憧れの世界でもう一度

五味

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28章 事も無く

水路へ

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水路を、実に豪華な装飾の施された船が進む。水路などと言ってはいるのだが、幅は十分以上に広い。それこそ、オユキが思い描くような、かつての世界にもあったような観光用の小舟であれば四艘は余裕をもって並べられることだろう。タンカーのような大型の輸送船が入れるような幅は無いが、それでも少し小さめの遊覧船程度であれば十分すぎる程に往復できるだろう幅がある。もはや水路と言うよりも、川と呼んでも問題がないほどの物が。

「こちらの区画には来た覚えがありませんが、実に見事な物ですね」

そして、オユキは珍しくという程も無く。少しはしゃいだ様子で。トモエとしては、そんな様子のオユキを見ながら、そういえば過去にここではない、武国の由来となっているだろう国でも随分と楽しんでいたなとそんな事を思い出す。どうにも、時期があまりよくなく、随分と寒い中であったため、かつてのトモエとしては手がかじかんだりする感触に、少々辟易としたものだが。それでも、今と同じようにどこか浮足立つオユキを見ているのは楽しかったものだ。

「そういえば、貴女方は屋敷の周囲もあまりと言った様子でしたね」

そして、案内役と言えばいいのだろうか。色々と来歴をねだるだろうトモエもいる以上は、歴史の守護者として同行せねばなるまいとばかりに。公爵夫人も、それが当然とばかりに。

「そう、ですね。水路は確か、神殿に至るのだとマリーア伯爵令息に」
「ええ。何もこの水路がまっすぐに、と言う事もありませんが」

そして、そこから簡単に王都の地理などが説明される。
そんな長閑な時間を過ごしてはいるのだが、流石にこの国の王妃その人、さらには公爵夫人までもが乗った船が進んでいるのだ。水路の脇には、船の進みに合わせて行軍を行う騎士たちもいれば、いくらかの船が周囲を囲んでもいる。そして、その外側にはこれまた物見高い者たちが愉快な数集まってもいる。それこそ、手慣れた者であれば、今も船室と言うべきか、拡張された空間で朗々と舟歌を歌い上げている歌姫であれば、それこそ手の一つも振って見せるのだろう。だが、生憎とトモエとオユキにそのあたりは望むべくもない。
騎士たちの一部もそうなのだが、護衛と言う仕事を持つはずが流れる音楽に、響く歌声に時折意識を奪われては咎められている。オユキがそうならないのは、そちらに疎いからと言うのもあるのだが、それでも既に心に浮かぶ美しい物が別で占められている。トモエにしても、やはり同様。こうしてオユキに語り掛ける王妃や、少々疲れた様子が見える公爵夫人が心打たれても忘我の様を呈さないのはやはり慣れに依る物ではあるのだろう。
ゆっくりと進む船、伸びやかに響く歌と音楽。それに、これまでであれば色々と騒ぎ声をあげていたはずの者たちは、すっかりと心奪われている。

「それにしても、水門のようなものは作っていないのですね」
「水の流れを遮る、やはりそれは水と癒しの女神さまの御心に叶う物ではありませんから」
「とすると」
「平時はそれこそ、往来も多い水路です。特に、ここ暫くは」

輸送の為にと使われている、水路に船を浮かべて遊覧を。成程、これほど美しい風景であれば、それを愉しむ者たちが多いというのも頷けるものだと。

「こうしてみると、本当にこの王都と言うのは美しい物ですね」

オユキが、ほうとため息をつきながら。

「区画整理もさることながら、この水路から見える建築物、民家としているところも多いでしょうに」
「そればかりは、かつての頃より変わらぬものもあれば、老朽化が進んだ時に建て替えを行った物もあります。区画の整理、整備と言えばいいのでしょうか。広大な王都ですから、そのあたりは自然と住みわけが為されていったといいう流れです」
「合理的と言いますか、その背景には思う所があるというか」
「何度でも繰り返しますが、何も貴女個人の責ではありません。勿論、私たちの誰もそれを負う必要など本来は無いのです」

この世界は、生まれることが出来る数が、存在できる生命の数が限られていた。それは、かつてあったサーバーと言う仕組みがしっかりとこちらにも影を落としたものとして。どうにもならない、誰もがどうしようもない問題が。

「しいて言うのであれば、それは神々こそが負うべき責でしょう」
「王妃様」

続く言葉が、オユキにとってはあまりに意外な物で。

「私達の誰もが、ええ、常に疑問を覚えていたことです。貴族の責務、次代につながなければならない。それが、どれだけの困難を持っているのか、ええ、よく分かるでしょう」
「それは、はい」
「ですから、私も、陛下も。実のところ、離反する者たちが思う所も分からないのでは無いのです」

烙印を押される者達ではなく、神々に対して、はっきりと疑問を持つ者達。その気持ちは確かにわかるのだと。どれだけ祈ったとして、どれだけ、良きものと暮らしたとして。

「そう、ですね」

オユキも、それについては理解ができる。かつてそれを求めたのはトモエであって、オユキはそれはそれは気が引けていたものだが。それでも、生まれてきてくれたことには、出産と言う非常に痛苦を得る行為を行ってくれたトモエには確かな感謝があったものだ。

