憧れの世界でもう一度

五味

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24章 王都はいつも

準備

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トモエとしては、どうしてもオユキの容態が気にかかる。街中ではまだゆっくりと、センヨウの上で常歩よりも少し早い速度で、速歩と言うには足りない速度で移動していたのだが、門を超えてしまえばそこから先は怒涛の如く距離を取ることになった。襲歩と呼んでも差し支えの無い速度で距離を取ったため、安全帯なども無い馬車の上では周囲の侍女たちが如何なる技かも分からないのだが、己が主と仰ぐ相手の体を抑えてとしなければならないほど。

「オユキさんは、また少し体調を崩していそうですね。」
「まぁ、仕方ないわよ。それにしても、よくもあんな状態で外に出すと決めたわね。」

乗馬ではなく、己の足で平然とこちらの世界の馬が出す速度についてきて息一つ切らしていないアイリスが、トモエの横には並んでいる。アベルの方は、武国からこちらに来ている人員の統率も含めて今も忙しない。どうにもオユキの方を気にしているそぶりは見せているのだが、それにしても知らぬ物から見れば巫女と呼ばれる少女を町の外に冗談のような速度で連れ出したからとそう見える物ではあるだろう。
実態を知る者達からすれば、彼が普段とは異なり幅広い長大な両手剣ではなく片手剣と盾と言う装備をしている事と併せて考えて、勘繰る者達もいるだろうが。

「オユキさんが望んでの事ですし、流石に戦闘を行わせる気はありませんから。」
「見るだけで満足できる性分などとは、思えないのだけれど。」
「ええ。ですが残してしまっては、やはりオユキさんはそちらの方が不満を抱え込んでしまいますから。」

今回、こうして体調不良のオユキを連れ出すことをトモエが認めているのは、気晴らしも兼ねてだ。これからしばらくの間は、オユキはどうした所で療養をせよと言わなければならない容態であるには違いない。しかし、それを口実に屋敷の一室、それこそ寝室に押し込めてしまえばまた気落ちして庭に出たいと、せめて外気に触れたいと考えるだろう。

「難儀なものね。」
「ええ。その辺りも可愛らしいのですが。」
「はいはい。」

トモエがそんな風に口にすれば、アイリスはもう結構とばかりに流して見せる。今も周囲を騎士達に囲まれ、両国の王妃がいるからと手早く制圧をした後。その様子を見て、アイリスを経由してあれこれと言っていたはずのテトラポダからの者達はすっかりと腰が引けている。

「貴方も、気が付いた様ね。」
「ええ。」

そして、そんな様子を見せた者達へトモエの下す評価は直ちに定まった。

「論外ですね。オユキさんが得た物を預けるには、全くもって足りません。」
「オユキもだけれど、貴方も誤解があるのよね。私たちは基本的に早いのよ。」
「そう、ですね。それはセンヨウの足についてこれるところを見ていますし。」
「ハヤト様も不思議そうにしていたのだけれど、私達の速さと言うのは祖霊様に由来する物なのよ。」

アイリスの言葉に、トモエはしかし何が言いたいのかが良く分からない。

「オユキであれば、今ので十分伝わるのでしょうけど、足の速さと言うのが戦闘に直結しないと言えばいいのかしら。」
「それは、どういった理屈で。」

トモエからしてみれば、そもそも早く移動ができる人よりも遥かに優れた脚力があるのだとしたら、それだけでも脅威だ。大地をける足の力は、そのまま打撃にしろ斬撃にしろ力を乗せる事が出来る。それどころか、自慢の脚力でもって蹴り技を扱うだけで十分。それが全く役に立たないと、アイリスの言葉はそう言っているに等しい。

「貴方もある程度は分かっているのでしょう。私もそうだもの。」
「確かに、あれだけの速度を出せる割には、常の筋力が随分と。」
「ええ。加護があるのよ、種族全体と言うよりも祖霊様からの。」

人の姿を取る、それに関しても何やら魔術じみた物が働いているとの事ではあった。本性と言えばいいのか、本来の力を完全に発揮しようと思えば獣の姿を取る類の生き物であるらしいと、トモエの方でもそう理解はしているのだが。しかし、アイリスにしてもこれまでかなり追い詰められる機会はあったはずだというのに、そうした素振りも無かった。

「まぁ、私達については、聞かれれば答えるわよ。」
「そう言えば、これまで機会はあったような気もしますが。」
「他に話すことが多かったものね。」

周囲には中型種に近い魔物が、既に相応の数姿を見せている。フスカから要望のあった蛇型の生き物、ついでにオユキの記憶と狩猟者ギルドからの話ではボアとだけ呼ばれている魔物であるらしい。毒は持たぬ魔物と聞いてはいるのだが、鱗に覆われ身をもたげるその姿はかなりの脅威とよくわかる。過去の世界で言えばニシキヘビ程度の大きさで人を丸のみするなどという事件が起こったのだ。その優に倍はあるこの魔物であれば、人一人丸のみにするなど造作もないだろう。

「ええ、まぁ、凡そでしかありませんがどのような流れがあったのか、それは理解しました。」
「本当かしら。」
「あくまで、私の中での理解です。それが事実かどうかは確かめねば分かる物ではありませんとも。」
「オユキであれば、いえ、別の人間だものね、あなた達。」

