憧れの世界でもう一度

五味

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28章 事も無く

楽しい買い物

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「これは、私には少し重たすぎるかと」
「オユキさん、これはどちらかと言えば切れ味と言うよりも、重さを使って」

では早速とばかりに入った、銀を取り扱う店舗。マリーア公爵が居を構える方向に伸びた場所、勿論全体的な雰囲気と言うのもそちらに依っている。公爵領で採れる銀と、王都で採れる銀。流石に違いは分からないのだが、流石と言えばいいのだろうか。以前領都で立ち寄った店は、確かに貴族向けの店舗ではあったのだろう。だが、こちらではさらに豊富な品揃え、王都に一時的に立ち寄る者たちがどれほど多いのかを思わせるほどに、既に装飾の施されている品が非常に多い。カトラリーに始まりゴブレット、アクセサリーの類まで。既に華奢な造りの鎖であったり、これまでに使っていたものは流石に少々痛みも出始めているからとトモエが普段使いするための鎖を伸長したりと。そういった物は、選び終わっている。今目の前に置かれているのは、それこそティータイム向けの物に加えて、ディナー用まで。

「いえ、私は、その」
「確かに、オユキさんであればそうなりますか」

そして、今はオユキのほうでもディナー向けの物を手に取っているのだが、そのうちの一つ。言ってしまえば、ナイフの重さが過剰だとそのように感じるのだ。勿論、回復が間に合っていないこともあるのだが、せっかくの機会でもあるからと。要は、これまで感じていた不満という程でもない、ちょっとしたことをこの機会に。今にしても、正直感じている不満、それをこの場で。トモエとしても、重さが無ければ難しい品なのだとそう言いかけるのだが、そもそもオユキは肉類をそこまで口にしない。アルノーが厨房にいる間は、特にオユキには薄い物ばかりが並べられることもある。それこそトモエや、アベルにアイリスが口にするような厚みを持った肉などを、オユキが己の手で切り分ける必要なが無いのも事実ではある。

「ただ、そうなると」
「ああ」

そういったことを、トモエとしても改めて考えた上で、それでも問題になりそうだと。こうしてあれこれと選んではいるものの、前提となっているのは下賜をするという事実。今後買い替えをまた行ったときに、オユキ用にと誂た軽めの食器であるとそこでまた厄介を生む。特にオユキの手に合わせた物を、重さを控えた物をとなるとデザートナイフが真っ先に候補に挙がる。そして、他の者たちがそれをテーブルナイフとしてあわされたカトラリーのセットを下げ渡すのかと、そういった話。

「で、あれば、そうですね。セットとしてはつけて頂く事としましょう。ただ、もう少し軽量な物を追加で」
「それしか、ありませんか」
「私がそちらを基本として使っても構いませんが」
「いえ、確かに不都合も多いと分かりますから」

トモエとしても、オユキの食事の内容を改善しようと考えているのだが、実際にはなかなかどころではなく難しいのだという理解もある。どうにも、この世界では食事で得る者と言うのがかつての世界に沿っていないといえばいいのだろうか。それこそ、種族などいくらでも存在しているためそれぞれと呼ぶしかないのだが、草食動物の特徴を持つ存在ですら好き嫌いでしかないと、そう断じられる範囲。生きていくために必要なはずの、不足すれば間違いなく身体に不調をきたすはずの栄養素。それらを加護で賄えそうだと言う事もある。このあたりについては、トモエにしても度々アルノーと話し込んではいるのだがなかなかに結論が出るような物でも無い。ある種人体実験と言えばいいのだろうか、そうした忌避すべき事柄でもあるため、あまり極端な事が出来ないのも事実。カナリアに頼むのも難しそうだと話してはいるため、いつかマルコにこの世界における医学書、特に栄養学に依ったものがあれば聞いてみようなどと結論らしい結論は出ているのだが。

「私としても、偏食だと理解はしているのですが、どうにも」

そして、そうしたトモエの不安が分かるからだろう。アルノーの細かな配慮に、勿論気が付いているからだろう。オユキとしても、背丈が、体重が欲しいなどと言っている以上今のままでよいなどとは考えていない。

「私もアルノーさんと話して、豆類を多くとはしているのですが」
「いえ、植物性ではそもそも不足もありますし、吸収効率も低いので」

いっそ、精製を。サプリメントとして。そんな事をオユキは考え始める。

「アマギあたりに頼めば、いえ、彼はそうした方面ではありませんでしたか」
「オユキさん、補助食品は、あくまで補助です」

そして、オユキのそんな考えを認めないのがトモエでもある。

「アルノーさんに頼んで、オユキさんでも食べやすい形としてゼラチン質とはしていますし」
「後は、魚の類であれば」
「そちらは、王都でも難しそうではあるのですよね」

それこそ、河沿いの町からしっかりと水路を引き込んで、釣り堀までをミズキリが作った始まりの町であれば、近頃はすっかりとおなじみの食材にはなってきている。勿論、これまで見た事も無い、干物で見る事のほうが多かったため、調理法の確立などはこれからではあるのだろう。好みの問題も色々と難しい。

