憧れの世界でもう一度

五味

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28章 事も無く

纏めてしまえば

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「凡その所は、理解が進みました」

そして、そんなトモエとオユキの言葉に、連ねた言い訳がましい言葉にここまで口を挟まなかった相手から。要は、そろそろ限界が、王太子妃の奇跡にしてもそうだが、何よりも時間がこれ以上を許さぬと言う事でもあるのだろう。あまりに突然に、こうして押しかけているのだ。される側の理屈としては、もっと事前にと言いたいところでもある。しかし、それが必要だと判断して振る舞った側としても、無理に時間を作った以上はという物でもある。

「最低限は、さて、伝えたように思います」

そして、聞くべきはと言えばいいのだろうか。歴史から消した事柄、その一部を確かに伝えられたのは事実。これ以上を求めるというのであれば、それこそ体調を戻してから改めてと言う事なのだろう。消した歴史、それをこれまで確かに何度か伝えようとしたには違いない。マリーア公爵から、それも口約束でしかないとはいえ確かに交わされたものではある。この世界には、確かな存在がいる。それを前に宣誓したのではないとしても、一応は巫女と言うオユキの立場がある。オユキは、いよいよ気が付いていない事ではあり、トモエだけが違和感を感じていることとして。異邦人の巫女、平然とか細いマナで、アイリスですらかなりの負担を得る事を平然とやるオユキの様子に警戒を覚えているのだから。特に、大きく判断を変える契機となったのは、王妃の前でイマノルとクララに世話を焼いたこと。そこでは、華と恋に、月と安息が当たり前とばかりにオユキの願いに応えたのだ。ならば、他の神もと考えるのも無理はない。

「ただし、オユキ。私の前で、我が娘に」
「そういえば、確かに」

だが、そうしたことを口にせず、やはり端的にではあるのだが。椅子から腰を上げる相手を見送ろうと、オユキも併せて体を起こそうとするのだが、それはやはり身振りで止められる。

「月と安息の女神さまは、確かに悪癖をお持ちです」
「それは、公然の事なのですね」

そして、実に頭が痛いとばかりに、王妃がそうして語るのだ。

「ですが、この世界に生きる者たちの安息を、安寧を心から望まれているのも事実」

それは、都市の、壁の守りが確かに示しているだろうと。
言われて思い出す、等と言う事も無い。言ってしまえば、あの柱にはかなりの負荷がかかっているのだとよく分かる。この世界の者たちは、眠りを必要とする者たちは魔物の領域ではそれが望めない。だからこそ、日々の安寧を求めて庇護に縋る。それでゆがむなどと言う事はありえないだろうが、たまたま声が届きやすい相手に対して、日々のうっ憤をと、確かにそれくらいは考える物ではあるのだろう。

「上位者と言いますか、統治者のと言いますか」
「ええ。できれば、神々の間でとも思いますが」
「それも、やはりなかなか難しいのでしょうね」

それぞれがそれぞれに。忙しくしているには違いない。簡単に愚痴などは各々聞いているのだろうが、それにしても与えられた役割が、存在として許されぬ言葉も多いのだろう。原初の祈りがある、この世界の始まりにあたって、定められたことがある。それから逸脱しかねない愚痴については、他の神々としては確かにたしなめるしかないのだろう。そして、本来であれば、それを補うためにと与えられた神々とているはずではあるのだから。助言となる物は、確かに得たなと、そう考えたときに。

「オユキ、貴女の目的は理解していますが」
「そちらは、シェリアに任せると良いでしょう」

王太子妃の教示の奇跡は、既に止まっているのだろう。相も変わらず、口の動きと聞こえてくる音が大きく変わっている。公用語、間違い無くオユキでもそれなりに理解できるはずの英語でそれぞれがしゃべっているには違いないのだが、聞こえてくるのは日本語ばかり。教示の奇跡が使われている間は、正しく英語で聞こえていたものだが。この辺り、魔国の王妃が使ったときには日本語として。今回王太子妃が使った物では、英語として。つまりは奇跡と呼ばれるものにも種類と言えばいいのか。練度の違いという物が存在しているらしい。

「オユキさん」
「わかりました」

言われたことに、とりあえず何を言うでもなく笑うだけで済ませたオユキにトモエが声をかければ、ただ、オユキはトモエに対して頷いて。その様子に、しっかりと周囲の者たちが頭を抱えて見せるのだが、そればかりはオユキも譲る気はない。そんな様子も伝わるからか、周囲からの視線がトモエに向く。

「トモエ、くれぐれもオユキはしっかりと休ませるように」
「ええ。ただでさえ、こちらでも雨乞いをと言う話なのですから」
「畏まりました、確かに」

そして、トモエについてはいよいよ明言しなければならないと、そうした判断が今回で固まったからだろう。命令という程でもないのだが、上位者からのそれ等変わりはしない。そして、トモエにとっては、実に都合の良い物だからこそ。

