憧れの世界でもう一度

五味

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23章 ようやく少し観光を

王都では

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始まりの町で、長く滞在するという訳にはいかない。流石に、疲労を抜くくらいはと考えたりもするのだが、それにしても王都の方が何かと都合もいいだろうと、公爵夫妻を慮って翌日には早々に移動をすることとなった。このあたりは、公爵その人がリース伯も居らぬ中あまり始まりの町に滞在してはそれこそメイに対する負荷もひどいだろうと、オユキが気を回して少しの我儘として。
公爵としては、ファルコやリヒャルトにそれこそ今回オユキに預けられた手紙もあって時間を使いたかったのだろうが、そちらは急いでもらう事となった。いっそ連れて行っても良いかと、そんな事を公爵は考え始めていたらしいのだが、ファルコにしてもリヒャルトにしても一度王都に向かってしまえば報告すべきことが大量にあるため暫く始まりの町に戻る事が出来ない。そうなってしまうと、今度はオユキの我儘として振り回すことも出来なくなるため、次は隣国から戻って来るまでに全てを片付けておくようにと、そう言うしかなくなるのだ。
流石に、そこまで酷な事は公爵も言い出したりはせず、今度ばかりは少しの商人たちと護衛の幾人かを連れて。

「風翼の門でしたか、正直意識があるうちに使うのは今回が初めてなのですよね。」

教会を素通りとまではいわないが、簡単に挨拶だけをして。その時に、オユキがロザリア司教に対して、僅かな緊張感を持っていたことに気が付いたトモエとしては、後で聞くべきことがあるなとそう断じた上で。

「そうですね。魔国から戻って来る時には、オユキさん意識を失っていたわけですから。」
「トモエさんも、近しい状態とは聞いていましたが。」
「ええ。流石に朧気にしか覚えてはいません。それにしても、どう言えばいいのでしょうか。」

トモエの方でもほとんど意識が無く、まさに夢現といった状況ではあった。ただ、朧気ながらも記憶している事はある。認識していたこともある。

「こう、不思議な間隔でした。生前で近い感覚と言えば、何でしょうか。」
「難しいという事であれば、楽しみにしていましょうか。」

こうして馬車の中で、のんびりとトモエと話していれば確かにいようというしかない感覚が。トモエとしては、まるで肌を刺すような、そんな刺激を感じるばかり。しかしオユキの方でははっきりと熱を感じる。

「オユキさん。」
「これは、あまり大丈夫とも言えないですね。」

この風翼の門を、オユキとしては転移門などと呼んでしまいたいものだが、それに力を与えている種族の長が、オユキに対して与えた焔。それがまだオユキの身の内に残っていた物であるらしい。全てを取り出したと、そうした話も確かに聞いてはいない。トモエの方も、少しは残したほうがいいだろうとそんな話を治療を頼んだ相手がしていたのを覚えている。それが今となっては、悪い方向に働いた、そうとしか見えない。衣服を焼く事は無い。肌を焼くことも無い。しかし、それ以外を確かに焼くのだ。

「抜けるまでには、少し時間がかかります。」
「そうなってしまえば、落ち着いてしまうのでしょうね。」

残る焔が、今は表に出ている。そして、ひたすらにオユキを苛む。

「フスカ様が残した物、それが確かにあるという事なのでしょうね。」
「あの者は。」

トモエが随分とはっきりといら立ちをあらわにするが、オユキとしてもトモエがそうされていたら同じものを表に出す。落ち着いてくれと、そうトモエの手を取ろうにも今はオユキの右腕を焔が多い、痛みをただただ与えるそれを抑えるためにと使った左腕にも燃え移っている有様。流石に、そんな両手でトモエには触れない。触れようとするトモエを、オユキが拒否して、それが今。

「収まって来ましたね。」
「抜けたのでしょう。どうしましょうか、今後もこれが繰り返されるのであれば。」

オユキは既に額に偶のような汗を浮かせている。トモエに不安を与えぬようにと、そうして痛みを覚えているような声は上げないようにとしていたのだが、それ以上に分かりやすいものがいくらでもある。右腕を舐める様にも得ていた炎が収まれば、声も上げる事が出来ずにただ腰を下ろしていたベッドにそのまま倒れ込むほどに痛苦を得たのだ。

「いよいよ、話を聞かねばなりませんか。」
「それは、はぐらかされる気がしますが。」

若しくは、オユキ自身に由縁があるのだとそうフスカは話して見せるだろう。特にトモエとオユキはどう言えばいいのか、翼人種の祖とはとかく相性が悪い。いや、二人に限ったものばかりではなく、異邦人としてこちらに来ているかつての世界のプレイヤーの全てがそうだ。

「私は、己の欲に従ってフスカ様に刃を向けましたから。」
「私が行っても、そうですね。今の心持では。」

そう、トモエがオユキに向けている感情を元にフスカに刃を向ければ、さて、それをどのように評されるのか。そんな事は分かり切っていると、トモエとしても納得をするしかない。我欲を認めぬ、そうした存在だ。己の求める物があれば、己の欲を持って刃を振るえば容赦のない焔がただただトモエすらも焼くだろう。オユキがまだ軽傷で、存在としての格を考えればそうせざるを得ない物だろうが、済んでいるのは色々と協力を得られたからだ。
聞けば少女たちの方も、何やら暫く体調を崩す程度には負荷を得た物であるらしい。それに申し訳なさを覚える事もあれば、ただただオユキの我儘に付き合ってくれた事に有難いとそうした感謝も覚えながら。