「いっそ、とも思いますが」
「流石に、騎士の方々を動員して、私が食べる物をと頼むのは」

さて、それが許されるだろうかと考えて、ラズリアに視線を向けてみるのだが、こちらはやはり難しい顔。懲罰も兼ねてというのであれば、問題はなさそうなのだが、それ以外はと言う所でもあるのだろう。

「狩猟者ギルドに、依頼を出しますか」
「王都でそれを行うのも、また難しいといいますか」

それこそ、トモエかオユキの名前ではなく、ファンタズマ子爵家として依頼を出せば乗る者は多いだろう。だが、求めているのは日々の量でしかない。トモエはどうしたところで、魚介の類をこちらに来てからは多少は口にするのだが、それ以上に今の体に合うのは獣の肉。他の者達、一緒に暮らしている者達も多いのだが、そちらにまでとなると今度はアルノーに対してかかる負担がやはり過剰になる。

「そちらは、また色々と話してとしましょうか。正直、それに慣れてしまっては魔国での生活に不安もあります」
「それも、あるのですよね」

全く、元がイタリアだというのにあの国における食生活と言うのは、かなりオユキにとってつらい物があるのだ。気候も合わない、食事にしても。勿論、アルノーが色々と工夫を凝らしてくれているのはわかるのだが、果物の類も野菜の類も。どちらも非常に高価なものとなっている。神国のように、気軽に、それでも相応の金額を支払う必要はあるのだが、桁が一つ二つ変わるほどとなると流石に頭を抱えざるを得ない。それで、現状家が傾くのかと言われれば、それは無いと応えはするのだが。

「何にせよ、という物です。不足は嘆くばかりではなく、必要に応じて」
「そうした部分を含めての、加護なのでしょうね」

そうして話しながらも、一先ず買う物は決めてしまいそのままラズリアに後の事は任せてしまう。支払いなど、いよいよ自分たちでしなくなって、最早相応に経っている。王都の物価を考えれば、今購入している物にしてもこちらに来たばかりの頃には随分と高額だと感じていたには違いない。だというのに、今となっては、本当に気軽に変えてしまうのだから。

「オユキさんは、本当に上手く」
「どう、でしょうか。私ばかりと言うよりも」

そして、次にはどこに向かうのかと言えば、トモエからの要望もあって布と糸を追加でという話になっている。オユキのほうも、最早言われた物以外は用意するつもりもない。加えて銀食器の店だというのに、オユキはしっかりと自分が趣味に使うためにと色々と頼んでもいる。そういえば、ちょうど彫金をするための板や短杖も無くなっていたなとばかりに。取り扱いが無い、とは、なかなか言い出しにくいだろうと、それをいい事に、後からでも構わないから屋敷に届けるようにと。

「それにしても、糸はともかく布は十分にあった様に思うのですが」
「あれは、気軽に使っていい物ばかりではありませんよ。それに、基本としては」
「私とトモエさんの衣装を、ですか」

ただ、それにしても、既製品と言えばいいのだろうか、わざわざこちらから布を持ち込んで、そうした習慣がオユキにはないのだ。トモエのほうでは、娘たちと共に和装を仕立てるときなどは、反物を持ち込んでとしていたものだ。型が決まっており、柄を選ぶというのであればやはりその方が色々と話も早い。細かな採寸、それは勿論あるのだがそれにしても決まっている部分はトモエでも分かるようなものであり、自宅で軽く測ってではこの布で、この型で。それで随分と簡単に話が進む物ではある。こちらでも、まだそれを行ってはいないのだが、衣装を作ろうとそうした話が出るたびに布の販売者だけでなく針子たちもやってきているのだ。

「オユキさん」
「トモエさんであればともかく」
「それなのですが、この世界はこれから子供も増えるわけですから」

トモエとしても、正直言いにくい言葉ではある。オユキが気にしている、その自覚のある言葉。だからこそ、伝える事は本当に悩んでいたのだ。そして、オユキにしても、何処かそうした己を自覚している中で、認めてなるものかとばかりに、本当に気が付きたくないのだと言わんばかりに目を背けていたこととして。
それこそ、これから先イマノルとクララ、あの二人の間に生まれる子供、その性別によっては使ってくれと贈っても良いのだ。それこそ、なんだかんだと仲良くしている少年たちに、少年たちのこの先に生まれる子供にと贈っても良い。

「オユキ様、失礼します」

そして、そんなトモエの言葉が、本当に綺麗にオユキに届いてしまったのだろう。伝えるべきタイミングは、他でも良かったかもしれない、そんな事をトモエが考えるほどに。それこそ、屋敷に戻った後に、また二人の時間でとすればよかったのかもしれない。ただ、それを行うと決めてしまえば今も一先ずある物をとばかりに新たに調達したオユキの趣味のための道具、そちらに気がとられてしまっている以上はという物だ。これまでであれば、そうした物はなるべく後に回していたのだが、流石にどのように店舗が並んでいるかもわからぬ場所ではそれも難しい。

「カミトキ、そのように私を見られましても」
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