憧れの世界でもう一度

五味

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25章 次に備えて

魔国の王妃を迎える前に

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「また、随分と早く決まったものですね」
「それは、そうでしょうとも」

それこそ食後にオユキが簡単に経緯を書き記したうえで、何か知っている事があるのであれば話を聞きたいと、そうした手紙を預けたのが僅か数時間前。カレンには公爵家に。シェリアには王城までと頼んだかと思えば一時間もたたぬうちにそれぞれから返答どころでは無く、遣いの者がやってきた。
そして、今となってはトモエとオユキ、対でとばかりに興味があるからと完全に物見遊山といった風情のカリンとヴィルヘルミナも。揃って、公爵夫人の馬車に乗って既に王城の門をくぐり離宮の、どの離宮かは分からないのだが一室にまでと押されている。

「それにしても、また随分と」
「ええ、お借りしたシェリアには常々迷惑を」

こうして案内されてきてはいるのだが、やはりオユキの体調は優れない。己の足でどうにか歩けない事もないのだが、あまりにも時間がかかるからとこうして今もシェリアに運搬されて椅子に座らされている。一応は、少し前まで王太子妃が利用していたはずの安楽椅子も用意されてはいるのだが、生憎と背丈の問題もありなかなか難しいと判断がされたため今は大人しく長椅子にしっかりともたれ掛かって。

「それにしても、意図は伝わっていたようで何よりです」
「そうしたことも、恐らくはあるのだろうと」

そして、そんな短い時間の中。流石に用意も難しいだろうと思えばそれが当然とばかりに馬車の中までもを使ってあれこれとオユキは手直しをされることになった。元より、一応は与えられた服を着ていこうと考えておりシェリアにもそう頼んだものだが、化粧に関しては日々の物以上を行うつもりはなかったのだが。

「素材は良いのだから、もう少し飾ることを覚えてもと私はそう思うのだけれど」
「飾ると言われましても、何分方法に心当たりも無ければ完成系も思い描けず」

日々の事にしても、やはり任せきり。基本はトモエではあるのだが、近頃はそれに加えて何やらナザレアがあれこれと手直しをすることも増えてきている。

「完成系、ですか。確かにそうした表現もするものでしょうが」
「日毎に、気分でとそうした話も聞いた覚えはあるのですが」

そう話して、オユキはトモエに視線を送る。物見遊山で来た者達に関しては、既に他の案内について行き王城であったり、華やかな離宮であったりを色々と楽しんでいる事だろう。そちらからは、それぞれに一家言ありそうなものだが、生憎といない以上は、生前に娘たちに混ざってはあれこれと楽しんでいたトモエに話を求めるしかない。

「確かに、そうした話もしましたが、オユキさんは私以外は殊更気が付きませんでしたからね」
「その、娘たちにしても、孫娘にしても少しは気を付けてはいたのですが」

それこそ、トモエであれば髪を整えた、毛先を揃えた。そうした極僅かな変化でも気が付くことは出来たのだが、同じだけの事をやはり他の相手にはできなかった。今にしても、そうした話が出ているからだろう、王妃にしても、王太子妃にしても身に着けている装飾や毛先に触れたりはしているのだが生憎と何が違うのかオユキにはよくわからない。

「王妃様は、以前の結い上げ姿では無く今回は神を降ろされていますし、王太子妃様は出産の影響もあっていたんだからでしょう、少し短く髪を切り揃えられていますよ」
「おや、そうなのですか」

成程、先ほどからの振る舞いはそれを示してのものかとオユキが頷けば、方々からただため息が漏れる。

「オユキ、貴女一体普段は何を見ているのです」
「何と言われましても」

王太子妃から呆れたように声を掛けられるのだが、何を見ているのかと言われれば散々に叩き込まれた物、それしかない。

「全体を、漠然と」
「それは、どのような」
「トモエさん」
「そうですね、色々と呼び方はありますが、眼を鍛えるその一環です」

話して良いものかと、そうトモエに伺えばやはり本質からは外れた言葉が返ってくる。

「眼を鍛える、ですか」
「それは、神々から奇跡を授かろうと」
「いえ、どう言えばいいのでしょうか。確かに言われてみれば、こちらに来て思い当たる所も無いでは無いのですが」

本題と言うのは既に決まっている。今はそれに向けて、ゆっくりと話を進めている最中。茶会の席が整えられ、此処までの案内人としてついて来ていた公爵夫人も、今は王城の観光を望んだ者達についている。この部屋にはいよいよ王族二人の側近とわかる相手と、トモエとオユキについているいつもの二人。
王太子妃に至っては、己の子供を抱いており、オユキに何時渡そうとそれを考えているのが実に分かりやすい。

「どう言えばいいのでしょう、なかなか言葉でと言うのは難しいですね」
「では、実例を示すとするならば」
「お二方にしても、短剣を忍ばせていますし、近衛の方も同様。心得の無い方は、恐らくそれ以外の担当なのだろうと」

