憧れの世界でもう一度

五味

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26章 魔国へ

式を終えて

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一言でいえば、荷が勝ちすぎていたのだろう。本人としては、一切想定していなかったことなのだろうが、今後レモが神国から派遣されている者たち、それらとの交渉窓口になるのだとそうした話をしてみれば。それはもう早速とばかりに彼に一度に書簡が舞い込むという物だ。様子を見に行ったファルコから話を聞いてみれば、そもそもアルゼオ公爵として借りている屋敷に入る事すらできないありさまであったらしい。

「と、まぁ、こういった状況と相成りまして」

壮行式と言う名の、他国の者たちがとかく不安だとオユキが示したために、それを解消するためとして催された式典。実際には、オユキが口実として使われているだけではあるのだが、今後を考えればそれも良いだろうとして。いや、実際に他国から来たというのに使者たちの体たらくについては思う所もあったのだが。

「孫が、成程」
「マリーア公」
「そうした約束をしたのも事実。正直なところ、我としても先代アルゼオ公を頼みたいのだが」

お飾りとしての役目を全うしたオユキは、着替えを行う暇もなくこうして話し合いの席に。壮行式自体は、いよいよもって月と安息の神殿へと向かった者たちからも一部戦力が改めて選ばれた。立て続けの事になるというのに、今度はさらに長い道行だというのに、それはもう与えられた功績に恥じることなくと言わんばかりに。改めて彼らの身に着けている勲章を見てみれば、今となっては懐かしさすら感じてしまうかつて王都でオユキたちの護衛を務めたものに与えた、戦と武技から授かった勲章と並べて今度の物を。加えて、何やらそれぞれに既に持っていたのか、それとも新たに与えられているのか。そろいの勲章なども身に着けていたものだ。そんな騎士たちに、是非とも一言とそうした視線は感じたものだが、生憎とオユキが口を開いてしまえば間違いなく他国からの使者に対しての言葉が漏れるだろうからと、流石に公の式においてそれはどうだろうかと言われたため文字通りお飾りの役割を全うしただけとなる。代わりにとばかりに、アイリスがきっちりと己を本来であれば迎えに来たはずの使者たちに対して釘は差していたが。

「問題としては、優先順位の設定がそれぞれに違う所となります。解決するには、やはり明確に強権を振るえる方を招かねばならないのですが」
「そうなる事はわかっていたとも、無論、その方が解決の為にと先代アルゼオ公を頼むつもりであったのもな」
「私自身、フォンタナ公爵との縁が絶たれた、あくまでも辺境伯を通しての物でしたが、それがかの国に齎したものを、齎してしまった負債があるとすれば」

そうして、こちらもまた随分と疲れた様子の先代アルゼオ公爵が深くため息をつく。

「その方も、まぁ、気が付いているのだろうが」

公爵の言い分と言うよりも、現状に大きな問題があるのは勿論共通認識として持っている。今となっては、この国にある公爵家は四つ。そして、魔国の事にそのうちの三つが大きくかかわっている。残る一つの家が、今はまだ玉座についている人物がそこで調整を行わない訳も無い。

「ええ、送るのであれば、既に魔国に向かっている三家ではなく、残るクレリー家の縁者をとな」
「流石に、全く面識のない方をと言うのは」
「うむ。正直我にしても、どうにもあの家とはなかなかに縁が無くてな」

これまで、間違いなく何度か顔は見ているはずだ。マリーア公爵は随分と気軽にこうして度々王都に顔を出しているのだが、現アルゼオ公爵はそれがない。ユニエス公爵家として、間違いなく家督を持っているはずのアベルにしても、それを半分捨てるような騎士として己の身を成していた。

「王妃様は、確か、ユニエス家からの」
「それも、また少し違うのだがな」
「ええ、王妃様がアベル殿を甥と呼ぶのを聞かれたのでしょうが、ブーランジュからの連なりです。勿論、ユニエス公爵領で侯爵として領を持っている家ではありますが」

さて、そうした関連となると、確かに残る一つが随分と割を食っているように思えるものだ。

「ですが、事今に至るまで」

そう、今に至るまで、残るクレリー公爵家から何か行われなかったのかと、オユキとしても疑問ばかりが残る。

「うむ」
「お二方にしてみれば、そのように映る物でしょう」

マリーア公爵にしても縁が無いと、そう言い切る家。それをオユキが知らぬのも当然だと、先代アルゼオ公爵がどこか苦く笑いながら。

「マリーア公にしてみれば、確かに王都を挟んで向かいですからな」
「とすると、はて、そちらの方向はユニエス公爵家では」

オユキの頭の中にある、何処かあやふやな地図をもとに考えれば、アルゼオ公爵領とマリーア公爵領が隣接している。そして、残る一角と言えばいいのか、反対側はユニエス公爵家とばかり考えていたものだ。確か、武国にしてもそちらの方角にあった様に、そんなことを始まりの町にある屋敷、己の執務室に用意された地図ではそのようになっていたはずだと。

