憧れの世界でもう一度

五味

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28章 事も無く

神国へ戻る前に

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嬉しい贈り物、オユキの手料理と言うのには色々と難しい物があるにはあるのだが。それでも、過去と変わらぬものはどこか残したまま。しかして、アルノーの監修が入ったのだと分かるオランジェットを改めてつまみながら。

「オユキさんは、今回こそは休むつもりがあると」

そして、嬉しい味に、記憶に随分と遠くなってしまった味を懐かしむように、噛みしめながら。ただ、やはり味覚の変化と言うのは、大きいのだろう。過去程、オユキが手づから用意した品だというのに、何処か過去に感じたよりも少しの差異を感じて。それが、アルノーに依る物だと、そう思いきれないほどにはトモエの味覚も改めて変わっているのだと、そう改めて認識もして。

「恐らくは、としか」
「その、仕事として引き受けることが出来ない、そう出来るものはと言う事ですか」
「どういえばいいのでしょうか」

トモエの不満と言うのは、確かにオユキにも理解ができる。そこに置くべきもの、仕事とそれ以外の差。過去でもそうではあるのだが、こちらではいよいよと分別の難しい事と言うのが其処には確かにある。

「こう、休むつもりで、例えば神殿などに伺ったとして」
「確かに、仰々しい物になるには違いありませんが」
「その前の段階からですね」

そう。水と癒しだけであれば、まだ王都からほど近い事もありさして苦労せずともたどり着くことが出来る。

「月と安息、こちらに向かうとなれば」
「それは、確かにそうでしょうが」

門の起動を前提としなければならない場所。そこに向かうために、必要な物は自分達でねん出しなければならないというのが、まず真っ先に来るのだと。オユキがそう話したところで、トモエからはむしろこれまでの事で、例えば今も魔国で散々にトモエが得たもので十分すぎる程ではないのかと。事実として、トモエが、単独でと言う事になったとして、ここまで得たものと言うのは門の起動には十分すぎる程。確かに拾い集めるためにと、護衛の為にと色々と人を頼んではいる。得物も、粗製乱造品には違いないのだが、安価な武器にしてもいくつか既にダメにしている。だが、そうした物までを計算に入れたとして十分以上の物が既にあるはずだと。苦手とはいえど、かつてう一応は家計という物に向き合ったトモエとしては、そのようにも考えるのだ。

「これまでの成果では、不足だとオユキさんはそう考えますか」
「いえ、十分であるには違いありません」

アルノーにエステールから頼んだ、火を使わない類の朝食。勿論、パンなどは流石に加熱はされたものが供されるのだが、果物や生野菜を主体とした朝食。既に、オユキにしてもそれらを片付けて、今はオランジェットに合わせてお茶を飲みながら。どうにも、生前は自分で用意しながらも好みでは無いと、そうした様子を隠さなかったオユキではあるのだが、こちらでは随分と気に入ったようで。寧ろ、試作を繰り返す中で、改めて己が好む味に近づけていったのか、アルノーが気を利かせたのか。トモエよりも、流石に食べる速度は速くないのだが、それでも他の者よりも旺盛に。

「ですが、そちらのほとんどはこちらに納めることになりますから」
「あの、オユキさん、まさかとは思いますが」

そう、オユキがこちらで好むものを、魔道具をそれなり以上に買い込んで戻るつもりなのだと、そこでトモエにしても理解が及ぶ。

「いえ、こう、個人としての思考と言う訳では無く」
「聞きましょう」
「こちらでの活動と言うのは、神国が魔国に対して派遣した、その枠を出ないようにしておきたいのです」
「それは、既に」

オユキが、そうした建前が必要になるのだと、そう話はするのだが。トモエにとってみれば、そんなものはとうに過ぎただろうと。

「いえ、意外とそうでもありませんから」
「それは、今回の祭祀をしてと言う事ですか」
「必要以上に上手く事が運びましたが、はい」

壁に穴をあけたのは事実なのだが、それを知っている者は、正直魔国にはほとんどいない。これが神国であれば、狩猟者が多い環境であれば。そうでなくとも、騎士が定期的に壁の外で魔物の狩猟を行う環境であれば。

「正直、この国の方々は、やはり壁の内外、その認識が薄いのです」
「恩恵に、ただ預かっている」
「はっきりと言うのであれば、そうですね」

そして、オユキとしても何やら喉が渇くと、そんな事を考えて改めてティーカップに手を伸ばして、一度口に含んで。

「こちらで暮らす方々、そのほとんどは壁の外で起きたことを認識ている様子がありません」
「そう、でしょうか」
「はい。仮に理解しているのだとすれば、ここまでの騒ぎに等なっていませんよ」

そう。こうしてトモエとオユキに対して、神国から来た者たちに対して感謝を示そうという物たち、その多さが如実に示していることがある。

「神国では、どうでしょうか」
「少しの差は生まれるかとは思いますが」

しかして、オユキのいう言葉、それが正しいのかわからぬと、トモエが疑問を作ってみれば。シェリアが、確かにオユキの言葉に理があるのだと理解を真っ先に示す。

「オユキ様の言は、確かに納得のいく形であるかと」

そして、エステールからも。

「神国であれば、壁にこうして穴をあけた、その事実に難色を示す者たちもある程度出てくるのでしょうが、そちらはやはり壁の維持を行う事、それを職務とされる方となるでしょう」
「その、安息の守りのうちにいるのだと、それを前提とされている方は」
「翻って、それが職務である以上は」