そう、オユキであればまた違う意味で理解という言葉を使う。しかしトモエの理解と言うのは、やはりオユキの物と形が違う。

「確認だけしておきたいのですが、他国に来る以上は。」
「単に、今回は獅子の部族側にお鉢が回っただけだと思うわよ。その中でも、あれで並み程度とはされているのだけれど。」
「過去であれば、力の象徴と尊ばれることも多かったのですが。」

こちらで、神国の騎士達が輝く鎧と刃を躍らせるさまを見て、獅子であるのならば我が爪を、牙をと、相誇れはしない物かとトモエはどうしても考えてしまう。偶像を崇拝する趣味は確かにトモエには無いのだが、それでも長年にわたって染みついていた象徴に対する印象と言うのはどうしても拭えない。誇り高く有れと、一方的な願いをそれこそ子供のように思わず。

「私たちの部族でも、似たような物よ。聞かされていた話とのあまりの違いに、私としても思うところはあるもの。」
「その結果が、今回の事ですか。」
「一度、思い知ればいいと本気でそう思うわ。」

世界の広さを、如何に己らが狭い世界で生きているのかを。

「では、その辺りは任されましょう。」
「良いのかしら。私も勿論やるつもりでいるけれど。」
「ええ。オユキさんの願いはそれです。周囲の騎士様方には、申し訳ありませんが。」
「まぁ、そうなるのかしら。」

オユキが何を考えているのか、分からない所も流石に少しはある。随分気落ちしていたかと思えば、苦手だろう女性だけの場に向かって、そこで何かを吐き出した結果として少し上向いていた。そこでどういった会話があったのかは、流石にトモエも分からない。ただ、何かいいことがあったのだろうと、そう考えるだけ。それこそオユキが話せば勿論喜んで話を聞くのだが、だが今回は何やら物品が得られるようでそれをトモエに見せるついでにとオユキはそのような事を考えている様子。ならば、トモエとしてもそれを待つだけ。

「それにしても、アイリスさんが本気でとなると。」
「草原だし、まぁ良いのではないかしら。」
「あまり周辺に被害を出さないように、私からはそれだけです。」
「ほどほどに加減だけはするわ。」

くれぐれも、草原に火を放ち派手に延焼させるといった事がないように。トモエとしてはそれさえなければ構わないと。勿論、此処には相応の戦力が集められているためトモエの懸念に関しては、杞憂に終わる事だろう。魔国の王妃、そちらもカナリア程保有量が多いわけでは無いだろうが、だからこその工夫を当然として持ち合わせているはずだ。少なくとも、オユキに触れて様子を見て。それだけでカナリアにしても分からなかったことを、平然と言い切って見せたのだから。今頃は、と言うよりも侍女たちが集まって開かれた馬車の上にてきぱきと茶会の席を用意している。そこで、オユキに関しての話し合いも、オユキが公爵夫人には報告しただろうが近々魔国へとトモエとオユキを始め、纏めて貸し出す人材に関しての話し合いも行われることだろう。
その結果が、何処に落ち着くかは分からないのだが、オユキが悪いようには決してしないだろう。体調が悪い中、こうして外に連れ出され陸に思考も働かない時間がやってくるかもしれないが、それでもトモエとオユキの、二人の関わる事に関してだけはオユキが譲る事は無い。それくらいの信頼はある。

「意外と言っては何だけれど、乗馬の練習は十分なのかしら。」

アイリスが、軽く伸びを、トモエやオユキが行う様な柔軟としての伸びではなく明らかに異なる獣の仕草で伸びをしながら、トモエが隣にセンヨウを置いている事をいぶかしがる。

「いえ、練習は全く足りていません。この子が賢い子ですから、乗せてくれているだけです。」

言いながらも、トモエが軽く首筋を叩けばここまでの道中での疲れなど全く見せもせずに鼻息を僅かに立てて頭を寄せて来る。そのまま首筋を軽くたたき、本当に良く分かる馬だとトモエが改めて嬉しく思っていれば。

「と言う事は、乗るのね。」
「ええ。流石に速度を稼ぎたいので。」
「つまり、他の者達に遅れる気が無いと。」
「と、言いますか。」

そう、オユキがトモエに示すことを望んでいる。ファンタズマ子爵家がどうとか、そう言う話ではない。武国とテトラポダに対して、そしてこうしてついて来ている騎士達、あわよくばアベルに対してまでも。

「私たちがこちらに来て、それなりに経ちますが、ええ、まだまだ短い期間です。」

既に季節は一巡りして少し、収穫祭も終わり、間もなく豊饒祭を迎える頃だと聞いている。少年たちが初めて王都に向かうときに、参加できない事をいたく悩んだそのお祭りも暫くすれば行われるのだ。その頃までには、少年たちも始まりの町に帰ってこれるだろう。その位の時期をみて送り出したこともある。しかし、高々その程度の期間でしかないというのも一つの事実。

「そんな私の振るう刃に、どれだけの事が為せるのか、何処まで私たちが迫ったのか。」
「貴方にしてもオユキにしても、色々尋常では無い事に巻き込まれているでしょうに。」
「そうした言い訳を作るのであれば、ええ、それで良いのでしょう。」

但し、そのような者をトモエが認める事等無い。才の不足を、経験できる環境の差を、如何に埋めるのか。それを生前になしてきた二人だからこそ。
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