら妙な空気が流れている。いや、はっきりと言ってしまえば、明確に対立しているのだと実に分かりやすい。
さて、昨夜己が寝てから何があったのか、それを説明してはくれまいかと。そんな事を考えてオユキが声を上げてみれば、トモエからは言葉にせずともわかるだろうと。行動で、これまでに散々に見た仕草ではっきりと対立があるのだと示される。それも、オユキの事について。流石に、詳細は分からぬと、一体、この期に及んでどこで意見の相違がと。

「オユキ様、朝食は」
「ああ」

そして、ユーフォリアが、トモエが口を開くよりも早く。口にした言葉、それで何やらはっきりと想像がついた。要は、オユキに対する方針、それが昨夜のうちに大いに食い違ったらしい。だが、オユキとしてはこれまで口にするものは、当然のことながらトモエに任せていたのだ。だからこそ、こちらでもそうするつもりだと首を改めてトモエに向けようとしたときに。

「オユキ様」

そんなオユキの初動を、正しくユーフォリアが声をかけて制する。そして、トモエが、それに対してさらに苛立ちを募らせる。それができるのは、本来であれば、トモエの知る範囲ではトモエだけなのだと。オユキには、それを崩すための手管とて教えただろうと。

「トモエ様の知識には、やはり偏りがあるのです」
「ええと、それは、はい。専門家と言う訳ではありませんし」
「私には、少なくともトモエ様より知識があります。こちらの世界に合わせた物にしても」

ユーフォリアが、そう言い募るのだが。

「その、トモエさんが納得できない、その範囲なのでしょう」
「それを言われると、弱くはありますが。ですが」

対立している、トモエが不満を覚えている。ならば、そこにはトモエが納得しないだけの理由があったのではないかと。トモエが納得できぬというのならば、それはオユキも同じ。なんとなれば、食事と言う物に関しては、オユキよりも遥かに優れた知見を持つのがトモエだ。そちらが納得していない、己の知識と照らし合わせて、得心がいくだけの根拠が無いと断じているのならば。オユキの意見としては、それ以上の物は無い。

「オユキさん」
「オユキ様」

だが、どうだろうか。改めてオユキがそのように宣言をしてみたところ、トモエがどこか諦めたように。そして、ユーフォリアが、勝利を告げるかのように。

「賭け事は、感心しませんが」
「今回は、私が一方的に持ち掛けた物ですから」
「オユキさんの信頼は、嬉しい物です。ですから、今度ばかりは」

そう、トモエにしてもある程度理解はしているのだ。今度ばかりは、ユーフォリアが正しいのだと言う事を。己の知らぬ、この世界における栄養学とでもいえばいいのだろうか。食事として求められるもの、根源と、発言形質と、その関係に関しても。

「ユーフォリアの説明では、オユキさんもそうですが、私も基本的に食事で摂取するものはマナだそうです」
「ええ。マナを取り込み、イドを通じてオドに変える。物質と言う形質を発言させているとはいえ、根源がそちらに依っている私たちは、それが当然の流れです」

成程と、ユーフォリアの発言を聞いて、オユキとしても納得のいくものがそこにはある。つまりは、花精が、今となっては懐かしく感じるルーリエラが果実を食べていた時。アイリスが、その祖霊が、どう考えたところで体積と言う意味では異常な量を食事として取り込める、その理由。そのあたりを、ユーフォリアは確かに事実として、この世界の法則として認識できており、トモエはそうでは無いのだと。そうした事実が背景に存在している以上、やはりトモエでは及ぶことがないその領域で。納得せざるを得ないというその事実に、オユキの事、それについて他に任せるのではなく、主体的な判断の結果としてではなく。不満を抱えるのに、八つ当たりを行うには十分なだけの事があったらしい。

「理解はしました。ですが、私はやはりそれを変えたくはありません」

そして、そうしたことを理解したのだとしても、オユキはやはり今更己を変えたくないとそうユーフォリアに告げるのだ。オユキの求める役割分担、と言えばいいのだろうか。トモエには、本当に日々の事を預けて。だが、トモエには過剰だと、知らないだろうこと、任せられないだろうことをユーフォリアに預ける。それは、過去も、今も変わらぬオユキの決断。トモエが、己が決められぬとして納得がいかぬ、その不満があるというのなら、オユキがたとえユーフォリアに理があるとみてもそれを呑む事は無い。