「だ、そうですよ。オユキさん」
「ままなりませんね」
「既に現状を得ているのです。そうあるだけの事をした以上は、受け入れてもらうしかないでしょう」

トモエとしては、やはりここまでの無理をしたオユキを休ませることに否やは無い。それこそ、神国の王都にいる間であれば、トモエにしても正直積極的に外に向かう予定も無いのだ。王都で与えられている屋敷には、始まりの町に合わせてだろう。四阿もあれば、その前にはトモエが鍛錬を行うのに十分すぎる程に広い庭もある。オユキが外にと望むその時間で、トモエも同様に日々の事を済ませてしまえば良いだろう。

「ええ、暫くは、ゆっくりとです」
「祭りの日までは、ですか」
「他の予定は、ええ、引き受けて頂けるようですから」

そう。王妃も、公爵夫人も。オユキの様子を改めて確認したうえで、今後の調整をするためにと来たには違いない。そして、その結果として暫くは何もさせずにゆっくりとさせた方がいいだろうと、そう決断が下った。その証拠が、トモエに対しての言葉。

「であれば、休暇を謳歌しましょう」
「トモエさんは、王都で」
「確かに、見て回りたいとは考えますが」

さて、王都の中を見て回る、それは確かに楽しみな事ではあるのだが。どうしたところで、季節が悪い。時期も良くない。近々祭りがある、その準備をこれからカナリアを主体に、アイリスも加わって行っていくことだろう。水と癒しの神殿似るはずの巫女、こちらにしてもクレリー家の領に向かって移動するという、間違いなく派手な仕事が待っている。そのための準備なども考えれば、さて、今度はいったい何事だと、実に賑やかな事になるには違いない。トモエとしては、オユキに言われて改めてその様な事を考えてみるものだが。

「面倒は、厄介はある程度引き受けて頂けるのでしょう」

しかし、オユキのほうでは休暇を楽しむというのであれば、それが必須の条件だと言わんばかりに。休めと言われて、そのために条件を出すのは如何な物かと、そうトモエは考えるのだがオユキはやはりそうでは無い。休暇を過ごす、体を、心を休めるというのであれば、そこには必要な事もあるのだとばかりに。

「水路を船で、今ならある程度は空いています」
「では、それを一つとしましょうか。ヴィルヘルミナさんも、戻っていればと思わずにはいられませんが」
「彼女が歌を奏でながら水路を進めば、過剰に耳目を引くでしょうから」

オユキにしてみれば、それも一つと考えての事ではあるのだがトモエからしてみればやはり目立ちすぎるというしかない。遠景を眺めて、ゆったりと川を下る。オユキがそうしたことを好むのは知っているため、普段であれば二つ返事でそれも良いのではないかと、そう応えたものだろう。だが、今度ばかりは頼む相手がいる以上はと。オユキが、どの程度までなら許されるのか、それを試しているのはわかっている。言ってしまえば、少々の無理を、オユキも叶わないだろうと考えている事を口にして、その反応を見極めたいと考えての事なのだ。だが、トモエが止めているのは、オユキのそうした癖のようなものではない。甘える相手に、甘えてもいいのだろうかと振る舞うそうした癖に対して、危険を感じているわけではない。

「良いのではありませんか。確かに、その方が華やかでしょう」
「王宮に努めている楽隊もいますし、そうですね、船についても試すべき事柄がありましたか」
「領都でも進めてはいますが、確かにここで一度としてみるのも良いかもしれませんね」

オユキ程度の思い付き、我儘。その程度の事など、あまりにも当然としてしまえる相手がこの場にいる、それが問題なのだ。トモエが、何とはなしに、オユキの頬に昔から変わらぬ癖として指を。トモエの警戒、それが自分に向けられたものだと考えていたオユキが、ようやく気が付いたとばかりに。

「ええと、なんと申しましょうか」
「アイリスにしても、祭りの準備がこちらでもある以上は戻さねばなりませんし」
「となると、追加の戦力、いえ、これを機に一度半分ほどを入れ替える事としましょうか。アイリスが戻るのであれば、アベルもでしょう。そうなると、ローレンツだけでも向こうにいるという状況は都合が良いとも」
「ローレンツ様は、その、一応は家族の時間を」

何やら、まずい流れが出来上がりそうだと。トモエに慮ってオユキの発した言葉、それが随分と派手な催しに変わりそうだと考えてオユキがどうにかこの流れを止めようとするのだが。

「そうですね。オユキ、一週程は時間がいります」
「手配も方々にしなければなりませんし、それくらいの期間があれば、少しは体調も戻るでしょう」
「その、ですね。あまりに大仰な物と言うのは」
「私たちが些事を引き受けるというのならば、それも必要な事と諦めるのが良いでしょう」

しかして、回答はやはりにべもない。どうにも、この機会にそろそろ良いのではないかと考えているらしい、トモエとオユキの挙式。それに向けたお披露目とでもいえばいいのだろうか。周囲に対して、そうしたことがあるのかもしれないと、それを伝える意図もと言えばいいのだろうか。何やら、ちょっとした観光の心算が結局はそこに政治がきちんと乗ってくるものではあるらしい。
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