「かつては、私たちも二人子宝に恵まれましたから」
「そうでしたか。いえ、そうした話を、確かに聞いた覚えもありましたか」

具体的な数について、これまで言及した覚えはオユキにはなかったが。それこそ、どこかでトモエが話したのかもしれない。なんだかんだと、過去と同じように。離れている時間も随分と増えてしまったのだから。

「これから、暫くは」
「また、トモエさんの手による物ですか」

都合が悪いとは思わない。トモエがそれを必要だと信じているのだから、それを今更オユキが疑うことなどない。ただ、過保護な事だなと。昔も、今も。トモエに甘やかされているのだと、本当にそう感じる物だ。それにふさわしいだけの何かを、確かにトモエに返そうと。

「そうであると有難いのですが、例えば」
「成程」

だが、今こうしている瞬間にも、やはりオユキに対して、王妃に対して敵意を向けてくる者たちと言うのは存在している。鈍ければ気が付かないだろう。トモエであれば、よくある事とただ流すだろう。だが、オユキにしてみれば、よくある物ではない、そんなものがあるのだと気が付くのだ。気が付いてしまうのだ。いつからだったかは、最早オユキにしても定かではない。戦と武器が印を与えるのだ、その巫女であるオユキに何も無いと考える方が難しいのだと、それも理解はできている。

「クレリー家子女、失礼令嬢、ですね」
「そちらに、貴女が分かる印は」
「あったのは事実。ですが、今となっては」

それこそ、最早どちらが先かもわからぬようなものなのだ。オユキが敵だと定めれば、戦と武技はそれを最大限くみ取るのだろう。以前、この王都で襲撃が行われたときに、オユキは躊躇いなく決断を下した。そして、結果として、他の者たちに迄それが波及した。そこから暫くは、それから先は、オユキはなるべくそれを考えぬ様にと、そうしてきたのだ。だが、クレリー家の令嬢については違う。はっきりと体調が悪い事もあり、さらには国王その人から面倒を押し込まれて。不機嫌だったこともある、八つ当たりに近いのだとその自覚も確かにあった。だが、あちらについてから暫くは、オユキにとっての敵であったには違いないのだ。そして、戦と武技がそれを汲んだ。結果として、烙印ともまた違う、戦と武技にとっての敵に与える印。以前であれば、レッドネーム。こちらであれば、全身を覆う赤い光として。

「報告は、ええ、受けていますとも。そして、そこから推測が出来たこともあります」
「正直、私はただの人なので」

だからこそ、トモエが警戒をしているのだろう。こうして、周囲がこれまでよりも念入りに整えられようとしているのだろう。

「感情は、どうしても」
「それは、仕方のない事でしょう。陛下であれば、公から離れれば」
「公人である、それを全うできるだけでも」

オユキとしても、かつては、それこそ老境という程でも無い時期には、少しは身に着けていたはずなのだ。ミズキリとどうにもならぬ論争を抱えながらも、それでも折り合いをつける方法を。対外的には、上層部は一丸であるのだとそれを示すための振る舞いを。だが、こちらに来てからという物のそれすらもままならない。どうにも。、はっきりと自覚はあるのだが、己の精神すらも肉体に浸食されている。言葉は悪いのだが、見た目相応にずれが生まれて言っている。結果として、色々と便利な、トモエとの間で優位に立てるかもしれない、そうした物が手に入りつつある自覚もあるのだが。

「全く、そのような見た目で」
「ええ。内面は、見た目の影響もうける、その理解はありますとも」
「こちらでは、器が示す、器が魂の形をも表すものなのですよ」

言われた言葉に、確かにと思う所もある。創造神に言われた言葉、こちらに来るときに言われた言葉と言うのは、確かにこちらで過ごすための姿を作れとそんな話では合った。しかし、実際に作ったのはまさに器そのものと言う事なのだろう。根源と言うのもあり、そちらにもしっかりと形があるような口ぶりで語る者たちも多いのだが、物理に寄っている者達、特に形質としてそちらに依っている者達と言うのはまさに見た目通りに限りなく近づいていくのが自然だと言う事でもあるらしい。確かに、あの少年たちにしても、これまでの食生活の結果として、実際の年齢に比べれば幼いとそうした印象も受けていた。ならば、オユキもそうであると言われれば確かに納得のいく理屈ではあるのだが。

「一応、生前は八十を超えるほどに生きていたのですが」
「私たちがどれだけ長命を誇ったところで、比べ物にならない種族はいますから」
「そういえば、ミリアム様もそうなのですが」
「あちらは、いよいよ物質に依った存在ではありませんから」

何処か幼さを残したままのミリアム。それについて、言及しようと思えば、種族差ばかりは仕方が無いとそう返ってくるものだ。そして、オユキが感じた気配は、目に映る存在は周囲を固める騎士たちの手によって、きちんと数を減らしていく。
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