憧れの世界でもう一度

五味

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23章 ようやく少し観光を

暮らす者達の反応

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靴を履きなおした後、公爵夫妻がまずは船外に出てそれからオユキとトモエの出番とでも言えばいいのだろうか。
公爵が改めて口上を上げて、それに合わせて外に出てみればまさに喝采と呼ぶにふさわしい歓声を持って受け入れられる事となった。
オユキとしては、はっきりと意外と言えばいいのだろうか。

「まさか、ここまでとは。」

オユキの認識として、広く民の間に何かをしたことというのはこの領都で記憶にない。王都であれば確かに乱獲などを行い、色々と試しをした覚えはある。始まりの町はいよいよ拠点としており、色々と交流していた相手も多い場だ。始まりの町では、それこそ祭りが終われば其処からしばらくは連日門前に人々が押しかけてという事も多かった。しかし、領都ではいよいよ持ち込んだのは一度切りでは無かったかと。

「ほう。繰り返し神々の奇跡を降ろしたではないか。」
「この領都に、あまり還元できたものではないかと思いますが。」
「それは、過小評価が過ぎるというものでしょう。」

公爵夫人から、オユキに対してそのように言われるのだがいよいよオユキに心当たりなどない。いや、それこそ通り道として色々とという事は確かにあったのだが、では具体的に何かと言われれば思いつかない。これで群衆が具体的な奇跡を望んでいるのであれば、得心は行くのだが。聞こえてくる声というのは、ただただ感謝に満ちている。

「こうして快哉を叫ばれることに、何ら心当たりはないのですが。」
「意外という訳でもありませんか、成程、確かに自己評価が低いのでしょうね。」

そして、ここでようやく何かに納得が行ったとばかりに公爵夫人が頷きを一つ作る。
そうされたところで、オユキとしては何が何やらというものだ。トモエは何か理解が及ぶのかと、己の伴侶を見たところでやはりどこか納得がいかぬとそういった様子。

「凡そ、私達の領内の出来事というのはこの領都に波及するのです。」
「それに関しては、アイリスさんの。」

確かに、この領都に対して五穀豊穣を、王都で正式に行う前に流石にだいぶ前だからと練習の場を求めたアイリスが行ったものがある。そちらに対する感謝なのではないかと、オユキもトモエも考えている。誰も彼もが、己の生活が豊かになったことを、為政者に巫女に感謝をとそう口々に。直接的なもののほとんどは、アイリスにいうのが筋なのではないかと。若しくは、他国の者に対して功績を与える事を良しとしなかったのかとそういった邪推も生まれるものだが。

「五穀豊穣、それは確かにこの領都にも。まさに飢える事が無い土地、今後はそうなっていくのでしょう。ですが、人々の暮らしを支える物がそれだけで足りるはずもないのは理解できているでしょう。」
「それは、そうでしょうが。」

では、それ以外に何かといえば、特にトモエとオユキが何をしたという事も無い、その筈だ。

「既に、其の方から報告があったこと、それをこの領都でも行っておる。」
「狩猟者たち、ですか。」
「うむ。」

つまりは、かつて王都で試したうえで明確に結果が得られるだろうとしたこと、それをこの領都でも既に始めているらしい。

「その方らが、かつて示したのだろう。この町で暮らす者達に。」
「かつて、ですか。」
「ああ。少なくとも我は、そう報告を受けている。」

さて、一体何のことかと、オユキとしては首をかしげるしかない。
かつて示すも何も、この町に滞在して、人々と生活圏を共にしたことなど正直ごくわずかな時間でしかないのだ。最たるものとして思い当たるのは、初めてこちらに訪れて公爵とこうして知遇を得る切欠となった出来事。しかし、そこには明確な不利益というものが存在していた。それに対する感謝は、流石に無いだろうとオユキは判断している。この町の、この広大な量との四分の一、そこを人が住めない環境にしたのだから。狩猟者であれば、魔物と戦う事を選んだ者達であればまだ良い。そうでない者達にとっては、己の住処を魔物に追われる原因となった者たちなど恨んで然るべきというのが、オユキの判断だ。

「思い当たるところが無いようですね。では、簡単に説明をしましょう。」

今は、公爵夫妻とファンタズマ子爵夫妻が揃って船上で送られる言葉に対して微笑みを浮かべ、手を振って返してなどとそういったパフォーマンスを行っている。かつて王都でこれを熟す羽目になったメイは、さぞ心労を貯めたのだろうと今になって道場もする行為だと。

「傭兵ギルドで、一度示したのでしょう。」
「ああ。それですか。ですが、その場にいたものたちは、始まりの町で。」
「見覚えのある顔、それもあったのでしょう。ですが、本当に人数は足りていましたか。」
「流石に、数えた覚えはありませんが。」

この領都で、トモエが示したものがある。
それを受けた者達、オユキもどうにか覚えていた、未だ若いと評してもいい者達は魔国に向かう前に始まりの町、河沿いの町への襲撃の際に顔を見た。その際に多少の問答は行い、結果として騎士に預けて徹底的に絞られていたはずだ。その物たちが、あまりに明確な物をこの町にもたらして、人々を潤すというには随分と短い時間であったのではないかと、そんな事をオユキは考えてしまう。