「それも間違いではないのですが、もとは五つであったわけですからな」
「ああ、確かに。いえ、それにしても」
「特別と言う訳ではありませんが、領都の位置関係の問題ですな」

そう、領都が王都から見てどこにあるのか、それも色々と位置関係をややこしくさせる。オユキの頭に現状あるのは領の位置関係。マリーア公爵領を起点にすれば、アルゼオ公爵領、今は失われた家その二つと隣接している。ユニエス家がその失われた家を挟んでと言った位置にあるため、てっきりそちらかと考えていたのだが。

「確かに、マリーア公爵の領都は王都からそれなりに近い、と言うほどでもありませんか」
「国法で定めもあってな。最も離れた位置でも、急ぎで馬車を走らせれば二週でつく様にと」
「流石に、その程度の制限位はありますか。いえ、それにしてもアルゼオ公爵領は」

以前アルゼオ公爵領に立ち寄った時には、その枠に当てはまらない場所であったのではないかとオユキが疑問をそのまま口にすれば。

「我が領地については、魔国との関係もあり当主とその先代、この二つがそれぞれに役職を得ておりましてな」
「わかるような、わからないような。いえ、必要とあればそれに合わせてと言う事ですか」

何も例外を許さぬというほどに狭量なものではなく、状況に合わせて判断を行える類の物ではあるらしい。オユキとしては、自分自身も振り返ってみればそのような扱いかと思う反面、だからこそ、この国の貴族と言うのがとにかく忙しい由縁かとも納得がいく。要は、成文化されてはいるのだが、所詮は人の間で決まっていること。神々の定めでは無いというのならば、より拘束力という物も低かろう。そして、方々から神の判断を仰いでくれと言われれば、そうした陳情があればまた判断が難しいというものだと納得はできる。

「ですが、それでは」
「言ってくれるな」
「ええ、異邦の者からは何度も言われてはいるのですが」

納得ができたところで、改善方法があるだろうと考える心までが得心行くわけでもない。しかし、オユキの疑問については、過去から散々言われていたものであるらしい。そして、そうした疑問があったところでどうにもならぬというのであれば、そこにはやはり神の関与を疑うしかない。特に、こうした事柄であるのならば、それを名に関する神、そちらと言う事なのだろう。名前だけは聞いているものの、神像すら目にしたことのない神だ。この世界には裏側がある。そう聞いた以上は、間違いなくそちらで容赦なく力を発揮する神ではあるのだろうが。

「さて、話がそれていますね、それにしても陛下が一公爵家に対して、恐らくこの時までは動いていない以上はそのあたりに興味も無いと言う事なのでしょうが」
「うむ。我も幾度か既に書簡で話を聞きたいと贈ってはいるのだがな」
「あの家は、いよいよ美と芸術に領が近いせいでしょうか、世俗の事には特に興味が無いと、そうした家ですからな」
「ああ、成程」

確かに、そうした国に近く、さらには交流もあるとなればわからないでもないのだが。

「ですが、流石に陛下からのご下命とあれば」
「動かざるを得ない、そう我も考えていたのだがな」
「私としても、同様に。ですが、今回の事に向いた人員かと言えば、そうした紹介があるとは言えぬのが難しい状況でしてな」
「あの、いっそその方を受け入れたうえで、先代アルゼオ公もと言うのは」

オユキとしても、望みすぎだろうとはわかっているのだが、それにしても信頼のできる相手が、十分に能力を持っている人員がとにかくほしい。

「実務と言う部分であれば、ユーフォリアさんをとは思うのですが」
「流石に、そろそろ已むを得ぬか」
「返してくれ、とまでは言いませんが」

そう、返すも何も彼女の望みと言うのは、進退と言うのはあくまで彼女自身が考えることだ。オユキが望んでいる、そうした話を少ししたうえで、それでも今の仕事をと言うのであれば飲み込みはする。だが、こうして事あるごとに話しても、そうでは無いのだと実に誰もかれもがわかりやすいのだ。ならば、彼女の為にとまでは言わないが、今急ぎで必要な人員であることには変わりない。そんな人員を己の手元に、己の活動の場にと願うくらいは良いだろうと。

「それにしても、一応クレリー公からこの人物をとそうされている方は」
「いるにはいるのだがな」
「ええ。私も一度会って話をしたのですが」
「その口ぶりですと、あまり魔国へ向かう事に」

確かに、そうした物を好む手合いが、あの国に向かう事を良しとするとは思えない。そう考えてオユキが口にすれば、しかしそれは半ばで遮られる。

「いや、どうにもどこかへ向かう、己の慣れた場から離れるというのを好まぬ気性であるらしくてな」
「その、陛下から下された王命であるならば」

王政とは、その程度の事で許されるものであったかと。オユキの中では、疑問がただただ脳裏を踊る。そんなオユキの様子に理由を知る二人と言うのは、ただ何を言うでもなく重たい溜息を。オユキとしても、そんな二人の様子に魔国での事業と言うのが全くもってうまく運ぶ展望が見えず、内心重たい物をただためていく。
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