そう、きちんと眼を鍛えれば、相手を漠然と全体を見る様にすれば気が付けばそうしたことができるようになってくる。何処に意識を向けているのか、動く時に、どのように動くのか。そして、トモエが何気なく口にした言葉に、驚くものとそれが当然とばかりに何も動かない相手。

「今、身動きをしなかったお三方に、後で説明を求めるのが良いかと」
「信頼できる相手、なのですが」
「ええ、祖の信頼に相応しいだけの研鑽と、胆力を確かにお持ちです」

オユキから見ても、抜けている。トモエから見ても。シェリアと比べて、どちらがと言うのはなかなか難しいのだが。屋内に限った戦いで、そして貴人を守った戦いにおいてトモエの勝利条件を相手を打倒する事では無く貴人を害する事を設定した時には、勝てないだろうとそう思わせるだけの能力が見て取れる。
そう、かつては此処まで便利な物では無かったのだ。
彼我の能力差、正直隠そうと思えば隠せるものだ。あまりに能力が離れていれば、気が付けるようなものですらない。だというのに、こちらに来てからというもの、トモエにしてもオユキにしても、どうにも暫く暮らしていく中で分かるようになってきていると、そう感じるのだ。
頼り切る気はない。万が一、それは何処までも存在している。

「前大会の覇者、そのお墨付きと言うのであれば喜ばしいものですね」
「そう言えば、今年もとそうなると考えていたのですが」

さて、今年の大会は、そもそも回数を増やすという話はどうなったのかと。そう、トモエが疑問を口にすればただただそこに居合わせる者達からはため息ばかりが返ってくる。

「ユリア様が居られないのは、その辺りですか」
「ええ、やはり難航しています」
「王太子様も頭を悩ませていますのよ。回数を増やしたとして、あなた達が参加しないのであればと」
「まずは予選のような物と、そうなるのでは」
「トモエさん。予選として扱うには、そこに参加する方々と言うのは」

そも予選に出なければいけないものたちと言うのは、そうした評価を下される者達だ。大番狂わせ、それが起こるような、起こさせるような者達であればトモエに、オユキにすら届く事など無い。今も日々己の習った技を、家が伝えている技を己の物にしようとただ愚直に基本の動きを繰り返し続けているらしいイマノルにすら。

「わざわざ行う必要があるのかと、そうした疑問も出てきますか」
「一応は広く開かれたものとする、そうするように神託を得ている以上は必要にもなってくるのですが」
「そのためには布告、準備、周辺から戦力が王都に向けて集まりすぎる、とにかく問題が多いのです」

本当に、困ったことだと。
特に、こちらで暮らす者達にしてみれば、己の居住空間を、町を守る戦力がいなくなるというのは。それをとどめるのが為政者の役割でもあり、調整役としてそうした人員を動かすための仕組みとして用意された狩猟者ギルドにしても実に頭を抱える内容には違いない。

「そちらに関しては、決まり次第私達にも」
「ええ、それは勿論です」

そもそも、初回の勝者であり戦と武技の覚えがめでたい相手だ。どういった形であるにせよ、やはり参加は必須。肩書きとして与えられた子爵家、その家格を示す為にもこうして常日頃割と自由な振る舞いが許されるその理由付けとしても。

「何より、先ごろ利用したとの話がどうにも市井にも流れていまして」
「ああ」

ただ、それに関しては是非ともアベルの父親、この国の現国王の兄に対して向けてくれと。
どうにもならぬ話を、どうにかする心算も無く。ただ、現状を、互いの理解の程度をすり合わせるために、ある種の試験としての場が進めば、オユキの方でもようやく少し余裕というものが出て来る。こうして機会があればと、以前に約束したこともある。トモエに軽く目配せをして、以前とは違い何かを目で追う仕草を見せている子を己の腕の中に引き取る。
相も変わらず、そうして抱え上げてしまえば確かにオユキの内から何かが削れる感覚。座っているというよりも、長椅子にしなだれかかって居るだけだと言うのに視界が軽く揺れる。そして、隣に座るトモエが直ぐに支えてくれるものだが。

「まぁ、こうした機会に、折に触れて、その程度であれば良いでしょうとも」
「負担をかけている、その理解はあるのです」
「我が子を思う心、それを知らぬわけでもありません。そして、その心をお持ちの方相手であればこそ、です」

ただ、これからも続けるには、今後の事を考えるのであれば、求める物は分かっているのだろうと。
此処までの話と言うのは、先に述べた理由も一応あるにはある。表向きには、それでと押せるだけの物が。ただし実際のところは、こうして互いに暗黙の了解を果たすための時間に過ぎない。これまでの事を考えれば、向こうとしても惜しみなくとしても良いのだろうが、それを考えるものたちもいるのだろうが相手は王族。動くには、当然対価というものが必要になる。惜しみなく振舞うのであれば、やはり特定の誰かを特別扱いなどする訳にもいかないのだから。それをするための枠組みとして存在していた公爵夫人が体よく追い払われたと言えばいいのか、本人も望んでそうした以上は。

「ええ。勿論ですとも」
「では、お呼びしてきましょう。そろそろ用意も終わったことでしょう」
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