「確かに、幾人かはいませんでしたね。」
「トモエさん。」
「流石に、腕を折った相手の顔くらいは、私も覚えていましたから。」
「ですが、基本的に私達ではなく。」

トモエの言葉に、オユキはよくもまぁあんな僅かな出来事を、そこで縁とも言えぬ何かを得た者達を覚えていたものだとオユキが驚けば、トモエからは実にわかりやすい答えが返ってくる。確か、負けていないと言い張った相手の腕を、トモエが軽々とへし折ったことくらいはオユキも覚えている。その人物にしても、始まりの町の方でトモエに切り捨てられたかと考えていたのだが。

「騎士達に、傭兵達に、あの後頭を下げる者達がいたようでな。」
「ええ。どうか今一度訓練を施してほしいと。それだけにとどまらず、それを望んだ者達は大いに魔物を狩りました。今となっては、一部どころでは無い物たちから、称賛を得るほどの成果を上げました。」
「だとしたら、それはその方々の。」
「切欠を与えたのは、貴女方ですのに。」

トモエの方では、群衆に紛れるその相手を確かに見つけている。先の頃と、正直そこまで変わっているわけでもない。相応に年かさの相手なのだ。一つの季節で見違えるほど体格が変わったりという事は流石に望めはしない。だが、確かに装備は、以前に見た様な襤褸、手入れもほとんどされていないような革鎧に、適当な武器を携えていたはずなのだが、今はすっかりと見違えている。安物とは流石にトモエにもわかる革鎧、誰かのおさがりだろう両手剣を背中に担いで。何処か、挑むようなそれでも畏れる様な、そんな視線をトモエとオユキに向けて。

「オユキさん、あちらの方です。」
「流石に、私は記憶にありあませんね。」
「あの時は、随分と気落ちされていましたからね。」
「そうですか。あれを切欠に、ああいった荒事を契機として改めて励んだ方々がいましたか。」

言葉では理解が出来なかった。しかし、あまりに単純に分かりやすいトモエの持つ暴力としての武を見て。そこで己の不足が一体なんであったのか、それを改めて見直した者達もいたらしい。そして、町の人達は、彼らが頭を下げた者達は、手をとり合うのだという大前提を正しく理解したうえで、彼らに対してあれこれと教えたのだろう。

「たった一年で、此処まで。」
「それをその方が言うのか。」
「いえ、正直、私達の振る舞いだけで波及したことなど。」

そう、オユキは己の振る舞いで、トモエとオユキの手の届く範囲に対してしか作用できない振る舞いでは、限界があると確かに考えていた。こちらに暮らす者達が、どれだけの歳月をかけてそういった価値観を根付かせてきたのかは分からない、出来ないのだと諦めていた事を、流石に二人だけで変えられるはずもないだろうと、そんな事を考えていたのだ。だが、どうだ。
現実として、今ここにいるのだ。
実感として、今ここにあるのだ。
歓声が、先ほどまでの何処か戸惑いを覚えるべき物、他人の手柄を横取りしているような、アイリスやカナリアによってこの領都に対して与えられている確かな利益を己の物としているような感覚ではなく、ああ、自分たちが、オユキが、トモエが確かにこれを為し得たのだと。そうした確かな実感と共に今となっては受け入れられる。

「そう、ですか。」
「嬉しいものですね。」

オユキは、ただ腑に落ちたと。
トモエは、喜ばしいことだと。

「その方らがこちらに来て行った事、その影響はやはり大きい。これまでの異邦人たちはどうした所で各々の欲に忠実にすぎた。こちらの世界で、既に暮らしている者達と距離を置く振る舞いがやはり目立った。」
「そうですね。過去にはそうでない方々も居られたようで、やはり話に聞いていたのはそちらの功績ばかり。近頃はあまりそういった方々が選ばれていないのではないかと、そうした疑念を持ち始めていたのもまた事実。」

この世界で、ほぼ最高位からの立場として。

「期待は、程々にと考えていた。既に色々と変わったのだろうともな。」
「ええ。私たちはやはり維持にばかり目を取られるようになっていました。」

異邦人たち、かつての世界からこの世界に来る者達は、確かに此処暫くは、少なくともミズキリが何某かの計画を立てて実行に移した段階から一度に減ったのだろう。トモエとオユキ、それだけではない彼の知る他のプレイヤー達。その中でもまだこちらに来ていなかった者達へ対する、ある種劇薬のような毒と言っても良いような。

「全く、あの人は。」
「ミズキリは、確かに私達への配慮を随分としてくれていたようですね。」
「凡庸な男と、今をもって我にはそのようにしか見えないのだが。」

己をそこまで下に見られる事にすら、ミズキリという人間は苦を感じない。己を侮るというのであれば、何処までもそうあってくれと、彼自身平然とそんな事を言うだろう。

「感謝はしているのですけど、それを口にするのも示すのもまた違う気はするのですが。」

ミズキリ相手には、オユキとしても随分とこれまでに引き摺られる感情というものがある。正直、持ちつ持たれつとしか言いようが無いのだ。確かにお膳立てはしたのだろうが、それは彼が望む物を得るために。それが解るからこそ、やはりオユキとしても。
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