エステールからは、民が領主に求める事。その筆頭こそがそれであるのだと。これが、悪戯にと言う事であれば、確かにしかりつけるだけでは済まないだろう。と言うよりも、そんなことが烙印も押されずには不可能なのだとそうした説明がまずはなされる。要は、神々が人らしく暮らせる場、それを守るためにこそ与えた奇跡なのだ。それを害して、そのような大罪を犯して神々からの咎めがないはずもないのだと。

「私も書籍に頼んだ知識にはなりますが、過去にはそれを試みただろう人物が、ただその姿を消したのだとか」
「守りの内であるからこそ、月と安息の眼はごまかせぬと言う事ですか」

そして、壁に使われている奇跡と言うのは、この世界で現状最も力を持つ神の物。それこそ、マリーア公爵の領都で壁の守りが、加護が失せるといった決定的な事を起こした者たちの行いと言うのにしても、何も壁を破壊するなどと言う方向ではなかった。それが叶ったのなら、神の奇跡に対して無体を働いて許されたのなら、そこに確かに神の赦しがあったのだろうとばかりに。

「ええ。今回の事にしても、神々としての思惑があってこそです。ミリアムさんには、確認せねばわかりませんが」

オユキとしては、それも叶うだろうとそんな事を気軽に考えてはいたのだが。どうにも、他の者たちの、騎士たちの様子を見るに異常な出来事だったのだと理解した。ミリアム本人は、できると考えての事であったのだろうが、わかりやすい異常と言うのは確かに存在している。壁を破壊して、では、そこにもともと使われていたものはどこに行ったのか。それこそ、分解されて吸収されたのかも等と考えていたのだが、色々と理屈を理解してみればそうでは無いのだと分かるという物だ。

「要は、神々としても、この流れが必要だとそう考えてはいたようです」
「確かに、そうなのでしょうが」

そうした話を、オユキがつらつらとしてみれば。騎士たちから話を聞いていたのだろうシェリアは、ただ一つ頷いて。エステールのほうはと言えば、やはりどこか呆れたように。どちらかと言えば、一般的な貴族子女として、子爵家の人物としての反応はエステールのほうが正しいのだろうと、オユキとしてはいよいよそのように理解し始めている。
彼女によく習えと、マリーア公爵夫人からもかなり強く言われていることもある。確かに、改めて考えるまでも無く。シェリアについては、王家付きの近衛。それも、諸々を片手間で片付けることが出来るほどに秀でた人物。他に着けられたタルヤにしても、こちらはいよいよ第二代国王陛下のころから神国に仕えるまさに生き字引。これでラズリアが変わらずついていてくれれば、まだ少しは等と考えもするのだが、あちらはあちらでやはり近衛であるには違いない。侍女としても振る舞える、そこに一切の可視は無いのだとしても、根が、根底にある価値観と言うのが大いに異なるのだと。

「まさかとは思いますが、オユキさん」
「ええと、そうですね、確かにそうした側面も今にして思えば」
「あの、トモエ様」
「月と安息に対しての意趣返し、それも含めたようです」

オユキが、そんなことは言わなくてもと少しトモエに視線を送るのだが。トモエとしては、そのあたりはこれまで共有していなかった方がおかしいのだと、ただそうオユキに視線で。

「それにしても、オユキさん、大分食欲も戻ってきましたね」
「そう、でしょうか」

トモエにそう評されて、オユキとしてはこれまでとさほど変わりがない、そんな量しか食べていない、食べられていないはずだと首をかしげる。事実として、皿の数は流石に色々と小分けにされているため増えているのだが、それぞれに乗せられていた食事の量の合計は、今もこうして互いに口に運んでいるオランジェット、そこまでを含めて同じ程度。

「これまでは、陸に味も感じていなかったのでしょう」

しかして、トモエだからこそ分かる物がある。これまでのオユキは、食事の時間が苦痛でしょうがないとそんな様子をしていたのだから。他の者たちは、今もトモエの言葉に驚きを見せている侍女たちにしても気が付いていなかったのだろう。

「砂をかむような、そうした様子でしたから」

だからこそ、今もこうしてオユキは、かつての己がトモエに贈ったそんな品。過去のそれよりも、オレンジの感想にしても遥かに気を使たうえで、宝石のような光沢を湛えさらには深い栗色が美しくかけられている。かつての世界で覚えのあるそれでは厚みにしても随分と不慣れを感じさせるものではあったのだが、こちらではまさにお手本のように。トモエに回されている物は、オユキの手によると分かるどこか不慣れを感じさせるものが多いのだが、アルノーの悪戯心だろう、よくにせてはいるのだがそれでも歴然とした違いのある物を、オユキ用にと回しながら。
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