「トモエさんが良しとすれば、ええ、良しとしたのなら」

だから、そこだけは改めて踏み越えてくれるなよと。オユキからは、改めてユーフォリアに釘を刺す。生前にも、何度か有った事。トモエに、オユキが少々派手に負傷をさせられたときに。それだけでなく、日々の鍛錬として一定上の時間を、必ずねん出しようとしていた時に。過去には、それを納得したはずだ。だが、今はそれを忘れたのだと言わんばかりの振る舞いに、改めてそれは不愉快だと示したうえで。

「外にいる、ナザレアとラズリアも、覚えておいてくださいね」

そして、目を覚ましてから、はっきりと感じる扉の外にいる相手にも。間違いなく伝わる様にと。

「私は、私の判断を超える事、自身の身の回りの事で特に多いのですが、それに於いてトモエさんの判断以上に優先する事はありません」

シェリアは、それを理解している。基本的に、オユキを飾るにしても、オユキに何かをするにしても常にトモエの様子を伺ってくれている。だからこそ、トモエとオユキの信頼を勝ち得ているのだ。タルヤも、エステールも。オユキがどうやら自分で判断できないことを、トモエに預ける癖があるとそれにどことなく気が付いて、もしくはシェリアから伝えられて。そして、そうした前提を持ってくれるからこそ、オユキの信頼が向くのだ。オユキの大事を、確かに大事にしてくれているのだなと。トモエの大事を、この人物も大事に思ってくれるのだと。
どうにも、ユーフォリアに乗せられているのだと、それは理解ができる。トモエにしても、オユキの眼から見て拗ねているのは、わざとだろうとそれも分かる。寝起きのオユキ、僅かに判断の鈍る時間。それを使って、一芝居打って。勿論、その原因となる事、昨夜のうちに恐らく話したであろうこと、それに嘘は無いのだろう。だが、何処まで行っても、これはあくまで仲の良い者たちが、この世界の者たちが知らぬ背景を持つ者たちが、恐らく昨夜のそうした流れを聞いて感じた物。それらに対して打つことが出来る手段の一つとして。

「私自身が判断を行えること、それは確かに行いましょう。ですが、トモエさんに預けると、自分で行わないと決めていることにおいて、常に任せるのがだれなのか。それだけは、決して間違う事の無いように」

オユキの判断基準、それを思い返してみれば口に出したことがあっただろうか。改めて、オユキ自身がそれを考える。仮にオユキがそうしていないのならば、トモエも当然それだけは選択していないだろう。いつか、熱に浮かされたような状況で、伝えたような気もする。正しく、宣言をしたような気もする。だが、それらは尽く余人を排してとなっていたのだろう。改めて、何か、歯車が動くようなと言えば大仰だろうか、そんな感覚をオユキは得る。これまでは、隙間が多かった。かみ合っていなかった。それらが、正しく動き始めるような、そんな感覚を。
そして、それを作るためにと、ユーフォリアが一芝居打ったのだと、そんなそぶりを見せているのだが。

「ユーフォリアさん、あの、トモエさんを試すような真似は」
「これからも、ええ、間違いなく」

オユキにとっては、トモエのいる場所こそ変える場所であり。己の日常を、日々の生活を。仕事ではない、そんな場の象徴であったのだと。そう、改めて口にしてみる。しかし、ユーフォリアはそれがいったいどうしたことかと。かつて、そうした理屈で散々にユーフォリアの事を無視したオユキに対して。その背景にある物に、間違いなく常にオユキが気にしているトモエと言う存在に気が付いて、早々に直談判に向かったユーフォリアとしては、こちらでも同じことをするだけだとそれを隠すことがない。
そして、オユキの宣言に、何やら嬉しそうに、子絵rまでと本当に変わらないのだとその実感をはっきりと得たようで、嬉しそうなトモエが。

「オユキさん、気が付いていたのでしょうが、こうしたやり取りは私とユーフォリアの間で過去にも」
「ええと、その、一応数度では聞かぬほどにはあっただろうと」

そして、トモエの作る前置きに、オユキとしては何やら嫌な予感を覚えて。確かに、オユキよりも遥かに人見知りをするトモエが、こうして随分とユフィと仲が良い、馴染んだ様子を見せているのだ。そこに、どういった流れがあったのか、オユキがこれまでトモエの為にとした相談、ユフィに対して過去行った相談が、さて、筒抜けであったのかもしれないと、そんな予想が脳裏をよぎって。

「月に二度ほどでしょうか、平均して」
「オユキさんの出張であったり、ユーフォリアがオユキさんから離れているときには、回数も増えていましたが」
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