「仕方のない事、そう言うしか無い物でしょう。」
「ですが、これからもこの門を使うたびにとなれば。」
「そうですね。しかし、これが解っていたとしても、どうでしょうか。」

オユキとしては、こうなると分かっていたところで選択を変えなかっただろうと。
トモエにしても、それは当然理解しての事ではないのかと。

「全く、本当に仕様のない人です。」
「今も昔も、ですね。」

何を誇らしげに言っているのかとばかりに、そっとオユキはトモエにつねられて。今は炎も収まってただ体にだるさを残すばかり。そのままトモエにもたれるように体を預ければ、ゆっくりと腰を下ろしていた寝台に寝かしつけられる。

「王都での観光という予定も、あったように思いますが。」
「ええ。そちらは問題ないでしょう。流石に、歩き回ってというのもそうそうないでしょうから。」
「つまり、それほどの事だったわけですか。」

さて、こうして尋ねられたのは誘導尋問であったのかと、オユキとしては不満も覚えるのだが。

「オユキさん。私に隠している事がありますね。」
「正直な所、見逃してくれると嬉しいのですが。」
「いえ、一つはと言いますか、その、私達の事で嬉しい物、そちらをオユキさんが取り上げられているのは分かっているので良いのです。」

トモエとしては、こうしてオユキが言い出した時点で確信だ。そちらについては、隠していても害の無い事は別に良いというしかない。隠していたいのであれば、そちらを気が付かれないと思っているのなら勘違いなのだと。

「ロザリア司教に、何を言われましたか。」
「その。」

後で聞けばよい、そう判断したのだがそうも言ってられない事がこうして起きてしまったのだ。
何処か寂し気に、隠していたいとそうオユキが表情で伝えてくるものだが、許しはしないとトモエが迫る。思いつくことは、既にいくつかある。そのうちのどれを、最も致命的な毒になるような、何を言われたのかと。少し思い返してみれば、オユキからこうして改めて観光をと、そう言い出すことの難と珍しい事か。勿論、そこには色々な思惑もあっての事だろう。ただ、それにしても今回のようにわざわざ領都への滞在期間を短くするほどの物でもない。

「少し、やる気をそがれることがありましたか。」
「それは、例えばどういった事でしょうか。」
「そうですね。」

オユキから口にする気はないというのであれば、ならばトモエが口にするしかないだろう。
万が一、既に選択の時が去ったのは確かだが、もしもトモエがこちらに来る選択をしなかったときに、己が何をかつての世界の創造神に願ったのか、その程度の事は今でも分かる。

「私は、間違いなくかつての世界の創造神様に願ったでしょう。オユキさんが、私を忘れれば良いと。」
「トモエさん。」

オユキが、この世界を悪辣と感じる理由の一つは間違いなくそれだろう。神々に対して不審を覚えるとして、何が理由かと言えばそれしかあるまいと。他にもいくつか思いつくところはあるのだが、最たるものとして。
オユキの表情は、トモエの想像は間違っていないとそう分かる物だ。よもやと、何故と。そう言わんばかりに、トモエの服をしっかりと握る手に過剰に力が籠っている。

「ロザリア司教に、言われたのでしょう。」
「はい。」

本当に、仕方の無い所があるものだと。

「前にも、お伝えしたでしょう。」
「ですが。結局それも出来ませんでした。」

一度、トモエがオユキよりも先に己を全うした時に、その枕元に座るかつてのオユキにかけた言葉がある。どうにも、それにしてもオユキは守る事が出来なかったようで。ただ、オユキの頬をいつものようにそっとつねって見せればひとまずそれで終わり。

「ロザリア司教に言われました。」
「私の願いとして、でしょうか。」
「いいえ。ただそれが行われただろうと。」

オユキにとっては、それがただただ残念だったのだと。何処か自暴自棄になるのは十分すぎる言葉であったのだと、そう感じた事だろう。トモエに甘えるそぶりを暫く見せていたのも、間違いなくその辺り。

「そうですね。私がそう願ったでしょうから。」
「その、何故と聞いても。」
「前にも言ったでしょう。オユキさんもそうであったと、考えているでしょう。」

オユキは、今のオユキは少なくともトモエがいなければもはや一人ではどうにもならない。それほどにトモエに対して依存している。それはトモエもやはり変わりはしないのだが、それでもトモエには己を一人で成り立たせるだけのものがある。

「私にはこれがあります。」

そして、トモエはオユキに腰に差した今は未だ一先ずの刀を軽くたたいて見せる。

「そう、ですね。」
「勿論、オユキさんがいなければ、私はより苛烈になるでしょう。引き返せない所に、簡単に足を進めるでしょう。」

何処か残念そうにするオユキには、何度も過去繰り返したように。
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